~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~ -29ページ目

~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

『とらんくすや。』の親父の毎日を日記に更新していますので、皆様の浅草観光のお役に立てれば是幸いです
今回 ペタ いいね!が受け付けられない事態になりました
お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

いき(意気)と すい(粋)
・・・ごっちゃごちゃ?


いきだね~
 

漢字で書くと 意気だね~

となるようです 
 
へ~ 粋ではないの?

と思われますが、微妙に違うようですね


文字変換しますと「いき」で 
粋、意気 と出てきます

粋を「いき」と読むのは、

明治時代以降に使われた 
当て字でございます


江戸の意気 (いき)

上方(京など)の粋(すい)

となるのです

いき


江戸深川芸者、
所謂(いわゆる)辰巳芸者の振る舞いを

言ったのが始まりです

身なりや振る舞いが洗練され、
格好よいと感じられ、

また、人情に通じ、遊び方が洗練されている

江戸っ子である
庶民の美意識から生まれたものです


ちょっと 待て です

純粋に恋愛に至ってしまうのでは無しに

一線を画し、遊びとして、徹するのが

江戸の いき でございますかな

遊び人の心ですかね・・・トホホ


上方の粋(すい)


純粋、生粋からなのでしょうか

純粋その物で、

果ては、二人であの世までと、

純粋に愛することからでしょう

豪華絢爛に、色どる 振袖姿など

突き詰めた完璧を考えるのです


果ては、愛の為の心中まで考えるのです


江戸っ子の衣装とは全く違うものなのです


江戸の いき であれば、

抜き衣紋(えもん)、
湯上り姿、薄物の着物

素足・・・ いき(意気)だとされます

着物も、縦縞小紋などで

地味な着物が いき なのです

いきな色でも

江戸紫 深川鼠 銀鼠 
鶯茶 藍色 千歳茶

と、地味な色となるのです


こんなにも違う

江戸 の いき(意気)

上方 の すい(粋)


お江戸は、遊び

上方は、純粋の愛


いや~ そんな事は無いと

議論百出でございますかな?


江戸、上方 
どちらにも棲んだ事のございます

とらんくすや。親父 は、

純粋(上方)の遊び人(お江戸)で
ございますかな?















うだつが上がる 藩津(ぱんつ)?


お父様

息子様のことが心配なようでございます

息子様の藩津(ぱんつ)をお選びです


「息子が、うだつがあがらなくてよ~

だらだらして、困ったもんだよ

  何か、良くなるような
藩津(ぱんつ)はないかい?」


例の如く、とらんくすや。親父 
説明申し上げます


「そりゃ、神様へのお願いが必要でしょうか

 神様を 待つ木 松

 神様に宿って頂く為に、
松は常に緑を保ちます


日本の庭園には松が必ず植えられているのは

神様に、降りて来て頂くためなのです


それに、神の使い 龍との組み合わせ

如何でしょうか」


うだつが上がるようにと、

龍に松 など沢山お買い上げ頂きました


ところで


うだつが上がる、上がらない とは

どの様な意味なのでしょう


うだつ(うだち)

宇太知 宇立 梲 卯建 


うだつは、
日本家屋の屋根に取り付けられる小柱です

本来は防火壁なのですが、

江戸時代中期になると
装飾の意味合いが濃くなり

財力を誇示するものへと
変化していったのです


但し、町屋(まちや)といって
町人の町でございます

しかも、長屋になっています

店先が狭く、
奥行きが長い作りでございます

当然、誇張しなければ存在がわかりません


うだつは、

現在で言う、
店の宣伝活動的にもなるのでしょうか

上方(かんさい)の商家は、特に競って

うだつを上げたそうです


うだつ が上がっている家は、

裕福なのです


うだつ が上がらない家は

見栄えがしないと考えられたのです

それで 

「うだつが上がらない」 となったのです


とらんくすや。親父 

最後に決め手でございます


お買い上げのお客様に申し上げました


「立派な藩津(ぱんつ)だけに、

うだつが上がらない訳が無いでしょう?」


御想像にお任せ申し上げます

お後が宜しいようで
























関西風 関東風 何故違うの?


