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ルーク4のブログ

神様がクリスチャンに与える愛、夢、希望、信仰の証を中心に書いています。

「音楽の力と福音 生前にキリストを信じなくても救われる福音宣教 ⑧」

 

今回は予定を変更して、前回の関連記事を書きます。

最も書きたい記事になりました。

 

前回記事で、キリスト教の中でも「救い」についての教えはまるで違うことを紹介しました。

 

結局は、自分自身が心から共鳴できるキリスト教の教えと出会えるしかないと思うと結論付けさせて頂きました。

 

しかし、面白い話があります。それは多くの日本人はすでに「音楽」を通して、キリスト教と出会っているということです。

 

紫綬褒章と旭日小綬章を受賞された脚本家、劇作家の倉本 聰氏

倉本氏は自伝「いつも音楽があった」の中で次のように語っています。

 

「幼い頃両親の命令で日曜学校へ通っていた。いやでいやで仕方がなかったのだけど、父も母も熱心な信者だったから有無を云わさず通わされた。

 

しかし中学高校とすすみ他にやることがいっぱい出来て教会から次第に足が遠のいた。」

 

それで、クリスマスが近づくと慌てて教会に通い出すことが、二、三年くり返されて、日曜学校の先生から皆の前で皮肉を云われた。

 

「それ以来本当に行かなくなった。キリスト教と縁が切れた。」

 

ところが、その後、結婚されて、随分と年月が経って、もう死ぬんだな。という時に、

 

「すると、突然どうしてか脳裏に一つの讃美歌が聞こえてきたんです。

主われを愛す 主は強ければ われ弱くとも 恐れはあらじ

 

もともとの歌詞はそういうものです。ところがそれが元歌ではきこえない

 

何故かその昔ふざけて歌った大阪弁できこえてきた。

 

主われを愛しはる 主は強いさかい われ弱いいうたかて 怖れることあ あらへん

 

終焉であります。最期であります。将にそのいまはの際に立たされて、小生突然クリスチャンになった。」

 

引用以上

 

 

倉本氏は幼少期から、両親がプロテスタント教会の熱心なクリスチャンなので、教会に連れていかれました。

 

しかし、いやでいやで仕方がなかったので、教会と縁を切りました。

サザエさんの著者の長谷川町子さんと同じで、プロテスタント教会とは合わなかったのです。

 

しかし、その後、年月が経ってある日突然に死と直面した時に「音楽・讃美歌」のたった一曲によって、イエス・キリストを信じてクリスチャンになったのです。

 

 

この「音楽・讃美歌」はドラマの結婚式などの場面でよく使われています。

 

昨年に70年代の高視聴率ドラマ「気になる嫁さん」などが再放送されていて、讃美歌が起用されていて、聞いて心が洗われる気持ちになりました。

 

「池中玄太80キロ」という高視聴率ドラマでは賛美歌430番は定番です。


♪ 妹背をちぎる 家のうち わが主も ともに いたまいて
父なるかみの 御旨に成れる 祝いのむしろ 祝しませ

 

 

 

 

2008年には、堀北真希さんとゆずの北川悠仁さんのドラマ「イノセント・ラブ」(平均視聴率13,6%)では、父親から性的虐待を受けていた主人公を慰めるために、讃美歌「いつくしみ深き」を聞かせる場面は感動的でした。

 

♪ いつくしみ深き 友なるイエスは
罪 とが うれいを 取り去りたもう
心の嘆きを つつまず のべて
などかは おろさぬ 負える 重荷を

 

 

 

 

 

 

ドラマを見た人の中では、今でもこの曲を聞くと涙腺崩壊すると言っています。私も同じです。

 

 

このように、音楽・讃美歌は多くの日本人に宣べ伝えられて、多くの日本人が感動して、心に響いているのです。

 

前回記事で紹介した「生前にキリストを信じなくても救われる福音」においての聖書解釈と福音理解で言いますと、

 

そのキリスト教が生み出した「音楽・讃美歌」が心に響く多くの人々は、イエス・キリストを信じていなくても、受け入れているといって過言ではないでしょう。

 

つまり、イエスさまの味方以上です。

 

イエス・キリストに反対する者たち、性悪=全的堕落の人間は「音楽・讃美歌」を聞けば怒りに満ちあふれて、受け入れることはできないのですから。

 

 

CGNTVというクリスチャン番組の「信仰と人生」2007年4月のゲストが音楽伝道者「久米小百合」さんでした。

 

 

久米伝道者は「聖書のお話を音楽でしたい」ということで「音楽伝道者」と名付けていました。

 

小学生の頃、友達に誘われてプロテスタント教会の教会学校に通った時期があったそうですが、行かなくなったそうです。

 

しかし、バッハとか教会でつくられた音楽は忘れずに残っていて、音楽によってイエスさまと小指でつながっていたと回想していました。

 

久米伝道者が「バッハ」を連発しているので、私も好きだったバッハのG線上のアリアを聞きたくなりました。

 

面白いことに、何人もの歌手が、バッハのG線上のアリアに詩をつけてアレンジした曲を発売して、どれもヒットしていました。

 

有名なのが、スウィートボックスの「Everything's Gonna Be Alright」が世界中で大ヒットし、日本でも日本ゴールドディスク大賞の洋楽部門で受賞しています。

 

 

 

 

バッハは譜面の最後にラテン語で「神のみに栄光あれ」 Soli Deo Gloria” の略語 "SDG" と記していました。

 

それなのに次々に、この世的な詩がつけられているので、天国のバッハさんの意に反すると思ったので、クリスチャンとして聖書の教えを歌詞にして作ろうと思い立ったのです。

 

それで作った曲が「あなたは愛されて生まれた(G線上のアリア)」です。

 

サビのメロディが頭に浮かんで響くので、サビメロを付け足しました。

 

この曲をアレンジャーに編曲してもらい、AIの初音ミクで仮歌を入れてもらいました。

 

後は歌ってもらえる歌手が与えられた時に備えて、YouTubeで自分のチャンネルを作って、どんな曲かわかるようにしたのです。

 

ですから、誰も自分のチャンネルなど見るはずがないはずです。

しかし、あり得ないことが起こりました。

 

毎日、誰かが視聴し続けて、もう少しで3万回視聴です。

 

そしてコメント欄では、「あなたの音楽は今の世界に必要です。」などと感謝のコメントをいくつも頂きました。

 

 

私自身、曲を作ることなど夢にも思いませんでしたが、音楽を通して聖書の話を届ける働きもめちゃくちゃ素晴らしいことを体験したのです。

 

 

私は幼少期から音楽を聴くのは大好きです。

母の死を覚悟した時に、ZARDの曲「翼を広げて」に励まされました。告別式でも流しています。

 

 

 

世界でもアメリカ人の次に日本人が音楽好きというデーターがあります。

 

久米伝道者は、次のように語っています。

 

「息子とか孫の時代になった時に、流行っている歌ってワーシップだよねという時代が必ず来る。私はその種まきの仕事をしています。」

 

 

私自身、久米伝道者の「バッハ」を連発によって、「あなたは愛されて生まれた(G線上のアリア)」という曲を作り、歌ってくださる歌手だけに見せるつもりが、約3万回視聴という現実に、久米伝道者のビジョンは実現すると思っています。

 

 

しかしながら、生前にキリストを信じなくても救われる福音を伝えるクリスチャンは、プロテスタント教会では「異端」扱いです。

 

なので、プロテスタント教会の信者の方々とは、一緒に活動することは不可能に思います。

 

前回記事で詳しく書いていますが、一方では、「イエス・キリストを信じなければ救われない」という教えで、

 

一方では「生前にキリストを信じなくても救われる」という教えなのですから。

 

けれど、「音楽」においては、教えの違いを超えて、クリスチャン同士で仲良くできる力があると思います。

 

一緒には活動しなくても、この世の音楽界(芸能界)の土俵で、音楽によって聖書の教えを伝える働きは一致できるはずですから。

 

前述の倉本氏のように、キリスト教会とは合わなくて縁を切っても、たった一曲の讃美歌によって、「小生突然クリスチャンになった。」ということもあります。

 

アニメ「フランダースの犬」では、最終回のクライマックスで流れた讃美歌「主よ 御許に近づかん」がさらに感動を深めて涙腺崩壊した視聴者は多く、その後、現在でも語り継がれています。

 

 

 

 

最終回の視聴率は、世界名作劇場シリーズの視聴率で最高記録となる30.1%を記録しています。

 

ずっと以前から音楽の福音は、種は蒔かれ、もはや時は満ちています。

 

これからの福音宣教において、音楽を通して大胆に福音を宣べ伝えるクリスチャンたちが「世の光」として大活躍する時代に突入しても不思議ではないと、個人的に強く感じています。

 

次回へつづく

 

 

 

「人間性の定義 生前にキリストを信じなくても救われる福音宣教 ⑦」

 

前回の記事を書いているうちに気づいたことは、「人間性」の解釈の違いによって、聖書解釈と福音理解がまるで変わってくるということでした。

 

「人間性」とは、人間が生まれつき持っている性質や、人間らしさそのものを指す言葉です。

 

 

まずは「プロテスタント教会」から見ていきます。

 

プロテスタント教会の中でもNHK番組などで最も大いに用いられた日本キリスト教団の「佐古純一郎名誉牧師」の教えは、大きな反響があり、そのNHK出版から出版された著書「新約聖書を語る」の中で、次のように語っています。

 

「いちばん大事な点は、神はお創りくださった私たちが一人も滅びないように願っていてくださるということです。

 

『滅び』というのは、私たちの感覚では、地獄に行くこと、と考えていいと思います。

 

先ほど述べた『ローマの信徒への手紙』七章でパウロは、『善をなそうと思う自分には、いつも悪が付きまとっている』ということを、

 

『わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか』(二四節)と、

 

『死に定められた体』というところまで突きつめていきます。

 

この『死に定められた体』は『地獄行き』と言い換えてほとんど違わないと思います。

 

神は罪人としかいいようのない、この私をなお、滅びないように願っていてくださる。」

 

引用以上

 

 

この佐古名誉牧師の聖書解釈と福音理解は、NHKを通して多くの日本人に宣べ伝えられているわけですが、人間を地獄行きに定めています。

 

この教えはプロテスタント教会の常識ですので、これからプロテスタント教会に行く人たちは覚えていたほうがよいでしょう。

 

つまり、聖書の神にとって、すべての人間は滅びに向かっていて、地獄行きが相応しい罪人だということを教えられます。

 

人間は、性悪=全的堕落ということになります。

 

 

その教えが聖書に書かれています。

 

「清い人には、すべてが清いのです。

 

だが、汚れている者、信じない者には、何一つ清いものはなく、その知性も良心も汚れています。

 

こういう者たちは、神を知っていると公言しながら、行いではそれを否定しているのです。

 

嫌悪すべき人間で、反抗的で、一切の善い業については失格者です。」

 

「わたしたち自身もかつては、無分別で、不従順で、道に迷い、種々の情欲と快楽のとりことなり、悪意とねたみを抱いて暮らし、忌み嫌われ、憎み合っていたのです。

 

しかし、わたしたちの救い主である神の慈しみと、人間に対する愛とが現れたときに、 神は、わたしたちが行った義の業によってではなく、御自分の憐れみによって、わたしたちを救ってくださいました。

 

この救いは、聖霊によって新しく生まれさせ、新たに造りかえる洗いを通して実現したのです。」

(テトスへの手紙1章15、16&3章3~5節)

 

この聖書箇所を読めば、パウロいわく、異邦人の「神を信じていない人たち」は、何一つ清いものはなく、その知性も良心も汚れています。

 

嫌悪すべき人間で、反抗的で、一切の善い業については失格者だということです。

 

また、ユダヤ人のファリサイ派(パリサイ人)のパウロ自身もかつては、無分別で、不従順で、道に迷い、種々の情欲と快楽のとりことなり、悪意とねたみを抱いて暮らし、忌み嫌われ、憎み合っていたと告白しています。

 

つまり、聖書の時代の異邦人もユダヤ人も人間というのは「性悪(全的堕落)」で、地獄行きが相応しいのも当然だと思います。

 

そして、プロテスタント教会では、「現在の人間」も「聖書の時代の人間」と同じと決めつける聖書解釈と福音理解になっています。

 

ですから、現在のすべての人間も地獄行きに定めます。

 

それゆえ、すべての性悪な人間が、イエス・キリストを信じて「義」とされなければ救われません。

 

 

次に、5年位前からプロテスタント教会の福音派の中で最も信者数が多い大和カルバリーチャペルの大川主任牧師が「セカンドチャンス論」の教えを宣べ伝え始めました。

 

著書「永遠と復活」の中で次のように語っています。

 

「『罪の代価は死である。』から、その帰結として、罪が赦されることなく死んで行く者は、天国へ行けずに、地獄へ行く。

私も子どもの頃から、そう教えられてきました。

 

イエス・キリストは、すべての人を救うために来られた。神は愛である。

 

そう説く一方で、深く傷ついた人々に『あなたの大切な人は地獄へ行きました。だからお葬式もできません』と、多くのキリスト教会は、そう言って来たのです。

 

しかし、私は聖書をもとに、私の人生と信仰をかけて、はっきりと宣言します。彼らは地獄へなど行っていません。

なぜなら、聖書にそのようには書かれていないからです。」

 

引用以上

 

そして大川主任牧師は、人間が死ねば「よみ」に行く。そこで福音が宣べ伝えられるというセカンドチャンス論を教えています。

 

セカンドチャンス論とは、「キリストの福音を地上で聞くことなく死んだ人々も、死後、黄泉(よみ)の世界で福音を聞き、回心の機会が与えられる」という考え方だそうです。

 

さらに、生前と死後とにイエス・キリストの福音を聞くチャンスが二度あり、信じれば救われるが、信じなければ地獄へ行くことになるようです。

 

「人間性」については、プロテスタント教会の教えと同じで、イエス・キリストを信じなければ地獄へ行くので、「性悪説」の立場でしょう。

 

このセカンドチャンス論は、プロテスタント教会の聖書解釈と福音理解に大きな疑問を抱いていたクリスチャンたちの受け皿になって、主流になっていくことを期待するクリスチャンたちが少なくはないようです。

 

 

次は「生前にイエス・キリストを信じなくても救われる」という聖書解釈と福音理解を見ていきます。

 

この聖書解釈と福音理解のクリスチャンたちは、多くの日本人に尊敬されている有名人が目立ちます。

 

内村鑑三、新渡戸稲造、矢内原忠雄、斎藤宗次郎、サザエさんの著者の長谷川町子、マザーテレサ、ヘレン・ケラー、アフガニスタンで殉教された中村哲、などなど

 

 

それではその聖書箇所を見てみましょう。

 

「実に、すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました。

 

その恵みは、わたしたちが不信心と現世的な欲望を捨てて、この世で、思慮深く、正しく、信心深く生活するように教え、

 

また、祝福に満ちた希望、すなわち偉大なる神であり、わたしたちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れを待ち望むように教えています。

 

キリストがわたしたちのために御自身を献げられたのは、わたしたちをあらゆる不法から贖い出し、良い行いに熱心な民を御自分のものとして清めるためだったのです。

 

十分な権威をもってこれらのことを語り、勧め、戒めなさい。だれにも侮られてはなりません。

(テトスへの手紙2章11~15節)

 

 

プロテスタント教会の教えと同じですが、まず、人間は性悪で、知性も良心も汚れていて、不信心と現世的な欲望のままに生きていました。

 

種々の情欲と快楽のとりことなり、悪意とねたみを抱いて暮らし、忌み嫌われ、憎み合っていたのです。

 

平然と、人を殺したければ殺し、盗み、偽証し、情欲を抱けば姦淫し、強姦します。

 

子どもをつまずかせ、弱い者を傷つけて見捨てていました。

 

それらは「罪」という自覚はありませんでした。

 

そのような悪魔の欲望を満たす性悪な人間に対して、実に、すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れたのです。

 

それが「キリスト教」でした。

 

その「キリスト教」の教えは、この世で、思慮深く、正しく、信心深く生活するように教え、

 

また、祝福に満ちた希望、すなわち偉大なる神であり、わたしたちの救い主であるイエス・キリストの栄光の現れを待ち望むように教えたのです。

 

さらに、次のように教えました。

 

「人々に、次のことを思い起こさせなさい。支配者や権威者に服し、これに従い、すべての善い業を行う用意がなければならないこと、

 

また、だれをもそしらず、争いを好まず、寛容で、すべての人に心から優しく接しなければならないことを。

(テトスへの手紙3章1~2節)」

 

 

さて、現在の人間はどうでしょう?

