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【平壌14日共同】北朝鮮の国家元首にあたる金永南(キムヨンナム)最高人民会議常任委員長は14日、平壌の万寿台議事堂で共同通信・加盟社代表団(団長・石川聰共同通信社長)と会見し、2002年の日朝平壌宣言を「国交正常化のための里程標」と位置付け、同宣言をもとに拉致問題など日朝間の懸案解決を図らねばならないとの見解を表明、対話と関係改善に強い意欲を示した。1998年の就任後、金委員長が日本メディアとの会見に応じたのは初めて。
日朝交渉の責任者である宋日昊(ソンイルホ)日朝国交正常化交渉担当大使は13日、対話の意欲をにじませながらも拉致問題など懸案で原則論を貫く姿勢を示した。しかし金委員長は北朝鮮ナンバー2として平壌宣言が有効であることをあらためて確認し、停滞している日朝関係を動かしたい意向をより強調したといえる。
(共同通信) - 4月14日20時25分更新
Yahoo!ニュース - 共同通信 - 平壌宣言もとに懸案解決 北朝鮮の金永南委員長めぐみさん「夫」問題で北朝鮮大使
【平壌=共同】北朝鮮の宋日昊(ソン・イルホ)日朝国交正常化交渉担当大使は十三日、平壌で共同通信・加盟社代表団(団長・石川聰共同通信社長)と会見し、横田めぐみさんの夫が韓国人拉致被害者、金英男(キム・ヨンナム)さんの可能性が高いとの日本政府のDNA鑑定結果について「耳を傾けることはできない」と述べ、受け入れ拒否の構えを示した。
今回の鑑定結果に北朝鮮政府高官が見解を表明したのは初めて。約二時間の会見は、拉致問題のやりとりに終始したが、宋大使は「早期に国交正常化を実現し、その交渉をすることが大事だ」と話し、二〇〇二年の日朝平壌宣言に基づく対話路線継続に意欲を示した。
代表団が鑑定結果に関する見解をただしたのに対し、宋大使は「拉致騒動に南朝鮮(韓国)を引き入れることに目的がある」と反発、「無駄なことだ」と非難した。
代表団が「めぐみさんの家族は生存を信じている。再調査できないのか」と求めたのに対し、宋大使は「めぐみさんが死亡しているのは疑いない事実だ」と語った。
拉致問題については「解決済み」と強調した上で「われわれが説明すればするほど疑問が膨らみ、新たな疑問が生じる。解決の糸口を見いだすのは不可能ではないか」とし、歩み寄りは厳しいとの認識を示した。
現在の日朝関係については「(植民地からの)解放後、最悪の状況」と指摘。日本政府の圧力強化の動きについて「外交的、物理的、法律的に強力な対応をせざるを得ず、慎重に検討している」とけん制、次回政府間協議の時期への言及は避けた。
また、めぐみさんのものではないとされた「遺骨」鑑定では、日朝の専門家協議と「遺骨」返還をあらためて要求。めぐみさんの娘、キム・ヘギョンさんが日本を訪れる可能性を問われると「彼女は横田滋さん夫妻に来てほしいとしている。会っても拉致解決の糸口にはならないだろう」と話し、ヘギョンさんを交渉カードにする考えのないことを示唆した。
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1970年代後半、韓国の西海(黄海)岸一帯では北朝鮮の工作員が暗躍していた。
1978年、群山機械工業高校1年生だった金英男(キム・ヨンナム)さんが北朝鮮の金光賢(キム・グァンヒョン)元工作員によって拉致された当時、西海岸一帯で5人の高校生が失踪。その後全員が北朝鮮の工作員によって拉致されたことが判明した。
1978 年8月、全羅南道の紅島海水浴場で拉致されたホン・ゴンピョさん(当時17歳、天安商高3年)、イ・ミョンウさん(同、天安農高3年)も北朝鮮に拉致された。その事実は1995年に韓国へ潜入したキム・ドンシク元工作員と、1997年に検挙されたチェ・ジョンナム元工作員が「イさんとホンさんが北朝鮮で対南工作員教育の担当教官をしていた」と陳述したことで明らかになった。
1977年8月に同じ紅島で拉致された、京畿道平沢市のイ・ミンギョさん(当時18歳、テグァン高校2年)とチェ・スンミンさん(当時17歳、同)も北朝鮮の工作員によって拉致されたことが、チェ・ジョンナム元工作員の証言で明らかになった。
チェ元工作員らは、工作員の韓国への潜入と北朝鮮への帰還の案内役を担う朝鮮労働党調査部(現在の作戦部)に所属していた。金英男さんを拉致した金光賢元工作員は、韓国に侵入する前は「301海上連絡所」に勤務していた。同連絡所は工作員を韓国に侵入させたり、任務を終えた工作員を北朝鮮に帰還させる任務を行っていた。
同元工作員は自らが受けた訓練について、「工作員は逃走する際、一日で150里以上逃げられなかった時は秘密アジトで10~15日の間、指令を聞いて潜伏するように教育されていた」と証言した。同元工作員は乗っていた船が韓国側に撃沈され逮捕された。
同元工作員は当時、記者会見で「11回目の韓国潜入で逮捕された」と証言していたが、その後の韓国マスコミとのインタビューでは、西海岸一帯に27回潜入したと証言した。北朝鮮の工作員が自分の家の庭のように西海岸へ出入りしていたというわけだ。韓国情報当局は1997年末、北朝鮮が10歳代の少年らを拉致した背景について「韓国戦争(朝鮮戦争)当時に北朝鮮に渡った人々が高齢化したため、韓国の人を拉致して対南工作に利用せよという金正日総書記の指示によるものだ」と説明した。
金光賢元工作員はその後、韓国政府への帰化申請を経て、現在はソウル市内のマンションに住んでいる。大学を卒業した女性と結婚し、大学生の息子がいることが分かっている。元工作員の妻は13日に本紙記者が訪問した際、「話すことはない」として取材を拒否した。
日本政府はこの日、金光賢元工作員に対し直接調査を行う意向であることを明らかにした。漆間巌警察庁長官は「1991年に大韓航空機爆破犯の金賢姫(キム・ヒョンヒ)元工作員に直接会い、彼女に日本語を教えたという田口八重子さんの拉致事件が判明した。金光賢元工作員にも直接会って調査することで、拉致事件の解明に大きな力となるだろう」と話した。
漆間長官は警察庁外事一課長だった1991年、韓国を訪問して大韓航空機爆破事件の犯人である金賢姫元工作員に面会し、北朝鮮で同元工作員の日本語教育を担当した「李恩恵(リ・ウネ)が日本人拉致被害者の田口八重子さんであることをつきとめた。これに対し北朝鮮は、田口さんが「1986年7月に交通事故で死亡した。李恩恵とは違うし、そもそも李恩恵は存在しない」と嘘をついてきた。
朝鮮日報
朝鮮日報 Chosunilbo (Japanese Edition)
