インドネシアのチアチア族が、自分たちの言語表記にハングルを採用するという新聞記事を見た。


 インドネシア国家としては、民族間の意思疎通が出来なくなる懸念のために、採用を中止して欲しいらしいのだが・・・・・・。


 少しうんちくを言わしてもらうと、実はこの朝鮮半島で使われている「ハングル」、歴史は浅い。


 李朝初期の1446年、日本語同様、漢字表記だけでは不便なため、王が命じて学者に意図して作らせた文字だ。記号的に見えるのは、合理性が求められた結果だ。


 例えば、ら(ra)という発音は、己卜と表記する。つまり己がrで、卜がaということになる。ri(り)は、己|と書く。・・・・・・・・・・そう!つまり、|は iという母音なのだ。


 もっとも、このハングルの採用には経済支援の下心もみえてくるらしいのだが、ともあれ文字が輸出されるとは喜ばしい限りだ。


 ところで、その韓国ではどうなのかわからないが、日本では活字離れが言われて久しい。活字病のボクとしては、読むことの楽しさがわからないのはもったいない気がする。


 力作の単行本が105円でBOOK OFFに並んでいるのを見つけるとうれしくてたまらなくなるのだが・・・・・・・。


 最近「1Q・・・・」が爆発的に売れているようだ。くさすようで申し訳ないが、最初の「1Q・・・」が発売された時、ある日突然大きな書店の真ん中にその本が山積みされていた。


 「1Q・・・・」のヒットは人為的なものが大いに寄与しているのだろう。出来れば地味な本でも、少しづつ売り上げを伸ばすような、足元のしっかりとしたものであってほしい。

 本の良さは、疑似体験が出来ることだ。感動を分かちあい、あやまちを事前に警告してもらったりできることは素晴らしいことではないか?


 本を読まなくなったのは、世の中が豊かになり、テレビであったり、ゲームであったり、ネットやそういうバーチャルな体験が出来る媒体が多くなったからだろう。


 ただ、ネットで安易に調べたことが全てだと錯覚するのは愚かなことだ。それは物事のほんの入り口。


 万葉仮名時代からすると、千数百年の歴史を持つ漢字仮名混じり表記の日本語。書き手も読み手も大切に育んでいきたいものだ。