SUNNYを観て、当時のコギャルを振り返る | 椿ブログ

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テンション高めで失礼します。
SUNNY観てきましたよ!また観たいよ!

あったあった!!それーーーというのが続き、オープニングから号泣でしたよ!!ずっと涙が止まりませんでしたよ!!

映画の後はカラオケに直行、サントラで流れた音楽全て、熱唱!!!

数日は、90's歌を口ずさんでいました。

今までほとんど過去は振り返りませんでしたが、

あまりにエモーショナルだったので、振り返ってみたいと思います。


こちら私のegg次代。


こちら映画Sunnyから拝借

左から2番目の子に雰囲気は似ていると言われたけど、そうかもしれない。


高校生当時のプロフィール

・高校:千葉の公立高校、共学。自由な校風だが基本真面目。成績は皆さん大変優秀で、私は成績よくない方。

・活動場所:渋谷には総武線に乗って月に数回通う、千葉駅も時々。「パーティ」に行くのに遠征多々。

・活動期間:1996ー1997年(活動前は硬式テニス部、活動後は受験生)

・活動実績:当時の雑誌(4誌)に登場、高校のミスコン主催(復活)の実行委員長。

・プライベート:本格ギャル化する前に、カナダのバンクーバー、オーストラリアのケアンズにホームステイをしたり、高校の近くにあった千葉大の学生寮に通って国際交流をしていたり、やけにグローバルだった。帰国子女ではない。

1年ほどギャル活動はしていましたが、千葉の公立高校生でしたので、渋谷の主というまでのぼりつめてはいません笑


なぜギャル活動をしていたのか

そもそも私は、高校生で遊ぶつもりでした。
大学生で遊ぶつもりがありませんでした。

なぜなら、父親が常に「大学は遊ぶところではない、勉強するところ。自分が遊んでばかりいて勉強しなかったのでとても後悔している。」
と何度も何度も聞かされていたので、それなら高校で遊ぶしかないなと思っていたのです。

ゆえに、自由な校風の高校に入りたく、高校では完全に遊ぶつもりでした。そして遊びきりました。(先生方ご迷惑かけてすみません!)

たまたま高校の調査書?を見つけたのですが、高校3年のコメント欄に「周囲に流される事なく、自分の意思を貫く」という先生のコメントがあった。
きっとこれは、、学年で最下位層レベルで全然勉強ができない私が、進学面談で上智大学を目指すというと「絶対に無理だから変えろ」とこけ落とした担任が…後から書いたもの。良い意味で1mmも流されなかった。リアルビリギャル。

私の場合はビリギャルのように誰かついてくれた訳ではなく、河合塾にこもって勉強しましたが。
。鉄メンタルだった。



私のギャル活動は、ケアンズに短期留学をきっかけに拍車がかかった気がします。

元々自然に日焼け、茶髪で、真面目よりはヤンチャで、アムロちゃんが好きで、ブランドが好きで、ギャル雑誌も買っていたので、必然的にファッションとしてギャル風にはなっていました。

高校2年に行ったケアンズでの滞在中に欧米人のクラスメートとパーティ三昧に遊びまくって(学校も通い、目的だったスキューバダイビングのライセンスも取得してきましたが…)、そのノリで帰国後も遊びまくっていた感じです。日に焼けていたので日サロいらず。


ケアンズで焼けた。写真はグレートバリアリーフ、船で2−3泊してたくさん潜った!最高だった。

雑誌社めぐりから始めたギャル活動

都内での活動は、千葉市のスポーツ大会(笑)で紹介されて出会った他の高校の友達と一緒に、雑誌社巡りをしていました。

雑誌巡りすると企画に誘ってもらえる。こちらCawaiiの企画

出版社に電話して、遊びに行きますと連絡。出版社行くとギャルちゃんたちがたーくさんいて、「きゃあ、超かわいいい」とかお互いを褒めあう。とにかくうるさい。さわるwww 雑誌の編集の人と話すと、企画や撮影に呼んでくれたりします。読者で作っていた雑誌なので、とても簡単に登場することができました。

今の時代だったら起業とかしてそうな行動力でした笑


eggの編集部で会った●田健●さん、のちに●いとも青●隊に。検索したら今でも活躍されているようでしたので、伏せてみました。左が私。髪を書くのが好きだった…

同じく千葉出身の押切もえさん(同い年)と写っている衝撃?写真もあるのですが、手元にないのでまた追々。

本当に女子高生を中心に回っていた時代なのか?

当時そんなことは思っていませんでした。

でも、やっと今になって、実はそうだったんだと思うように。

街を歩くと何人もの人に声をかけられました。

おじいさんみたいな人に、「二人で7万円でどう?」とか言われました。街を歩くと一度に何人に声をかけられたか友達と共有しあったりしてました。。

色々誘われました。援交はしませんでしたが、身の安全を守れる程度に交友は広かった。今思えばよくまぁ。。と思いますし、誘った側は、とにかくコギャルと一緒に出かけたかっただけなのだと思います。

高校の文化祭にて。白っぽいピンクの口紅!

デートクラブ事件??

ある日千葉県警から親に電話があり、私のデートクラブ登録容疑?がかけられました。今思えば、警察も一斉摘発に動いていたのですね。

その事件は所謂「ハメられた」事案。私のことを妬む女性が、私のプロフィールを使ってデートクラブに登録したものでした。これはまた展開があるのでまた今度。

ストーカーや待ち伏せする人たち??

思い出してきました笑 ついてくる人、待ち伏せする人、いました。ファンなんだか変態なんだか、計画的なのか突発的なのかよく分からないパターン。バッグ取られて、「●●してくれたらバッグ返す」と笑っちゃうようなことを言われたり。

修羅場でも「はぁー?何言ってんの?」という感じで強かった私。。今思えば危なかったww

キラキラしている反面、今思えばびっくりするような嫉妬や事件に巻き込まれたり、まぁそこそこ色々ありましたが、結構危険な時代でした。

上野や渋谷では偽造テレカや薬物が道端で販売されていたり、もっと前だと公衆電話のテレクラシールなどもすごかったですよね。

今はそういうことは全てスマホにシフトしているのでしょう、表に現れなくなり、良いのか良くないのか良くわかりません。時代が変わっても無くならないものもありますね。


道を外していった仲間たち


私は当時から将来のプランをしっかり立てていたので(笑)道を外すことはありませんでしたが、周りには道を外していく仲間たちが少なからずいました。

SUNNYを観て、あの子は何をしているのだろう、と友達の顔ばかり浮かんできました。

今でもそういう感じなのかなぁ。改めて、結構危険な時代だったと思う。

ギャル卒業後、青春は終わったのか?


その後ギャルはきっぱりやめて受験勉強に集中し、計画通り上智大学外国語学部に入学し、学生時代はたくさん勉強して海外旅行行きまくって、通ってた渋谷の地にあるIT企業で14年間働いたとさ。

今でも青春だけど、やっぱり高校生の時が一番キラキラしていて、計り知れない希望があって、自分も痩せてて外見の状態も良く笑、青春でした。

あの時は良かったな~という感覚というよりは、確かに楽しかったけど、その時その時で人生を楽しみ尽くすのが私のモットーなので、今はワーママを楽しんでいる青春、です。

ここ数年はワーママが世の中をシフトしていると思います。

待機児童、働き方改革。ワーママ向けの商品ヒット。

このムーブメントはもっと大きくしていきたい。

そう、女子高生の時のように。


今でも青春!!

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