~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~ -30ページ目

~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

『とらんくすや。』の親父の毎日を日記に更新していますので、皆様の浅草観光のお役に立てれば是幸いです
今回 ペタ いいね!が受け付けられない事態になりました
お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

天婦羅(てんぷら)のお話 続きです


天麩羅の名前の由来を、お話してきましたが

本日は、天麩羅(てんぷら)にまつわる少し違うお話です


チャールズ・チャップリン

イギリスの喜劇王です

世界の3大喜劇王と言われた一人です


ちなみに、3大喜劇王の後の二人は

バスター・キートン アメリカ

ハロルド・ロイド アメリカ です


チャップリン に戻します

チャップリン様 日本大好きなのです

日本には、4回も来日しています


運転手として採用した日本人 
高野虎市さんが気に入り

秘書にし、また、一時スタッフは、
全員日本人で占められたほど

日本贔屓(ひいき)です


始めて来日した際に

日本橋の花長(はなちょう)で、

海老の天ぷら

36尾も平らげたそうです

その後も、来日の際には、
必ず、海老の天ぷらを食したそうです

そして、付いたあだ名が

天ぷら男  でございます 


チャールズ・チャップリン

大の天麩羅好きなのです

更に もう一つのお話


天麩羅 より ヒントを得た方がおられます


日清食品創業者 
チキンラーメンの開発者

安藤百福 様 です


終戦直後、焦土と化した大阪の街で、

ラーメンの屋台に長い行列をなす人々を見て、

ラーメンに深い関心と
大きな需要への予感を抱かれたのです


麺については全くの素人だった

安藤百福 様は、全くの手探り状態

麺にあらかじめスープの味を染み込ませ、

長期保存に耐えるよう乾燥し、

熱湯で素早く戻せるようにする製法を
探り当てるまでが、

試行錯誤の連続だったそうです

安藤百福 様は、

ある日、夫人が揚げる天ぷらを見て
ヒントを得たのです

「これだ。天ぷらの原理を応用すればいいのだ」

 編み出した手法が

「瞬間油熱乾燥法」なのです

インスタントラーメンの基本的な
製法特許となったのです


天麩羅 様

 から ふらり 

来られたお方?でしょうか

天麩羅様に、助けられる 
地上の人々でございます

只一人 反対の人がいます

それは、天麩羅の喰い過ぎで

太ってしまった 

とらんくすや。親父でございます

お後が宜しいようで













とらんくすや。 へ ご来店の顧客様

食事は、皆様 御贔屓筋が有るようでございます


寿司なら、○○・・・

天麩羅なら、○○・・・

蕎麦なら、○○・・・

この店でなきゃ喰ってられね~
・・・てな感じです


この三つの食べ物は、江戸時代は、

「江戸の三味」
えどのざんまい)と言われました


元々は屋台で食べられた

江戸庶民の大衆的な食べ物だったのです

現在のように大きなお店ではありません


本日のお客様は、今から天麩羅を喰うと

仰(おっしゃ)い 帰られました


てんぷら
天麩羅(てんぷら)
天婦羅(てんぷら)?



浅草には、天麩羅で有名な老舗が沢山あります

雷門 三定   花月   葵丸進

大黒家天麩羅   あかし   天健

金泉   まさる   中清

各店いろいろな個性が有り楽しめます

有名人の方も、御贔屓の店があるようでございます



てんぷら 



奈良時代 から平安時代に伝来したものは

米の粉を衣にしたものでした

江戸時代初め頃 西洋の洋風てんぷらが

伝来したと言われます



てんぷら の語源には色々なお話がございます



1、ポルトガル語の temperar

⇒調味料を加える、油を使用して硬くする

2、ポルトガル語の templo

⇒寺の精進料理

3、油を天麩羅(あぶら)と書いていたものが

⇒後に音読され てんぷら

4、天麩羅阿希(あぶらあげ)といわれていた

⇒阿希(あげ)が取れて読みが音読で てんぷら



最後に ちょっと てんぷら語源話です



江戸時代の戯作者山東京伝(さんとうきょうでん)が、

名前を付けたと言うお話です



大坂で、上手くいかず、

愛人と手に手を取って、

江戸に下った利助と言う者がいました

突然、山東京伝の所に現れます

「大坂の つけ揚げを手掛かりに、江戸っ子に合う

魚肉の揚げ物を工夫いたしましたが、

何か良い名前はないですか?」

それに、答えて付けた名前が、

  天麩羅  でございます



「天竺浪人がふらりと江戸に出てきて始めた」

天竺は、

逐電(ちくでん) の「ちく」と「でん」を
逆にした語の当て字です

住所不定で流浪する人⇒利助のことですね

天竺 ⇒ 天 と ふらり ⇒ 麩羅

天麩羅  となります



天麩羅のお話 まだまだですぞ



続きは明日でございます



とらんくすや。親父でございました






























おやつ時 は、 何時?


