~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~ -16ページ目

~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

『とらんくすや。』の親父の毎日を日記に更新していますので、皆様の浅草観光のお役に立てれば是幸いです
今回 ペタ いいね!が受け付けられない事態になりました
お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

「猫に小判」
の様に過したいものです?


価値の判らない猫に小判を与えても意味が無い

の喩(たとえ)ですが・・・

しかし、小判の価値が判らないのは、
猫だけでしょうか?

立派な千年杉のような、

千年以上も生き続けている方にも判りません

智恵のある猿でも判りませんね

何故? 猫なのでしょうか?

猫のしぐさ、常に関心の無い様子が

ぴったりだったのでしょうか?


小判 つまりお金です


お金の価値 が判るのは人間のみですね


この喩(たとえ)話が生まれた

江戸時代に行ってみましょう


江戸時代 小判は一般庶民には程遠いものでした

基本、銀貨か、銅貨しか使った事がありません

小判 庶民には、別世界のお金です


小判が有れば全てが欲するままになったか?

それは NO です


江戸時代  例えば、

電気は、有りません、日が暮れると寝るのです

空を飛びたい 
といっても 出来ません 飛行機が有りません

遠くへ行きたい 
といっても 電車が有りません


全てが人力でした

なので、無謀な無駄は無いのです

現在の様に、

多くの石油エネルギー等を消化しないのです

それに比較し、現在の人間は、・・・

平らな土地が欲しいと、山河を潰す

石油や石炭が欲しいと掘り尽くす

原子力発電で、放射能廃棄物を生み出す

その様な、現在の世の中になっています


江戸時代のように、欲望を押さえ

自然に生きる知恵が必要ではないでしょうか


猫に小判 と笑うのでなしに


小判に執着、現代ではお金(お札)に執着している

人間を笑うべきだと感じます


自然にエコで生きよう

江戸時代 着物は、古くなれば、寝巻にし、産着にし

更には、雑巾にし、果ては、燃料として燃やし、

燃やした灰は、野菜などの肥料とする


欲望には限(きり)が有りません

猫のように、お金を見ても、

素知らぬ顔で過ごしたいものです


とらんくすや。親父

お金や小判に縁がございません

霞みを喰って生きております
ペタしてね















藩津(ぱんつ)の色の選び方?


とらんくすや。

藩津(ぱんつ)をお買い上げになるお客様

柄で選ぶのが基本ですが、色に拘る方もおられます


 探れば・・・

古(いにしえ)からの色に対して、

思いや、決め事がありました

中国思想にも影響されていますね

四神(しじん)ですが、中国の神話で、

天の四方を守る霊獣(れいじゅう)と
言われるものです

青龍(せいりゅう)  白虎(びゃっこ)

朱雀(すざく)    玄武(げんぶ)


これに、方向季節
当てはめられています


青龍(せいりゅう) 東  春  緑(青)

白虎(びゃっこ)  西  秋  白

朱雀(すざく)   南  夏  赤

玄武(げんぶ)   北  冬  黒


もう一つ付け加えておきますと

黄龍(こうりゅう) 中央    黄

皇帝の龍 で やはり 黄色が

中国では、身分の高い色とされます


我々日本人は、何故か、この取り決めや、風水で、

頭の中に刷り込まれていますね

青雲の志

功名を立て、立身出世する意欲 という意味ですが

青と言えば・・・

「東」「春」「龍」ときますね

「東」は、日の出る方向、人生の始まりと例えます

「春」は、芽が出る頃 「龍」は登る

ここから青春という文字が出来たと言われます

青は、若い色 
そして 天にある雲、天に昇る龍

青雲の志

言いかえれば、若き日に、

天の雲を掴みたい、龍の如くでしょうか


藩津(ぱんつ)の色の選び方ですが、

総じて、若い方は、青を選ばれますね

逆に言えば、

若い方には、青を選んでほしいですね

決して、黒色オンリーでは困りますね


青の対極にあるのがです

次の様な詩がございます中国の御老人の詩です

宿昔(むかし)青雲の志

蹉蛇(さた)たり白髪の年

 *蹉蛇(さた)⇒ 思うようにいかない事

年を取ると白を好む方が多くなりますね

白色 悟りの境地でしょうか


藩津(ぱんつ)色の選び方

年により色の選び方が違うというお話でした


いやいや、更に選び方がございますぞ

風水の色、ラッキーカラーなどです


ちなみに 

ラッキーカラーは、次の様です


ピンク 人間関係を高め、夢に近づく
ゴールド 金運を高め、才能発揮
キャメル 自我を抑え、信頼や安心


すみません・・・とんでもない・・・トホホ

カタカナのカラー(色とは言えず・・・)

となってしまいました


結論 

色の選び方はご自由にと言う事ですかな?


