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南蔵王GPS軌跡

今日は皆さんを、なんちゃって縦走にご招待します。

縦走と言えば、列島の尾根を重い荷物を背負って歩くイメージ、「そんなのムリムリ!」と言うあなた、しばらくボクの話を聞いて下さい。

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蔵王遠景(冬)

この写真を見たら、宮城県民だったら、「あー、あそこ!」って言うんじゃないかな?これは70キロ離れた仙台平野の北部から、ある年の冬、フィルムカメラで撮影した写真なんですよ。

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エコーライン刈田峠

そう!エコーライン刈田峠1600m地点からスタートして、1825mの屏風岳を縦走して戻るコースなんですよね。道迷い遭難は、ほぼないでしょうね。「用足し」をして戻れなかったら別ですが・・・・。

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でも油断大敵!コンパスはちゃんと切ってスタートします。

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快適な木道から、前山、杉ヶ峰を目指します。

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振り返ると、エコーライン、刈田岳山頂が見えます。冬にあの刈田嶺神社の屋根がすっぽりと雪に埋まっていたことを思い出しました。あのうら側が蔵王名物「お釜」ですよ。

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芝草平 池塘

草紅葉です。杉ヶ峰を過ぎると、夏にはチングルマ、イワカガミ、キンコウカの群生が見られる、「芝草平」です。

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オオカメノキ ミネザクラ ミヤマリンドウと(?)


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屏風岳(びょうぶだけ)山頂

山頂で出会った初老の紳士、聞けば登山は飽きるぐらいしたとかで、今は百名選の滝を見たり、寺社巡りしているとか。都道府県の最高峰はあと、福井と沖縄だけで、恥ずかしい話だけど、屏風岳(1817m)が宮城の最高峰だって教えてもらいました。蔵王熊野岳(1840m)は山形県なんだって!恥ずかしいね。

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屏風の断崖から後烏帽子を望む

実は今から、ん十年前、そこに見える烏帽子、後烏帽子から登って、この屏風のやせた尾根を歩いたんですよ。きつかったけど「こんな天国のような空の道があるんだ!」って感激したんですよ。ボクの登山の原点かもしれませんね。

そうそう、うちらのテレマークの師匠の、スパルタンの異名を持つT田氏と「踵自由滑走人」A沢さん、ここから滑って降りたんだって!バカだね~!オレは誘われても(誘われないけど)、行かないよ~~。

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水引き入道、南屏風岳不忘山分岐

ここまで約2時間。足(戻りのクルマ)と脚力のある方は不忘山を経て、白石スキー場に降りてもいいですよ。「なんちゃって」のボクたちはここから引き返します。

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遠刈田「新楽食堂」冷やし鴨そば

もちろん、山の後は、温泉。村田インターに向かう途中に遠刈田温泉で入浴、そして行列の出るソバ屋「新楽食堂」、今日も「まいう」でした。

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天然マイタケ今年は、何故か豊作とか。


みなさんも「南蔵王(なんちゃって)縦走」どうですか?紅葉シーズンはこれからが本番ですグッド!

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釜神1 眼はやきものの高台部分を貼り付けてある。

今日は釜神(かまがみ)さまを紹介しようと思います。

釜神さまは、昔、と言っても江戸時代から戦後間もなくの頃まで、宮城県から岩手県南部までの仙台藩地域の民家の台所の守り神でした。

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釜神2 典型的な土製。土台の柱は当時のまま。

釜神には、1と2のような土製と、3と4のような木製の2種類があり、「竃神」と表記されることもあります。

この辺りの典型的な昔の民家は、南側から見て、右手の方から入ると土間があり、奥に竃(かまど)と台所。釜神様は、その空間の柱や大黒柱に、あたりを見守るように張り付けてありました。

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釜神3 宮城県北のやきものの窯場にあったもの。

釜神さまに魅せられて10年ほどになるだろうか?そんなのバチあたりじゃないの?と言われたこともあったが、「気持ち悪いと思ってるうちは、未熟者だよ」とか言って、あたりを煙に巻いていました。

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釜神4 デフォルメされた表情、〇〇根 元首相?