本日は、亀十のどら焼きを沢山ご購入なさった

お客様、お荷物手一杯になって御来店です

とらんくすや。親父

「亀十のどら焼き 買えたのですか?

  新聞とテレビで評判になり、
      なかなか買えませんよ」

申し上げますと、

「朝から並んで買ったよ、疲れたよ」


と、お客様は仰っていました

日経新聞、テレビは、スマステーションに、

亀十様のどら焼きが、評判のお店として出たのです

お客様

「社員のおやつに
  食べさせてやろうと思ってな・・・」

良いお方でございますね


おやつ


今では、間食の事を言いますが

江戸時代には、食事は、

一日二回の食事だったのです

朝食と、夕食です


最初は、農民が体力を維持するため、
間食を取ったのです

また、職人も、骨休めとして間食を取ったのです


その時間が、八つ時(やつどき)だったのです

現在の時間ですと、
午後二時から四時頃となります


現在は、一日二四時間ですが、

江戸時代は、違っていたのです


日の出から日の入り で 六等分 昼間ですね

日の入りから日の出 で 六等分 夜間ですね


一日を一二時間としていたのです

その日により、昼と夜の長さも違います

修正しなければなりません

一年を24に区切り

(およそ15日単位で、二十四節季と言います)

で、修正するのです


大変ですな

しかし、考えようによっては、

日の出より始まる、日の出で終わるというのは

人間の身体からすると、良い事だと思えます

理にかなっているかも知れませんね


チョット お話反れましたが


 を付けて

御八つ(おやつ)となったのです


この 御八つ(おやつ)、

最初は、うどんやお餅を頂くと言う事だったのです


しかし、時代とともに、和菓子が台頭します


虎屋織江(おりえ) 桔梗屋河内  亀谷和泉 塩瀬 

長命寺門前 桜餅・・・

現在でも有名な、菓子達です


しかし、本当の長屋の庶民達は

番茶に沢庵(たくあん)だったのですよ


とらんくすや。親父

番茶に沢庵で、休憩ですかな・・・

甘いものを取り過ぎると太ります

これ以上太りますと危険信号ですね・・・トホホ

















江戸風情 魚で味わう?


我が とらんくすや。 の前の中国料理店が無くなり

新しいお店の工事が始まり一ヶ月半が過ぎました

いよいよ 追い込みで、工事に拍車がかかっています


新しく出来るお店は、24時間営業の


水産   加工センタ  


なるお店です

関東圏に、沢山のお店を出している会社だそうです


新鮮な魚を、売り物にした居酒屋さんです


3月31日にオープンするそうですよ

乞うご期待ですね


ところで・・・

江戸っ子には、こんなお話がございます


寺門静軒(てらかどせいけん)様

江戸の風俗を記した「江戸繁昌記」を

執筆された方でございます


「江戸っ子は、好んで鮮魚を喰う、
三日食べないと,
骨の肉とが離れる」


それほど 江戸庶民は、鮮魚が好きなのです


徳川家康が江戸に入府してからの始まりです

江戸城の台所、つまり、食事の材料を集めるのは

大変な事です


家康 様 摂津から 
腕利きの漁師33名を呼び寄せ

漁業の権利を与え、
幕府の食事の魚を治めさせたのです

残り物の魚を庶民に売ったのが、

魚河岸の始まりです

これが、日本橋魚河岸 なのです

現在は、築地魚河岸に変わっています


また、魚の中でも 大事なものは

やはり、だったようです


大名、旗本、そして大店(おおだな)達の祝い事など

宴会の席に欠かせないのが、なのです

 (注:大きな店を持っている店主の事です)