同じ日本でありながら、

本当に違いを見せます

関西、関東地域です

おむすびに使う海苔

関西は、味付け海苔 関東は普通の海苔です

むすび方も、俵結びと、三角結び

何か、喧嘩をしているような違いですね


しかし、根本は、

江戸城開府の折りには、摂津や、京都

いわゆる上方(関西地方の事です)より、

城を築く為に、多くの職人が江戸へ来たのです

大工、絵師などあらゆる分野の技術者です

全てが、関西方面です

江戸城の台所を担う、魚の漁に関しても

摂津の国から、漁師を呼んでいます


しかしながら、経過と共に、

江戸風に変化していくのです


醤油(しょうゆ)


関西風 薄口醤油(しょうゆ)

関東風 濃い口醤油(しょうゆ)


完全に分かれてしまいます


何を隠そう

江戸時代初期までは、

たまり醤油と言うものでした

同じなのです


そして、需要が間に合わず

江戸では、濃い口醤油が開発されるのです

関東平野の穀物、塩の産地(行徳)が近く

下総国の野田が醤油生産地として
大きく発展したのです


一方、

上方 関西では、
薄口醤油が開発されるのです

揖保郡龍野で開発され、

京都での需要が増え拡がっていったのです


何を隠そう・・・ご存知かな?

塩分は、薄口醤油の方が10%も多いのですぞ


現在では、濃い口醤油の需要が、
80%に達しているようです


寿司

関西は、箱寿司 江戸は、江戸前にぎり

江戸 で新鮮な魚を乗せる
江戸寿司が開発されたのです
これは、寿司酢の開発です

結局、上方(関西)でも

江戸前にぎりが流行ったのですが・・・

現在 箱寿司は 殆ど姿を見せません

老舗の有名どころしかございませんね


更に 違いが

牛肉の関西、豚肉の関東


関東では、中華まん 豚肉でも肉まんと言います

関西人は怒っています

「豚肉しか入ってないのに、
    なんで?肉まんなんや?」

関西では、豚肉、牛肉をはっきり分けています

豚肉なら・・・豚まんなのですよ


もっと

肉じゃが 
 

関東では 豚肉ですが

関西では牛肉です 当たり前です


関西、関東 違いますね

しかし、元を正せば

お江戸を作り上げたのは、
上方(関西)の職人なのです

お江戸の方、どうぞお忘れなく


先祖が大坂の

とらんくすや。親父

切に申し上げます

同じ日本 関東 関西 仲よくね


















江戸時代のエコな生活?


江戸の庶民は全てが長屋暮らしでした

以前にも、お話しましたが、


飲み水


大変貴重なものなのです


江戸の町は、埋め立てて出来上がった町です

また、湿地帯も多く有りました

井戸を掘っても、塩水しか出ません


そこで、徳川家康 様 

上水道を作る事の指令を出されるのです

出来上がったのが、

神田上水や、玉川上水でございます


貴重な飲み水 粗末には出来ません

当然、風呂は、銭湯でございます

男女の銭湯を分けることによる無駄は出来ません

ですので、混浴となったのです

しかも、武士、商人関係なく、

裸の付き合いでございます


風紀上問題が起き、

男湯、女湯と別れる事にもなりますが・・・


現在のように、家庭で、一つの風呂など

とんでもございません

お殿様のみでございます


これが、水のエコとなったのです

無駄の無い素晴らしい仕組みなのです


次は、人糞(じんぷん)でございます


町人や職人は勿論長屋でございます

長屋には、沢山の人糞(じんぷん)が集まります

集まった人糞(じんぷん)は、
高値で売られるのです

農家にとっては、貴重な飼料なのですぞ


家主は、相当 人糞代を貰っていたようです

そうそう  う~ん? とですね


ついでに、脱線です

長屋の江戸時代の一ヶ月のお家賃は、

職人さんの一日の日当分でよかったそうです

現在と違いますね?


お次は、 

長屋で使う生活道具は・・・


これまた、 エコでございます

全て借りるのです


つまり レンタルでございます

しかも 安いですよ・・・

生活道具は、何度も修理して使うのです


お茶碗 割れれば、 現代人は捨てますね

江戸時代では、恥をかきますぞ!


