読書百篇 義自見わる | ~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

『とらんくすや。』の親父の毎日を日記に更新していますので、皆様の浅草観光のお役に立てれば是幸いです
今回 ペタ いいね!が受け付けられない事態になりました
お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

読書百篇 義自見わる

(どくしょ ひゃっぺん ぎおのずからあらわる)

読書

年を取ると読書が厳しくなります

目が老眼になり、なかなか字が見づらくなります

しかし、読書を続けねば、

何故か馬鹿になる様な気がする

とらんくすや。親父でございます


とらんくすや。親父 子供の頃は、

月光読書(げっこうどくしょ)

で書を読んだものです

終戦直後の生まれですので

電気が自分の部屋に無く、

お隣の部屋から漏れる光や、月の光で、

勉強したものです

勿論、机などは有りません

リンゴ箱を机代わりにしておりました


現在の様にテレビも無い時代です

私の住んでいた村では、

テレビは、近くの散髪屋さんにしかありません

私など子供達は、

散髪屋さんの入り口からテレビを見いったものです

ですので、本を読むのは、自然の行いだったのです


現在の生活では考えられないことと存じますが

それだけ、日本と言う国は

終戦後70年で、裕福な国になったのです


情報はテレビ、ラジオ、インターネット、

雑誌、新聞、書物・・・

本当に恵まれていますが、

とらんくすや。親父としては、

どうしても、書物に頼ってしまいます

読んで、書いて、言葉に出して 

覚える習性が有るようですね


読むのが速いお方

一目十行

一目で十行も読める人です


読書の理解力の鋭いお方

眼(がん)紙背(しはい)に透る

目の光が、紙の裏まで通るぐらいに

書を理解すると言う意味です

とらんくすや。親父はそこまでゆきません

のろのろ、だらだら でございます

読書百篇 義自見わる

(どくしょ ひゃっぺん ぎおのずからあらわる)

書物を繰り返し熟読する事で、
意味内容が判ると信じ

読み続けている 
とらんくすや。親父でございます


おっと どっこい しかし

読書亡羊

(どくしょぼうよう)

読書に夢中になって、羊の番をしていたのを忘れ、

羊を逃がしてしまうと言う様な事に
なってはいけませんぞ



とらんくすや。親父
 よ!

読書に夢中になり

お客様の接客を怠ってはいけぬぞ