なぜヒモはスロットで食べていくことになったか | 裏道人生@元スロプロ現アフィリエイターのブログ

当時僕は水商売をしていた彼女のヒモでして。



はい。


のっけからダメ人間丸出しですいません。




○校生の頃からよく打ちには行っていて、

当時から知識だけはあったんですけどまるで勝てない状態だったんですね。


その頃はなんでこれだけ知っていて勝てないんだろう、なんて自分はツイていないんだろうなんて思ってたりしたんですが。


ある時RMTで稼いだ小銭を元手に久しぶりにパチンコ店へGOしたんっす。


その時大ヤマトAってスロット台がありましてですね。

スロットなら機械割、パチンコなら出玉率なんて言ったりするんですが、

投資した分に対する戻ってくる分の期待値があるんですね。


100%ならトントン、それ以上なら勝ちが見込める、ってな感じで。



当時はまだ4号機時代でストック機能が・・・

とか書き出すと長くなりそうなんで簡単に言うと、

その大ヤマトAは少し打てば期待値が100%を越えるか否かがすぐチェックできる台でして。


普通なら100%を下回る状態で放置されてるのがほとんどなんですけど、

その店はほとんどチェックしてる人がいないようで、100%↑の台がザクザクあったんですね。


派手な宣伝をしていないのと立地の悪さで若くて知識のある客があまりいなかったのが大きかったんだと思います。



それで有り余る時間を生かして、そのお店に通うこととなり、

通ううちに設定の入れ方や熱い日、寒い日なんかもなんとなくわかるようになり・・・



でパチスロで生計を立てていくこととなったんす。


勝てなかった時代との差は覚悟の差でしょうか。


ダメ人間とは言えども彼女の水商売でご飯を食べていくことにはかなり後ろめたさがあったので・・・

(ならさっさと普通に働けよって話ですがw)


ちなみに水商売を辞めた彼女はPCの勉強を始めてウェブデザイン会社へ就職し、

数年後「スロニートなんかと付き合っていけない」と僕の元を去りました。

まー当たり前ですねw


結局スロット(時々パチンコ)生活は今年の春まで続き、

収入がアフィリエイトにシフトすることで趣味へと変わりました。


8年ほど続けていて、フルで動いていた時の平均月収は40万ほどでした。