A PLACE IN THE SUN ~見つけよう陽のあたる場所〜 -11ページ目

A PLACE IN THE SUN ~見つけよう陽のあたる場所〜

「Practice makes perfect」
「継続は力なり」

「HAPPY XMAS (WAR IS OVER)」John  /Yoko Plastic Ono Band 

 

ジョン・レノン公式YouTubeチャンネルにて世界初公開。

 

 

2025年12月1日(英国時間午後6時/ニューヨーク時間午後1時/ロサンゼルス時間午前11時/日本時間12/2(火)午前3時)

アカデミー賞受賞の短編アニメーション映画『WAR IS OVER! Inspired by the music of John & Yoko』が12月1日にジョン・レノン公式YouTubeチャンネルで世界初公開。
 

「ハッピー・クリスマス(戦争は終った)」はマルチ・メディア・プロジェクトとして始まり
音楽からビルボード、映画、そして今や印刷物へと広がりました。
ジョン&ヨーコの不朽の名言をこれからも広め続けましょう、
「君が望むなら戦争は終わる」
– ショーン・オノ・レノン

 

本作は第一次世界大戦を舞台にしたもうひとつの現実を描く。無意味な戦争が激化する中、敵対する両軍の兵士がチェスを打ち合う。戦況が激化する中、英雄的な伝書鳩が戦場を越えて両兵士の駒の動きを運ぶ。一方、二人の兵士は互いの正体を知らず、ゲームと戦争はクライマックスの最終手へと向かう。勝者が誰であれ、映画は力強く一つの真実を伝える——戦争に勝者は存在しない。

脚本はショーン・オノ・レノンとピクサーで20年のキャリアを持つデイヴ・マリンズ(『カールじいさんの空飛ぶ家』『ソウル』『インクレディブル・ファミリー』『カーズ2』)が共同執筆。マリンズが監督を務め、ブラッド・ブッカー(『アイアン・ジャイアント』『ブック・オブ・ライフ』『ランブル』)が製作を担当。音楽はアカデミー賞®ノミネート15回のトーマス・ニューマンが担当。『ブック・オブ・ライフ』『ランブル』)が共同脚本を担当。ショーン・オノ・レノンとオノ・ヨーコがエグゼクティヴ・プロデューサーを務め、15度のアカデミー賞®ノミネート歴を持つトーマス・ニューマンが音楽を担当。

『WAR IS OVER!』はレノノ・ミュージックとエレクトロリーグの共同制作作品。アニメーションはピーター・ジャクソンのウェタ・FXがエピックゲームズのUnreal Engineを使用して制作

 

 

リリース    :1971年12月1日

作詞・作曲:ジョン・レノン /オノ・ヨーコ

プロデュース:フィル・スペクター

                        ジョン・レノン /オノ・ヨーコ

 

 

「HAPPY XMAS (WAR IS OVER)」John  /Yoko

 

 

 

 

 

クリスマスの時期がきました

今年の君はどうでしたか?

今年も終わりだね

そして新しい年が始まるんだ

 

クリスマスの時期がきました

君は楽しんでいるかい?

身近にいる愛しい人も

お年寄りも 若い人も

 

メリークリスマス

そしてすべての人にハッピー・ニュー・イヤー

良い年になることを祈ろう

クリスマスの時期がきました(争いは終わり)

弱い人 強い人も(君たちがそれを望めば)

裕福な人 貧しい人にも(争いは終わるよ)

 

世界はひどい過ちを犯してるけど(君たちがそれを望めば)

 

ハッピークリスマス(争いは終わり)

黒人も白人にも(君たちがそれを望めば)

アジア系の人も、ヒスパニック系の人も(争いは終わるよ)

さぁやめよう 全ての争いを

 

メリークリスマス

そしてすべての人にハッピー・ニュー・イヤー

良い年になることを祈ろう

何も恐れる事の無い年であるように

 

 

ハッピー・クリスマス(戦争は終った)は、1971年に発表、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの楽曲。

ジョンのソロキャリアにおける代表曲のひとつであり、今もなお高い人気を誇る。ベトナム戦争を嘆き「争いを止めよう」「望めば戦争は終わる」というポジティブなメッセージが込められている。ただのクリスマスソングにしないあたりは、ジョンの才能と言える(元々ジョンは、『ただの』ではない、「永遠に残る、意味のあるクリスマス・ソングを作りたい」と考えていた)。

 

1969年12月15日、レノンとオノはロンドンで行われたユニセフ主催の『ピース・フォー・クリスマス』コンサートに出演。また同時にニューヨークのタイムズスクエアなど世界11都市で一斉に「WAR IS OVER! IF YOU WANT IT Happy Christmas From John & Yoko 」とクリスマス・メッセージが書かれた看板を設置するとともに、ポスターを貼り出したり新聞広告を出したりなどの平和キャンペーンを行う。これらは、当時アメリカが関与していたベトナム戦争に対する抗議でもあった。

1971年9月、レノンとオノは活動の拠点をアメリカのニューヨークに移すと、アルバム『イマジン』をリリース。アルバムは各国でチャート1位を獲得し、シングル・カットした「イマジン」も『ビルボード』誌で最高位3位となった。政治的なメッセージを含みながらも商業的に成功したことで、同じようなやり方でクリスマス・ソングを作る。

レノンは10月上旬に、オノと住んでいたニューヨークのセント・レジス・ホテルの自室で、アコースティック・ギターによるホーム・デモを録音した。この時点では、歌詞はほとんど入っていなかったが、メロディと構成はほぼ完成していた。グリニッジ・ヴィレッジのアパートに居を移した10月中旬からさらに新しいデモを作る。10月28日の夜、ニューヨークのレコード・プラント・イーストで、プロデューサーにフィル・スペクターを起用して、ヒュー・マクラッケンら4名のセッション・ミュージシャンとともに正式なレコーディングを開始した。基本的な楽器の演奏によるバッキング・トラックを録音後、レノンとオノによるボーカルを入れた。

(wikipedia より抜粋)

 

 

12月8日はジョン・レノンの命日です

もう45年目も経つのですね。

1980年12月8日、ニューヨークの自宅アパート前でファンを名乗る人物に射殺され、40歳でした

 

 

みんなで歌えば戦争も馬鹿馬鹿しくなる?