画像


龍山(りゅうざん)が見えます。

画像


山頂駅を降りると、こんな景色が広がります。

画像


誰かが「横倉の壁に行く」と言いました。最大斜度38度。初心者には高嶺の花です。

「横滑りで降りられるんでしょう?」「大丈夫!大丈夫!」の声に、挑戦することにしました。

画像


マジかよ~ガーン
5回転びました。最後の滑落は、どんどん加速がついてゆき「しまった!滑落止めを習っておくんだった」と思いました。あとで聞いたのですが、そんな方法はないそうでしたが・・・・・。

画像


よくぞご無事でべーっだ!
画像


この雪のつき方は、深雪パウダーを滑ったみたいだと、デジカメをとりあげられて、カシャりされました。

やけくそだ~い!ついでにUPするぜ~グー

画像


蔵王よ、また遊んでくださいなラブラブ

ざしき童は、みちのくの旧家の奥座敷に現れます。


おかっぱ頭で赤ら顔の子供だとも言われています。


賢治の「ざしき童子(ぼっこ)」には


10人の子供が、座敷で手をつなぐ遊びをしていると、いつの間にか11人になっている。


でも、不思議と誰も知らない子供はいない。


川の渡し守が、一人の子供に「渡し」を頼まれ、不審に思って尋ねると、


笹田の家は飽きたから、斉藤へいくよと答えた。


程なく笹田は落ちぶれて、斉藤はめきめき良くなった。


そんなのが「ざしき童」だと書いてます。


飢きんが続いたみちのくでは、一戸あたりの人数が決められていて、それ以上の子供は生まれてすぐ、山に捨てられた時代があったそうです。


仙台藩の「間引きを戒める絵」などが残されていますから、公の指示ではなく、村人が窮乏の中、生存するために取り決めたものなのかもしれません。


ざしき童や、桑の棒に布を幾重にも下げた人形「おしら様」は、そんな子供が生まれ変わって現れたとも言われています。


・・・・考えてみると、日本の長い歴史の中で、私たちはずいぶん恵まれた時代に生まれたんですね。


「ざしき童」のためにも、この幸せは、守っていかなくてはなりませんね。


福島市郊外に、桃源郷とも呼べる「花見山」を中心にした里があります。

画像


花見山より里を望む

25才の4代目が「花見山」を継ぐべく戻ってきたという新聞記事を見て、桜にはまだ早い3月22日行ってきました。

画像


向かう道もご覧の通り(ダジャレ失礼)
写真家の故秋山庄太郎氏が、弟子100人(200?)を引き連れて毎年撮影会に訪れる。と聞いてから20年ほど経ちました。念願の花見山です。

画像


満開の白梅

画像


同拡大

梅の花がバカボンの父に見えるのはボクだけでしょうか?

画像


画像


こんな中を歩きます。

これだけの庭園を代々手作りで、しかも無料で開放しているのに頭が下がります。

画像


お気に入りの「さんしゅゆ」もこんなに立派です。

画像


桜の蕾

あと1週間か?桜が開花する頃、もう一度訪れたいと思っています。