原点を探しに来て、新しい原点を持ち帰る
7月1日から始まった一週間の沖縄旅が終わろうとしている。
今、那覇空港の搭乗口でこの文章を書いている。
預ける荷物はお土産で膨らんだ。
けれど今回持ち帰るものはそれだけではない。
思いがけない再会。
偶然交わした言葉。
また訪ねたい店。
もう一度会いたい人。
出発前には想像していなかったものをずいぶんたくさん抱えて帰ることになった。
30年前の風を探して
今回の旅のテーマは「原点回帰」だった。
30年ほど前、22歳だった僕は初めて沖縄を訪れた。
見るもの、聞くもの、食べるもの、そのすべてが新鮮だった。
住宅街の赤瓦。
道端のハイビスカス。
市場に並ぶ見慣れない食材。
居酒屋で初めて食べたゴーヤーチャンプルーやテビチ。
何より心に残ったのは見知らぬ旅人に「かめー、かめー」と食べ物を勧めてくれた沖縄の人たちの温かさだった。
昨年、その初めての沖縄旅行で泊まったサンパレス球陽館に偶然もう一度宿泊した。
閉館を控えたホテルのロビーに立った瞬間、忘れかけていた最初の沖縄が突然鮮明によみがえった。
だから今年の誕生日はあの日の感覚を探しに行こうと思った。
ところが旅の初日、羽田から石垣島へ到着し空港で荷物配送サービスにスーツケースを預けバスに乗り市街地のA&Wでハンバーガーを食べている時、ふと気づいた。
30年前の僕ならここまで迷わずスムーズには動けなかっただろう。
初めての沖縄で右も左も分からなかった青年はいつの間にか少しだけ旅慣れた大人になっていた。
原点へ戻るつもりだった旅はその始まりからすでに過去と現在の違いを確かめる旅になっていた。
石垣島が「帰る場所」になった夜
石垣島では昨年10月にも泊まったピースアイランド石垣イン八島に2泊した。
部屋に洗濯機があり冷蔵庫も大きい。隣にはコンビニとドラッグストアもある。長旅ではこういう宿が実にありがたい。
初日の夜は昨年訪れた居酒屋「はなんまや」へ再訪した。
店に入ると以前話をしたお姉さんが僕の顔を見て言った。
「栃木の方ですよね」
まさか覚えてくれているとは思わなかった。
そのひと言だけで一年近く空いていた時間が一気につながった。
翌日は54歳の誕生日。
昨年は帰りの船が欠航する可能性があり渡ることを諦めた鳩間島へようやく行くことができた。
島には派手な観光施設も大きな商店もない。
けれど美しい海と静かな風と人の温かさがあった。
海況を見て泳ぐことはやめた。
以前の僕なら「せっかく来たのだから」と無理をしていたかもしれない。
今回は木陰で波音を聞き、島を歩き、食堂でグリーンカレーを食べ、何もしない時間を楽しんだ。
島を離れる時には店の人が「また遊びに来てね」と声を掛け港から手を振ってくれた。
コブクロの『ここにしか咲かない花』を思い出した。
歌の舞台となった島を実際に歩いたことでその言葉が以前とは少し違って聞こえた。
その夜再びはなんまやへ行った。
前日の会話で僕は「誕生日に鳩間島へ行きたかったんです」とたったひと言話しただけだった。
それを覚えてくれていてお菓子と手書きのメッセージカードを用意してくれていた。
嬉しかった。
料理や酒がおいしかったこと以上に自分のことを覚え祝ってくれたことが嬉しかった。
その瞬間石垣島は観光しに行く場所からまた帰ってきたい場所へ変わった。
名護で増えていく「ただいま」
翌日、石垣島から那覇へ飛びレンタカーを借りてうるま市を経由して名護へ向かった。
宿はピースアイランド名護。
ここも部屋に洗濯機があり大きな冷蔵庫と無料のガス乾燥機がある。洗濯物が短時間で乾くのは連泊の旅では本当に助かる。
チェックインの時受付のお姉さんから
