~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~ -17ページ目

~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

『とらんくすや。』の親父の毎日を日記に更新していますので、皆様の浅草観光のお役に立てれば是幸いです
今回 ペタ いいね!が受け付けられない事態になりました
お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

「褌(ふんどし)への思い」


とらんくすや。 では、

越中褌(えっちゅうふんどし)を売っています

若者や、外国人の方が興味津々でございます


とらんくすや。親父

褌(ふんどし)の締め方を教えます

褌の語源は諸説あるようですが、

衣偏に軍ですので、

軍の制服みたいなものだと

教えます

「男として、戦いを挑む為の下着である」

若者は、笑いますね

褌(ふんどし)少し笑いの対象になっています

とらんくすや。親父 怒って言います

「褌こそ、日本人の魂の宿る下着ですよ」


この(ふんどし)

昭和20年までは、男性の下着だったのです

そうです、第二次世界大戦までの下着だったのです

当然、軍隊でも使用されていたのです


戦国時代には、

麻(あさ)だったのです


神事においては、お祓い などで使うものに

大麻(おおぬさ)つまり麻(あさ)を使っていたのです


麻(あさ)の褌は、

心身を清める意味があったのです

江戸時代に入り、麻(あさ)が高級な為も有り、

木綿に変わっていくのです

褌(ふんどし) 

実は・・・

男の大事な処や、
精神を清める意味があったのです


しかし、日本は、第二次世界大戦に負け

褌(ふんどし)を使う事が無くなりました


現在の様に、
若者の笑い物の様になってしまいました

何故なのでしょう?


つづきは  明日です


とらんくすや。親父 

「褌(ふんどし)への思い」の、お話でした
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昭和生まれと、平成生まれ


皆様、時代の差を感じる時とは

どの様な時でしょう

とらんくすや。親父としましては、

生まれの元号ですね

話の中で、生まれ年で、
昭和が出ますと安心しますが、

平成生まれと聞きますと、

棲んでいる世界が違うような気がします

勿論 昭和生まれの私でございます


この昭和 の元号は、

どの様にして決まったのでしょう


書経より、

百姓昭明    協和万邦

ひゃくせいしょうめい きょうわばんぽう


人々が、それぞれ徳を明らかにすれば、

世界の共存繁栄がはかられる


中国の伝説の王、堯を讃えたものです


ここから 昭和 です


この昭和の元号 世界で、最も長いのです

昭和生まれの親父達は、
平成の世の中になっても

長きにわたり、親しんできましたから

愛着が有るのですね


昭和生まれの親父同志で、生まれの話になります

「俺、昭和17年、貴方は?」

「私は、昭和25年ですな」

と言う感じになります


ちなみに、平成生まれの最年長は、

26歳となるのでしょうか

若いですね 羨ましいですね


それでは、平成の元号の謂れは、


書経より

地平天成    

地平らぎ天成り


国土も平静になり、自然も順調である



春秋左氏伝、史記の五帝本紀より

内平外成

内平かに外成る


内外は、平静になりました



中国の伝説の王 舜が 禹に言った言葉からです


ここから 平成 です



昭和生まれ、平成生まれ

当然年代が違いますね、


しかし、日本を良い国にするには、

昭和の人達が、良い所を
引き継いでいかなければなりません


さしずめ、とらんくすや。親父は?


和柄が、何故良いか、
和柄の吉祥の意味など


お話も仕上げたいと思います


そして、褌(ふんどし)でございます

何故 衣偏に軍なのか ?


平成の若者に、

魂のお話を申し上げて行きたいと存じます


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若者よ!縁起の良いになってね?



日中は、水撒きをしなければ 

暑くて大変な天候ですね

お客様に、涼しくなって戴こうと、

とらんくすや。親父 水 撒きの実行です



ところが、驚きです

水を撒いているその場所に、

わざわざ 立ち煙草をし、

水撒きの邪魔をする若者がいるのです

申し訳ないが、
少しどいてくれないかと言いましたが

素知らぬ顔です、

とらんくすや。親父 

「水が掛かりますよ」
若者

「水掛かってもいいよ」

と、つっけんどんに、返事です

煙草を吸うのを止めないのです



いや~ まいりました

蛙の心境でしょうか?



