ヨシノのいた時代【3月の巻(1)】 | トリュフ・ラボ-アクマで4コマ-

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 この記事はマンガの公開ペースの調整のために検討した読み物のコーナーです。
 このコーナーを始めた経緯については今までの記事(→最初はこちら)をご覧くださいませ。

 では「ヨシノのいた時代・3月の巻」

 昭和4年~20年の3月の出来事には以下が挙げられます。

 昭和7(1932)年3月 満州国建国宣言
 昭和8(1933)年3月 国際連盟脱退
 昭和8(1933)年3月 米穀統制法公布
 昭和13(1938)年3月 戦艦「武蔵」起工
 昭和17(1942)年3月 日本軍がラングーンを占領
 昭和20(1945)年3月 主要都市への米軍による大規模戦略爆撃
 昭和20(1945)年3月 硫黄島での組織的戦闘終結



 今回は主要都市への米軍による大規模戦略爆撃について触れます。
具体的には3月10日の東京大空襲、3月12日の名古屋大空襲、3月13日の大阪大空襲、3月17日の神戸大空襲がよく知られるところですが、1944年末から終戦まで多くの地方都市が空襲を受けています。
 僕のいる千葉県では千葉市と銚子市が空襲を受けています。

 

 

「戦略爆撃」について
 戦略爆撃とは、戦闘地域において武力衝突の一環として行われる爆撃(戦術爆撃)ではなく、戦線より後方にある敵の軍需施設、工場、輸送網、ライフライン等を破壊することで戦線に送られる戦力の弱体化を狙います。
 また、敵地の非戦闘員も巻き込むことにより敵国民の戦意喪失を図ります。
 原子爆弾の投下も戦略爆撃の一つとなります。


・・・と、このように書くと何とも合理的な印象を受けますが・・・
 同時に感じませんか?
  その合理性に伴う冷酷さに・・・

 これら大規模戦略爆撃は「無差別殺戮」になりました。

 アメリカ軍が用いたM69焼夷弾は着火させた燃焼剤を最大30m程度の高さに吹き出し、周囲に撒き散らす兵器です。

 「消火器による初期消火」が有効なのはどの程度の火事かご存知でしょうか?
 
防災訓練で消防署の方から説明を受けたのですが"火が天井に届く程度"になったら消火器では対応できないので退避せよ、とのことでした。
 焼夷弾がもたらす火災は市民に対処できるようなものではなかったことは容易に想像ができると思います。

 昭和20年3月10日の東京大空襲では焼夷弾が38万発以上投下され、火炎旋風を伴う大火災を引き起こしました。
  死者10万人以上
  消失面積41万平方キロメートル 

 

 

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