「宇都宮からいつもありがとうございます」
と声を掛けられた。
何度も泊まっている宿とはいえ、自分を認識してもらえているとは思わなかった。
ここにもまた帰ってきたと思える場所があった。
翌朝は新しくできた「あけみおてらす」へ行った。
朝早く訪れたため人も少なく海と赤瓦の建物をゆっくり撮影できた。日中にもう一度近くを通ると大変な混雑だったので朝に行って正解だった。
その後ローカルな海岸や展望台を回った。
そして、以前何度か訪れて気に入っていたものの、閉店してしまった「なーはー屋」の跡へ、何となく立ち寄った。
別に行く必要はなかった。
ただなぜか気になった。
店の前では若い男性が新しい店を始める準備をしていた。
少し話をすると
「暑いですから、中へどうぞ」
と招いてくれアイスコーヒーまで出してくれた。
そこで新しいアジア料理店を開く予定だという。
10月に再訪する約束をしお店のインスタを登録したら僕のYouTubeチャンネルを登録してくれた。
予定表にはなかった新しい縁だった。
昼に入った辺野古商店街の「イタリアンレストラン」でも店のお母さんと話が弾んだ。
僕の耳のこと。
文字起こしアプリのこと。
辺野古のこと。
壁に残る古いドル札のこと。
店を出る時、お母さんは
「気をつけて旅してね」
と声を掛けてくれた。
その後、ビーチや商店を巡りホテルへ戻る前にふと高台のカフェSubacoを思い出した。
以前両親と一緒に来た場所だ。
窓辺でアイスコーヒーを飲みながら名護の街と海を見下ろした。
もし今回が一泊や二泊の旅行だったらこんな時間は取らなかったかもしれない。
予定を一つでも多く回収しようと次の場所へ急いでいたはずだ。
けれど今回は一週間ある。
沖縄へはまた来られる。
そう思えたから思いつきで寄り道し何もせずコーヒーを飲む時間を持つことができた。
そしてその余白の中にこそ大切な記憶が入ってきた。
観光地ではない沖縄を歩く
翌日はうるま市へ向かった。
途中、金武大川とウッカガーへ立ち寄った。
想像以上に立派な湧水施設と豊かな水量に驚いた。
うるま市では、丸一食品でいなりとチキンを買い、『沖ツラ』の舞台となった具志川ビーチで食べた。
藪地島。
HYゆかりの東屋慶名バス停。
ワイトゥイ。
平敷屋タキノー。
一般的な沖縄観光ではあまり名前が挙がらない場所ばかりだった。
昼食も以前立ち寄った店に再訪した。
店のお姉さんから
「またぜひいらしてくださいね」
と言ってもらった。
海中道路を渡った先で向かったのも有名なリゾート施設ではなく伊計島の共同売店だった。
地元の人に混じって店内のスペースでシークヮーサーアイスを食べた。
今回の僕が見たかった沖縄はこういう場所だった。
人々の日常があり暮らしの匂いがする場所。
HOTEL R9 The Yard うるまに泊まり夜は具志川の居酒屋へ。
翌朝はホテルでもらった冷凍おにぎりと隣のセブンで買った小さな沖縄そばを食べた。
特別豪華な朝食ではない。
けれどこういう食事もまた旅の中では妙に記憶に残る。
昔の自分に会いに行く
ホテルを出た後寄り道をしながら那覇へ向かった。
当初予定していた中城城跡は暑さが厳しすぎたため入るのをやめた。
以前なら「ここまで来たのだから」と無理をしていたと思う。
しかし沖縄にはまた来る。
その時でいい。
そう考えることができた。
その代わり吉の浦公園裏の海岸や西原きらきらビーチへ寄ることができた。
西原の海は僕にとって特別な場所だ。
前の会社を辞め病気が見つかり入院と治療を終えようやく今の会社への就職が決まった頃。
入社前に一人で沖縄を旅しその最後にこの海を眺めた。
仕事が決まった安堵感と新しい職場への不安。