蛙の面に水を掛ける

蛙は顔に水が掛かっても
平然としているといいます

何度注意されても、動じない喩ですが、
正に、その通りですね

蛙の諺 どれも、 あまり良くないですね




井の中の蛙大海を知らず

知識、見聞が狭い事の喩
広い世界に気づかず、
狭い世界で、得意になっている人



蛙の子は蛙かえるのこはかえる)

子の性質や能力は親に似るもの、
凡人の子は凡人にしかならない



しかし、

本当の蛙様 違いますぞ

実は、縁起が良いのです



とらんくすや。 藩津(ぱんつ)にもございます

蛙・福返る若返る 紺(ドビー織)

(商品コード0023)



蛙の語呂合わせ 
福返る、金返る、無事帰る、若返る・・・

縁起の良い生き物ですぞ

また、

蛙は子供を沢山生むところから
子孫繁栄とも言われます




更に 

蛙様 八相縁起 備え

なるものが、ございますぞ



口 ⇒ 小火(ぼや)、
   煙草吸殻をパクリと呑み込み火災予防

腹 ⇒ 大肚に構えた腹にはへそがなく、落雷予防
食物 ⇒ 毒蚊、毒虫を食べ、害虫撲滅、無病息災
皮膚 ⇒ 災難を避ける保護色の鎧
子蛙 ⇒ 常に親の責任を負い、子はしっかり親に従う
冬眠 ⇒ 断食・耐寒の時期に心身修養せよ
前足 ⇒ 磐石に構えた脚は威風堂々、礼節を知る
後足 ⇒ 屈伸活発、待機していない時は、
    跳躍前進せよ



蛙様の行動、各部所 
素晴らしいでは有りませんか



蛙の面に水を掛ける 

と言うような人ではなく

蛙 八相縁起備え 

のような、若者となって欲しいと願う

とらんくすや。親父でございます


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挨拶とは、禅問答?


とらんくすや。親父 

朝の掃除と、朝の挨拶から始まります

さあ 何人の方と御挨拶いたしますかな?

自然と増えていきますね

朝の荷物配送の運転手の方

店の周りの方達

「おはようございます」

「今日も暑いですね」

「お互い気を付けましょう」

仕事の始まり、皆様との朝の挨拶で

大いに、元気が出ます


この挨拶

古(いにしえ)には、言葉かけと言いました

「おはようございます」

早くから御苦労さまです という言葉が、
省略されたものだと言います

古(いにしえ)には、どの様な人にも、

言葉かけをするのが礼儀とされたのです

本来であれば、道を通る人全員に
「おはようございます」

挨拶をしなければならないのです

古(いにしえ)の人は、本当に立派ですね


「こんにちは」

今日(こんにち)は、御機嫌如何でございますか

が、省略されたものです

お昼時に出会った人に対しての挨拶です


「こんばんは」

今晩(こんばん)は良い晩ですね の省略です


「さようなら」

左様ならば それならば
私目は、失礼致しますの略ですね


挨拶 

もう一つのお話がございます


一挨一拶(いちあいいっさつ)から

挨拶の言葉が出たと言われます

修業されている お坊さん同士が禅問答する

勝負の事なのです


挨拶 実は勝負ですぞ

きちっと 
挨拶はしなければならないのですぞ


「一挨一拶、其の深浅(しんせん)を見んと要す」


禅門の典籍「碧巌録(へきがんろく)」に
記されています


禅門修行者は、相手の修行の深浅を量(はか)り知る為に

自分の存在をかけて問答をするのです

「挨」 ⇒ 「押す、攻め込む」

「拶」 ⇒ 「攻める、迫る、切り返す」



挨拶 修行者同士の禅の勝負なのですね


思い出しました

小売業チェーンストアに勤めていた時代を

「挨拶に始まり、挨拶に終わる」

社是でございました

挨拶の大事さを肝に銘じ、

これからも切磋琢磨を誓う

とらんくすや。親父 でございます


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鞄(かばん)と藩津(ぱんつ)
何処が似ているの?