聖書の時代の性悪な人間と同じでしょうか?と考えます。

 

この日本では、キリスト教と同じく、この世で、思慮深く、正しく、信心深く生活するように教え、すべての善い業を行う用意がなければならないこと、

 

また、だれをもそしらず、争いを好まず、寛容で、すべての人に心から優しく接しなければならないことを常識のようにして教えています。

 

そして、知性も良心も汚れていて、不信心と現世的な欲望のままに生きて、種々の情欲と快楽のとりことなり、悪意とねたみを抱いて暮らし、忌み嫌われ、憎み合い、

 

平然と、人を殺したければ殺し、盗み、偽証し、情欲を抱けば姦淫し、強姦するような性悪な人間がいれば、「罪人」と判断されます。

 

そのような人間は疎外されたり、逮捕されたりするでしょう。

つまり、聖書の時代と現在はまったく違うのです。

 

 

現在の日本ですが、イエス・キリストの教えや御心を知らないけれど、法律であらゆる不法から贖い出しています。

 

子どもを虐待すれば逮捕されますし、盗み、偽証、殺人も罪です。暴力や言葉の暴力も罪です。

 

子どもや女性に抱きついたり、盗撮しただけでも逮捕されます。

 

同意がないのに性行為をして傷つければ「不同意性交等罪」となります。

 

まるで、イエスさまの教えと御心に賛同するように教えているのです。

 

 

さらに次のイエスさまの教えがあります。

 

「ヨハネがイエスに言った。『先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちに従わないので、やめさせようとしました。』

 

イエスは言われた。『やめさせてはならない。わたしの名を使って奇跡を行い、そのすぐ後で、わたしの悪口は言えまい。

 

わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。

 

はっきり言っておく。キリストの弟子だという理由で、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、必ずその報いを受ける。』」(マルコによる福音書9章38~41節)

 

 

イエスさまは、クリスチャンたちに従わなくても、イエスさまたちに逆らわない者たちは、イエスさまたちの味方であり、

 

キリストの弟子だという理由で、一杯の水を飲ませる者は必ずその報いを受けると明確に教えられました。

 

 

現在の多くの日本人たちは、どうでしょうか。

 

数年前から危険な暑さで、仕事が車で移動する時間が多い関係上、道端で高齢者の方が倒れているのを何度も見ましたが、その度に何人もの人が駆けつけて介抱していました。

 

また、他人が駅のホームに落ちたり、川や海でおぼれたり、震災の時など、自分の命が犠牲になるかもしれないけれど、無我夢中で助けに行くことをニュースなどで何度も見聞きします。

 

人間というのは、最も小さき者のひとりが助けを求めている時に、助ける行動をするのが人間だな~と感動しています。

 

聖書の教えでいえば「神に似せられて造られた」ということでしょう。

 

子どもたちの夢を聞いても、「人を助けたい」「人の役に立ちたい」「人を笑顔にしたい」という声であふれています。

 

つまり、イエスさまたちの味方です。

 

イエスさまの味方だということは「性善」となります。

 

もちろん「人間」には性悪な罪を犯すことを併せもっています。

 

ですが、その性悪なことと戦い、性善を行うように努めているのです。「理性」「自制」を働かせます。

 

もし罪を犯せば、愛する人たちが傷つく、家族が傷つく、友達の信頼を失う、会社をクビになるかもしれないなどを思います。

 

私はこれ(酒・セクハラ)で会社をクビになりました。という人たちもいます。

 

そして、罪を犯してしまえば、罪悪感で苦しみます。

そして罪を悔い改めることができるのが人間です。

 

 

この世では「信用第一」という言葉があります。

 

この競争社会・弱肉強食の世界においても、多くの人間は「愛・喜び・平和・寛容・親切・善意・誠実・柔和・自制」を求めて、心掛けて生きています。

 

ですから、イエス・キリストを信じていなくても、次の御言葉を聞いても異存はないでしょう。

 

「肉の業は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、 ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです。

 

以前言っておいたように、ここでも前もって言いますが、このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはできません。

 

これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、 柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。 (ガラテヤの信徒への手紙5章19~23節)」

 

 

ですから、現在の多くの人間は、イエス・キリストを信じていなくても、イエスさまの教えに賛同する本質(性善)があり、そのように行なうように努めているがゆえ、イエスさまたちの味方である。

 

それゆえに、生前にイエス・キリストを信じなくても、死後は備えられた国で暮らすことになるという聖書解釈と福音理解になります。

 

また、クリスチャンたちは天国で、イエス・キリストと一緒に暮らします。

 

 

このように、「キリスト教」といっても、「人間性」の聖書解釈と福音理解によって、教えることは大きく異なるといえるでしょう。

 

内村鑑三はどちらも正しいとして「万人救済」を選びました。

 

結局は、自分が心から正しいと思うキリスト教を選択するしかありません。

 

前述の大川主任牧師がセカンドチャンス論に変わった時、生前にキリストを信じなければ地獄へ行くと確信をもっている信徒たちは、大川主任牧師の教会を去って行ったことを知りました。

 

そして、プロテスタント教会のクリスチャンたちと交流をもっていました。

 

その交流の場を拝見すれば、地獄へ行くという教えがなければ、イエス・キリストの愛がわからないというクリスチャンたちも少なくないようです。

 

また、大勢の人々が地獄へ行く教えや絵を見て「ハレルヤ!」と主イエス・キリストを讃えるクリスチャンたちも少なくないのです。

 

 

その反対に、サザエさんの著者の長谷川町子さんは、泣く泣くうらめしいプロテスタント教会に行っていた時期がありましたが、無教会のクリスチャンとなり、本当のクリスチャンになれたのです。

 

もしも、プロテスタント教会が合っていたら、サザエさん一家はクリスチャンファミリーとなり、イエス・キリストを信じなければ地獄へ行くという教えを何度か描いていたと思います。

 

しかし、万人救済の教えの無教会が合っていたので、サザエさん一家はクリスチャンファミリーになる必要はなくなりました。

 

 

それから、ヘレン・ケラーさんもプロテスタント教会の教えが合わず

 

「クリスチャンでない者はすべて罰せられる、と心の狭い人たちから聞かされてきて、私の魂は当然反発を感じていました。」と語っています。

 

そして、イエス・キリストを信じなくて死んでも地獄行きではないという確信を霊的に得られて、次のように語っています。

 

「忘れてはならないことは、死というのは生命の終わりなのではなく、とても重要な経験の一つにすぎないということです。

 

近くにいる人であれ、遠く離れている人であれ、私が地上で愛した人たちはすべて私の想念の大いなる静寂の中に生きていて、

それぞれの個性、それぞれの流儀と魅力を保っています。

 

孤独を慰めたければ、私はいつでもその人たちを身近に呼び寄せることができます。」

 

引用以上

 

このように、「人間性」をどのように理解しているかは、キリスト教の中でも違うということが、広く宣べ伝えられる時代になると思います。

 

次回は、先延ばしにしていたプロテスタント教会と戦争について書く予定です。

 

 

「日本人と万人救済 生前にキリストを信じなくても救われる福音宣教 ⑥」

 

9月になっても35℃を超えて熱帯夜ということで、夏バテ対策を始めながらなんとか続きの記事を書いています。

 

さて、前回記事では、明治天皇が万人救済を教えている内村鑑三に講義を受けていて、その後、天皇家と宮内庁に深い影響を与えたという明治天皇のお孫さんの話を伝えました。

 

ここで「万人救済」と聞けば、プロテスタント教会では「異端」と思いますので、そのことについての聖書解釈と福音理解を解説していきたいと思います。

 

 

日本基督神学校の校長を務めたプロテスタント教会福音派の重鎮「堀越暢治」牧師は、著書「日本人の心とキリスト」の中で、どうして人間が地獄へ行くのかを聖書から次のように教えています。

 

「神道は人間の本性を善とみ、聖書は悪とみます。どちらの人間観に立つかによって、私たちの生き方や宗教の在り方に大きな影響を与えるので、このことは極めて大切なことです。

 

聖書が言うように人間の本性を性悪の立場(性悪説)をとれば、人間のいかなる努力も拒絶されてしまうことになります。聖書はすべての人を『失格者』としています。(全的堕落)」

 

また、主イエスは人間の心の中にあるものについて、次のように教えています。

 

『人から出るもの、これが、人を汚すのです。

内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、

これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。』(マルコ七・二〇ー二三)

 

このように、神道とキリスト教との人間観は全く正反対です。

 

神道は内は清い、外が汚れているといい、聖書は外を清めても内が汚れているというのです。」

 

引用以上

 

 

つまり、プロテスタント教会では、聖書の教えから、人間の本性を性悪の立場(性悪説)をとっています。

 

なので、すべての人間は、イエス・キリストを信じて義とされない限り、地獄へ行ってしまうという聖書解釈と福音理解になります。

 

それゆえ「神の義」とは、神は人間の罪を赦されないことです。

 

なので、生前にイエス・キリストを信じずに死んだ「罪人のままの人間」を悪魔とその使いのために用意された地獄に入れて、永遠に炎の中でもがき苦しめるということが「神の義」ということになります。

 

 

次に万人救済を教える無教会の内村鑑三先生の教えを見ていきます。

 

内村先生は、人間の本性は「性善」と「性悪」を併せ持つと教えています。

 

人間の本性に「性善」がなければ、どうして神の御子イエス・キリストが人間となられたのかを説明できませんから。ということです。

 

人間の本性は悪魔のような「性悪」だけではない、神のような「性善」があるという聖書解釈と福音理解です。

 

 

その、人間の本性は「性善」と「性悪」を併せ持つということと「性悪=全的堕落」についての聖書箇所を見ていきます。

 

「すると、ユダヤ人たちがイエスを取り囲んで言った。『いつまで、わたしたちに気をもませるのか。もしメシアなら、はっきりそう言いなさい。』

 

イエスは答えられた。『わたしは言ったが、あなたたちは信じない。わたしが父の名によって行う業が、わたしについて証しをしている。 

 

しかし、あなたたちは信じない。わたしの羊ではないからである。 

 

わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。 わたしは彼らに永遠の命を与える。』

 

ユダヤ人たちは、イエスを石で打ち殺そうとして、また石を取り上げた。 

 

すると、イエスは言われた。『わたしは、父が与えてくださった多くの善い業をあなたたちに示した。その中のどの業のために、石で打ち殺そうとするのか。』

 

ユダヤ人たちは答えた。「善い業のことで、石で打ち殺すのではない。神を冒瀆したからだ。あなたは、人間なのに、自分を神としているからだ。

 

(ヨハネによる福音書10章24~28、31~33節)」

 

 

ここで、二つのタイプの人間がいるとイエスさまは明確に教えています。

 

「わたしの羊」と「わたしの羊ではない」という二つのタイプです。

 

「わたしの羊」は神の御言葉を聞き分けることができます。

つまり「神は愛です。」「隣人を愛しなさい」という御言葉を受け入れることができます。

 

一方、「わたしの羊ではない」という人たちは、イエスを殺そうとします。

 

そのことについての詳細が次の御言葉です。

 

「イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。『わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。 あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。』

 

すると、彼らは言った。『わたしたちはアブラハムの子孫です。今までだれかの奴隷になったことはありません。』

 

イエスはお答えになった。『はっきり言っておく。罪を犯す者はだれでも罪の奴隷である。 奴隷は家にいつまでもいるわけにはいかないが、子はいつまでもいる。 

 

 あなたたちがアブラハムの子孫だということは、分かっている。

 

だが、あなたたちはわたしを殺そうとしている。

 

わたしの言葉を受け入れないからである。 

 

わたしは父のもとで見たことを話している。ところが、あなたたちは父から聞いたことを行っている。」

 

彼らが答えて、『わたしたちの父はアブラハムです』と言うと、イエスは言われた。『アブラハムの子なら、アブラハムと同じ業をするはずだ。 

 

ところが、今、あなたたちは、神から聞いた真理をあなたたちに語っているこのわたしを、殺そうとしている。

 

アブラハムはそんなことはしなかった。 

あなたたちは、自分の父と同じ業をしている。』

 

そこで彼らが、『わたしたちは姦淫によって生まれたのではありません。わたしたちにはただひとりの父がいます。それは神です』と言うと、 

 

イエスは言われた。『神があなたたちの父であれば、あなたたちはわたしを愛するはずである。

 

なぜなら、わたしは神のもとから来て、ここにいるからだ。わたしは自分勝手に来たのではなく、神がわたしをお遣わしになったのである。 

 

わたしの言っていることが、なぜ分からないのか。それは、わたしの言葉を聞くことができないからだ。 

 

あなたたちは、悪魔である父から出た者であって、その父の欲望を満たしたいと思っている。

 

悪魔は最初から人殺しであって、真理をよりどころとしていない。彼の内には真理がないからだ。

 

悪魔が偽りを言うときは、その本性から言っている。自分が偽り者であり、その父だからである。 

 

しかし、わたしが真理を語るから、あなたたちはわたしを信じない。 

 

あなたたちのうち、いったいだれが、わたしに罪があると責めることができるのか。わたしは真理を語っているのに、なぜわたしを信じないのか。 

 

神に属する者は神の言葉を聞く。あなたたちが聞かないのは神に属していないからである。』

(ヨハネによる福音書8章31~47節)」

 

 

ここでも二つのタイプがあります。

 

神の言葉を聞く「神に属する者」と、神の言葉を聞けず、悪魔の欲望を満たすために、イエスを殺そうとする「神に属していない者」です。

 

 

さらに、イエスさまは次の通りに詳細に教えられました。

 

「木が良ければその実も良いとし、木が悪ければその実も悪いとしなさい。木の良し悪しは、その結ぶ実で分かる。 

 

蝮の子らよ、あなたたちは悪い人間であるのに、どうして良いことが言えようか。

 

人の口からは、心にあふれていることが出て来るのである。 

 

善い人は、良いものを入れた倉から良いものを取り出し、悪い人は、悪いものを入れた倉から悪いものを取り出してくる。 

 

言っておくが、人は自分の話したつまらない言葉についてもすべて、裁きの日には責任を問われる。 

 

あなたは、自分の言葉によって義とされ、また、自分の言葉によって罪ある者とされる。」

(マタイによる福音書12章33~37節)

 

 

つまり、悪い人間(性悪=全的堕落)は、心に悪いものしかなく、悪いものを取り出してくるのが特徴です。

 

この教えは「蝮の子」と言われた律法学者とファリサイ派の人々に言われています。

 

 

そのことについての詳細が次の通りです。

 

イエスさまは言われました。

 

「律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。

 

人々の前で天の国を閉ざすからだ。自分が入らないばかりか、入ろうとする人をも入らせない。 

 

律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。

 

改宗者を一人つくろうとして、海と陸を巡り歩くが、改宗者ができると、自分より倍も悪い地獄の子にしてしまうからだ。

 