とらんくすや。親父 

いつものチグハグ・・・お許しを

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武士道と江戸小紋と藩津(ぱんつ)?


とらんくすや。 には、

藩津(ぱんつ)に拘る方々がおられます

龍や唐獅子が好きな方

大きな花柄が好きな方

唐草好きの方

明るいのが好きな方

いろいろ でございます



この様なお方もございます

江戸小紋の柄しか穿かないという
お方がおられます

何故なのでしょう、
 


江戸小紋とは・・・


江戸時代のことです

大名の方々、平和ボケでしょうか

派手な裃(かみしも)を作り競い合ったのです

「とんでもない」「武士たるもの何と心得る」

お上(幕府)からのお咎めが出ます 

派手なものは禁止となったのです


そこで考えました

遠くから見ると、無地の裃(かみしも)

しかし、近寄って見ると、細かく文様が描かれている

これらを、大名の方々が、要求し作らせたのです


非常に高度な染色技術がいったのです

これほど、技術がいる染め物

次第に、この文様が、各大名で固定化していったのです

それが「定め小紋」あるいは

「留柄(とめがら)」と言われるものなのです


徳川将軍家⇒ 御召十

五代将軍綱吉⇒ 松葉

紀州大納言⇒ 極鮫

肥後細川家⇒ 梅鉢

加賀前田家⇒ 菊菱

肥前鍋島家⇒ 胡麻(鍋島小紋)

土佐山内家⇒ 青海波

薩摩島津家⇒ 鮫(にたり大小島津)

信濃戸田家⇒ 通し

備後浅野家⇒ 霰小紋

甲斐武田家⇒ 武田菱

出雲佐々木高綱家⇒ 宇治川小紋


他の大名は、使う事が出来ません

現在で言う、ユニホームの様なものです


「定め小紋」の発達により

庶民も真似をしたのです

奢侈禁止 贅沢はご法度でございますれば


庶民も派手に出来ません

小物などや、ちょっとした衣服に取り入れました

無地の様で、良く見ると柄が有るというものです

庶民 語呂合わせ、縁起もの、謂れ小紋など

あらゆる 創作小紋を作っていくのです

洒落を楽しんだのです


しかし、庶民には、裏技がございました

表地は、地味ですが、
裏生地に浮世絵や、派手な柄を書き

普段は見えないが、脱いで裏地を見ると

吃驚仰天


そんなものを作り楽しんだのです


内に秘めたる 派手 ですぞ!


江戸柄好きのお客様


決して、裏では派手と言うお客様ではございません

質実剛健、質素倹約を旨とすべし

立派な武士たるサラリーマンのお方でございます

だから、こよなく 江戸柄を愛されるのです


江戸柄 武士のようなサラリーマンに

非常によく合います 

とらんくすや。親父 から

武士道的サラリーマンへのお勧めでございます

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一期一会(いちごいちえ)の藩津(ぱんつ)?



本日も久しぶりに御来店の

お客様がお見えでございました

お客様 こう仰いました

「何年か前に来た時に、花柄で、派手で、

ピカ~と光ったようなのが有ったが、
もう無いかい?

あの時、もう1枚買っとけばよかったなあ~・・・」


とらんくすや。 の藩津(ぱんつ)は、

ご存じのように、出来上がる枚数が少ないのです

売れてしまいますと、基本再生産は致しません


とらんくすや。親父 次の様に申します

「惚れた藩津(ぱんつ)があれば、

その時に、お買い求め頂かないといけませんね

二度と現れないのです 一期一会でございます」


一期一会 の 藩津(ぱんつ)


誠に申し訳ありません

この様な素晴らしい言葉を

使うこと恐縮でございます お許しを・・・


一期一会(いちごいちえ)


