朝から雨が降り続いている。

雨と言えば、井上陽水の音譜傘がない」が浮かんでくる。

その年、吉田拓郎も音譜浴衣のきみ~は。の「旅の宿」をヒットさせた。

信じられないだろうが、僕が小学生の頃、「兄、姉が傘を持って行ったから自分の分の傘がなくて学校を休んだ」と言っていた同級生がいた。また折れた傘の骨は修理して使っていた。

初めはそんな貧困をどうにかしようと考えたのだろうか?ゼンガクレン、ゲバ棒を世界語にまでした学生運動は、高度経済成長を享受する国民とのギャップのためか。その頃限界に達していた。

奇しくもあの連合赤軍浅間山荘事件は「傘がない」「旅の宿」のヒットの1972年のことだった。

自殺者が増えているといった報道より、出掛けるための傘がない方が問題だと、あえて歌った陽水。「熱燗徳利で、もう一杯いかが?」と、暴走する学生運動にだろうか?リングにタオルを投げ入れた26才の拓郎。

二人の目に、今の日本はどう映っているのだろうか?

「お元気ですか~?」

昨日は湯殿山東斜面を滑って(転がって?)来ました。

T氏、K氏両ハードヒッターと同行です。

待ち合わせの宮城インター付近、先に着いていた両氏、いつになくご機嫌です。

ボクが、思ったより早く着いたためでしょうか?今日のコースへの期待感でしょうか?鼻歌交じりに荷物の積み込みも手伝ってくれます。

彼らに言わせると今日は天国コースとか?のんびりと下みちを走ります。

今日はピカ天、河北町辺りでは、月山が、まったりとしたマシュマロのような山容を見せてくれます。

※事情により、不鮮明な携帯画像をお詫びいたします。

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河北町より月山を望む

ここは名物肉そばの町、肉そばの店が軒を連ねます。帰りは「肉そばのラーメンバージョンにしようか?」などの軽口も飛び交います。 

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志津温泉を過ぎ、ほどなく姥沢駐車場へ。

ない!ない!ない!

オレのストックがないあせる

ここは他のスキー場が終わってから、夏場まで営業する特殊な、キ印のためのスキー場。貸しスキーは聞いたことがない。

「ノーストックでやればいいっちゃ」とKさん。

「出来るわけねえべさ」こっちも負けてはおりません。

ノーストックで月山系の山を駆け巡る技術があれば、今頃、イケ面(べーっだ!の、アルペン解説者で鳴らしてるっつうの?

「Kさん、今日は珍しく積み込み手伝ってくれたもんね」ボクは毒づきます。

…運良く、民宿でストックは借りられました。

いや~な予感のする中、姥沢リフトで出発です。

姥ケ岳…みんな「うば」と呼んでいます。月山を目指すなら嫌でも目に入る山。

どうしてそんな名前になったんでしょう?ボクの珍解釈によると、この場合の女ヘンに老は、女の老人ではなく、老獪な女の姥なのです。

湯殿と月山の間にあって、したたかなやり手ババアと言う感じ。体形(山容?)もまだまた、むっちりとしています。

Kさん、山歴30年以上のベテラン、蟻のように姥を目指す連中の直登ルートには目もくれず、手慣れた足取りでジグザグに進みます。…これが真っ直ぐ登る連中より、速いんだ。

しまった!姥までは30分と聞いてたけど、それは彼らの所要時間。青息吐息で5分遅れの到着です。
泣き言をグッとこらえて、湯殿山の下に滑り降ります。

思いがけないないパウダースノー。足にキているボクには、チトきつい斜面だったけど、どうにかゴマかして、湯殿山下に着きました。

Kさん呟きます。「湯殿は神の山、登っちゃいけねえ山だったんだよな」

彼、時々あらぬことも口走るが博学の人、イザベラバードから、キャプテンクックの「獣姦話」、はたまたコロンブス?の「梅毒説」まで幅広い。いやな予感がよぎります。

そう言えば語っちゃならぬと芭蕉さんも言っていた。湯殿を目指すオイラ達はバチあたりか?