律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。

 

杯や皿の外側はきれいにするが、内側は強欲と放縦で満ちているからだ。 

 

ものの見えないファリサイ派の人々、まず、杯の内側をきれいにせよ。そうすれば、外側もきれいになる。

 

律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。

 

白く塗った墓に似ているからだ。外側は美しく見えるが、内側は死者の骨やあらゆる汚れで満ちている。 

 

このようにあなたたちも、外側は人に正しいように見えながら、内側は偽善と不法で満ちている。

 

蛇よ、蝮の子らよ、どうしてあなたたちは地獄の罰を免れることができようか。 

 

だから、わたしは預言者、知者、学者をあなたたちに遣わすが、あなたたちはその中のある者を殺し、十字架につけ、ある者を会堂で鞭打ち、町から町へと追い回して迫害する。 

 

こうして、正しい人アベルの血から、あなたたちが聖所と祭壇の間で殺したバラキアの子ゼカルヤの血に至るまで、地上に流された正しい人の血はすべて、あなたたちにふりかかってくる。 

 

はっきり言っておく。これらのことの結果はすべて、今の時代の者たちにふりかかってくる。」

 

(マタイによる福音書23章13、15、25~28、33~36)

 

 

このように、イエスさまは、地獄の罰を免れない「性悪=全的堕落の人間」について詳細に教えられているのです。

 

あの使徒パウロは、イエス・キリストを信じる以前のサウロ時代は、まさに「性悪=全的堕落」の人間でした。

 

それが、イエスさまと出逢い、クリスチャンたちを脅迫し、殺害することに執念を燃やしていた人間が、劇的に善い人間へと変わったことが赤裸々に聖書に書かれています。

 

「さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭司のところへ行き、 ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。

 

それは、この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。 

 

ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。 

 

サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。 

 

「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。 起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」 

(使徒言行録9章1~5節)

 

 

さて、このイエスさまの教えを現在の日本人たちに照らし合わせると、どうでしょうか。

 

現在の日本人と、聖書のイエスさまが教える「イエスの羊ではない=神に属していない者=蝮の子」とは、本質的人間性がまるで違います。

 

中には同じ人たちがいるでしょう。その人たちは次の通りになります。

 

それから、イエスは群衆を後に残して家にお入りになった。すると、弟子たちがそばに寄って来て、「畑の毒麦のたとえを説明してください」と言った。 

 

イエスはお答えになった。「良い種を蒔く者は人の子、 畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである。 

 

毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことで、刈り入れる者は天使たちである。 

 

だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終わりにもそうなるのだ。 人の子は天使たちを遣わし、つまずきとなるものすべてと不法を行う者どもを自分の国から集めさせ、 燃え盛る炉の中に投げ込ませるのである。

 

彼らは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。 そのとき、正しい人々はその父の国で太陽のように輝く。耳のある者は聞きなさい。」(マタイによる福音書13章36~43)

 

 

この悪魔が蒔いた毒麦は「イエスの羊ではない=神に属していない者=蝮の子」であるので、聖書の神の御言葉を聞き入れることは出来ません。

 

光(神)を憎み、光(神)のほうには来ません。

行ないが悪く、闇のほうを愛したからです。

 

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。 

 

神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。 

 

御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。 

 

光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。 

 

悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。 

 

しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」(ヨハネによる福音書3章16~21節)

 

 

さて、聖書に書かれている「異邦人の神々」は、悪を行なわせ、欲望のままに罪を犯させました。

 

悪魔の欲望を満たす「人殺し」が大きな特徴です。

 

最も小さき者「幼子」を生贄として捧げました。

飢饉がくれば非常食として子どもたちを食べていました。

イスラエルの民も異邦人の神を崇拝すると、そのようになったことが旧約聖書に書かれています。

 

他にも若い女性などの人身供養や人柱が行われています。

日本もそうでした。

 

また、使徒パウロが異邦人の地で福音宣教していた時代は次の通りです。

 

諸君が見聞きしているとおり、あのパウロは『手で造ったものなどは神ではない』と言って、エフェソばかりでなくアジア州のほとんど全地域で、多くの人を説き伏せ、たぶらかしている。 

 

これでは、我々の仕事の評判が悪くなってしまうおそれがあるばかりでなく、

 

偉大な女神アルテミスの神殿もないがしろにされ、アジア州全体、全世界があがめるこの女神の御威光さえも失われてしまうだろう。」

 

これを聞いた人々はひどく腹を立て、「エフェソ人のアルテミスは偉い方」と叫びだした。(使徒言行録19章26~28)

 

 

このアジア州全体、全世界があがめるこの女神の正体が次の通りです。

 

「ユダの町々、エルサレムの巷で彼らがどのようなことをしているか、あなたには見えないのか。

 

子らは薪を集め、父は火を燃やし、女たちは粉を練り、

 

天の女王のために献げ物の菓子を作り、異教の神々に献げ物のぶどう酒を注いで、わたしを怒らせている。

 

(エレミヤ書 7章2~11、17~18節)」

 

 

イスラエルの神が怒っておられる理由は、イスラエルの民が、盗み、殺し、姦淫し、偽って誓い、バアルに香をたき、知ることのなかった異教の神々に従いながら、 わたしの名によって呼ばれるこの神殿に来てわたしの前に立ち、『救われた』と言っていたからです。

 

その異教の神々の元締めの存在が「天の女王」でした。

 

そして、天の女王を拝む人々は盗み、殺し、姦淫をして、偽って生きていました。

 

まさに使徒言行録のパウロの宣教時代のアジア州全体、全世界は、悪魔が支配して、悪霊に従っている状態だったのです。

 

 

そして、現在のアジア州全体、全世界の他の宗教はどうでしょう?

 

日本の他宗教はどうでしょう。

 

私の父親の実家は立派な「総持寺」があり、浄土真宗の檀家が多い町です。

 

私の父の実家も檀家です。

 

祖母の口癖が「おばあちゃんの親戚の中から一人も刑務所に行った人がいないことが、おばあちゃんの自慢やで。悪いことは絶対にしてはアカン」ということでした。

 

浄土真宗の教えはイエス・キリストの教えとよく似ているところがあります。

 

他にも儒教、神道、イスラム教、仏教など、罪を悔い改めに導いて、人間を善の正しい道に導くものだという印象を受けました。

 

2013年には、仏教の地獄の絵本がブームになった時、ウソ偽りなどの悪いことを悔い改める子どもが続出して、子どもの教育によいと流行になって児童書部門1位になったことがありました。

 

 

私がクリスチャンになって、性悪な人間が性善に変わったのではなく、クリスチャンになってもクリスチャンになる前と同じで、性悪と性善を併せもつという状態です。

 

その反対に、キリスト教会では、イエス・キリストを信じたから義とされて、どんな罪を犯しても赦されるということで、陰で、罪を犯しまくっているクリスチャンは少なくありません。

 

しかも、マスコミに暴かれ出した、神父や牧師、教会のリーダーたちの性的犯罪の多さに世界中が驚愕しています。

 

「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。 

(マタイによる福音書7章21節)」

 

 

万人救済の教えは、現在のすべての人間は性悪と性善を併せもっていて、罪を悔い改めて、隣人を助けることができるので、キリスト教の教えでいえば、そのような人々は、イエス・キリストの十字架の贖いによって、すべての人は救われるということです。

 

つまり、性悪=全的堕落の人間(イエスの羊ではない=神に属していない者=蝮の子=罪を犯し続ける)については考慮していないということになるでしょう。

 

ここがプロテスタント教会の教えと大きく異なることになります。

 

 

よって、生前にイエス・キリストを信じないで死んでも、人間には良心があり、その良心はイエス・キリストの義と同じだと思われるのが、次の御言葉通りです。

 

「律法を聞く者が神の前で正しいのではなく、これを実行する者が、義とされるからです。 

 

たとえ律法を持たない異邦人も、律法の命じるところを自然に行えば、律法を持たなくとも、自分自身が律法なのです。 

 

こういう人々は、律法の要求する事柄がその心に記されていることを示しています。彼らの良心もこれを証ししており、また心の思いも、互いに責めたり弁明し合って、同じことを示しています。

(ローマの信徒への手紙2章13~15節)」

 

 

最後にこの御言葉に関連する内村鑑三の「神の義」の聖書解釈と福音理解を伝えます。

 

岩野祐介氏の論文「内村鑑三における愛と義の問題 」より引用します。

 

 

「人間は赦されて、自らの罪深さを改めて知ることになる。

 

人間は自らを完全にコントロールすることはできない、不完全な存在だからである。

 

ゆえに躓きを体験し、そしてその都度悔い改め神に頼る気持ちを起すのである。

 

そして、人間は罪深い自らを赦そうとする神の愛の偉大さを改めて思い知ることになり、それに応答せずにはいられないはずである、と内村は考える。

 

人間は神に似せられて造られたものであり、神への志向を持っているとされるからである。

 

そのような人間は、神から与えられた義、正しさを、人間世界の中でも現実化することにより、 神の愛の深さに報いることができるようになる。

 

そのように考えるとき、人間の義とは神の愛(義を含む愛)への応答であるとも考えられ、

 

またこのような人間に対する神の働きを愛と義とに区別・分割することの困難さもまた顕わになるのである。

 

「神の愛」という時に、その愛に既に義のはたらき、人間を神との正しい関係へと方向付け、

 

さらに人間世界で正しい振る舞いをさせようとする働きが含まれることになるからである。」

 

引用以上

 

次回へつづく


「天皇と戦死者の方々への慰め 生前にキリストを信じなくても救われる福音宣教 ⑤」

 

前回記事の続きです。日本の国民が天皇を神のように礼拝することになった明治時代に、キリスト教信者の内村鑑三が不敬事件を起こしました。

 

ここで気になることは、明治天皇はそのことをどう思われていたのでしょう?

 

今回はそのことについて見ていきます。

 

大藪龍介氏の論文「 明治天皇制について」より引用します。

 

「孝明天皇が1866(慶応2)年12月に急死したため,67(慶応3)年1 月,睦仁が満14歳で践祚した。

 

大政が奉還された時,新天皇は15歳,まさしく「幼沖の天子」であり,現身の天皇は,政治的な識見をもちあわせず政治的意思決定能力を欠いていた。

 

倒幕派・維新政府は,幼い天皇の名において政権 を奪取したのであり,倒幕の偽の密勅が典例だが,自派の都合に合わせて天皇の意思と称するものを勝手に作り上げて利用することができた。

 

明治維新の目的は国家的独立と統一の達成,そして立憲政体の樹立にあり, 天皇の擁立は目的を達成するための手段にほかならなかった。

 

別の言い方をすると,国権の確立が目的であり,君権の推奉もそのための手段であった。

 

その覚識をもって,討幕派・維新政府は,天皇を権威の源泉として復権させ,天皇によって権威づけられたものとして自らによる国家的支配を正当化して権力を振るい,維新革命を推進した。

 

新国家的統合のシンボルとして担がれた天皇は,新時代の国家建設-国民国家としてあるべき-に不可欠の国民的統合のシンボルともならなければならなかった。

 

それで,明治初年には,天皇を天照大神の子孫であり古来不変の日本の主として描いた人民告諭書や人民教諭書が出された。

 

そうしたこともあり,明治初期においては,天皇を政治的支配者としてよりもむしろ宗教的信仰の対象として民衆の内面的世界に入り込ませることがおこなわれた。

 

その典例は,伊勢信仰の天皇崇拝への誘導であった。

 

江戸時代後期には伊勢神宮は民衆の宗教的信仰の中心となっていて,伊勢参りは年間およそ40万人にのぼり,大規模参詣の「おかげまいり」の年には100万人を超えた。

 

こうした民衆の信仰を,伊勢神宮を皇室の氏神であり天皇家の祖神を祀る神社として全国の神社の頂点とすることにより,天皇崇拝にスライドさせ吸引していった。

 

明治天皇は,1869(明治2)年3月に歴代の天皇として史上初めて伊勢神宮に参拝した。

 

そのなかで, 民衆の生活に根をおろしてきた鎮守,産土,氏神などの土着の小神社への信仰も,天皇崇敬の底辺に取り込まれていった。

 

他方,維新政府は,祭政一致,神道国教化政策をとり,1868年3月神仏分離を強行して仏教を排斥し,キリスト教を弾圧した。

 

引用以上

 

 

このような経緯から、明治天皇は維新政府による天皇制国家と国家神道を望まれていなかったと推測しています。

 

それゆえ、明治天皇は、不敬事件を起こして国賊となった内村鑑三を憐れんで、高く評価していても不思議ではありません。

 

 

それから、維新政府による天皇制国家と国家神道の日本は戦争を立て続けに起こしました。

 

パナソニックの創業者・松下幸之助によって設立された松下政経塾塾主塾主の「戦争観に垣間見る司馬史観へのアンチテーゼ」より引用します。

 

「明治天皇が日清戦争の開戦に強く反対したことは意外と知られていない。

 

―かくの如くもともと不本意ながらの儀なれば、おそれながら神明へ申上候事は、はばかるべし。―

 

 清国と開戦するにあたって、伊勢神宮と孝明天皇陵に報告の勅使をさしむけることを、明治天皇は拒否した。

 

不本意ながらの儀というのは婉曲な表現で、はっきり言えば『義戦にあらず』という意味である。

 

帝国主義列強に肩を並べ、朝鮮に覇権を打ち立てようとする政府の考え方に、明治天皇は同意しなかったのである。

 

 だが憲法はすでに発布され、内閣に輔弼される立憲君主として、明治天皇は開戦に反対を唱えることは制度上、出来なかった。

 

その代わり、伊勢神宮と孝明天皇陵への勅使派遣を拒むことで、義戦にあらざる戦争を父や祖先の霊に告げることをいさぎよしとしなかったのである。

 

―このたびの戦いは、大臣の戦いであって、朕の戦いではない。―これが明治天皇のはっきりとした日清戦争観であった。」

 

〈中略〉

 

「日露戦争は、極東における南下政策を押し進めるロシアと、朝鮮半島を国土防衛上の生命線と位置づける日本が戦った戦争である。

 

まず国論についてであるが、日清戦争に比べると非戦論が声高に叫ばれたともいえる。

 

その代表的人物が、平民社で『平民新聞』を発行した幸徳秋水やキリスト教信者の内村鑑三、『君死にたまうことなかれ』の与謝野晶子である。」

 

引用以上

 

 

この日露戦争においても、明治天皇は開戦に反対していました。

 

「日露戦争がはじまった直後、明治天皇が放った「驚きの一言」

天皇は戦争をどう見ていたか」

 

講談社文庫出版部より引用します。

 

「いよいよ国交断絶ときまったとき、天皇は皇后にだけ洩らしたという。

 

『いよいよ開戦と決まった。私の志ではないがやむをえない』

 

そして、しばらくしてから、なかば独語のように呟いた。こうした天皇の言葉は大事である。

 

『もしこれが失敗したら、何とも申し訳が立たぬ』

 

引用以上

 

 

「2021年御翼1月号その3 明治天皇と昭和天皇と私―― 小林隆利(たかとし)牧師」より引用します。

 

明治天皇の孫 小林隆利牧師は、「明治天皇と昭和天皇と私」という公演を一九九六年に行った[その内容は、HAZAH(ハーザー)二〇〇一年二月号(マルコーシュ・パブリケーション)に掲載された。

 

小林隆利牧師は、明治天皇の内親王・仁(しのぶ)様の長男(すなわち明治天皇の孫)として、大正14年に名古屋に生まれた。

 

明治天皇は、明治2年(一八六九年)から、長崎より招かれたフルベッキ宣教師・博士によって聖書の学びを始めた。

 

このとき討幕派の三条実(さね)美(とみ)が迎えに行って、日本は新しく変わったので、日本の政府を作るために助けてください、と依頼したのだった。

 