釜神は、展示資料的な価値から言うと、出来ればあるがまま、そして柱ごとが理想的です。

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釜神5 目はタマゴの殻

一見、自由に製作された釜神ですが、いくつかの決まりごとがあります。ひとつは、新築時、大工さんか、左官屋さんによって作られます。また、眼は必ず光らなければなりません。一番多いのは牡蠣の殻(かきがら)。染付け磁器のかけらなども多い。いつぞや、呉須(ごす)と呼ばれる、やきものの、染付け絵の具の青い線が、血走った眼に見えて、ハッとしたことがありました。

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釜神6 目は彩色。風貌からウルトラマンと名付けました。

宮城県の桃生出身の左官、いつも裸でいたから、「はだかかべ」と言われる人のものは、写真と、2、3の実物を見ただけですが、素晴らしいものです。そこから三陸海岸にかけては、「気仙大工」という優秀な大工集団の地。大正から昭和にかけてそこで活躍したのでしょう。

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釜神7 紅白の鉢巻が印象的です。

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釜神8 裏銘から大正7年製作だとわかります。

釜神は、釜男(かまおどご)とも呼ばれていました。
時には、秋田男鹿半島の「なまはげ」のような使われ方もしたそうです。「言うごど聞がねど、釜男くっとぉ~(来るぞ)」と言うふうに。

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釜神9 ダルマをイメージしたものでしょうか?

その昔、病院での死はありませんでした。死はいつも生と隣り合わせ。人々は祈らざるを得ませんでした。

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釜神10 パンチパーマではありません。仏像の頭、螺髪(らほつ)です。

竃(かまど)と言う言葉は、単に煮炊きをする竃と言う意味だけではなく、所帯、身上(しんしょう)の意味を持ち、身を持ち崩す、財産を失うことを「釜戸を返す」などとも言うようになりました。

ですから、釜神さまは、単なる火伏せの神と言う意味だけではなく、その家の繁栄を守る神様なのでした。

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釜神11 毛髪は縄

髪の毛でしょうか、鉢巻でしょうか?こんなふうに本物の縄を編んで表現したものもあります。

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釜神12 木製

木製でしっかり造形してあります。自分がチャランポランですから、こういうきっちりとした作りには憧れます。

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釜神13 目は王冠

「眼は光ってなければならない」の大原則からすると、王冠、今は錆びていますが当時はキラキラしてたんでしょうね。この王冠の酒屋さんは、現在酒問屋を営んでいます。いつごろまで、酒(或いは醤油)作りをしていたのでしょうか?調べたら、製作年代もわかるかもしれません。

いかがでしたか?釜神ミュージアム。気持ち悪いと思った方?修行が足りませんね。感動した方、ボクと同じ病気です。死ななきゃ治りませんね。

昨今は「釜神ブーム」で、製作教室なんかもあるんですよ。

でも、あまり教えたくないんですが。教室で教えてる人、製作販売してる人の作品、今ひとつ違うんじゃないかと思ってるんですよ。上手なんですけど、その人たちのイメージは、山門の仁王さまや、金剛力士なんです。

釜神って、神様なんです。恐いだけじゃ、とんがってるだけじゃあ、ダメなんですよ。オレみたいなダメな子も、もちろん出来るいい子もみ~んな慈悲の心で見守ってくれなくちゃダメなんですよ。

恐いけどあたたかい、それが仙台藩の「かまおどご」なんですよ~

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朝日連峰 三角峰より大鳥池をのぞむ(2006・10・1)

「秋山への招待」。と言っても、残念ながら、秋山さんちのホームパーティへのご招待ではありません。

今年も間もなく秋山シーズンがやってきます。

なぜ山を目指すか?「そこに山があるから」とはイギリスの登山家 ジョージマレリーが言ったとか言わないとか。

かなり、投げやりと言うか、乱暴な言い方ですよね。「うっせーな!」って感じだったんでしょうかね。

本当は「なんにも考えてねーよ」ってことだったんでしょうね。

実際ボクなんかも、山に行くのは本能だと思ってます。

「しばらく散歩に連れて行ってもらえない犬」状態って言えばわかりますかね。

日曜日の夕方山から帰ってきて、その後の週末、2週くらい出れなかったら、ちょうどあんな感じになりますね。

それから、カールブッセの、「山のあなたの空遠く、幸い住むと人の言う」じゃないですが、向こうの山の、その向こうに行きたい、これも本能ですよね。結局、そこには何もなくて「涙さしぐみかえりきぬ」なんですけどね。

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オツボ峰

それから、山の効用ってのもあるんですよ。苦しい登りがあるでしょう?そんな時って自分のことしか考えられないんですよ。誰も引き上げてはくれませんから。

そして月曜日の出社。ストレスが消えてスッキリしてるんです。そう!山に限らずなんでしょうけど、週末に何もかも忘れる時間をつくることなんですね。きつい登りでは借金のことは考えていられませんからね。そのためには、借金を忘れるくらいのきつさが必要ですね~。借金まみれの人は一日に登る標高差1000m以上、ちょっとだけの人は500mとか。

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オツボ峰から以東小屋をのぞむ

もちろん、山頂を極める「達成感っ」てのもありますけどね。ボクは苦しい苦しいってあえいでるのも同じくらい好きですよ。

どうです?今年の秋山、デビューしてみませんか?特に、悩みと借金の多い方、大募集です。