とらんくすや。 の前の通りで、
清掃していました時


外国人の方が、地図を出して、

浅草寺はどう行けばよいのかと、

身振り手振りでお聞きになりますので、

とらんくすや。親父 仲見世通りまでご案内し

浅草寺への道をご説明致しました


ところが、大きなキャリーバッグをお持ちで、

今度は、コインロッカーは、
何処かとお尋ねです

道を戻り、コインロッカーまでご案内です

悪いことに、大きいキャリーバッグを入れる

ロッカーは空いていません

しかたなく、とらんくすや。 の店内で

お預かりする事となりました

右往左往の大騒ぎとなりました


カバン 便利ですが、大きいと大変です


しかし 楽しい旅行の為には、

着替えなど必要なものを入れて運ぶ

必要不可欠なのが、鞄(かばん)ですね


カバン 実は、英語ではありません

鞄(かばん)日本語ですね


語源は、オランダ語のカバス、

中国語の挟板(キャハン)から

等と言われますがはっきりとは判りません

明治22年に、「かばん」の当て字として 

「鞄」の字が当てられたのです

分解しますと 

(かわ)の(つつみ)ものですね

言い得て妙ですね 巧く合っていますね


浅草にも、鞄(かばん)に、
因んだ場所がございます


エース 世界カバン博物館  です

世界中から集められた

550点ものカバンコレクションを

見る事が出来るのです


しかも、浅草雷門から近い所なのです

是非、お立ち寄り下さい

詳しくは、
エース株式会社のホームページをご覧下さい


日本の昔には、

カバンの役目をしたもの色々有りますね


武士が鎧を入れたもの ⇒ 鎧櫃(よろいびつ)

医者が、薬を入れて運んだもの ⇒ 薬篭(やくろう)

江戸庶民のお伊勢参りなどに使われたのが、

現在の旅行バッグに相当する ⇒ 柳ごおり


物を入れて運ぶ入れ物、大事な物の入れ物

無くてはならない存在ですね


鞄(かばん)考えてみれば

藩津(ぱんつ)と似ていますね?


鞄(かばん)大事なものを入れるものでもあり

お財布や、免許証が入っていますね


藩津(ぱんつ)これも エヘン? 

大事なものを包んでいますぞ?


鞄(かばん) 革(かわ)の包(つつみ)もの

藩津(ぱんつ)布(ぬの)の包(つつみ)もの


大事なものを包(つつみ)役立っているのです

人のお役に立つ 

鞄(かばん)、藩津(ぱんつ)

と言う事で

強引な締めとする 
とらんくすや。親父でございます


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同じ藩津(ぱんつ)を穿くのが、真の友人?


「友達にプレゼント」として

藩津(ぱんつ)をお買い上げいただくお客様

かなり、多くいらっしゃいます

しかも、男性から男性へのプレゼントです


「え~ ?」 


決して、変な意味ではございません

良いものが見つかったから、

買ってプレゼントしてやろうという

軽いお気持ちからです


素晴らしい友達関係ですね

藩津(ぱんつ)仲間ですよ!

この様な気さくな友達何人も欲しいですね


友人、友情 つい最近の事件には、

本当に心が痛みますね


昔この様なお話がございました


友人が病に倒れていました

それを知った其の人は、
遥々友人を訪ねてきました

運悪く、その地域に敵の兵隊が侵入してきたのです

病人の友人は

「余命いくばくもない、早く逃げろ」

と言いました

しかし、其の人は、言いました

「君を見捨てて、
自分だけ生き残ろうとは思わない」

と拒みました、
そうしているうちに敵の兵士がやってきました

兵士が言いました

「他のものは、全て逃げていないのに、

何故お前達は残っているのだ」

其の人は言いました

「病気の友人を見捨てる訳にはいかない、

殺すのなら、自分を殺してくれ、
友人は助けてやってくれ」

これを、聞いた兵士達は、顔を見合って驚きました

そして、この様に言って立ち去りました

「俺達 道義の無い人間が、
道義を重んじる国に来てしまった」

その地域は、荒らされず、
何も取られずにすんだのです


友情 涙の出る物語です

生きるか死ぬかの時、信義を貫く友情

この様にありたいですね


孔子が仰っています


益者三友(えきしゃさんゆう)

直きを友とし、
諒(まこと)を友とし、

  多聞を友とす、
益なるかな

直き(正直、剛直な人)を友とする

(誠実な人)を友とする

多聞(博識な人)を友とする


とらんくすや。親父は、誠の友人とは

同じ 藩津(ぱんつ)を穿ける間柄の友

と、思っています


孔子様とは、ちと違いますかな?・・・トホホ
お後が宜しいようで・・・
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江戸時代 商人道は? 