明治天皇には、二万七千もの御製(ぎょせい)(天皇の作られた詩文・和歌)があるが、その80~85%は聖書を知らないと理解できない。

 

例えば、

・おのが身は かへりみずして 人のため つくすぞ人の つとめなりける

 

 これは明治天皇がイエス様の十字架の贖罪のみことばによって心動かされたことを表している。

 

明治天皇が一番愛読された聖書の個所は、詩篇133編、「見よ、同胞(はらから)合い睦みて居るがいかに良き、楽しからん。…」

 

(「見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。…」)であった。

 

明治天皇の名は〝睦(むつ)仁(ひと) 〟であり、ご自分の名前が出ているこの聖句、詩篇133篇が愛唱の句であったことを、明治天皇の側近はよく知っていた。

 

明治天皇に聖書を教えた人は、他に、内村鑑三、新渡戸稲造、塚本虎二(東大の聖書学・教育学者)がいる。

 

内村鑑三は明治天皇に対する不敬罪(対、教育勅語)に問われた。

 

東大・駒場の教養学部(昔の一高)の教員のとき、明治天皇の御名(おそらく直筆ではなくその複写)に対して最敬礼しなかった。

 

すると、他の教授たちから非難を浴び、大学に居られなくなった。

 

内村鑑三は名古屋や熊本に行っても、非難中傷されたが、一度も妬んだり、恨んだり、そしった事はない。

 

内村は、「迫害する者をのろわず、祝福しなさい」ということを全うした。

 

後に明治天皇は、内村鑑三を誉め、あれが本物だと評価され、再び招かれて明治天皇に講義をし始めている。

 

内村鑑三のそのクリスチャンとしての姿勢が、天皇家のみならず、宮内庁の職員など、いろいろなところに波及し、非常に深い影響を与えたのだった。

 

引用以上

 

 

なんと、推測した以上に、明治天皇は、内村鑑三を誉め、あれが本物だと評価され、再び招かれて明治天皇に講義をし始めていたのです。

 

このことが実現したのは、新渡戸稲造氏のおかげだと思います。

 

鈴木範久名誉教授の「新渡戸稲造と聖書」から引用します。

 

「明治九年、明治天皇は、三本木にあった新渡戸の祖父の家に立ち寄った。」

 

「卒業後、渡米した新渡戸はフレンド派(友会、クェーカー)の信仰に接近、やがて同会の信徒になる。

 

クェーカーの聖書に対する見方に関し、その信仰を唱えたフォックスの思想として、宗教というものは坊さんが教えるものでなく、またバイブルでもない

 

バイブルに書いてあろうとなかろうと、自分で考えて善いとみ、正しいと思ったことは実行すべきである、との言葉を新渡戸は紹介している。」

 

「新渡戸自身、その後はほとんど聖書を教えることはなく、『聖書のことは内村に聞け』と言うようになる。」

 

引用以上

 

 

新渡戸稲造氏は、聖書解釈については内村鑑三氏の聖書解釈と福音理解に任せて、新渡戸の門下生たちを内村鑑三に委ねました。

 

ですから、明治天皇と新渡戸稲造氏の祖父は交流があったために、新渡戸氏が明治天皇に聖書を教えたことは自然の流れと思います。

 

そして、聖書については内村鑑三ということで、明治天皇に紹介したのではないでしょうか。

 

 

そして、内村鑑三の無教会キリスト教の「万人救済」の聖書解釈は、天皇制国家と国家神道による戦争によって、深く傷ついた人々にとって、神さまの慰めにあふれているものです。

 

プロテスタント教会の聖書解釈と福音理解は次の通りです。

 

「ただイエス・キリストを信じる信仰によってのみ、罪人である私たちが義とされ、救われる。

 

それが私たちプロテスタント教会の信仰の根本です。」

 

このような教えだと、天皇陛下(その後、人間宣言された)を神と信じて、その神に聞き従い(国家神道)、戦争に参加して、戦死されてしまった方々は救われることはあり得ません。

 

そのような、まるでイエス・キリストは冷酷非道な悪魔のようなプロテスタント教会の教えを天皇陛下と戦死者の方々の子どもたち、孫たちが信じることはあり得ないでしょう。

 

もしも天皇陛下がそのような「イエス・キリスト以外に救いはない」という教えを信じたなら暴動が起きるでしょう。

 

今年で戦後80年です。戦争を体験された方々はまだ生存されています。

 

 

内村鑑三は、プロテスタント教会の教えを否定して、「そんな神など信じない!」と一刀両断に言い放ちます。

 

そして、内村先生は普遍的救済=万人救済を次のように聖書から教えました。

 

「コリント前書十五章二十二節は次のごとくに読むべきである。

アダムにありてすべての人の死ぬるごとく、キリストにありて『すべての人は生くべし』と。

 

この場合において、前半部が万人堕落説を教うるに対し、後半部は万人救済説を伝う。

 

人類全部が第一のアダムの罪によりて死にしがごとく、人類全部が第二のアダムすなわちキリストによりて生くべし、救わるべしとのことである。

 

前の「すべて」は人類をさし、後の「すべて」は信者をさすとの説明は立たない。

 

キリスト教はキリストの十字架である。

 

「兄弟たち、わたしもそちらに行ったとき、神の秘められた計画を宣べ伝えるのに優れた言葉や知恵を用いませんでした。

 

なぜなら、わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです。

 

(コリントの信徒への手紙第一2章1~2節)

 

 

この内村鑑三の「万人救済=イエス・キリストの十字架」の教えは、主イエス・キリストの十字架にありて、すべての人は生きるべし、

 

つまり、天皇陛下を神と信じて、戦死していかれた方々も救われているという教えです。

 

また、神道のままでも救われているという教えは、アフガニスタンで殉教された中村哲先生も内村鑑三によって本当のクリスチャンになれた、さらにカール・バルト師の教えによって「儒教徒のままのクリスチャンでいいんだ」と証しています。

 

この教えは、天皇陛下も戦死された方々も、その子や孫たちをも慰める教えです。

 

その教えを、イエスさまは「不敬事件」によって国賊となり、最愛の妻も教師の職も教会もすべてを失い、日露戦争にも反対して非国民となった「キリスト者の内村鑑三」に与えてくださったのです。

 

 

さらに、前述の内村鑑三のそのクリスチャンとしての姿勢が、天皇家のみならず、宮内庁の職員など、いろいろなところに波及し、非常に深い影響を与えたのです。

 

新しく定められた象徴天皇を支えたのは、戦後、宮内庁長官になった田島道治であり、侍従長になった三谷隆信ですが、二人とも新渡戸稲造氏の門下生が内村鑑三氏の門下生となった人たちでした。

 

田島氏については、イエス・キリストを信じることは出来なかった事情があります。ウイキペディアより引用します。

 

「キリスト教については、後年の『拝謁記』の第3巻 には田島自身による『どうしても基督教に入れませず(中略)、家が東本願寺で結局各(他の)宗派に入らず』(括弧内は注記)との述懐があり、」

 

引用以上

 

そして、新渡戸・内村の門下生は、宮中の民主化教育の促進や初めての民間妃である美智子皇太子妃の実現などの功績を残すことになった。と言われています。

 

しかし、美智子皇太子妃は大いなる試練にあわれました。

 

2023年10月の朝日新聞の記事

美智子さまの「孤独」 皇室内の批判 初代宮内庁長官が日記より引用します。

 

「上皇后美智子さまが20日で89歳を迎える。

 

24歳だった1959年に当時皇太子だった上皇さまと結婚した前後の様子が、初代宮内庁長官を務めた田島道治(みちじ)氏(1885~1968)の残した日記や書簡に記されていた。

 

初の民間出身の皇太子妃に対する皇室内での批判は根強く、孤独のなかで苦悩する美智子さまの様子がつづられている。」

 

引用以上

 

美智子さまは、その大いなる試練を乗り越えられました。

 

そして現在、孫たちが立派に成長されています。

 

2023年8月の女性自身の記事から引用します。

 

「いにしえより、五穀豊穣と国家安寧を祈願してきた天皇家。

 

1945年8月15日、国民が玉音放送に涙を流し“敵機”の消えた空を仰ぎ見たあの日以来、平和希求は皇室のもっとも重要な責務となった。

 

日本武道館などでの追悼式で、慰霊碑の前で、かつての戦地で、そして御所で……、

 

78年にわたり皇室により捧げ続けられてきた黙禱。

 

その真摯な祈りは、内親王・愛子さまの胸にも確かに息づいている。」

 

引用以上

 

 

さらに2024年12月の毎日新聞の記事から引用します。

 

「秋篠宮ご夫妻の次女佳子さまは29日、30歳の誕生日を迎えられた。

 

伝統工芸の振興や国際親善など多様な公務を担っており、宮内庁によると、誰もが幅広い選択肢を持てる社会を願いながら臨んでいるという。

 

 この一年は、地震や豪雨に見舞われた能登半島の被災者を案じる姿が度々あった。」

 

引用以上

 

 

さらに今年3月の悠仁親王殿下の記者会見は見事でした。宮内庁のホームページより引用します。

 

「成年を迎えられたお気持ち、今後、成年皇族として公的な活動にどのように臨まれたいか、抱負をお聞かせください。

 

皇位継承順位第二位である悠仁さまは、象徴天皇の存在、皇室の在り方はどうあるべきとお考えでしょうか。

 

天皇皇后両陛下や上皇ご夫妻、ご両親から学ばれていることもあわせてご紹介ください。

 

殿下

はい。まず御質問へのお答えに先立ちまして、現在、岩手県などで発生している山林火災により被害が生じていることを案じております。

 

これらの火災によって、被害を受けられた方々に心からお見舞い申し上げます。また、この火災が1日でも早く収まることを願っております。

では、御質問へお答えいたします。」

 

引用以上

 

 

このように、日本の平和の象徴である天皇陛下と皇族の発言と行動は、多くの日本人の慰めになっています。

 

しかし、日本を動かす政治家たち、総理大臣と内閣を信頼している人はどれぐらいいるでしょうか?

 

現在はプロテスタント教会の信徒が総理大臣ですが、(8月12日更新) 内閣支持38%、不支持45%(NHK世論調査)という状況です。

 

また、プロテスタント教会の信者のアメリカ大統領が戦争を起こせば、協力するでしょう。

 

 

次は、天皇制国家と国家神道が起こした戦争において、無教会のキリスト者とプロテスタント教会の信仰と行動を見ていきます。

 

次回へつづく

 

「天皇制国家 生前にキリストを信じなくても救われる福音宣教 ④」

 

前回はカトリック教会でしたが、今回はプロテスタント教会と無教会について見ていきます。

 

赤江達也氏の「―内村鑑三不敬事件、あるいは国家の儀式空間と(集合的)身体論」より引用します。

 

「江戸末期、黒船の来航によっていわゆる鎖国が解かれ、欧米の宣教団が再び日本を訪れはじめる。

 

宣教団を支援する欧米列強の政治的圧力によって、1873(M6)年 には切支丹禁制の高札が撤去される。

 

そうした一連の出来事とともに、日本のキリスト教の歴史があらためて幕を開ける。

 

まず急速にその信徒を増やしていったのは、近世以来、邪教とみなされてきたキリシタン(カトリック)を 批判しつつ新たな耶蘇教と自称したプロテスタント・キリスト教で あった。

 

1873(M6)年 にはわずか十一人に過ぎなかったプロテスタント信者数は、1880 (M13)年 には三千人(人 口は四千万)に 、1890(M23)年 には三万人に達する。

 

〈八○年 代〉における急激な信徒の増加に力を得て、キリスト教徒たちは日本がキリスト教国になる日はそう遠くないと考えていた。

 

キリスト教への追い風と広く共有された西洋文明への憧憬のなかで、キリスト教徒の知識人たちによって またときにはキリスト教徒ではない論者によってさえ キリスト教にもとつく国家建設が真剣に考慮されたのである。

 

また1889(M22)年には大日本帝国憲法(明治憲法)が発布される。

 

それにより制限付きではあれ 「信教の自由」が謳われ、一応の 「〈政治〉 と 〈宗教〉の分離(=政 教分離)」 が確立される。

 

そのためキリスト教徒たちは祝賀会を催してこの憲法を歓迎する。

 

引用以上

 

 

また、この時期は、まさに日本のプロテスタント教会史上最強と言える「第三回全国基督教信徒大親睦会」日本のプロテスタント信者の超教派の集会が開催されました。

 

1883年頃から起きていた明治のリバイバルの影響で、日本の救霊への情熱が最初から高揚していた。

 

明治の基督教会を代表する人材が一堂に会したが、その中でも罪の悔い改めや、救いの確信に満たされ、伝道に新たな意欲を燃やす人が続出した。

 

参加者はこの感動を自分の教会に持ち帰って伝道をしたと言われる。 これらの集会をきっかけにリバイバルが全国に広がった。

 

新島襄は感激して「十年ならずして、我が国は、基督教国になるであろう」と述べた。

 

内村鑑三も最初の演説「空の鳥と野の百合花」を行い、注目を浴びた。

 

押川方義は「基督教に適するものを教ふ」と題下、大熱弁を振るい、新島いたく感動せる。また仙台に打電し「非常時来た、集まりて熱心に祈れ」と教会員に指令した。

 

以上ウイキペディアより引用

 

 

しかし、プロテスタント教会のキリスト教徒たちが歓迎した「大日本帝国憲法」の中身は次のようなことでした。

 

第一条や第三条で、国家の主権が天皇にあることや、天皇の地位は神聖なもので、侵すことはできないことが強調されています。

 

さらに天皇は陸海軍を率いる統帥権(とうすいけん)を持つこと(第十一条)や、戦争を始めたり、講和したりする権利を持つこと(第十三条)の定めもあり、陸海軍は内閣からも独立して天皇に直属していました。

 

このように天皇が国家を治める権利の全てを握ることが記されていました(天皇大権)。

 

第二十条では、兵役の義務が書かれています。「日本臣民」という言葉は、天皇に仕える民という意味です。

 

日本は、天皇制国家と国家神道が築き上げられていきます。

 

 

川口葉子氏の論文「戦時下のキリスト教会をめぐって 」から引用します。

 

まずは、国家に対する見解について見ていきたい。

 

最初に、日本の国家そのものに対するキリスト者の見解を追う。

 

そこに目立つのは日本の「犠牲」「忠誠」が他国に類を見ないほど秀でたものであるとする日本の優越性であり、「天祐」「天助」ということぱによって、日本国家を意義付けしている姿である。

 

まず、日本の優越性について述べているものを見ていきたい。 日本には其の固有とも言ふべき仁侠犠牲の精祁が存在する。

 

「国家の中心は其の民のために全く一身を犠牲にして顧みられないほどの仁愛を理想として提示せられ之に感激して国民は其の中心と国民のために其の最高の道義に殉ずる志を有している。(福音新報2160号) 」

 

「『陛下の為』の一句に笑つて死に就く忠誠、その単純にして強度の忠誠は二千六百年の歴史を籠めた一種不可思議な特質であつて、到底之を他に移植は出来まい。 (福音新報2312号)」

 

ここに見られるのは、日木には固有の「犠牲」の精神があり、さらに天皇に対する「忠誠」があることを誇示するキリスト者の姿である。

 

そして次第に、それは天皇によるものであると明言するようになる。

 

引用以上

 

 

これは後の、1940年施行の宗教団体法によって統制したプロテスタント教会の天皇制国家に対する信仰ですが、1889年の天皇制国家誕生時からこのような信仰を持っていたのでしょう。

 

そのことが判明するのが、内村鑑三の不敬事件でした。

 

 

