広島東洋カープで22年間活躍した大野豊投手のプロ野球殿堂入りが決定したという。

久し振りに大野豊投手の投げ方をVTRで見ていたら、投球フォームにも流行があるんだなと思った。

ボクらが子供の頃は、みんなあんなふうに軸足を沈み込ませ、ため込んだエネルギーを軸足の蹴りで一気に前に伝えるイメージの投げ方だった。

現在のような、すぅーっと立ったポジションから体を前に倒して投げるやり方は、日本では確かロッテからメジャーリーグに行った伊良部投手あたりからだったような気がする。

最近は、大野投手のような投げ方をする人が殆んど絶滅したところをみると、昔の投げ方は非合理だということなのだろう。

でも久しぶりに大野投手のダイナミックな投球フォームを見ると、果たして本当なのだろうかとも疑いたくもなる。

曲げた軸足のわきに下げた左腕、あの形惚れ惚れしますね。

話は飛んじゃいますが、スキーのジャンプ競技。

子供の頃新聞写真で見た空中姿勢は、前へならえのように両手を前方に出していた形。

もちろんスキー板の前方は今のように開いてはなく、閉じていた。

ジャンプ競技早創期の頃は両手をグルグル回してもいたらしい。

でも野球の投球フォームはともかく、ジャンプのあの「前へならえ」はいけませんね。

今考えても遠くへ飛べるような気がしませんね(-_-;)
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2013.01.09 宮城県大崎市

「藁房(わらふさ)の潔(きよ)さにひかれ初参り」  日出男

お堂の前の今にも倒れそうな鳥居に、真新しい手作りのしめ縄。

思わず車を停めてお参りしました。

雪に映えるしめ縄の黄色い房の、茶筅(ちゃせん)やふくら雀の舞を思わせる美しさ。

村人の手作りのものなのでしょう。

日本ていいですね。
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2013.01.08 宮城県美里町

「昭和の長男であり、"戦争を知っている子供たち"の一人として、喉元(のどもと)すぎて忘れた熱さを見つけて、むしかえしたいと思っている」~小沢昭一『わたし発掘』文藝春秋社昭和53年刊より

夜な夜なまだしつこく故小沢昭一さんの本を数ページづつ読んでいる。

昭和一けた生まれの小沢さんが昭和の長男なら、昭和27年生まれのボクは次男になるのだろうか。

昭和は64年までだから、それでいくと昭和は三男まであって、三男は昭和50年生まれあたり、代表格は今40才あたりってとこか。

小沢さん流の言い方でボクを言わしてもらえば、「昭和の次男であり、"戦争を知らない子供たち"の一人として、戦争の後の忘れた苦しみの喉元過ぎて忘れた熱さを見つけて、むしかえしていかなければならない」んだろうな。