日本には、武士道がございました

江戸時代の武士の生き方です

義 勇 仁 礼 誠 名誉 忠義

でございますね


さて、私達 物を売る商人には、

何か、生き方を示したものは在ったのでしょうか?


基本的に、
大袈裟な書物としては残さないのが

商売人でしょうね

何せ 儲けのネタでしょうから

また、大袈裟にすると、

武士からとんでもない目に遭いますので


武士が商人から借りた金をチャラにするなんて事

あったのですから・・・

儲け過ぎると、没収などもあったのです


江戸時代は、士農工商の身分制度です

武士は、大見え切って、

この様に生きるといっても通用しますね


はたして、商人はどうでしょうか?

「儲けやがって」と、見られていたのでしょうか?

江戸時代の武士道精神から見た商人の行いは、

「非道なことで買い手を食い物にするもの」


と思われていたのです


しかし、おられましたぞ・・・

石田 梅岩(いしだ ばいがん)先生です

江戸時代の思想家で、倫理学者です

百姓の子供に生まれ、11歳から呉服屋で、

丁稚奉公として働き、その後一旦故郷へ帰りますが

23歳の時に再び奉公に出て働きました

40歳頃に仏教者と巡り合い、思想家となるのです

商人の心が判る思想家なのです


商業の本質は

交換の仲介業であり、

その重要性は他の職分に何ら劣るものではない


武士等に劣るものではないと言っておられます


商人道は悪くはなく正義
天下の人々に尽くす善行


他人に尽くし、利潤を得るは、

武士が主君に尽くし、俸禄を頂くのと同じ


さらに、

商人道として守るべき事も述べておられます


二重の利を取り、甘き毒を喰ひ、

自死するやうなこと多かるべし


実の商人は、先も立、我も立つことを思うなり


この考え 

近江商人の思想「三方良し」

「売り手良し、買い手良し、世間良し」

と、似ていますね


武士道も大事だと思う

とらんくすや。親父ですが、

商人道も大事にしたいと思います

「売り手良し、買い手良し、世間良し」

「三方良し」の精神で、

お客様に喜んで頂ける製品を作って参ります

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語呂合わせによる縁起担ぎ


織田信長の戦勝祈願では、

鰹節(かつおぶし)⇒ 勝男武士(かつおぶし)


そうです、我がとらんくすや。  には、

和尚様に書いて頂いた色紙がございます


春夏冬 二升五合

秋無い ⇒ 商い 

升升(二升)半升(五合)(ますますはんじょう)

  ⇒ 益々繁盛(ますますはんじょう)


勝負に勝つには、こんな語呂合わせ

かなり太りますぞ・・・


ビフテキと豚カツ を勝負前に食べる

ビフテキ ⇒敵

豚カツ  ⇒勝

敵に勝つ


浅草寺様に縁のある 
語呂合わせがございます


五円玉でございます

五円  ⇒ 御縁が有りますように 


お金持ちのお方は、

五百円玉  ⇒ 百回の御縁が有りますように

更にお金持ちのお方は、

五千円   ⇒ 千回の御縁が有りますように


とらんくすや。親父は 
金持ちではございませんので

少し奮発でございます

四十五円  ⇒ 始終御縁が有りますようにで、

浅草寺様のお賽銭にしたく存じます

御利益は求めてはいけませぬぞ

自身に言い聞かせています


おせち料理は、
語呂の詰め合わせですぞ


黒豆 ⇒ 黒く日焼けする程、
   
達者(マメ)に働けるように

田作り(ごまめ) ⇒「ごまめ」は「五万米」

「田作り」つまり、五穀豊穣を願う

昆布巻き(こぶまき)⇒ 「喜ぶ」の語呂合わせ

金柑(きんかん)  
⇒ 「きん」 は 金 

「かん」は
 「重ねる」の「か」と「運」の「ん」の語呂合わせ

 つまり・・・財宝の金冠を意味しています


もう一つ忘れていました 
「土用の丑」だぞ!