内村鑑三たち理想主義的急進派は、プロテスタント教会のメソジスト派などの各教派を離脱して、新教会の形成を務めた。

 

そして、翌1882年(明治15年)1月に札幌独立教会として新教会が誕生した。(一応、プロテスタント教会になるようです。)

 

これは、教派から独立した日本最初の日本的教会であった。

 

ウイキペディアより引用

 

 

関根清三教授の「内村鑑三:不敬事件と妻の死」 から引用します。

 

「1891年の1月9日のことでした。その日、一高では教育勅語の捧読式が行われ、教員と生徒は順次教壇に上がって、勅語に記された明治天皇の署名(謂わゆる宸(しん)署(しょ))に敬礼する ことを求められました。

 

60人の教師のなかに、あと二人クリスチャンがいたけれど、彼らは当日欠席した。

 

内村は事前に彼 らと話し合ったようですが、礼拝ではなく単なる敬礼だと理解し、武士の子孫らしく降りかかる災難から逃げないで、敢えて式に臨んだ。

 

しかし前日には、学生時代の札幌独立教会に退会届を出しているので、 迷惑をかけるかもしれぬと、それなりの覚悟をしていたことが推測されます。

 

しかし敬礼のつもりで出席したのに、勅語捧読をした教頭に、「さあ礼拝をしましょう」と言われて、当惑した。

 

しかも登壇は三番目だったので、いくら頭のよい内村でも、考えがまとまらなかった。

 

それで、最敬礼はしなかったけれど、 少しだけ頭を下げた。

 

しかしこの、一人の男の頭の下げ方ひとつで日本中が騒ぐこととなったわけです。

 

先ずはその場に列席していた千人を超える一高生、約60人いた教員、彼らの一部から非難の声があがった。

 

これを新聞が「不敬事件」として取り上げ、内村は日本中から不敬漢、国賊とののしられ ることとなった。

 

引用以上

 

 

非難の矛先はキリスト教徒の教員や学生 ・生徒による(とされる)同様の事件が続発するとともに、内村個人を超えてキリスト教徒一般へと向けられていく。

 

しかし、「不敬」 という誹誇に対して、不敬事件の直後から、キリスト教徒たちは激しく反論していく。

 

前述の赤江氏の論文より引用

 

 

内村鑑三は、キリスト教会から見捨てられて、たった一人でキリストの十字架を背負うことになります。

 

天皇陛下に対する不敬事件を起こした国賊の内村鑑三に激怒した人々が、次々に家に押し寄せ、罵声罵倒を浴びせ、石を投げつけ、家に押し入って放尿しました。

 

 

葛井義憲氏の論文「内村鑑三―平和といのち」より引用します。

 

「そしてこの事態の最中に,鑑三は悪性のインフルエンザにかか り,意識不明に陥った。

 

妻加寿子は重態の夫を献身的に看病し,また,抗議に訪れる者たちから発せられる罵詈雑言を夫に代わって聞いていた。

 

こうした彼女の手厚い看病,身を挺しての防御の結果,鑑三は平癒していった。

 

しかし,加寿子は夫の全快に代わって風邪をひき,僅か1年9カ月の結婚生活であった4月19日に天へと召されていった。

 

これは内村にとって痛恨の極みであっただろう。

 

友人ストラザース(Alfred L. Struthers) にあてた書簡(1891年7月9日付)で,

 

「ただ 一人の女は世界の歴史に大いなる価値をもたらさないだろうが,一人の男にとって,この真実なる妻を亡くすことは全世界を失うのに等し い」(『内村鑑三全集』36岩波書店,1983年, 339頁)との文章をもって,悲しみを表わしている。

 

加寿子の死は内村を救うための身代わりの死と彼には思われた。」

 

「不敬事件」後は加寿子の優れた人格に圧倒されていった。

 

内村は加寿子の病床での様子などを1891年7月9日付のストラザースに宛てた手紙に記している。

 

加寿子は病床にある3カ月間,彼女の口から一言の不平ももれず,夫鑑三と病床で一緒に祈る時,彼女は鑑三のこと,彼女の父のことを祈り,自分自身についてのことは一言も祈らなかったと言う。

 

こうした柔和 で,徹底した自己犠牲の加寿子が帰天(1891 年4月19日)の5日前,鑑三の友人である組合派の本郷教会牧師,横井時雄から洗礼を受け た。

 

この洗礼式は内村に感銘を与え,洗礼式の中で発した彼女の力強い「アーメン」と唱える声は耳に残り続けていると,ストラザースに伝えている。

 

世間から指弾の標的とされた「不敬事件」を挟んだ加寿子との心温まる結婚生活,そして彼女とのこの世での別離は内村を打ちのめし, 孤独にさせる反面,彼に「来世」に対する強い関心を抱かせるようになった。

 

加寿子死後,1年数カ月経って綴った「未来観念の現世に於ける事業に及ぼす勢力」(『基督教新聞』475―476号 所収,1892年9月)の末尾に「来世への希望」 を開示している。

 

現世は価値なきものにはあらざれ共永遠の価値を有するものにあらざるなり, 人類は現世を楽しみ得べきも未来の希望 を有せずして楽しみ得べきものにあらず,

 

余輩基督信徒たるもの時勢を利用する事 あるとも何んぞ時勢の子供となるべけんや,基督の贖罪,未来の存在,共に余輩 の頼むべき大盤石にして世の之に対する思想は如何に変化するとも余輩の之に対する信仰と希望は昨日も今日も明日も変 ずべからざるなり。(『内村鑑三全集』1岩 波書店,1981年,308―309頁

 

引用以上

 

 

内村鑑三は、主流のプロテスタント教会から離脱して新たなプロテスタント教会の独立教会を築きましたが、不敬事件の前日に退会しました。

 

主流のプロテスタント教会では未信者と同じくびきを負えないので、結婚に反対されますが、独立教会なので、未信者の加寿子さん当時20歳と結婚しています。

 

加寿子さんは未信者でも、主イエス・キリストへの信仰のゆえ国賊となって死をさまよう夫を見捨てず、最後の最後まで献身的に支えたのです。

 

死の5日前にクリスチャンになりました。

 

この証は、クリスチャンと未信者との区別はなく、共に同じくびきを負えるということを証明しています。

 

 

吉村孝雄氏のブログ記事「無教会とは」から引用します。

 

1893年、内村鑑三が三二歳の若きときに「キリスト信徒のなぐさめ」という本を出しました。

 

その本で、内村は自分のキリスト教信仰上の考えが神学者や接した教会の指導者たちに受けいれられず、教会から捨てられた状況になったことを記しています。

 

そのような時、内村を最も支えたのは、聖書そのものであった と、次ぎのように述べています。

 

「…多くのひとたちにけなされ、責められるとき、自分の尊厳と独立を維持することに、比類のない力を持っているのは聖書である。

 

聖書は孤独な者の盾、弱き者の城壁、誤解された人間の休みの場である。…」

 

(「キリスト信徒のなぐさめ」第3章より。内村鑑三全集 岩波書店刊 第2巻27頁 原文は文語。)

 

こうして聖書の真理に深く学び、励まされていきました。

彼は、さらにこう述べます。

 

「私は無教会となった。私は人の手によって造られた教会は私にはない。私を慰める讃美の声はない。私のために祝福を祈る牧師もない。

 

しかし、私は神を礼拝し、神に近づくための礼拝堂を持っていないであろうか。

 

山に登り、広大な野を眼下に望み、この世の上に高くに立ち、一人無限なるものと交わるとき、あるいは、風が背後の松の木によって讃美を奏で、頭上高く飛ぶ 鳥はつばさを伸ばして天上の祝福を注ぐ。

 

夕日はまさに沈もうとし、東の山は紫となり、西の山は紅となり、水の流れの上に映じている。

 

そうした自然のただなかで、一人川のほとりを歩みつつ、聖者た ちと霊的な交わりを結ぶとき、私はまさに、声なき説教を聴く気持になる。 …

 

とはいえ、私もまた人との交わりを求める者であり、ときには、人の建てた礼拝堂に集い、しずかに会堂のかたすみにて参加者とともに歌い、ともに祈ろうと思う。

 

また、私は教会から退けられているゆえに、教会の講壇から福音を語ることはできないから、

 

さびしく孤独に悩み憂いに沈んでいるひとたち、あるいは貧しさに 苦しむひとたち、あるいは罪を知って一人神の赦しを得ようとしている人たちのところを訪れ、主イエスの貧しさと孤独と恵みを語ろうと思う。

 

ああ、神よ、私は教会を去っても、あなたから去ることはできない。教会に捨てられた不幸は不幸であるけれども、あなたに捨てられなければそれで十分なのだ。…」(同書36~37頁)

 

このように、無教会という言葉が最初に使われた状況は、内村鑑三がみずからが、真理と信じることを固く守ろうとする歩みのなかで、彼が出会った教会の指導者たちから退けられ、所属する教会を持たなくなった。

 

教会の無い者となった、ということであったのが分かります。

 

そのような内村鑑三のもとに、聖書の真理を求め、学びたいという強い希望をもった青年が集まるようになり、おのずから一つのキリスト教の流れが生まれたのです。

 

その流れの中心的主張は、「救われるためにはキリストを信じるだけでよい」ということ、さらに、あとになってできた伝承や組織などの権威や伝統によらず、「聖書中心」ということが基本にあります。

 

言い換えれば、聖書とキリスト中心ということです。

 

引用以上

 

 

このように、天皇制国家によって不敬事件を起こしたことで誕生したのが「無教会」でした。

 

無教会は「万人救済説」を教えています。

 

その教えは、加寿子さんの死を通して、主イエスの慰めと恵みから生まれたものと思えます。

 

 

さらに、天皇制国家と国家神道は戦争へ突き進んで行きます。

 

そこでも、プロテスタント教会は聖書解釈と福音理解によって、積極的に戦争に協力していきます。

 

「義戦」「聖戦」ということです。

 

中でもホーリネス教会は唯物論、共産主義に反対する教えによって、最も戦争に協力しました。

 

しかし、無教会の内村鑑三とその弟子たちは、戦争に反対して、すべてを失って戦い続けた証があります。

 

宮沢賢治の「雨ニモマケズ」のモデルと言われている斎藤宗次郎氏と、サザエさんの著者の長谷川町子さんの師匠でもある矢内原忠雄氏の証は壮絶で、現在も語り継がれています。

 

次回はそのことについて、またプロテスタント教会の戦争協力について詳しく書いていきます。

 

「戦争と信仰 生前にキリストを信じなくても救われる福音宣教 ③ 日本におけるキリスト教の真実 62」

 

戦後80年になりましたが、日本では毎年8月になると二度と戦争の悲劇は起きてはいけないことを、あらゆる手段で発信されています。

 

南日本新聞8月14日の記事の中で、田中和夫さん(90)は次のように宣べ伝えています。

 

「小学生の頃の夢は海軍大将。『国のために喜んで死にたい』と本気だった。国民のほとんどがそう考えるよう仕向けられていた。まさにマインドコントロール。洗脳されていたのだろう。本当に怖い。」

 

引用以上

 

 

戦時下の日本は、まさに、カトリック教会が教える「教会の外に救いなし」というように、「世の中に救いはない」という状況でした。

 

「一億玉砕、国の為」というスローガンは、戦争のために、すべての日本人は玉砕せよ!という、人間の命はまるで虫けらです。

 

そのような悪魔が支配する邪悪な世の中で、イエス・キリストは山上の垂訓の中で、イエスさまにつき従う群衆と12弟子たちに次のように教えられています。

 

「義に飢え渇く人々は、幸いである、

その人たちは満たされる。

 

憐れみ深い人々は、幸いである、

その人たちは憐れみを受ける。

 

心の清い人々は、幸いである、

その人たちは神を見る。

 

平和を実現する人々は、幸いである、

その人たちは神の子と呼ばれる。

 

義のために迫害される人々は、幸いである、

天の国はその人たちのものである。

 

わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。

 

喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」

 

「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。

 

もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。

 

あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。 

 

また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。

 

そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。

人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」

 

(マタイによる福音書5章6~16章)

 

 

このイエスさまの教えをクリスチャンたちが実行することによって、世の中は戦争で救いがない世界だけど、教会の中には救いがあること、つまりイエス・キリストに救いがあることを、戦後の日本で永久に宣べ伝えられたことでしょう。

 

そうなれば、日本の宗教で最も信徒数が多いのはカトリック信者となっていても不思議ではありません。

 

戦争に反対すれば、義のために迫害されて、多くの司祭やクリスチャンたちはすべてを失ったり、殉教することになりますが、幸いである、

 

天の国はその人たちのものである。とイエスさまは言われているからです。

 

 

そして現実に「教会の外に救いなし」という教えのカトリック教会が、戦時下の日本で実行したことが次の通りです。

 

「AMORー陽だまりの丘」歴史から何を学ぶか 2020年の記事から引用します。

 

『このままでいいのか』の著者・木邨(きむら)健三さんは、1927年愛知県名古屋市生まれで、日本カトリック正義と平和協議会(正平協)秘書を務めたカトリック東京教区の信徒である。皇国史観教育で育つが、戦争で兄を亡くし、戦後、反戦平和運動を行った。

 

序章の見出しは「カトリック教会の戦争責任とは?」である。

 

戦時中のカトリック教会は、十五年戦争以前から「戦勝祈願ミサ」を行い、

 

ロマ書13章1~2節の聖句「凡ての人、上にある權威に服ふべし。そは神によらぬ權威なく、あらゆる權威は神によりて立てらる。

 

この故に權威にさからふ者は神の定に悖るなり、悖る者は自らその審判を招かん」を用いて、

天皇制国家主義に従うことに結びつけていたと序章にある。

 

さらに「全日本教区長共同教書」(1935年4月)には、「日本カトリック教徒が国を愛しているというまごころを表わすために、当局に飛行機を献納したいので、

 

司祭、修道者、信徒の賛助と協力をお願いする」という文言があることを木邨さんは紹介する。

 

1937年には日中戦争がはじまり、防共(共産主義勢力の侵入を防ぐ)精神から、

 

「全世界三億三千万のカソリツク教徒に君臨し法界の大導師と仰がれるローマ法王の政庁」(『東京朝日新聞』昭和12年10月17日)であるバチカン市国の元首・教皇ピオ11世は日本支持の立場を示し、大日本帝国軍の中国における行動に完全協力するよう極東の全教会に指示を出した。

 

1941年12月には、アジア・太平洋戦争が始まる。帝国陸軍参謀本部が、カトリックの多い南方(主にフィリピン)の宗教宣撫工作を求めたことから、

 

日本天主公教教団(※カトリック教会/戦時中は敵性言語の横文字を使えず、

 

「宗教団体法」の公布により1939年5月に、カトリック教会は日本天主公教と呼称を変えた)は、陸軍宗教部隊カトリック班(宗教宣撫班)を結成し、真珠湾攻撃に先んじて11月には日本を出発する。

 

日本のカトリックによるフィリピンの宗教宣撫においては、高山右近が戦時利用され、「高山右近頌徳祭」がマニラで行われた。

 

1943年には学徒出陣が始まり、戦争末期の様相を呈する(内地には、連戦連勝と伝えられる)。

 

同年9月に教会は「日本天主公教戦時活動方針」を発表し、指針の第一項には「本教団の総力を結集して、大東亜戦争の目的完遂に邁進すべし」と、

 

第二項には「国体の本義に基き、本教団の教義を宣布して、信仰生活の刷新に努むべし」とある。

 

特高(特別高等警察)の資料によれば、「陛下は父であり天主は母である」といった記述があると木邨さんは紹介している。

 

戦時活動指針は、カトリック雑誌『声』誌に掲載され、聖戦を思わせる武装した月下の天使の絵とともに表紙を飾る。

 