割れた物は、接着剤で繋いで再利用です

当たり前だの クラッカー でございます


更に、更に エコなのは、

着物でございます


古着が当たり前の世界です

古着(ふるぎ)古手(ふるて)などとも言いました

婚礼衣装まで古着屋で買う時代です

古着を捨てる事は、ありません


今の世の中 反省ですぞ!


よって、江戸時代の古着屋は、

大儲け致しました


このように、江戸時代は、仕組みとして

無駄の無い生活でございます


長屋や、銭湯など、皆で寄り添って生活する

姿が浮かびますね



とらんくすや。親父
 始め現在の人々は

現在が贅沢であることを、身に沁みて感じ、

無駄をしないよう、物を大切に、

そして、生きる為の、私達の食べ物は、

生物の命を頂いている事を忘れてはなりません


























江戸の初物好き


とらんくすや。 の前の

海鮮居酒屋 様 大流行りでございます

行列でございます

3月31日にオープン致しました店でございます

初物 とにかく 好きでございます


新しい店が出来れば、江戸っ子


「とにかく 喰ってみなきゃ 話も出来ね~」

という感じでしょうか


この初物 江戸時代からの

名残(なごり)でございますかな


そりゃそうですね

喰っていない人が、意見を言える訳が無いのです

食して初めて

旨い、不味(まず)いが言えるのです


その端的なものが、

初鰹(はつかつお)でございます

金持ちが先を争って買ったのです

高かったですよ・・・


なんと 鰹 一本 

現在の価格で 20万円程度?

吃驚仰天

目には青葉山ほととぎす初鰹


山口素堂の句でございます


目には青葉が、

耳には山ほととぎすの鳴き声が

聞こえてくる清清しい五月がやってきた、

あとあの初鰹を口にすることが出来たら

言うことはないのだがね


勿論 江戸庶民は喰えなかったようですね


他にもございますぞ


初茄子(はつなす) 

勿論 高いものです

目へ這入るほどで
   目の出る初茄子

目に入る程の小ささで

目が飛び出るほど高かったのでしょうね


茄子

食した理由はもう一つ有りそうでございます


茄子(なす)は、つるっとしています

毛が無いのです


そうです 


怪我(けが)無い でございます

安心安全 何よりでございます

とらんくすや。親父 

駄洒落で締めとさせて頂きます

















は高貴な色ですが?


色には、色々あるけれど

でございます


人生 いろいろ 男も いろいろ

女だって いろいろ 咲き乱れるの


島倉千代子 様 人生いろいろ

でございます


さて、色はいろいろありますが

日本では、が最高の色だとされてきました


604年 冠位十二階(かんいじゅうにかい)

冠位なるものが、初めて制定されました


最高の色が、でございます

順番は・・・

濃紫⇒薄紫⇒濃青⇒薄青⇒濃赤⇒薄赤

⇒濃黄⇒薄黄⇒濃白⇒薄白⇒濃黒

となります


現在ですと、???

若者の皆様 黒中心のファッションですが

少し、う~ん 違いますね


ムラサキというお花は、

目立たないお花です

五弁の小さな白い花を咲かせます


茈(むらさき、ぜんまい)


根は、生薬の紫根(しこん)でございます

口内炎などの治療に用いられる漢方薬なのです


又、古来より、
紫色の染料として用いられてきました

乾燥した紫根を粉にし、染色したのです


染められた、絹を鉢巻きにして着け、

病気が治りますようにと願う風習が流行りました


よって、江戸の侍 紫の鉢巻きでございます


 この様なお話が・・・


万葉集

額田王(ぬかたのおおきみ)

飛鳥時代の皇族で歌人の女性です


大海人皇子(おおあまのみこ)後の天武天皇の妃であり

中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)後の天智天皇

妃でもあります


ちょっと ややこしいですね


茜指す 紫野行き 標野行き

野守は見ずや 君が袖振る

と歌っておられます


茜色の あの紫草の野を行き 

その御料地の野を歩いてるとき

野の番人は見ていないかしら 

ああ あなたそんなに袖を振ふらないでよ


大海人皇子(おおあまのみこ 後の天武天皇)