鰻(うなぎ)の焼き物  

⇒ 鰻(うなぎ)登り つまり 出世です


いや~難しいです  

語呂合わせもここまで行きますと

とらんくすや。親父 ついていけませんね


おせち料理だけに、・・・

蛙の藩津(ぱんつ)の御紹介で、

お開きとさせて頂きます
蛙・福返る若返る 黄色(ドビー織)

(商品コード0024)


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掃除は、己の心の掃除


とらんくすや。親父 朝はお掃除でございます

周りの店の前の塵(ごみ)を取り、水撒き致します

本日も、塵(ごみ)取りしながら、

思わず口走ってしまいました

「煙草のポイ捨て何故止めないのだろう」

「日本人も、マナーが無くなったな」

と、ブツブツでございます

「いや、いけない 己の心の掃除でしたな」

反省いたしました


お掃除には、次の様なお話がございます

昔々のお話です

インドでの数千年前のお話です

出来の悪いお釈迦様の弟子であるお坊さんがいました

そのお坊さん、自分の出来の悪さに嫌気がさし

お釈迦様に「お坊さんを辞めたい」と言いました

お釈迦様は、「心配はいらないよ」とおっしゃい

一本のほうきを渡されました

「綺麗にしようよ」
言って渡されたのです

お坊さん 何年も掃除に励みました

ある日、お釈迦様が、

坊さんの所に来て次の様に言われました

「随分きれいになったね、

しかし、まだ一カ所汚い所がありますよ」

お坊さん

「どこが、汚いのですか」

と尋ねましたが、教えては貰えませんでした

更に掃除を始め数年が経ちました

お坊さん ある日 突然 気付きました

「そうだ、汚れていたのは、自分自身だったのだ」

その時、お釈迦様が後に立っておられたのです

「やっと、
全部綺麗になりましたね」


と、おっしゃったのです



そうなのです

掃除は、地域の為にしてやっていると言うような

奢(おご)った考えでは、いけないのです

己の心の掃除の為に、させて 頂いていると

感謝をしなければならないのです


とらんくすや。親父 大いに反省でございます

してやっている は駄目です

させて 頂いているでなければ

本日は、大いに反省しているところです

とらんくすや。親父 トホホでございます

ペタしてね





家紋は、日本の誇り?


家紋は日本においては、

古くより、自らの家系、血統、家柄、地位を

表すために用いられてきた紋章なのです

現在では、二万以上の家紋が確認されています


この家紋の始まりは、

平安時代からの始まりとされます

まずは貴族が目印として使いだしたのです

その後、公家が牛車に、目印として紋を付けたのです

公家の間で流行り、
様々な家紋が生み出されていくのです


そして、本格的に家紋が発展していくのは、

武士でございます


鎌倉時代には、

源平の戦いに代表されるように、
戦が増えてきます

源平藤橘(げんぺいとうきつ)

と呼ばれる如く、

源氏、平氏、藤原氏、橘氏の戦いです


同じ仲間の印、帰属意識としての家紋

戦いの場の目印の旗としての家紋となるのです


当然ですが、武具(刀、鎧兜など)にも

家紋が描かれるのです

ですから、家紋の発展は

武士によるものが大きいと言えます


さて、

平和な江戸時代になりますと

この家紋 庶民にまで広がります


ヨーロッパでは、

貴族しか紋章は使ってならない
というものなのですが


日本は違います

士農工商 全てOKでございます

お百姓さん、商売人、芸人、役者、芸者 全て

家紋を持っていたのです


しかし、使ってはならない家紋

例えば、徳川家の家紋などは使いません 

とんでもないと言う事なのです

日本人は、素晴らしいのです

自覚がございます


その中でも家紋が大事だった人達がいます


百姓、町人


苗字を持つ事を許されていなかったのです

しかし、家紋までは規制が無かったので、

一族の印、家の印として大いに活用したのです


家紋の文化は、百姓さん、町人さんまで

巻き込んだ大衆文化なのです


江戸末期1862年の事です

イギリスのロンドンで

ロンドン万博が行われました

その時に

駐日英国公使であった

ラザフォード・オールコックと言う人が

自身で収集した
日本の美術品などを展示したのです

ジャポニズムの大きな流れを
引き起こす事になるのです

貴族の芸術では無い、
庶民の芸術に感嘆するのです


ジャポニズムの流れの中で見られるのが

ルイ・ヴィトンの

モノグラム・モチーフです

日本の家紋を参考にしていると言います


日本の誇り 家紋

家紋藩津(ぱんつ)を是非どうぞ

家紋 紫 (商品コード0013)

とらんくすや。親父 からのご案内でした