大東亜戦争の目的は、帝国政府の屡々(しばしば)声明せる如く、従来大東亜諸民族に課せられたる不平等なる羈絆(きはん)より彼等を解放し、

 

万民にその処を得しめて東亜に恒久平和の楽土を建設せんとするにある。

 

これを思想的に観るならば、無神論に立脚せる唯物主義、自由主義、共産主義等を排撃して、八紘為宇(はっこういう)の精神に基く正しき人道主義を確立せんとするにある。

 

(中略)

 

今次、わが国がかゝる思想の撃滅のために敢然武器を取つて起つたことは、天主の深き配慮に基くと言ふべきであつて、

 

わが国がこの人道的大旆(たいはい)をかざして征師(せいし)を進めるかぎり、世界三億五千万のカトリック信徒は、敵味方を問はず、当然これに賛同すべき筈である。

 

土井辰雄「大東亜戦争とカトリック」『声』1943年8月号

/『歴史から何を学ぶか』98~99頁

 

ここではついに聖戦の側面まで強調されている。修道女や女学生たちは、「聖母よ日本を勝たしめ給え」という連祷を祈っていたと聞く。

 

かくて、誰もが戦争協力であった。

 

引用以上

 

 

なんと、カトリック教会は、聖書の御言葉を悪用したりして、「戦争協力」に一致団結したのです。

 

「陸軍宗教部隊カトリック班」というのまで結成したり、

 

「わが国がかゝる思想の撃滅のために敢然武器を取つて起つたことは、天主の深き配慮に基くと言ふべき」という教えは、まさに悪魔の使いです。

 

「悪魔とその使いたちのために用意した永遠の火に入れ!」という御言葉が思い起こされます。

 

 

西山俊彦著「カトリックの戦争責任」から引用します。

 

日本カトリック司教団は、教書『平和への決意-戦後五十年にあたって-』(1995年2月25日)を公表し、日本カトリック正義と平和協議会は声明「新しい出発のために」(同年4月16日)を発表しました。

 

司教団教書では「わたしたちは、・・・・・・アジア・太平洋地域の二千万を越える人々の死に責任を持っています。

 

さらに、この地域の人々の生活や文化などの上に今も痛々しい傷を残している

 

・・・・・・この事実を率直に認めて謝罪します」と明言します。

 

謝罪し反省すべき具体的な事実としては、「二千万を超える人々の死」「生活と文化の破壊」のほかに、

 

対外的には「無数の女性・子ども・民間人の被害」

「強制連行」「戦時性奴隷」、

 

体内的には「多数の同胞の戦死」「沖縄の焦土化」

「度重なる空襲」「広島・長崎への原始爆弾投下」を明記しています。

 

引用以上

 

 

戦時下の日本のカトリック教会は、まさに悪魔の使いたちでした。

 

「教会の外に救いなし」という教えは地の下に堕ちたといっても過言ではないでしょう。

 

もはや、悔い改めれば済むレベルの問題ではないと誰もが思うのではないでしょうか。

 

聖書には赦される罪と赦されない罪とがあると教えていますが、間違いなく赦されない罪となり、カトリック教会の存在価値はないと言われても、言い訳はできないでしょう。

 

「もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。」という教えの通りです。

 

 

しかし、カトリック教会は抜本的改革を実行して、回心したのです。

 

市川喜一著「福音と宗教」より引用します。

 

「カトリック教会は一九六二年から一九六五年にかけて開かれた第二バチカン公会議で画期的な宣言を出します。

 

この宣言はカトリック教会にとっては画期的であり、『カトリック教会の回心』とまで言われます。

 

というのも、カトリック教会は三世紀のカルタゴの司教キプリアススの『教会の外に救いはない』という基本的な姿勢で異教徒に対してきましたし、

 

この姿勢は一四四二年のフィレンツェ公会議で、異教徒も異端者も永遠の命に参与できないことが教会の教義として定義され、

 

その後のカトリック教会は他宗教に対して排他的で否定的な態度をとってきました。

 

それがこの第二バチカン公会議でひっくり返ったのです。

 

しかし、『教会はキリストを告げているし、また絶えず告げなければならない。キリストにおいて人は宗教生活の充満を見いだし、キリストにおいて神は万物を自分と和解させた』とも述べて、キリスト告知の担い手としての教会の優越性も保持しています。

 

ただ、他の諸宗教に対して開かれた態度に転身することで、他宗教との対話と協調を促す姿勢をとることになります。」

 

引用以上

 

 

そして、ヴァリニャーノの適応主義を根幹とする布教方策は、カトリック教会では300年以上批判されてきましたが、一転して高い評価を得るようになりました。

 

さらに1981年に、マザーテレサが日本に来日してから、カトリック教会の評判が良くなります。

 

そのマザーテレサは、クリスチャンも他宗教もない、すべての人間は「善良な資質」をもった同じ人間です。ということを教える信仰者でした。

 

次回へつづく

 

「生前にキリストを信じなくても救われる福音宣教 ② 迫害と殉教 日本におけるキリスト教の真実 61」

 

前回の続きです。

 

ザビエル宣教師は1551年、大内義隆の領地であった山口において、日本人の祖先が地獄に行かずに済むような論理を案出する必要が生じたために、たとえ神の存在を知らなくても救いの対象となり得る自然法を用いて説いています。

 

ザビエルは、日本にキリスト教が伝えられる以前に未信者として没した日本人の先祖の全員が必ずしも地獄に堕ちたわけではないことを説明しました。

 

そのことによって、神に対して「無慈悲だ」とおいおい泣いていた信徒たちの不信感は消えて、喜んで礼拝できたでしょう。

 

そのことが燃え盛る火の試練の時に、イエスさまから離れなかった信仰となったことでしょう。

 

 

狹間芳樹氏の論文「日本及び中国におけるイエズス会の布教方策-ヴァリニャーノの『適応主義』をめぐって 」から引用します。

 

「イエズス会第四代総会長メルクリアンは、1573年、ヴァリ ニャーノを総会長代理の特権を有する巡察師に任命した。

 

ヴァリニャーノは一度目の来日で既に、日本布教のためには、日本習俗の尊重と日本人聖職者 の養成が急務であると主張し、彼の布教方針に反対した当時の日本布教長カブラルの意見を斥けた。

 

そうした彼の日本及び日本人観がよく窺えるこの新しい方策は『適 応主義』と呼ばれるものであって、日本及び中国におけるキリスト教布教の展開にとって特に重要な意味をもつものであった。

 

彼は確固たる信念のもと『在日イエズス会員は日本の社会に順応すべし』という根本方針を打ち立て、それをもって日本での布教に臨んだのである。

 

そして、以上に見たようなヴァリニャーノの適応主義にもとづく布教の成果として、日本では 16 世紀半ばから17世紀半ばのキリシタン世紀に数十万人という驚くべき多数の信者が獲得され た。

 

信仰の真正性に疑問をなげかける研究もあるが、私はやがて始まる禁教と迫害に直面して、4 万人とも5万人とも推察されるほどのキリシタン(その殆どは民衆層)が教義に殉じたことを重 く見たい。」

 

引用以上

 

 

カトリック教会の中核である「教会の外に救いなし」という教えを適用しないなどの適応主義は、信仰の真正性に疑問をなげかけられるのは至極当然だと思います。

 

「石地のものとは、御言葉を聞くと喜んで受け入れるが、根がないので、しばらくは信じても、試練に遭うと身を引いてしまう人たちのことである。 ルカによる福音書8章13章」という教えがあります。

 

適応主義の教えによって、多くの日本人がイエス・キリストを信じても、試練に遭うと身を引いてしまえば本末転倒だと言えるでしょう。

 

巡察師ヴァリニャーノの適応主義は、「教会の外に救いなし」という教えなどのヨーロッパのやり方を押し通すフランシスコ会やドミニコ会などの托鉢修道会の方法論の逆を行くもので、

 

ヴァリニャーノはこれを理由としてイエズス会以外の修道会が日本での宣教を行うことを阻止しようとし、後のイエズス会と托鉢修道会の対立につながりました。

 

その後、日本で飛躍的に成果を上げるイエズス会に対抗するためにフランシスコ会の宣教師たちも日本にやって来ました。

 

また、イエズス会の中でも巡察師ヴァリニャーノの方針に反発して、イエズス会の日本仏教に対する攻撃と論駁の事例は枚挙にいとまがないと言われています。

 

神社や寺に放火を命じる宣教師もいました。

 

巡察師ヴァリニャーノは、方針に反発する宣教師を排除しています。

 

 

そして、適応主義の教えでイエス・キリストを信じた多くのキリシタンたちに燃え盛る火の試練の時が来たのです。

 

新井白石の『西洋紀聞』下巻付録によると、キリシタンの殉教者の数は20~30万人にのぼる、となっていますが、正確な人数はわかっていません。

 

4万~5万人が妥当とする人たちもいます。

 

それでも相当数のキリシタンが殉教したのは事実です。

 

ですが、逃げて「潜伏キリシタン」となった者たちのほうが多かったでしょう。

 

 

クリスチャンTODAYの神学書を読む浅見雅一著『概説キリシタン史』から引用します。

 

棄教をめぐっての司祭たちの考え方も興味深い。当初、司祭たちはいかなる時でも信仰は否定してはならないということを原則とした。

 

これは「人々の前でわたしを知らないと言う者は、わたしも天の父の前で、その人を知らないと言う」(マタイ10:33)や、

 

イエスが捕らえられたとき、大祭司の庭でペトロが弟子であることを3度も否んだ記述などを論拠としていた。

 

しかし、弾圧が激しくなると、例外規定が設けられ、迫害下の状況で生命に危険が及ぶならば表立っては信仰を否定することを容認するようになった。

 

その根拠はマタイによる福音書10章23節のイエスの「一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げて行きなさい」や、

 

使徒言行録8章1節の「エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行った」という記述などを論拠としたという。

 

そして、取り調べで信仰を否定してしまった場合にも、「コンチリサン(完全な痛悔[つうかい])」という秘蹟が行われ、罪は赦されたという。

 

そのような秘蹟が行われたからこそ、江戸時代長崎の各地では「潜伏キリシタン」として信仰が受け継がれ、

 

明治になってからの“世界史的にも類がない”といわれる「250年ぶりの信徒再発見」へとつながったのだと思うと、受け継がれた信仰の重さにさまざまなものを感じさせられてしまう。

 

引用以上

 

 

その250年ぶりに発見された潜伏キリシタンたちは、元より聖書はなく、さらに指導者もいませんでした。

 

それでもイエス・キリストを信じ続けたのです。

 

けれども、悪魔がとどめを刺すがごとく、燃え盛る火の試練に襲われたのです。

 

捕らえられて、牢獄に入れられました。棄教しなければ殺されます。

 

しかしながら「聖霊」の力によって乗り越えた証がありました。

また、ただ十字架のイエス・キリストだけによって殉教した証もあります。

 

また、聖母マリア様が毎晩来て慰めてくださることによって殉教した証もあります。

 

さらに幼い子供たちも牢に入れられて、飢え死にするか、おいしいものを食べて棄教するかという作戦がとられました。

 

けれど、5才のもりちゃんは「パライソ(天国)にはもっとおいしい食べ物があるとよ。」と言って棄教せず、飢え死にしました。

 

他の幼い子どもたちも飢え死にしてしまいます。

 

聖書では「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。マタイによる福音書18:10」と教えています。

 

おそらく子どもたちは、天使と共にいて、すでに神の国にいる状態において殉教したと思います。

 

*

 

このように、適応主義が主流の福音宣教で多くの日本人が救われても、燃え盛る火の試練において、イエスさまが共にいた証明がなされています。

 

その実によって見分けることができるのです。

 

しかしながら、ヴァリニャーノの適応主義を根幹とする布教方策は、カトリック教会では批判されました。

 

 

その後、日本におけるカトリック教会の新しい福音宣教がスタートします。

 

ローマ教皇庁は次第にこれ を他の修道会及び宣教会に委譲する方針を決し、まず1904(明治37年)に は四国教区を新設してロザリオ管区のドミニコ会に委託し、次いで1912(大 正元)年には新潟教区を神言会に、1915(大正4)年には札幌をフルダ管区 のフランシスコ会に委託した。

 

前回のヴァリニャーノの適応主義から一転して、「教会の外に救いなし」というカトリック教会の本来の教えの福音宣教が日本で始まったのです。

 

その福音宣教は、適応主義で救われた日本人たちの信仰よりも、試練に数倍も何十倍も強い信仰になると思われました。

 

そして、燃え盛る火の試練がやって来ました。

 

「戦争」という隣人を殺しまくることが正義という悪魔の働きです。

 

当然にカトリック教会の司祭と信者たちは、神を愛し、隣人を愛せよというイエス・キリストの教えに聞き従い、戦争に参加することはあり得ないと思いました。

 

しかも「教会の外に救いなし」という教えです。

 

つまり、日本において「イエス・キリスト以外に救いはない!」という証をするこれ以上ない絶好のチャンスでありました。

 

しかし、カトリック教会の司祭と信者たちは信じられない行動で一致団結するのです。

 

次回に続く

 

「生前にキリストを信じなくても救われる福音宣教 ① カトリック 日本におけるキリスト教の真実 60」

 

終戦記念日で思うのは、どれだけ多くの人々が間違った正義で命を落としてしまったということと、その亡くなった人々は現在どこにいるということです。

 

ご冥福をお祈りいたしますと、多くの人々は祈っていますが、クリスチャンとしてはどう祈るべきかを考えて、この投稿記事を書きました。

 

 

1549年から始まる日本におけるキリスト教の福音宣教を色々と調べて見れば、次のようなデーターを伝えている人がいました。

 

1573年から1590年に、2万人だった日本のキリシタン(カトリック信者)は、24万人に超急増しました。

 

それ以後も大リバイバルは起こり続け、1612年には約60万人になり、

 

それは当時の日本の総人口の3.5%に及びました。

 

そのまま行けば、総人口の10%以上になっていた可能性が高いと言われています。

 

(このデータとは別に、約45万人で総人口の2%というデーターを伝える人もいます。)

 

しかしながら、キリシタンが急増しているのは事実です。

 

様々な要因がありますが、どうして多くの日本人がイエス・キリストを信じるようになったかと言えば、最も大きな要因が巡察師ヴァリニャーノが「適応主義」と呼ばれる方法をとったからと言われています。

 

ウィキペディアには、次のように書かれています。

 

「それはヨーロッパのキリスト教の習慣にとらわれずに、日本文化に自分たちを適応させるという方法であった。

 

彼のやり方はあくまでヨーロッパのやり方を押し通すフランシスコ会やドミニコ会などの托鉢修道会の方法論の逆を行くもので、

 

ヴァリニャーノはこれを理由としてイエズス会以外の修道会が日本での宣教を行うことを阻止しようとし、後のイエズス会と托鉢修道会の対立につながる。」

 

引用以上

 

フランシスコ・ザビエル宣教師が1549年から日本で福音宣教を始めました。

 

ですが、日本人は、すでに死んでいる愛する父や母、妻や夫が、デウス(イエズス)を知らなかったために永遠に地獄にいるという教えには納得しませんでした。

 

彼らは、死者たちへの悲しみを言い現わし、パアデレ(宣教師)の元に来てはおいおい泣くのであった。

 

ザビエルは「これは神を礼拝しなくなる大きな疑念でした。」と記している。

 

 

浅見雅一氏の著書「概説キリシタン史」には次のように書かれています。

 

ヴァリニャーノ宣教師は、キリスト教に帰依するかどうか分からない異教徒の日本人に対しては三つの教えが告げられるべきであるとしている。

 

① 日本のいかなる宗派にも救いはあり得ないこと

 

② 救い主にして世界の創造主は主イエス・キリストのみであること

 

