広島の記番は明治7年12月から始まり、およそ5年位を差出で押されました
広島は地方都市ですが、それでも持ち込まれた扱い数量は多く、
連日、酷使された印は終盤にはひどい状態になっています
印影を追いかけると明治9年の終り頃から変化が見られ、10年にはヒビ・割れ等
目立ち、11年以降になれば可哀そうなくらいです

これも広島での収穫品でしたが、初めに目が行ったのはKG下市の着印でした
記番の横に鉛筆書きで「M11」の書込みと、よく見たら寅年の筆書きがあります
年を特定できるエンタイアで11年は集まりませんからね、、手を上げました

右端の画像は今回のエンタイアに押印された記番です
左上から右下への割れ(赤線)に加え、右上から右下への割れ(黄線)も増えているように見えます
経年の摩耗損壊で明治10~12年の記番には多くの欠けが順に印に残りました
はっきり言ってボロボロの記番ですが、見続けて「味わい」を感じているのは自分だけでしょうねx