中国、核実験20分前に北朝鮮から通告受けていた=米政府高官
[ワシントン 8日 ロイター] 米政府高官によると、中国は、核実験の20分前に北朝鮮から通告を受けていた。同高官がロイターに述べた。これを受け、中国はすぐに、米国と日本、韓国に連絡したという。Yahoo!ニュース
(ロイター) - 10月9日15時51分更新
- ロイター - 中国、核実験20分前に北朝鮮から通告受けていた=米政府高官
燃料棒の再処理重ねる 北朝鮮が持つ「4つの核」
北朝鮮はどんな核兵器を、どれだけ開発してきたのか。その歴史をたどると、これまでに「四つの核」があったことが分かる。asahi.com:燃料棒の再処理重ねる 北朝鮮が持つ「4つの核」?-?北朝鮮核実験特集
◆第1の核
最初の核が、93~94年の第1次朝鮮半島核危機以前に、平壌の北約80キロにある寧辺の核関連施設で抽出されたプルトニウムだ。5000キロワットの黒鉛減速炉から取り出した使用済み核燃料棒を再処理したが、その量は明らかになっていない。
北朝鮮は85年、旧ソ連から原発建設支援を受ける交換条件として核不拡散条約(NPT)に加盟した。非核保有国は保障措置協定(セーフガード)を結び、保有する核物質を国際原子力機関(IAEA)に申告、査察を受けなければならないが、北朝鮮は同協定の締結を拒否。89年に黒鉛減速炉を約70日間にわたって停止し、この間に核燃料棒を再処理した疑惑が浮上した。
北朝鮮は92年にようやく協定を締結し査察を受け入れたが、「抽出した」と申告したプルトニウムの量と、査察の結果が食い違った。当時のウールジー米中央情報局(CIA)長官は93年2月、議会の公聴会で「北朝鮮がIAEAに隠れて少なくとも核兵器1個分の核物質を製造した可能性がある」と証言した。
◆第2の核
第2の「核」は94年春、改めて黒鉛減速炉を停止し取り出した使用済み核燃料棒8000本を再処理してできたと見られるプルトニウムだ。
92年に北朝鮮の申告したプルトニウム抽出量が査察結果と食い違ったことなどから、IAEAは93年2月、特別査察の実施を決めた。北朝鮮は拒否、3月にはNPT脱退を宣言した。翌94年5月には黒鉛減速炉から使用済み核燃料棒を取り出し始め、6月にはIAEAからの脱退も表明した。
危機感を募らせた米政府は寧辺の空爆も検討したが、カーター元大統領が訪朝、金日成主席がIAEA査察官の残留などを受け入れたことから危機は回避された。
同年10月には米朝枠組み合意ができた。使用済み核燃料棒はアルミ容器に密封され、寧辺の貯蔵施設のプール内に沈められた。
しかし、02年10月ブッシュ政権下で初めて行われた米朝高官協議は、新たに浮上したウラン濃縮計画をめぐって決裂。朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)が北朝鮮への重油供給を停止したことに反発した北朝鮮は、同年12月にIAEA査察官を寧辺から追放した。翌03年1月には使用済み核燃料棒を貯蔵施設から運び出し、トラックに積み込む様子を米国の偵察衛星がとらえた。
同年7月、北朝鮮は国連代表部を訪れた米政府高官に「使用済み核燃料棒8千本の再処理を完了した」と通告。その前後、米軍偵察機は北朝鮮周辺の大気から、プルトニウムを抽出する際に発生する放射性ガス、クリプトン85を検出した。
同年10月、北朝鮮の外務省報道官は公式に8千本の再処理を宣言した。
◆第3の核
第3の「核」は、高濃縮ウラン計画だ。
02年10月3日。平壌で行われた米朝高官協議の初日、ケリー米国務次官補は北朝鮮の金桂寛・外務次官との会談で「あなた方がウラン濃縮計画に着手している証拠を持っている。米朝枠組み合意や朝鮮半島の非核化をうたった南北共同宣言などに違反する行為だ」と追及した。
翌日の協議に姿をみせた金正日総書記の側近、姜錫柱・第1外務次官は「その計画を持っていて何がいけないのか」「米国の敵視政策がそれ以外の選択肢を残さなかった」などとまくし立て、「もっと強力な兵器も持つことになっている」とも発言したという。
米政府は、代表団の帰国後、北朝鮮が高濃縮ウラン計画の存在を認めたと発表した。
これに対し、北朝鮮は「根拠がない」と反論。6者協議でも一貫して否定している。
◆第4の核
第4の「核」は、北朝鮮が03年初めに再稼働させた黒鉛減速炉の中にある核燃料棒だ。05年4月には稼働停止が米当局によって確認された。
北朝鮮は同年5月11日には「8000本の使用済み核燃料棒を取り出す作業を終えた」と発表した。さらに94年の米朝枠組み合意によって凍結していた、より大規模な原子炉建設を再開する方針を、改めて示した。さらに「核兵器庫を増やすのに必要な措置を引き続き講じている」と述べ、核兵器増産の意思を強調していた。
拉致早期解決へ県議有志が連盟
県議会の有志29人が、「北朝鮮拉致問題早期解決促進県議会議員連盟」(会長・広江弌(はじめ)議員)を設立した。今後、拉致問題の解決に向けて政府に働きかけていく。鳥取 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
議員連盟によると、県内では、1977年に行方不明になった米子市の松本京子さん(当時29歳)ら4人が、北朝鮮に拉致された疑いがあるという。
(2006年10月7日 読売新聞)