③ 霊魂は不滅であり、死後には生命があり、救世主キリストの教えに従う者には永遠の至福が得られ、従わなかった者には地獄の責め苦が与えられること

 

しかし、ヴァリニャーノ宣教師は聖霊と知恵とに満ちた方でした。

 

日本を巡察して、ヨーロッパ向けの倫理の福音宣教をそのまま日本に適応するのではなく、日本向けの倫理の福音宣教を新たに確立することが必要不可欠であると考えたのです。

 

それで、教会公認の基準を設定しようとして、それは日本におけるイエズス会の布教方針を確定することにもなりました。

 

ヴァリニャーノ宣教師は、この回答を基準にして日本における良心問題に対処したのです。

 

 

ヴァリニャーノ宣教師は、日本人が聖書の教えを知らなかったとして「克服不能な無知」または「やむを得ざる不知」の概念を適応しており、神が日本人に与えたものであると見なした。

 

「克服不能な無知」の概念は、ある事柄が罪となると人の力で認識し得ない場合、それを罪とは見なさないというものです。

 

引用以上

 

 

髙橋勝幸氏の論文「A・ヴァリニャーノの適応主義の現代的意義 」には次のように書かれています。

 

宣教師は、宣教国の文化、生活・習慣、言語を尊重して、その国・民族の中に生きている 良いものを取り入れて行く方針が所謂「適応主義」と言われるものである。

 

ヴァリニャーノの方針をよく理解した、イエズス会イルマン不干斉・ファビアン(1565 ~1621)の『妙貞問答』にも「なつうらの法=自然法」が説明されているが、

 

「神の法」 は宣教以前からすべての「人の心」に刻まれたものであり、「神の意志」は真理そのもので、 常に人の心に響いている。

 

人間が人間である限りにおいて、無意識にも誰でも「大いなる方 (いのちの源泉)」を感じ取ることが出来る。

 

そこには、古今東西の詩人・歌人の歌にもあるように、宗派を超えて、時代・社会を超えて、常に働いて居られる方がいる実感がある。

 

その「神の意志」を「祈り(瞑想)」によって忠実に読み取り、尊重して行くことが「霊 操」であり、「適応主義」の基となるものである。

 

ヴァリニャーノは、第一回巡察報告(会議録については、井出勝美『キリシタン思想史研 究序説』ぺりかん社、1995 年に詳述)において「適応主義布教方針」を打ち出し、ローマ の総会長C・アクアヴィヴァに同意を求めている(「1583年10月28日付、コチン発信、 アクアヴィヴァ宛の手紙」『日本巡察記』平凡社、1973年、p.4)。

 

「それにより、日本での出来事のすべてを知ることができないとしても、少なくとも ある程度の御理解をいただけるものと念願いたします。

 

ローマにおいて日本の問題が取 り上げられた時に、お耳に入ることを怪しまれないように、

 

それらの問題の解決は、日 本を司牧する人々に委ねられるように(していただきたく)御地の方々がたとえすべてを御理解下さらないにしても日本にいる人々は優れた方法を行なったのである、と御判断下さい」。

 

即ち、当時のヨーロッパにおけるトリエント公会議の教令は宗教改革への厳しい取締りを 目的としたもので、これを杓子定規に日本に当てはめたのでは、日本の布教はできない。

 

そのまま公会議の教令を適用する必要のないことを見て取った。

 

日本に最も相応しい方策を 度々会議を開く中で、取り決めて徹底して行った。

 

従って 16 世紀のトリエント公会議の教令に抵触することは承知の上で、「日本にいる人々は優れた方法を行なったのである、と御 判断下さい」と、

 

日本という特殊な地域での宣教を「霊操」にもとづく「神の意志」に従っ た判断であることを強調している。

 

このヴァリニャーノの一言を理解するためには「霊操」第二週第十二日「選定」No.169 ~ 189の項とNo. 328 ~ 336「霊の識別の規定」に至る「方法論」を知らねばならない。

 

通 称「霊動弁別」と言われるイエズス会士の判断基準であるが、そこに示される「神の意志」 は絶対的であり、この正しい判断に従うことが宣教・ケリグマである。

 

ヴァリニャーノを始めとする彼ら宣教師は、この「神の意志」に命を賭けたのである。

 

適応主義とは、布教地諸国民の人種、言語、民族、文化、社会、道徳、心理、宗教などの 特異性を考慮し、

 

人間性という共通の遺産を反映する各文化の健全で有効かつ優れた価値を 認め、保存し、高めて利用するよう、出来る限り最大の理解を持って宣布することであり、

 

ヴァリニャーノはザビエルの方針を継承して、適応主義を取っている。

 

引用以上

 

 

日本宣教の初代のザビエル宣教師も途中から「適応主義」の福音宣教へと変わっています。

 

日本においては、ヨーロッパの福音宣教とは異なり、生前にイエス・キリストを信じることなく死んでも、その良心によって救われると教えていました。

 

 

前述の浅見雅一氏は、この「良心によって救われる」という適応主義を次のように解き明かしています。

 

「新約聖書のローマ信徒への手紙第二章、第十四節と第十五節には、

 

たとえ律法を持たない異邦人であっても、律法の命ずることを自然に行なうのであれば、自分自身が律法であるとされている。

 

このことは、律法が自分の心には刻まれていることを示しており、良心がそれを立証するとされている。

 

新約聖書のこの内容が彼らの念頭にあったと推測されるが、これは十戒について述べたものではない。

 

もし、十戒が自然法であるとするならば、神との関係を説いた第一戒から第三戒までが議論の対象から外れてしまうことになる。

 

引用以上

 

 

私自身は、ヴァリニャーノ宣教師の霊動弁別における適応主義の福音宣教は、次の御言葉が響き渡りました。

 

「わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。

 

できるだけ多くの人を得るためです。

 

ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。

 

律法に支配されている人に対しては、わたし自身はそうではないのですが、律法に支配されている人のようになりました。

 

律法に支配されている人を得るためです。

 

また、わたしは神の律法を持っていないわけではなく、キリストの律法に従っているのですが、

 

律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のようになりました。

 

律法を持たない人を得るためです。

 

弱い人に対しては、弱い人のようになりました。

弱い人を得るためです。

 

すべての人に対してすべてのものになりました。

 

何とかして何人かでも救うためです。

 

福音のためなら、わたしはどんなことでもします。

 

それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。

(コリントの信徒への手紙一9章19~23節)」

 

カトリックの適応主義における、生前にイエス・キリストを信じずに死んだ人々は、その良心によって救われるという福音宣教は、多くの日本人に受け入れられました。

 

次回へつづく

 

「人間の命と逆転しない正義 日本におけるキリスト教の真実 59」

 

危険な暑さと言われている今年の真夏もあと少しですね。

日々、会う人たちと、もう少しで真夏が終わると励まし合っています。

 

現在、放映中のNHK朝ドラ「あんぱん」を録画して楽しみに見ています。

 

 

今田美桜さん演じる主人公の「のぶ」は戦争中、国の教育方針を忠実に指導する学校の教師として、生徒たちに国のために戦う人になることを推奨して、日本は必ず勝つことを信じ込ませていました。

 

しかし、日本は敗戦して、これまで教えてきた正義が逆転したのです。

 

それから、のぶは、戦争中の間違った正義に流されて、子どもたちを導いてしまったことを負い目に感じていました。

 

それゆえ、「何があっても逆転しない正義」を探し続けて、それを見つけるまでやめないという人生を歩んでいます。

 

のぶの職場の政治家の先生は、その事を知って

「そんなもん、どこにあるがで」

「どうして、そんなあるかどうかわからんもんを」とつぶやきました。

 

そして「ここにいても、あなたの探しているものは見つからないわ」と伝えて、のぶをクビにしました。

 

 

人は誰もが、誰かから「正義」というものを教わると思います。

 

私自身の場合、高校生の時にサンテレビの再放送で見た刑事ドラマ「太陽にほえろ!」で、石原裕次郎さん演じる主人公のボスが教えた「正義」に心が震える衝撃を受けました。

 

 

三年位前からまたサンテレビで再放送が始まりましたので、同じ感動を再び受けたのです。そのボスの名セリフを引用します。

 

ボス「この事件で二人の人間が死んだんです。そして何人もの人間が、悲しみのどん底に叩き込まれている。我々はこの事実から、目を背けてはならない。」

 

「たとえどんな理由があるにせよ。一人の生命は地球よりも重いんだ。

 

もしまたこんな事件が起きたら、我々は徹底的に犯人を追及します!人間をまるで虫けらのように抹殺する連中は、たとえ何者であっても許さない。それが我々の職務です」

 

引用以上

 

このボスの「一人の生命は地球よりも重いんだ。」という教えに衝撃を受けたのです。

 

それ以来、一人の人間の命の重さを尊重することと、その人間の命を虫けらのように抹殺する連中は許されないということが「私の正義」となって、生きて来ました。

 

 

ところが、プロテスタント教会に導かれて、その牧師たちが教える「正義」はその真逆だったので、衝撃を受けたのです。

 

イエス・キリストを信じない人々は義とされていないので、地獄へ行き、永遠に炎の中でもがき苦しむ。聖書はそのように教えている。というのです。

 

まるで、イエス・キリストにとって、一人の人間の命はまるで虫けらのように思いました。

 

なぜなら、すべての人間は生まれた時から、イエス・キリストを信じていないので、地獄行きの運命だからです。

 

 

私は混乱しました。イエス・キリストを信じれば、今までの私の信じてきた「正義」は逆転するのです。

 

この世が教える「正義」を信じるべきか、プロテスタント教会が教える神の義(正義)を信じるべきか。

 

そして、当時の私はプロテスタント教会が教える神の義(正義)を選択したのです。

 

このプロテスタント教会が教える神の義(正義)は、天国に行くクリスチャンと、地獄へ行く世の人々とを分け隔てます。

 

私の愛する人々は皆、このままでは地獄へ行くのです。

 

また、結婚についても、天国に行く者と地獄へ行く者とが結婚するわけにはいかないでしょう。

 

ですから、クリスチャン同士の結婚しか考えられなくなりました。

 

 

聖書の教えについては、以前から私の家に「エホバの証人」の信者が定期的に訪問に来たので知っていました。

 

そのエホバの証人の教えも、エホバの証人の信者は救われるが、エホバ神を信じない人々は滅びるという教えでした。

 

なので、エホバの証人の信者はエホバの証人の信者同士で結婚しなければなりません。

 

元エホバの証人の信者たちがSNSで発信していますが、どこのエホバの王国会館も姉妹が多く、兄弟は少ないそうです。

 

すると当然ながら、多くの姉妹は結婚できないということになります。

 

また、兄弟のほうは、元エホバの証人の信者いわく「こんな兄弟とは結婚したくないというのが非常に多い」そうです。

 

それで、すぐにハルマゲドンが来るので、来世のことを思い、結婚を断念しているような姉妹が多いそうです。

 

これは、プロテスタント教会についても同じように思えます。

プロテスタント教会も姉妹のほうが多く、兄弟のほうは少なく○○○○という印象があります。

 

 

また、カトリック教会の教えを調べると「教会の外に救いなし」という教えが有名でした。

 

さらにザビエル宣教師の「先祖たちは地獄に行った」という教えを論破されたということが拡散されています。

 

 

多くの人は、前述のNHK朝ドラ「あんぱん」の主人公「のぶ」のように、信じていた正義が逆転してしまったという経験をしていると思います。

 

例えば、結婚する時は、結婚相手の正義を信じて、結婚を決断しても

 

実は、結婚相手が、子どもをつまずかせたり、不倫をしたり、暴言や暴力をふるったりするという、そんな悪い人とは思わなかった。

 

または価値観の違いですね。

 

つまり、信じていた正義が踏みにじられたり、逆転する時に離婚を考えることが多いと思われます。

 

職場もそうです。自分の信じていた正義が踏みにじられたり、逆転する時、退職するか、クビにされることになるターニングポイントになっています。

 

 

そして近年、キリスト教の場合、私が信じていた神の義(正義)が劇的に変わる教えが急激に台頭し始めています。

 

最近の投稿とダブりますが、まとめとして、再度伝えさせて頂きます。

 

私の場合、2019年12月4日、アフガニスタンで殉教された中村哲先生の著書を通して、初めて、無教会の内村鑑三先生の教えを知りました。

 

内村鑑三先生はプロテスタント教会が教える神の義(正義)を否定して、「そんな神など信じない!」と一刀両断に言い放っているのを聞いて、目から鱗が落ちました。

 

なんと内村先生は普遍的救済=万人救済を次のように聖書から教えていたのです。

 

「コリント前書十五章二十二節は次のごとくに読むべきである。

アダムにありてすべての人の死ぬるごとく、キリストにありて『すべての人は生くべし』と。

 

この場合において、前半部が万人堕落説を教うるに対し、後半部は万人救済説を伝う。

 

人類全部が第一のアダムの罪によりて死にしがごとく、人類全部が第二のアダムすなわちキリストによりて生くべし、救わるべしとのことである。

 

前の「すべて」は人類をさし、後の「すべて」は信者をさすとの説明は立たない。

 

またコロサイ書3章十一節に、キリストは万物の上にあり、また万物の中にありとある。ここに、万人にとどまらず万物の救いまでが暗示されてある。

 

それのみでない、『神は愛』と聞いて、万人救済の希望が響き渡るのである。

 

愛そのものでいましたもう神が、少数救済をもって満足したもうとはどうしても思えない。」

 

「ロマ十一章二十五節以下において、幾分のイスラエルのかたくなは、異邦人の数満つるに至らん時までなり、しかしてイスラエルの人ことごとく救わるるを得べしと結論している。

 

イスラエルの人はことごとく救われ、しかして彼らの敵たりし異教のエジプト、アッシリアも彼らと共に救わるべしと言う。イザヤ書十九・二四ー二五 

 

かくのごとくにして、聖書をもって万人救済説を証明することができる。」

 

引用以上

 

 

内村鑑三先生の無教会キリスト教は今井館で教えていましたが、その流れを継承するのが無教会の荒井克浩伝道者です。

 

「最相葉月」さんの著書「証しー日本のキリスト者」が、大手の出版社「角川書店」から2023年1月に発売されて、

「日本中の人たちがキリスト教とクリスチャンを知るための史上最高のツール」として用いられるようになりました。

 

その最相葉月さんが、荒井伝道者の信仰の証を猛烈に次のように支持して推薦しています。

 

「私は全国のキリスト者の声を聞くうちに、贖罪信仰がいかに信者を追いつめてきたかを知った。

 

そんな中、荒井克浩先生の信仰の変化は暗闇に差す光だった。

 

信じれば救われるのではなく、すでに救われている。それが信仰の出発点なのだ。」

 

引用以上

 

 

この無教会の荒井伝道者の「信じれば救われるのではなく、すでに救われている」という教えは、カトリック教会の中でも、晴佐久司祭が次のように教えています。

 

「今、私は、キリストの十字架と復活は、天の父の無限の愛の現れであり、すべての人はそれによってすでに救われているという普遍主義的な福音を明確に宣言する司祭として、多くの人から支持されています。

 

福音を聞いて、自らがすでに救われていることに目覚めると、大きな喜びと真の自由がもたらされます。

 

『救われていることに目覚めて、救われる』のです。」

 

引用以上

 

 

また、プロテスタント教会の日本基督教団の一部の牧師たちが教える「セカンドチャンス論」があります。

 

プロテスタント教会の福音派の中でも最も信徒数の多い大和カルバリーチャペルの「大川従道」主任牧師の著書「永遠と復活」においても、次のように書かれています。

 

「罪が赦される唯一の方法が『イエス・キリスト』を地上にいる間に信じることで、それなくして死んでいった人たちは、天国に行くことができない。つまり地獄へ行くのである、と教えてきました。」