は、次のように歌っておられます

紫の 匂へる妹を 憎くあらば 

人妻ゆゑに 我恋ひめやも

紫草の紫色のように美しいあなたのことを

憎いと思っているとしたら、

どうして私はあなたのことを

こんなにも恋しく思うのでしょうか

あなたは恋をしてはいけない

人妻だというのに

(憎いとは思っていないので、

あなたへの恋心が出てくるのです)


 高貴であると同時に

恋や、色を感じますね


人生 いろいろ 誠にその通りでございます

この 三角関係?が


天智天皇の崩御後に起きた壬申の乱の

始まりやもしれませんね?


考えすぎの とらんくすや。親父でございました

























馬鹿と煙は高い処へ登る?


江戸時代の庶民の憧れ

高い所でございます


庶民、町民、下級武士は、

全てが長屋暮らしでございます

高い所に登るのが一つの娯楽だったのです

浅草寺宝蔵門の二階に登れる時があったのですが、

江戸庶民 大喜びでございます

江戸時代の川柳に

中日に仁王の頭を踏みならし



とあります


高い処


現在では、高い塔 高いビル ですかな

江戸庶民は、二階で喜んでいましたが・・・


現在では、

とても、その様なものでは許して頂けませんね


日本一 高い塔 

東京スカイツリー 
634m でございます

世界一ですね


しかし、世界では、微妙なのです

ビルの世界一で、

ブルジュ・ハリーファ 
アラブ首長国連邦のドバイです

ビルの高さ636.0m

塔の先端828.0m 168階建があります


う~ん


日本では、今年出来ました


あべのハルカス 
300m 60階

日本一高い 建物 なのです


塔ではありませんよ


今までは、

横浜ランドマークタワー 
296m 70階 が

一番でした


11年振りに、日本一が入れ替わったのです


江戸時代の庶民であれば、

大喜びするでしょうね


高い所は、未知の世界だったのです

高い所にいる人は、
天守閣にいる殿様だけなのです

一種の憧れだったのでしょうね


もう一方(ひとかた)、

高い所が好きな方がおられます

猫様でございます


野生だったころの名残でしょうか

木の上は、敵がいなく、安心して休めるという

習性があるようです


また、

猫は耳の奥に平衡感覚を受け持つ器官があり、

よく発達していて、
平衡感覚には優れているそうです


江戸庶民にも、猫にも

高い場所が必要だったのですね


とらんくすや。親父

平衡感覚が有りませんので、

脚立に乗るのも、
おっかなびっくりでございます

いや~高い処は嫌いです

馬鹿と煙に見えますぞ!





















消費税アップで御免なさい


いよいよ明日より、消費税が8%と なります

我が とらんくすや。 でも 準備に

てんてこ舞いでございます


プライスカードの付け替えや

レジの設定の変更など

馴れないこと故、

大変な労力を要します

そして、お客様には、

あまり歓迎されない事でございます


とらんくすや。  
今でも準備は不完全でございます

申し訳ありません


御免なさいです


おっと この御免なさい

ちょっと お話がございます


江戸時代には、

武士の特権がございました

苗字帯刀(みょうじたいとう)でございます


名前と長い刀を持つ事を許されたのです

それと、

切捨御免(きりすてごめん)でございます

所謂、無礼討ちでございます

武士に道を譲らなかったり、
大名行列を横切ったり

高い所から、行列を眺めたりすると、
無礼討ちとなります


実際には、注意し、
逆らった者がそうなったようです

武士は、品が有りますからね


そうすると、

御免とは、


切り捨てる事を、
許可するような意味でございますかな?


現在のように、

ごめんなさい 悪かったという意味ではなしに


当然お前が悪いのだ

というようになってしまいますね


微妙でございます


しかし、お許しを

明日から 消費税アップでございます

とらんくすや。親父

心から ごめんなさい でございます ぞ!