茶道 千利休 様 のお言葉からとされます

千利休様 次の様に仰いました

あなたとこうして出会っているこの時間は、

二度と巡っては来ない、たった一度きりのものです

だから、この一瞬を大切に思い、

今出来る最高のおもてなしをしましょう」


千利休の高弟であった

山上 宗二(やまのうえ そうじ)様

一期に一度の会

と、書に残されています

幕末の大老 井伊直弼(いいのすけ)

自分自身の茶道の一番の心得として、

一期一会

茶湯一会集(ちゃのゆいちえしゅう)に記しています


茶道の この言葉から


一期一会

お客様とは、一生に一度かもしれない

出会いの藩津(ぱんつ)、

真剣に制作に邁進せねばと、

心に誓う とらんくすや。親父でございます

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浅草 とうろう流し


浅草 8月16日

浅草夏の夜まつり とうろう流し

が、行われます


この浅草での、とうろう流し 
の起源は、

昭和 21年に始まりました

太平洋戦争が終わった次の年です


「流灯会」(とうどうえ)
が行われたのが始まりです

復興祭の折り、縁者の皆様が、
浅草に参集し行ったものです


其の当時は、堤防が作られておりません

隅田川の川辺から、供養と復興の思いを込めて、

一つ一つ、燈篭(とうろう)を流したのです
風情のある風景だったようです


毎年三千個以上の
燈篭(とうろう)が流されたようです


しかし 続いたこの燈篭流しが、

防潮堤工事の為中止となります


環境が整った為

平成17年 復活し、現在に至っています


燈篭(とうろう)流しとは・・・

燈篭流しとは、送り火(おくりび)の事なのです

お盆行事の一つです

お盆に帰ってきた死者の魂を現世から

ふたたびあの世へと送り出す行事なのです


また、お盆の正式名称

盂蘭盆会(うらぼんえ)と言われます


盂蘭盆会(うらぼんえ)

インドのサンスクリット語である

ウラバンナ(逆さ吊り)を漢字で音写したものです



意味は、次の様になります

逆さまに釣り下げられるような

苦しみにあっている人を救う法要


浅草夏の夜まつり とうろう流し

平成26816日(土)雨天決行

でございます


広島は原爆で、沢山の方が亡くなっています

長崎も原爆で、沢山の方が亡くなっています

東京も東京大空襲で、沢山の方が亡くなっています

心からの 燈篭流し 送り火 で、

苦しみにあっている人を救う法要

をしようではありませんか


とらんくすや。親父 よりのお願いでした

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フランス人の入れ墨(刺青)とは?

本日は、フランス人の若者が御来店です

一度お見かけした方だったので

とらんくすや。  へは 何回目?」

と とらんくすや。親父は尋ねました

「2回目」とのことでした



この、フランス人のお方

腕に刺青(いれずみ)をしておられます

桜に波 それに 文字が有ります

何と 驚きですぞ

義 勇 仁 礼 誠 名誉 忠節

と、彫られています



そうです、武士道なのです

フランス人の若者から、武士の魂を教わるとは

頭の中が、錯乱状態ですね



武士道  



  
人が歩むべき正しい、真っ直ぐな、狭い道

  
義を見てせざるは、勇なきなり 大義の勇

  
思いやりの心 
不仁にして天下を得る者は未だ之有らざるなり

  
相手を敬う気持ちを目に見える形で表現する
  慈愛と謙遜から生じるもの

  武士に二言無し  
武士にとって嘘は、罪悪よりも弱さの表れで有り
不名誉である

名誉  
不名誉は樹の切り傷の如く、時はこれを消さず、
  かえってそれを大ならしむるのみ

忠義  家臣の真の忠義とは、
主君が進むべき正しい道を説き聞かせることにある


思い出しましたね 武士道でございます

さて、刺青(入れ墨)は、
世界的に古代より行われていました

5300年前の刺青を入れた古代人が発見されています
アルプスの氷河の中からです 奇跡的ですね

日本でも刺青の歴史は古く、
2300年ぐらい前 弥生時代の土偶に、
刺青紋様が有るのが発見されています

身体に動物の様に毛がないのが人間です
なので、容易に出来たようですし

飾る事が人間の本能だったのでしょうか?

