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高館を裏手北上川(現4号線バイパス)方向より望む。

国道を南下していたら、高館の裏の崖が見えてきた。

そうだ!与えられた居館「高館」を、違った角度から見たら、秀衡が義経をどう思っていたか、頼朝からの処断命令に対してどう対処しようとしていたのか、解るかもしれないと右折、回り込んでみた。

確かこちら側には、水濠と川が巡らされていたはず。

車を降りて畑仕事の女性に聞いてみた。

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桜川 (衣川より引かれた水濠へと続いていた)

「桜川ですよ」・・・・女性はお話好きの方で、そのうち身の上話に。

旦那さんが平泉の昔話の本を出しているとのこと。本には興味はあるけれど、畑仕事中じゃどうにもならないから立ち去ろうとすると、自宅に行って渡してくれるという。ご好意に甘えることにした。

道々、息子さんが二年前に交通事故で亡くなり、旦那さんはその数年前に亡くされていて、今は一人暮らしと聞かされた。

「悔しくて悔しくて」と言う亡くなった息子さんは、奇しくもボクと同い年。

おばあさん、寂しかったのでしょうね。ボクは一生懸命お話を聞いてあげました。

急に思い立った「平泉行」でこんな出会い。義経がとりもつ縁なのでしょうか、なんか身震いがしました。

というわけで、「民話の平泉」「続民話の平泉」ゲットしました。

                                          つづく

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平泉 高館(たかだち、別名、判官館)義経像

最近は、龍馬ブーム。どこもかしこも龍馬、龍馬だ。

こっちは例のごとくへそが曲がっているから、坂本龍馬に魅力は感じるけれども、そんなブームには乗らない。

秘かなマイブームは、「源義経」。

古書店で買った、名もない人の平泉紀行本のせいか、この頃気になって仕方が無い。

兄頼朝との仲違いの真相は?藤原氏の軍勢を以って天下取りの野望はあったのだろうか?

そうなるともういけません。毎日沸々と「義経」「平泉」のキーワードが頭を離れません。

そんなある日ついにチャンスが巡ってきました。と言っても、無理に作り出したのですが・・・・・

朝イチでそちら方面に向く用事が出来たのです。

幸い平泉はそこから一時間半、トンボ帰りで昼過ぎに、「何食わぬ顔戦列復帰作戦」を企てました。

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高館(たかだち、別名、判官館)

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高館位置写真 国交省の看板をパクリました。
 
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月が丸いなあ、昨日も丸かったけど・・と思いながら日めくりカレンダーを見たら、今日は満月。しかも3月30日は、旧暦2月15日。

西行法師が、願わくば春の桜の下で死にたいなあと願った「如月の望月」の日だったんですね。

日本列島で今夜、満開の桜の下満月が見られたのは、九州か四国の人達ですか、うらやましいですね。

ところでその西行さんは、文治6年陰暦2月16日73歳で亡くなったそうですよ。

お見事でした。