注文が入りすぎると、

品切れを起こしてしまうのです


そこに、目を付けたのが、

魚問屋 大和屋助五郎


関東近くの湾に、生簀を作り対応したのです

大名旗本等から信頼を受け、大きく実権を握るのです


江戸時代 異常な金持ちは・・・

魚問屋と、
蔵前の札差(ふださし)だったのです


札差ふださし)について説明致します


幕府から旗本・御家人に支給される米の仲介をしました

浅草の蔵前に店を出し、売却による手数料を取る事と

蔵米を担保に高利貸しを行い
大きな利益を得た者のことです


市川団十郎助六を演じた時、中村座の桟敷を

魚問屋の鯉屋恋藤 と

札差 十八大通筆頭 大口屋治衛兵暁雨

争ったというほどです

桟敷の買い占めでございます

半分半分となったようですが


魚問屋 凄い力です


そんな江戸の風情を、味わって一杯飲むのも

江戸の粋でしょうか

とらんくすや。親父からのご案内でした
























食 に 感謝を!


とらんくすや。親父 朝の清掃をして感じます

食べ歩きの後の残骸の多さです

食べかけのものまで捨ててあったり

飲み物の、缶、紙コップ、串、・・・など

目に余るものがあります

勿論、以前より指摘致しております

煙草のポイ捨ては、殆ど減りません


残念ながら、この様な状況です


食べるという事に対する感謝も

無くなっているのでは感じます


人間の食事とは、

 食べるという行為という

簡単な行動だけを考えているのでしょうか?

違うのです

生きる、命を繋ぐために頂いているのです

しかも、

命ある生物、動物を頂いているわけです


ということでは、 
残すと言う事は有りえない話ですね


次のようなとんでもない話も有るようです

学校給食です

保護者から、給食費を支払っているので、

「頂きます」「ご馳走様」の挨拶は、

言わさないようにという意見が有ったそうです


が~ん でございます 恐ろしいです


生き物の命を頂いて、

生かして頂いていることを、

知るべきですね
教えるべきですね



嫌いなものは平気で捨てる

ということは、
江戸時代の飢饉の折りには無かった事です

飽食の時代、私自身も含め、

食に対する感謝を考え直さねばと存じます


  とらんくすや。親父
 自戒も込めて申し上げました










天衣無縫 藩津(ぱんつ)とは?


とらんくすや。 の顧客様には、

素晴らしい方が沢山いらっしゃいます


とらんくすや。親父 お話をお聞きし

お教え頂く事が殆どでございます


本日は、海外の税金のお話でございました

シンガポール では、 税金が安く

金持ちの皆様が、多く移住していらっしゃるとか・・・

とらんくすや。親父 には、
雲の上の人達のお話でございます


また、世間話から、
頓知(とんち)問答まで幅広く楽しく

お喋りになる方もおられます


その様なお話になってきますと

ついつい 口が過ぎ

ぞんざいに、ぺらぺらと・・・

限りになく喋ってしまうのが、

とらんくすや。親父 でございます

申し訳ありません  トホホ・・・


その様な、私目に、

「親父さんは、天衣無縫だな」

と、お言葉を戴きました


天衣無縫


無邪気で飾り気がない様子を言いますが


つい最近は、お爺さんと呼ばれた者ですが、

無邪気と言われる程  
可愛いですかね? (笑)