 

しかしながら、そういう教えに心の奥底では納得することができずに、躊躇されていたそうです。

 

そして、ペテロの第一の手紙4章5節などから、人間は死んだらよみに行き、イエスは、よみでも宣教された「セカンドチャンス論」という教えをこれからの人生をかけて宣べ伝えていくと宣言していました。

 

 

さらに私は、三重苦の人として有名なヘレン・ケラーさんの著書「私の宗教」を読んで、聖書の教えはプロテスタント教会が教えるイエス・キリストを信じれば義とされて天国へ行き、信じなければ義とされないので地獄という教えではないことを知って、魂が目覚める思いになりました。

 

ヘレン・ケラーさんは、スウェーデンボルグの著書「天界と地獄」を読んだ時、次のように語っています。

 

「私の心は喜びいさみました。なぜならそこには、私が切実に感じていたこと、つまり、霊魂と肉体は別ものだということを強調するような信仰が見られたからです。」

 

「”イエス”というのは、”神の善”とか”行為として現われた善”を意味しており、

また”キリスト”というのは、新しい考え、新しい生命や歓びを人々の心に送り込む”神の真理”を意味しているのであって、

 

だからこそ神を信じて正しく生きている人はだれも罪に問われることはない、ということを私は『天界と地獄』の中で知ったのでした。」

 

引用以上

 

 

私自身、スウェーデンボルグの教えは懐疑的なところがありますが、その教えを通して、イエスの時代の聖書には死後の世界を教える書があって、イエスさまもその教え通りに教えられていることに気づきました。

 

イエス・キリストを信じて「主よ」と慕うクリスチャンの中でも、来臨時に空中に引き上げられて、その第三の天・天界でイエスさまと共に永遠に暮らす人々と、不義を行なう者どもは外に出されて歯ぎしりをし泣きわめいて暮らすことになる。

 

また、地上に残された人々に対する最後の審判の判断基準は「最も小さい者のひとりが助けを求めている時に助けた人々は、備えられた国で暮らし、助けない人々は永遠の刑罰に入る。」とイエスさまは明確に教えられています。

 

つまり、私の愛する人々は生前にイエス・キリストを信じずに亡くなってしまったけれど、助けを求めている人を助ける人だったので、死後に備えられた国で暮らしていることになります。

 

その死後の世界を知ることによって、生まれて初めて重荷をおろせて、神さまの元で魂に安らぎが与えられました。

 

 

このように、キリスト教の教えでも救いに関する「神の義」の教えは様々です。

 

 

内村鑑三先生は、プロテスタント教会とカトリック教会の教えをクリスチャン人口が約1%の日本の場合「少数救済説」と名付けています。

 

そして次のように説いています。

 

「さらば少数救済説と万人救済説と二者いずれが真理なるか。

 

両説ともに聖書の証明するところたるを見て、聖書に根本的矛盾の無きかぎり、両説いずれも真理であると言わざるを得ない。」

 

「そしてたいていの場合において『わが教会の信者のみが救わるるのである。』と言うのが普通である。これがために幾多の宗教戦争が戦われたか、わからない。」

 

 

まさに内村先生の言われる通り、キリスト教の救いの教えについて、「私たちの教会の教えが正しい。」と主張することによって、

 

争いが起きたり、多くのクリスチャンや教会に導かれた人々が悩み苦しんだり、傷ついたり、つまずいたりしています。

 

 

前述したようにキリスト教の救いにおける神の義についての教えは様々です。

 

それが「この教えが正しいんだ」と教えると、他のまったく違う教えを知れば、その正義は逆転してしまいます。

 

しかも、現在は「信じれば救われるのではなく、すでに救われている。それが信仰の出発点」という教えが拡散されています。

 

また、他の教えも広がる可能性が高くなっています。

 

ですから、「どれも正しい。あなたは心が共鳴する教えを選んでください。」というアプローチをすることが、キリスト教の世界で、何があっても逆転しない正義になると思いました。

 

 

人は三人三様です。

 

地獄行きの教えを知って、神の義の尊さを知り、イエス・キリストを信じたというクリスチャンは多いです。

 

その反対に、あまり知られてなかった万人救済説・普遍的救済の教えを知って、イエス・キリストを信じることができたというクリスチャンたちも急増してきています。

 

まさに、カトリック教会の晴佐久司祭の教会がそうですね。

 

聖書の時代の初代教会はひとつの福音の教えで一致していて、それを偽教師たちが福音に反する教えを宣べ伝えていました。

 

現在は「新約聖書」という共通の教えがあります。

 

それゆえ、どの聖書箇所を選択するかによって、様々に教えが分かれますが、イエス・キリストを信じて、イエスさまに聞き従う信仰は共通しているので、その点で認め合うことができるといいですね。

 

「イエスがキリストであると信じる者はだれでも、神によって生まれたのです。

 

生んでくださった方を愛する者はだれでも、その方によって生まれた者をも愛します。

 

私たちが神を愛してその命令を守るなら、そのことによって、私たちが神の子どもたちを愛していることがわかります。

(ヨハネ第一の手紙5章1~2節)」

 

「クリスチャンの行ないについて 日本におけるキリスト教の真実 58」

 

暑さ厳しい中で、励まし合える人たちがいるので、仕事も頑張れると思う今日この頃です。

 

以前の記事で、祈っている愛する人たちが誰も救われないし、どこにも行き場のない児童養護施設を卒園した子を信仰によって引き取った時も、親や友達に借金して終わってしまいました。

 

それで、神さまは沈黙されていると書きました。

 

すると、ある牧師から「貴方はご自分で困難を招いているのではないかと言うことです。大変申し訳ありませんが、自分の思い通りになる事を神様に求め、それ以外の導きを受け入れないようですね。

 

神様は沈黙などいたしません。困難はあれど、至る所で導いてくださいます。貴方の場合、自業自得としか思えません。」というコメントを頂き、それに「超イイね!」をする牧師もいました。

 

 

聖書の中で、イエスさまは次のように教えられました。

 

すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。

「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」

 

イエスが、「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と言われると、

 

彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」

 

イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」

 

しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。

 

イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。

 

ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。

 

同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。

 

ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、 近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。

 

そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』

 

さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」

 

律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」

 

そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」

(ルカによる福音書10章25~37節)

 

 

このイエスさまの教えですと、あなたの隣人が助けを求めている時に助けることを実行すると、永遠の命が得られることになります。

 

イエスさまの地上での福音宣教が、助けを求めている人々を助ける行ないでした。

 

「ヨハネは牢の中で、キリストのなさったことを聞いた。そこで、自分の弟子たちを送って尋ねさせた。

 

「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか。」

 

イエスはお答えになった。「行って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい。

 

目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。 わたしにつまずかない人は幸いである。」

(マタイによる福音書11章2~6節)

 

クリスチャンになると、イエスさまに聞き従いますので、助ける行ないをするのは至極当然です。

 

それゆえ、イエスさまの来臨の時には、空中に引き上げられて、天界で、永遠に主イエスと共に暮らします。

 

そして、地上に残された人々への最後の審判が、最も小さき者のひとりが助けを求めている時に助ける人か、助けなかった人かという判断基準で、備えられた国へ行く人々か、永遠の刑罰に入る人々かに分かれます。

 

 

さて、現在の日本では、聖書のイエスさまの教えを知りませんが、助けを求める人々を助ける行ないをする人は大勢います。

 

私の母親も祖父母、親戚の人たち、尊敬する人々、仲良くなった人たちも皆そうでした。

 

私は、2015年から家の近所の「就労支援事業所」でスタッフとして、障害者の方々を支援する働きを始めました。

 

「就労継続支援事業所」が受け取れる金額は、給付金・助成金・補助金の3種類で、いずれの場合も原則は返済義務がありません。

 

国や行政など支援制度の主催団体が掲げる目的に沿う事業に対して支給する仕組みです。

 

しかし、そこはブラックで、給付金・助成金・補助金で金儲けをしていました。

 

利用者さん(障害者の方々)を放置して、市役所(福祉課)や精神科病院、地域活動支援センターなどに営業に行かされていました。

 

施設のエアコンは壊れていて、3階は40℃はあったと思います。利用者さんは地獄だと言いました。

 

それで私は、その実態を利用者さんの母親に告白して、福祉課と警察に相談しました。

 

すると、社長は激怒して、退職しましたが、そういう利用者さんの職業支援をしていない就労支援事業所が多いので問題になっています。

 

*

 

それから、牧師が運営する少年院を出所した少年たちを支援するNPO法人の働きを手伝いましたが、そこも法務省の保護観察所と連携していました。

 

保護観察とは、犯罪をした人または非行のある少年が、社会の中で更生するように、保護観察官及び保護司による指導と支援を行うものです。

 

家賃や食費、光熱費も保護観察所からもらっていました。

 

また、企業の助成金なども採択されて何百万ともらっていましたし、弁護士が生活保護を申請してくださり、生活保護で生活する少年たちもいました。

 

それで、牧師が運営するNPO法人の正味財産がその時が1000万を超えていて、昨年は3000万円にもなっていました。

 

私はその正味財産が増えるカラクリの疑惑を指摘すると、牧師は激怒して、クビにされました。

 

また、教会の牧師が行なう貧困ビジネスが増えていることを訴える人たちがいました。

 

聖書の時代と違い、現在では国が貧しい人たち、親を失ったり虐待された子どもたちを助けたり支援する制度ができましたが、まだまだ不完全です。

 

私自身は、それから、また他の障害者就労支援A&B事業所で働いています。

 

しかしながら国の制度が厳しくなり、Aの場合、利用者さんが時給1000円の仕事をしていなければ、事業所は廃業となります。

 

二年前は、そのことによって、職員やバイトが続々退職されました。廃業する事業所が続出していました。

 

私はクリスチャンとして、神から知恵を頂こうと必死に祈ったのですが、神は沈黙されています。

 

そこで、キノコ栽培や網戸張替の仕事を提案しているのですが、社長は却下されています。

 

来年はAからBに変わるでしょう。Aの利用者さんたちは国からの給付金・助成金・補助金で時給1000円をもらっていますが、Bになれば、時給は230円位になります。

 

そうなれば、退社したくないのですが、退社を余儀なくされる利用者さんたちが多いです。

 

 

以前の児童養護施設の卒園生の時もそうでしたが、国か金持ちの助けがなければ、助けを求めている人たち、子どもたちを助ける働きは非常に困難です。

 

私自身、これまで助けを求める人を助ける働きで、イエス・キリストを信じて、神さまに助けを求めても、聖書に書かれている奇跡の業を経験することはありませんでした。

 

しかし、何より凄い!と驚嘆したのが、NHK番組で見た、カトリック信者の「マザーテレサ」の働きでした。

 

「信仰を失うより、いのちをなくすことをわたしは選びたい。」

これは、『カルカッタの聖女』と呼ばれた修道女、今は亡きマザー・テレサの言葉です。

 

また、マザーテレサは次のようなキリスト者です。

 

「まことのキリスト者であるとは、キリストを本当に受け入れること。そして、次々にもうひとりのキリストとされていくこと。

 

私たちが愛されたように、十字架上からキリストがわたしたちを愛してくださっているように愛すること。わたしたちはお互いに愛し合い、人々を愛さなければなりません。」

 

主よ、きょう一日、

貧しい人や病んでいる人を助けるために

わたしの手をお望みでしたら

きょう、わたしのこの手をお使いください。

 

主よ、きょう一日、

友を求める人々を訪れるために

わたしの足をお望みでしたら

きょう、わたしのこの足をお使いください。

 

主よ、きょう一日、

優しいことばに飢えている人々と

語り合うために、

わたしの声をお望みでしたら

きょう、わたしのこの声をお使いください。

 

主よ、きょう一日、

人は人であるという理由だけで

どんな人でも愛するために、

わたしの心をお望みでしたら

きょう、わたしのこの心をお使いください。

 

引用以上

 

 

マザーテレサは信仰によって、インドの地で、死にゆく人々を助けて介抱して、捨てられた子供たちを救い育てる働きをされました。

 

しかしながら、公開されたマザーテレサの私的書簡に、世界中の人々が驚きました。

 

その手紙の一つです。ピックアップして引用します。

 

「その後、一九四八年十二月、仕事が始まりました。一九五〇年にはシスターたちの数が増え、仕事も増えていきました。

 

ところが神父様、一九四九あるいは五〇年以来、この恐ろしい喪失感、未知の暗闇、神に対する絶え間ない欲求などが、わたしの心の奥深くに痛みを与えています。

 

わたくしの魂の中で神の場は白紙です。

わたくしの内に神は存在されません。

 

わたくしはただただ神を求めるのですが、わたくしが感じるのは、神がわたくしを望まれないことです。

 

神は不在です。

わたくしの命そのものが否定的に思えます。

 

人々の命を助ける?どこへ行くために?なぜそんなことを?

わたくし自身の魂はどこにあるの?

神はわたくしを望まれない。

 

引用以上

 

その後、マザーテレサは、すべての人間の愛と救いを熱望する神秘として、イエスの渇きに重点をおくものであった。

 

結局、彼女はその神秘的苦しみを、自分の魂に刻みつけるキリストの受難として受け入れるようになった。ということでした。

 

驚くべき信仰者です。

 

 

しかし、マザーテレサのような驚くべき信仰者と違い、普通のクリスチャンはどうでしょうか。

 

最相葉月さんは全国のキリスト教会を廻って、6年間、取材をされて、表向きは笑顔で、素晴らしい証があっても、それを記事にしないほうがいい。と思われたのです。

 

あとで、多くのクリスチャンたちは追い詰められていると痛感されていました。

 

そして、無教会の荒井克浩伝道者の新しい聖書解釈と福音理解に光を見い出したと言われています。

 

イエスさまは弟子たちと一緒にゲツセマネという所に来て、「父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように。」と祈られました。

 

ところが、荒井伝道者は次のように説いていることを最相さんは最も重要なこととして伝えています。

 

しかし、イエスは十字架の上で、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか)」と叫び、絶命した。

 

それは、神を信じられなくなった者の叫びである。つまり、イエスは不信仰者となって死んだのだ、と。

 

そして、荒井は次のように書いた。

 

〈イエスは弱かったのである。敗者である。しかし神はその弱さに立たれたのである。

イエスの十字架の死はどうしようもなく弱いことの証明であったが、その愛なる生き方ゆえに、その弱さに「然り」を与えたのである。

 

パウロにとっての復活のイエスはそのような弱い「十字架にかけられたままのキリスト」であった。無力な弱者キリストであったのである。

 

引用以上

 

 

私自身は長年、プロテスタント教会の福音派に所属していましたので、この荒井伝道者の聖書解釈と福音理解には反感をもちました。

 

しかし、よく考えると、現在の日本人に、特に助けを求めている人々にとって、必要な聖書解釈と福音理解であると思うようになりました。

 

 

クリスチャンになっても、隣人を助ける行ないにおいて、神さまが不在に思える。

 

こんな事を既存のキリスト教会で言えば、「本当にクリスチャン?」「そう思うのは自業自得だ!」「あなたはイエス・キリストを信じていないのです。」などと批判非難されるでしょう。

 

しかし、最相氏のおかげで、批判非難されない聖書解釈と福音理解が広がっています。

 

批判非難されない中で、なすべきことが見えてくる。

 

また、マザーテレサの私的書簡が公開されていることも大きいです。本当に大きな慰めとなりました。

 

さらに、ヘレン・ケラーさんが日本に来日されて、驚くべきことが起こっていますが、そのヘレン・ケラーさんの預言とも一致していることに気づきました。

 

これから、日本で驚くべきことが起こる予感が強まっています。

それは…

 

長くなったので、次回に続きます。