江戸の三昧 お次は、蕎麦


江戸の三昧(えどのざんまい)

最後にご登場は、蕎麦 様でございます


お浚(さら)いでございます

江戸の三昧(えどのざんまい)は、

屋台で多く食された、
寿司、蕎麦、天麩羅でございます


江戸時代

江戸わずらい という病気が流行(はや)りました

江戸時代の中頃には、
贅沢に、白米が主となっていたのです


江戸わずらい 

所謂(いわゆる)脚気(かっけ)でございます

ビタミンB1欠乏症でございます


地方では、白米など食す事は出来なかったのです

江戸の武士は、体面を保つため白米となるのです

上級武士に脚気(かっけ)が多かったと言われます


そして、
蕎麦が江戸っ子に流行った理由ですが


脚気(かっけ)に良いのが、蕎麦なのです

江戸っ子は、経験的に知ったのですね

白米を食べるのを、蕎麦に変えると


不思議です


快復に向かうのです

現在では、蕎麦には、
ビタミンB1が多く含まれ

脚気が防止できると判っていますが、

当時は知る由も無しでございます


江戸に 蕎麦 が定着したのです


この蕎麦

平安時代には、
農民が飢饉に備えて作る雑穀だったのです


うどん(饂飩)は、
小麦粉を原料とする麺類ですが

もっと、安く麺を作る為、
より安い蕎麦粉を混ぜ込んだのです

そして、
次第に蕎麦粉だけを使った麺を作ったのです


そして、付いたお名前が


蕎麦切り(そばきり)でございます


省略して蕎麦と呼ばれるようになったのです

江戸時代初めは、

屋台で、食されるようになり


うどん よりも蕎麦が中心の

江戸となっていくのです


江戸は、蕎麦文化となるのです


浅草には、

雷門 尾張屋   並木蕎麦  など

沢山老舗がございます

是非、浅草の蕎麦を御堪能ください


ちょいとついでに、とらんくすや。 へも

とらんくすや。親父からの御案内でした


















江戸の三昧 お次は 寿司


本日は、昨日お話しました

天麩羅 のお話に続き


江戸の三昧(えどのざんまい)の関連で

江戸の寿司 のお話でございます


江戸の三昧 とは、

江戸時代 屋台で食された

寿司、蕎麦、天麩羅の事でございますが、


寿司には、深いお話がございます


江戸時代は、
寿司は立ち喰いが当たり前だったのです

粋な食し方は、
適当に、ささ、さーと喰って

速く食べて、

「釣りはいらねえよ」

で帰るのが粋な食し方でした

江戸っ子のせっかちさが、
粋なのでございます


なれずし  熟れ鮨(鮓)


これが、平安時代より続く寿司なのですぞ

乳酸発酵させて作る魚の寿司なのです

鮒(ふな)寿司などが
現在まで続いているものですね

鯖寿司、などもそうですね


ところが、江戸時代に 酢というものが開発され

一気に江戸の寿司が流行るのです

時間を掛けて発行するなんぞは、

せっかちな、
江戸っ子には合いませんよね


現在のように、

酢飯を軽くまとめ、その上に主に魚介の生身や

〆たものや火を通したものを合わせて握る

握りずしが出来上がったのです


関西地方も、
この江戸前寿司に移行して
いったのでございます


江戸っ子の せっかち

旨いものを作る手助けでございますかな?


江戸前握りずしの創案者は、

両国は與兵衛鮓(よへいずし)の

華屋與兵衛(はなやよへい)とも

安宅の松之鮨(まつのずし)」の

堺屋松五郎(さかいやまつごろう)
ともいわれています


美味しいものを作りすぎ

奢侈禁止令(しゃしきんしれい)に
背いたと、投獄されています

贅沢をしてはならないということです

江戸幕府財政難になっていたのです


贅沢を禁じた天保の改革

二百軒あまりの寿司屋が刑に
処せられることになったのです


美味しいものを作ると 
大変でございますぞ


大坂名物 箱寿司も、

この江戸前寿司に、
勝てなかったようですね

大坂でも、江戸前寿司に変わっていったのです


江戸の三昧 寿司のお話でした

とらんくすや。親父 
箱寿司も好きですよ

えへへ・・・
○● 出身ですからね