天衣無縫にまつわる話には、
次のような事がございます


織女星(しょくじょせい)が、
天の川の対岸にある

牽牛星(けんぎゅうせい)と一年に一度、

七月七日 に会うと言うお話からなのです

つまり、
七夕伝説のお話からでございます

織り姫星と彦星のお話ですね


綺麗なお話とは別にお話があります

霊怪集の中のお話です

天上にいる織り姫が、
地上の男性と恋をするお話です

彦星様がおられながら、
それは、一年に一回で良いと

地上の男性と恋をするのです

天上から現れ、
雲に乗って天上に帰っていくのです


その織り姫が着ておられた 
着物が問題です


縫い目が無いのです


吃驚ですね


天女の着物は、
針や、糸を使って作るものではないのです

そうです 


天衣無縫  なのですぞ


縫い目の無い完璧な着物なのです


「親父さんは、天衣無縫だな」


この言葉、とらんくすや。親父

以下のように解釈致しました


「天衣無縫 の素晴らしい藩津(ぱんつ)を

作っているな」


いや・・・・


「天衣無縫の藩津(ぱんつ)、
品質第一の藩津(ぱんつ)を作れ」


との、天上よりの声と賜りました


天を仰ぎ、誓いを立てる

とらんくすや。親父でございます


























本日は、

歌舞伎俳優 市川笑三 様

の奥様がお見えになりました


市川笑三 様

市川ホームページ


とらんくすや。 を、
長年、御贔屓頂いている

お客様であります

新しい、
催しをされるそうでございます

その 催しは、

とざい と~ざい 

猫舞伎(にゃぶき)でござる


『猫舞伎(にゃぶき) 浅草舞台』5/10()  
でございます

会場は 
浅草ミュージアム 
6階イベントホールです


 の 歌舞伎 の様です

とらんくすや。親父 にゃんとも 判りません


詳しくは、市川ホームページ  
でご覧下さいませ


江戸 歌舞伎


日本文化として

江戸時代に誕生し、発展したものですね


江戸時代には、 日本文化と言われるものが

その他にも、発展したものがございます


浮世絵しかり、日本料理もそうです

江戸時代は、鎖国の状態ですが

オランダ人が、日本の料理に吃驚しています

料理を作る調理場の清潔さにも驚いています

「何と綺麗なのだろう」

日本文化は、江戸時代に、
大きく花開いたと言えるでしょう


歌舞伎は、正に 江戸文化の象徴ですね


そういう 意味では、


鎖国の効果なのでしょうか


鎖国


島原の乱があり、大きな問題となり

鎖国により、

キリスト教布教禁止には、
大きな効果があったようです

それ以外にも、

自給自足出来る経済体制が整ったと言われます


更に、外国は、日本の金銀を狙っていたのです

キリスト教布教にかこつけて、

更に 奴隷として、日本人を連れ去っていたのです

1582年に ローマに派遣された
天正遣欧少年使節団の一行が、世界各地で、
奴隷にされている日本人を多数目撃しているのです


恐ろしい  う~ん


1587年 

豊臣秀吉は宣教師追放令を発布です

布教にかこつけて、奴隷としてつれ去っていく

ポルトガル人の行動を
知ったからだと言われています


鎖国 悪いイメージが有りますが、

その様な事はありません


立派に、日本伝統文化と、
日本人の命を守ったのです


ありがたや  江戸時代・・・


歌舞伎に ことよせ 振り返る

とらんくすや。親父でございます



市川笑三 様 の

『猫舞伎(にゃぶき) 浅草舞台』5/10()

宜しく お願いします
























「縁起の良い柄 有りませんか?」


本日のお客様 

開口一番

「縁起の良い柄がないかな?」

「ちょっと、良くない事が多いのでね」

とらんくすや。親父 お尋ねいたします

「勝負事ですか?お仕事ですか?恋の悩みですか?」

お客様

「仕事だよ」

とらんくすや。親父 

お答え致します

「立身出世 ですかね は、湖の底から、天まで

一気に登りつめると言いますからね」

「会社間の競争の世界では、そうですね

やはり、勝虫蜻蛉ですかね

蜻蛉は、勝虫と言って、前へしか進まず、

決して後戻りしないと言います

侍の心ですかね」

「ちょっと良くない事が多いということでしたら、

麻の葉紋様ですかね、

麻の葉は昔の神社のお祓いの道具ですのでね」


神社でお祓(はら)い使う大麻(おおぬさ)の謂れは、

麻からきているのです

現在は、紙ですが、罪を祓うということで、

貴重な、麻、楮(こうぞ)から糸にした

木綿(ゆう)等で出来ていたようです


「禍、汚れが取れて、心機一転 頑張れますよ」

など、説明しお買い上げ頂きました


和柄には、歴史があります

長い歴史の流れの中で、培われたものです


日本人、占いなどが好きですし

神社仏閣 どちらへも 皆様お参りされますね


信じて、何か実行すれば、

成就するやもしれません


何か問題が起き悩んでそのまま放置するより

行動を起こすことが
良い方向への道であると思います


藩津(ぱんつ)に、願いをかけるのも

一つの方法ではないでしょうか


とらんくすや。親父だけに

この様な事で、締めとさせていただきます











ふんどし(褌) 大人気!


以外や、以外 ! 

とらんくすや。

外国人の方が、ふんどし 目的で

御来店される方が多いのです


ガイドブックに、載っているそうです

知らない間に、とらんくすや。 が、

ふんどし で有名となっているようですね


ふんどし  漢字で  です


衣 偏 に 軍 でございます


戦いの為の 衣服でございますかな?