いろいろな気持ちを抱えながらただ海を見ていた。
あれから四年半。
今の会社で働き生活を立て直しまた沖縄へ帰ってくることができた。
同じ海を見ながらあの頃の自分に伝えた。
大丈夫だったぞ。
ちゃんとその先を生きてまたここまで戻ってきた。
ニライカナイ橋と知念岬にも寄った。
今回の旅では珍しくようやく観光客らしい場所へ行った気がする。
母が完食したカレー
最後の宿はルートイン那覇旭橋駅東。
大浴場で一日の汗を流し夜はタクシーで「なかむら家」へ向かった。
刺身、島らっきょう、グルクンの唐揚げ、豆腐よう。
ビールを2杯、泡盛を2合、
以前の旅行なら「最後の夜だから」と二軒目へ行きさらに何かを食べていたかもしれない。
今回は満腹になる前に満足したところで店を出た。
最終日はビーチやポケふたを巡り最後の昼食に「つけめん&Curry ひだまり」へ行った。
ここは昨年3月母と二人で訪れた店だ。
父は体力的に旅行が難しく家で留守番をしていた。
母も高齢になり
「これが最後の旅行。最後に沖縄の海が見たい」
と言っていた。
帰る日の昼、母がYouTubeで見つけたこの店へ来た。
母は普段、食が細い。
けれどこの店のカレーは「美味しい、美味しい」と言いながら全部食べた。
今でも沖縄の話をすると
「帰る前に食べたあのカレーは美味しかったね」
と言う。
今回それを思い出しもう一度店へ行った。
支払いの時、ご夫婦へ昨年のことを話した。
母が今でもカレーの話をしていること。
普段は食が細いのに全部食べたこと。
今回、一人旅の最後に思い出して寄ったこと。
ご夫婦は何度も「ありがとうございます」と言ってくれた。
「お母様、また来られたらよかったのにねぇ」
「お母様によろしくお伝えください」
そう言って帰りを見送ってくれた。
僕は昨年受け取った思い出をようやく店へ返すことができたような気がした。
余白に入ってきた人たち
レンタカーを返し那覇空港へ着いた。
今、この一週間を振り返っている。
石垣空港のバス乗り場で親切にしてくれた人。
はなんまやのお姉さんとお兄さん。
鳩間島の食堂の人。
コミュニティセンターの前で話をした人。
石垣島のタクシー運転手。
うるま市のいさ屋の人。
今回は会えなかったけれど、サンナッツのために何度もやり取りをしてくれた人。
名護のホテルの受付のお姉さん。
居酒屋たけちゃんの人たち。
なーはー屋跡で新しい店の準備をしていた男性。
辺野古のイタリアンレストランのお母さん。
具志川ビーチにいた親子。
スープ屋のお姉さん。
与那原そばの店の人。
ルートインの受付のお姉さん。
ひだまりのご夫婦。
今、頭に浮かんだだけでも、これだけの人と関わった。
会話の長さも関係の深さもそれぞれ違う。
それでも僕はその一人ひとりから沖縄の温かさを少しずつ分けてもらった。
あの日の風の続き
出発前、僕は30年前に感じた「あの日の風」を探そうとしていた。
けれど同じ風はどこにもなかった。
街も、人も、沖縄も、僕自身も変わっていた。
その代わり今の僕にしか感じられない新しい風が吹いていた。
原点に戻る旅のつもりだった。
しかし実際には新しい出会い、新しい発見、そして新しく帰りたい場所がいくつもできた。
一週間という時間があったから予定を詰め込まずに済んだ。
その余白の中に一生忘れられないような出会いが入ってきた。
余白とは何もない時間ではなかった。
偶然が入ってくるために空けておいた席だった。
心にくくりつけていた荷物を少し降ろし、代わりに新しい縁と思い出を抱えて僕はこれから日常へ帰る。
もうすでに石垣島へ帰りたいと思っている。
沖縄の旅はこれで終わりではない。
また次の風に会いに来よう。