入れ墨を入れる目的は、
何に在ったのでしょう

個体認識
戦国時代には、首を取られると、判らなくなるのです
それ故(ゆえ)、名前を指などに彫っていたようです
身元不明死体となってしまうのを防いだのです



刑罰
刑罰の印として、顔に入れ墨をしたようです
江戸時には、左腕に線の入れ墨をしました


組織帰属の証

皆様ご存じの通りでございます

仲間意識の高揚でしょうか


日本の社会では、町の中で歩いていて
入れ墨(刺青)を見る事は殆ど有りませんね

ところが、
外国の人は、見える 腕、足に刺青をされているようです
フランス人の若者も見せる為と、言っていました

浅草 外国人の入れ墨(刺青)姿が
多く見られるようになりました
すみません 好いか悪いか・・・ トホホ



外国の人は、入れ墨は、悪い事という感覚がないのです
その人の主張であり、ファッションなのかもしれません

頭が固~い とらんくすや。親父
少し、目が覚めるような思いや、
いや 入れ墨は×では? 
の思いなど、複雑でございます


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帰省とは、親の安否を気遣うもの!


いよいよ帰省ラッシュが始まりました

今年は、台風がきている影響もあり、

早目に、帰省されているようです


この帰省 とは


故郷に帰って親の安否を気遣うという

唐の朱慶余の漢詩が出典だそうです


旧字体では、歸省(きせい)と書きますが

この旧字体の 「歸」

社に祀るお肉と、清める為の箒(ほうき)が

合体した文字なのです


ですので、中国風に言えば、
神に捧げるお肉を持って帰り

神に感謝をする為に、帰るとなるのです


日本風に言えば、捧げるお供え物を持って帰る  

と、言う事になるのです


「省」は「目」と「小」で

小さいものまで見る目となり、元へ戻り、見直す



本当の意味での

帰省とは・・・

両親の元を去って、元に戻り、

ご先祖様、ご両親に、感謝する事が

目的となるのです

決して、遊びではございません




江戸時代には、庶民は、

基本、その土地で生まれ、その土地で過ごすですが、


丁稚奉公で、遠くからきている者もいました

棲み込みでの奉公が当たり前です

その人達が、実家に帰れたのは、

旧暦の1月16日 と7月16日です

小正月とお盆なのです


店主は土産物や、

小遣いなどを渡したものだそうです


これが、現在の賞与、
ボーナスとなったのでしょうか?

とすると、親の為、先祖の為に使うもので、

自分自身の楽しみの為に使う者では有りませんね


ご両親へのお土産、ご先祖様へのお供えもの

決して忘れてはなりません


お土産には、お供えには、

とらんくすや。 の藩津(ぱんつ)と

言いたいところですが、・・・

とらんくすや。親父

本日は、お供え物に、

藩津(ぱんつ)とは言い難く

ご遠慮申し上げる次第でございます

トホホ・・・

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野良猫ちゃん どうすれば良いの?


浅草は、アーケードが多く

何故かしら、野良猫が沢山いるようですね


野良猫に「餌をやるな」と怒る方もいますが・・・

野良猫はどうしたら良いのでしょうね


野良犬は?

東京では、殆ど見かけません

何故しょうか? 

狂犬病予防法などで、法律上厳しく

野良犬を取り締まっているからでしょうか?

不思議にいませんね


野良猫 

以外に病原菌を持っていると言われます

回虫、サナダムシ、パスツレラ菌

更に、トキソプラズマ、疥癬(かいせん)など

持っているようです


野良猫を保護している立派な方が、観音通りと

続きの通りのメトロ通りにおられます


そのお方は、わざわざ 野良猫の検査をし、

そして、予防注射や、去勢手術などをしたうえで、

里親を探されると言う事です


すごく、お金が掛かるそうですね

大変でございます 
野良猫の為にされているのです

観音様 の様なお方です


是非、お願いです

野良猫に簡単に餌を上げるだけの行為は、

止めた方が良いとの事 問題が起きるとの事
守って頂きたいと思います


しかし、可哀想ですね

野良猫ちゃんを捕まえて、

適切な処置をしてやるのが良いのですが

なかなか 捕まりませんね


猫 !

招き猫と言われ、基本日本人は好きなはずです

野良猫にとって良い方法で、可愛がって下さいませ

重ねて言います

餌をあげて楽しむだけは、ご法度だそうです


招き猫に縁のある藩津(ぱんつ)を

制作販売致しております

とらんくすや。親父

家猫 様 野良猫 様

猫様 全体が幸せになって欲しいと

願っております

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似顔絵と一緒に商売です?