外国人が来られた時には、

実際に身に付けて頂きます


裸ではございませんよ

衣服の上からでございますよ 勿論


大喜びで、写真に撮っていかれます


この褌(ふんどし)は、日本では

第二次世界大戦まで、
男の下着の主流だったのでございます

そういう意味では、

褌(ふんどし)の意味が深く感じ入りますね

外国の方は、

強い侍のイメージで考えているようです

褌 即ち 侍の魂でしょうか


日本の方でも、
つい最近 褌 愛好家が増えてきました


褌(ふんどし)の利点 を

申しあげておきましょう


一 ウエストゴムが無い為、腰のかぶれを回避できる

  アトピーの人には 良いと言われます


二 精巣温度を、適度に保ち、精子の数を増加させる

  効能が有ると言われます

  不妊に悩む方には、良いとされます


三 片足を上げたり、屈(かが)んだりせずに、

  着脱(ちゃくだつ)が出来、つまり、脱ぎ着が出来、

  ヘルニアなど、腰痛に悩む方に最適と言われます


四 冬山などでは、ズボンを穿いたまま、

着脱(ちゃくだつ)が出来、身体を寒さから守る


五 海の上での着脱も、簡単であり

  波が高くても、着脱が容易である

  海軍などでは、軍隊の制服であった



考えれば、考える程 便利な代物です

大和魂をくすぐる 一品でございます


外国人に先を越されずに、

日本男子 お試しを!

とらんくすや。親父からのご案内でした



















御来店されるお客様

お子様連れが多くいらっしゃいます

その子供さん達から、

開店当初は、「おじさん」と言われていました

つい最近は、違いますね


「おじいさん」 と言われますね


14年目ともなりますと

とらんくすや。親父も年齢を重ねた事を痛感いたします


「おじいさん」と呼ばれても 

「いや違うよ、おじさん だよ」

と、言えない容姿となってしまいましたね

トホホ ・・・ でございますな


「おじいさん」

と呼ばれる時代が来るとは、

思ってもいなかったことですね

皆様 世の中の我々の年代の方もそうだと思います


ところで 


この 「おじいさん?」何種類もあるようです


父の父 母の父

夫の父の父 夫の母の父

夫の父の祖父 夫の母の祖父

妻の父の父 妻の母の父 

妻の父の祖父 妻の母の祖父

高齢の男性


おじいさん にも 様々ですね

真面目な回答としては、

「直系二親等専属の男性」だそうです


漢字で お爺さん お祖父さん


江戸時代の赤本と言われるものには

この様なものもございます


枯木に花咲かせ爺


「花咲かせ じいさん」 でございます


心優しい老夫婦が、仔犬を拾い、
わが子同然に育てました

ある日、犬は畑の土を掘りながら

「ここ掘れワンワン」

掘ったところ、大判小判がザックザクです

老夫婦は喜んで、近所に振る舞い物をしました


ねたんだ隣人夫婦は、無理やり犬を連れ去り、

財宝を探させようと虐待するも、

犬が指し示した場所から出てきたのは、
ガラクタばかりでした

隣人夫婦は、怒って、犬を殴り殺してしまいました


わが子同然の犬を失って

悲嘆にくれる心優しい老夫婦は、

犬の墓を作り、傍らに木を植えました


植えられた木は、短い年月で大木に成長いたしました

やがて夢に犬が現れて、


「木を伐り、臼を作り、それで餅を搗け」と、


すると、臼から、財宝があふれ出たのです

再び隣人夫婦は難癖をつけて臼を借り受けるが、

出てくるのは汚物ばかりでした

激怒した隣人夫婦は、臼を打ち割り、

薪にして燃やしてしまいました


心優しい老夫婦は、灰を返してもらって

大事に供養しようとしました


再び犬が夢に出てきて

「桜の枯れ木に灰を撒いてほしい」

と頼むのです

その言葉に従ったところ花が満開になり、

たまたま通りがかった大名が感動し、

心優しい老夫婦をほめて褒美をくれたのです


これが、「花咲かせ じいさん」の
お話でございました


大判小判がザックザクとはいかないまでも

何かを、後世の若者に与えられる人間になりたいと

今さらながらに、思います


孫の様な子供達から慕われる

良い おじいさん でありたいと 願う

とらんくすや。親父でございます