やがてキツいキツ~い三段の登りををこなすと、彼等が「美味しい」という、湯殿山頂、東斜面に到着です。 
でも、今日のオレ、いささかヘン。足にきています。

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湯殿山東斜面中央茂みの間を降りてきました。

ゲッ!なんだこの急斜面。テレマークのコツは恐がらずに身を投げだすこと。ままよ!飛び込んだはいいが、足が…支えられません。

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湯殿山東斜面

飛び込んではパタっと倒れの繰り返し。ようやく東斜面下にたどり着きました。
ここでめでたく昼食。

あとは石跳川沿いを、ネーチャーセンターまで、川を避けて山寄りを30分ほど下るだけ。

あと10分。ズデーン!左右の肩を打ちながら転がりました。肩は、足は?

大丈夫!でも、ス、ストックが、ぬ、抜けないガーン

ようやくのことでストックを抜くと、あろうことか、ストックが「く」の字に。

借り物のストックだっちゅうの!Kさんがやってきました。状況を説明しながら、浅ましいことを考えました。

曲がったストックを延ばして返そうか?…でも悪いことは出来ないもの。反対に押さえつけたらポッキリ。

やはり、今日のオレは湯殿の神と山姥(やまんば)の逆鱗に触れている。

そんなこんなでようやくゴール。あ、終わった!と思いきや、あろうことか、100枚程撮ったデジカメ映像が全部真っ白。

たたりじゃー!

あ、それからKさん、ごめんなさいストックは最初から、忘れてました。

レンタルしてくれた、民宿柏屋さん、浅ましい気持ちを起こしたボクに、無償にしてくれてありがとうございました。

そして、身代わり骨折のストックさん、感謝します。




 インドネシアのチアチア族が、自分たちの言語表記にハングルを採用するという新聞記事を見た。


 インドネシア国家としては、民族間の意思疎通が出来なくなる懸念のために、採用を中止して欲しいらしいのだが・・・・・・。


 少しうんちくを言わしてもらうと、実はこの朝鮮半島で使われている「ハングル」、歴史は浅い。


 李朝初期の1446年、日本語同様、漢字表記だけでは不便なため、王が命じて学者に意図して作らせた文字だ。記号的に見えるのは、合理性が求められた結果だ。


 例えば、ら(ra)という発音は、己卜と表記する。つまり己がrで、卜がaということになる。ri(り)は、己|と書く。・・・・・・・・・・そう!つまり、|は iという母音なのだ。


 もっとも、このハングルの採用には経済支援の下心もみえてくるらしいのだが、ともあれ文字が輸出されるとは喜ばしい限りだ。


 ところで、その韓国ではどうなのかわからないが、日本では活字離れが言われて久しい。活字病のボクとしては、読むことの楽しさがわからないのはもったいない気がする。


 力作の単行本が105円でBOOK OFFに並んでいるのを見つけるとうれしくてたまらなくなるのだが・・・・・・・。


 最近「1Q・・・・」が爆発的に売れているようだ。くさすようで申し訳ないが、最初の「1Q・・・」が発売された時、ある日突然大きな書店の真ん中にその本が山積みされていた。


 「1Q・・・・」のヒットは人為的なものが大いに寄与しているのだろう。出来れば地味な本でも、少しづつ売り上げを伸ばすような、足元のしっかりとしたものであってほしい。

 本の良さは、疑似体験が出来ることだ。感動を分かちあい、あやまちを事前に警告してもらったりできることは素晴らしいことではないか?


 本を読まなくなったのは、世の中が豊かになり、テレビであったり、ゲームであったり、ネットやそういうバーチャルな体験が出来る媒体が多くなったからだろう。


 ただ、ネットで安易に調べたことが全てだと錯覚するのは愚かなことだ。それは物事のほんの入り口。


 万葉仮名時代からすると、千数百年の歴史を持つ漢字仮名混じり表記の日本語。書き手も読み手も大切に育んでいきたいものだ。