私の似顔絵が飾ってあります

(すみません 飾るなんて 申し訳ない)

カリカチェアジャパン

爆笑似顔絵総本店 浅草雷門店

にて、書いてもらったものです


本日も御来店のお客様に言われました

「この似顔絵 似ていますね

これ おじさんでしょ」

とらんくすや。親父 返す言葉が決まっています

「似てないでしょう、実物とは、
  ちょっと違うでしょう、

  絵より実物の方がもっと男前でしょう」

お客様曰(いわ)く

「特徴 好く 捉えていて、面白い 
           そっくりですね」

関西弁の若い女性の方は、

「めちゃ ええやん おもろいで そっくりやで~」


似顔絵と肖像画 

どの様に違うのでしょう?


似顔絵 ⇒ 

特徴を捉えて、少しユーモアを入れたもの

肖像画 ⇒ 

真面目に似せて描き、少し美化したもの


という感じに思われますが・・・

そうです、
昔は、写真なるものが無かったのです


エジプトや、古代ローマなどの人物画は

残っていますが、写真では有りません

わざわざ、肖像画を作ったのです

身分の高い人でないと、無理ですね


とらんくすや。親父の絵の様に

不細工(ぶさいく)ではいけません


身分の高い人の肖像画

描く人は、大変だったと想像できます

似過ぎて、不細工(ぶさいく)では、

お咎(とが)め を受けますね

少し美化されたのではないでしょうか


美化されたお話・・・


中国の明の時代の皇帝様のお話です

皇帝 朱元璋 様

温厚で端整な肖像画があります

もう一つは、

陰険で醜悪な肖像画があります

2枚が残っているのですぞ


すみません 憶測ですが・・・

真面目に、捉えて描いた肖像画が、駄目と言われ

美化した肖像画に書き直したのでしょうね

しかし、 本当は「こうだ」と

後世に残す為に、
焼かずに残しておいたのでしょうか?


現在でも、自分の写真を、

美化し修正する人がいます

目を大きくしたり、顎(あご)を細くしたりです


考えますと、後世に

とらんくすや。親父の似顔絵が残りそうです

本来であるなら、
美化したものが残るのが良いのですが

面白く、不細工(ぶさいく)にしたものが

残りそうです 残念です あ~


まてまて、 う~ん 考えてみれば?

ひょっとして、 ピカソが描いた絵の様に

有名になるかもしれないですぞ!


そんな 似顔絵と一緒に

商売に励んでいる

とらんくすや。親父 でございます
ペタしてね
















(ふんどし)への思い」続きです


さて、(ふんどし)は、

現在の若者から見ると笑いの一つに

なってしまっています

ですので、ご購入は、笑いを取る為にが

圧倒的に多いのです

褌(ふんどし)本当に愛用されている方は、

祭好き、腰痛でお悩みの方がおられます


日本が、戦争に負け

GHQ、アメリカの支配下に
置かれた時の事です

命を惜しまず
戦う日本人の精神構造は、

何処にあるのだろう?

と考えたようです


人の為に、正義の為に、

命を捧げる事が出来るなど

個人主義の、欧米人には、考えられないのです


このまま 放置すれば、

いつかは、やられるのではないか

と思ったのではないでしょうか?


一つは、

日本語ではないか と言う事で

日本語をローマ字に
変えてはという案が出たようです

実際に、漢字が有り平仮名が有り
その様な文字を一般庶民まで
理解しているはずがない
と、GHQは思い、調べたようです

ところがどっこい 

書ける読める 日本人さすが、賢いのです

ある日本通のアメリカ人がいて、

その様な事をしてはいけない

日本の文化の良さが無くなってしまうと

訴え却下されたようです


もう一つは、

褌(ふんどし)でございます

神事に使う麻などで、

男の大事な処を包んでいたのですか

これが、日本男児の潔さ、強さではないかと

軍隊での使用を禁止したのです


更に、

大麻取締りです

日本人は、説明しましたように

神事としてお祓(はら)いなどに

大事に、麻(あさ)を使用してきました

麻(あさ)が使えない事により、

現在の様に
紙のお祓いの道具となってしまうのです


これでは、
神道そのものを否定されたことになるのです

本当に寂しいかぎりです


数千年続く 神の道 

この様な国は日本だけです

同じように、

褌(ふんどし)の文化は


笑いでは無い、

神への道に通じると言う事を

若者に判って欲しいと切に願う

とらんくすや。親父でございます


ペタしてね