「キリスト教と神殿と戦争 生前にキリストを信じなくても救われる福音宣教 ⑨」
うんざりしてきたクーラーをかけないと寝れない熱帯夜ももうすぐ終わりと聞いて一安心して、記事を書いています。
記事のほうはまだひと段落していないので、何を書くかわからないまま、自然に与えられたままに書いています。
簡潔に言えば、プロテスタント教会は「聖書のみ」である。
聖書に、異邦人は悪霊に従って歩み、自分の肉の欲のままに生きている罪人(生まれながら神の御怒りを受けるべき子ら)と書いてある。
それゆえ、イエス・キリストを信じて義とされない限りは救われない。
現代の日本人もその聖書に書かれている異邦人に対する教えと同じという聖書解釈と福音理解です。
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しかし、マザーテレサやヘレン・ケラー、中村哲さんたちは聖書に書かれている異邦人と現在の人々を同じに考えない。
まったく違うと理解しています。
その方々の聖書解釈と福音理解を自分自身の聖書解釈と福音理解でまとめると、
現代の多くの人々は、自分の肉の欲を理性・自制によって抑えて「罪・欲望」と苦しみながら眠れずに戦っている。
カリスマ歌手の尾崎豊の歌にもあり、多くの人々が共鳴しています。
愛する人々や隣人を傷つけないように、罪を犯さないように必死で努めているのです。
もしも、聖書の異邦人のように肉の欲望を満足させれば、訴えられると、逮捕されます。
毎日のように何人もが実名で報道されています。
ジャニーズ性加害問題では、アイドルの世界で君臨していたジャニーズ事務所が失墜しました。
また、元国民的アイドルのひとりが、フジテレビの第三者委員会の調査報告書で「性暴力」と認定された問題で引退しています。
まさに、この世では、最も小さき者たち、弱い人々を守り助けることが正義です。
聖書の教えでいえば、御霊の実「愛・喜び・平安・寛容・親切・善意・誠実・柔和・自制」と同じことが日々求められているのです。
なので、イエスさまとクリスチャンたちの味方の存在です。
それゆえ、生前にキリストを信じなくても救われる(クリスチャンと同じ主イエスと永遠に暮らす天国に行くのではなく、イエスさまが教えられている備えられた国に行く)という福音理解だということです。
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それでは本題に入ります。
プロテスタント教会は、聖書に書かれている異邦人を現在の人々と同じと解釈していますが、当然にユダヤ人も同じと解釈しています。
「ユダヤ人たちは、主イエスと預言者たちを殺したばかりでなく、わたしたちをも激しく迫害し、神に喜ばれることをせず、あらゆる人々に敵対し、 異邦人が救われるようにわたしたちが語るのを妨げています。
こうして、いつも自分たちの罪をあふれんばかりに増やしているのです。しかし、神の怒りは余すところなく彼らの上に臨みます。(テサロニケ人への手紙第一2章15~16節)」
「群衆はますます激しくイエス・キリストを『十字架につけろ』と叫び続けた。
『その血の責任は、我々と子孫にある。』そこで、ピラトはバラバを釈放し、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。」(マタイによる福音書27章23~26節)
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「聖書のみ」というプロテスタント教会の教えでは、多くのクリスチャンが反ユダヤ主義になっても不思議ではありません。
プロテスタント教会の生みの親「マルティン・ルター」について、キリスト教研究のカナイ ノゾム氏はブログ記事で次のように書いています。
「1543年にルターは『ユダヤ人と彼らのうそについて』という本を書きました。ユダヤ人の旧約聖書解釈は間違っていると主張したのです。
この本でルターは、ユダヤ人を「下劣な偶像崇拝者、つまり神の子ではなく自分の家系や割礼を誇りにして、法を汚らわしい物と見なしている連中」と非難しました。
そして、シナゴーク(ユダヤ教の会堂)を焼き払い、ユダヤ人の家を打ち壊し、ユダヤ教の経典を没収し、従わないラビ(ユダヤ教の教師)を処刑し、高利貸しを禁じて金銀を没収し、ユダヤ人を農奴として働かせるべきだ、と説いたのです。
同じく1543年に著した『口にすることのできない御名について』で、ルターはさらに激しくユダヤ人を攻撃しました。
政治当局者は、こうしたルターの主張を受け入れませんでした。18世紀から19世紀まで、これらの本は見向きもされませんでした。
しかし、20世紀にヒトラーとナチスは、ユダヤ人を攻撃する時に、ルターの書いた文章を引用したのです。
ユダヤ人は強制収容所で労働を強いられたり、人体実験に使われたり、銃や毒ガスなどによって虐殺されたりしました。」
引用以上
ルターの書いた反ユダヤ主義の影響は大きく、ドイツの多くのプロテスタント教会がナチスドイツのユダヤ人虐殺に協力したそうです。
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それ以前にもカトリック教会による十字軍で、ユダヤ人を迫害・惨殺がありました。
「世界史の窓」から引用します。
ユダヤ人に対する迫害が始まるのは、11世紀末の十字軍時代以降のことであった。
イスラーム教徒によって冒涜された聖地を奪回する十字軍兵士と同じように、ヨーロッパの内なるキリスト教の敵であるユダヤ人と戦うことが必要だと煽動する者がいた。
彼らはキリストの流した血は、キリストを殺したユダヤ人の血を流すことで仇討ちになるのだと言った。
第1回十字軍は、本隊が1097年にイェルサレムに進入、聖都の急な坂道には血の川が流れ、ユダヤ人はシナゴーグに押し込められて火をつけられた。
こうしてこの残酷無残な殺戮によってユダヤ人と彼らの旧首都イェルサレムとの何世紀にわたる結びつきは終った。<セーシル=ロス『上掲書』 p.130-131>
13~14世紀、キリスト教徒はユダヤ教がイエスを救世主として認めないこと、イエスを裏切ったのがユダヤ人だったことなどを口実に、しばしば激しい迫害、時として集団的な虐殺(ポグロム)を行うようになっていった。
またイギリス、フランス、スペインやでは国外追放にされたり、一定の居住地(ゲットー)への強制移住を強いられたりすることとなった。
引用以上
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その後、ユダヤ人たちが自分たちの国を求めて。イスラエルに帰ります。
世界史の窓より引用します。
「大戦後は急速にユダヤ国家建設への同情が集まり、国際連合のパレスチナ分割決議をうけて、1948年5月14日にイスラエルを建国した。
反発したアラブ連盟との間で直ちにパレスチナ戦争(第一次中東戦争)が勃発、その結果多数のパレスチナ難民が発生し、深刻なパレスチナ問題を生み出した。
その後イスラエルはアメリカ・イギリスの支援のもと、強力な軍事国家化をはかり、アラブ側との戦闘で領土を広げ、入植地を広げていく。」
引用以上
そして、イスラエルは、核保有国となりました。
近年では、ガザ地区やイランへの爆撃で、一般市民や子どもたちが犠牲になったこともあり、非難されています。
PRESIDENT オンラインの記事から引用します。
まず、イスラエルの論理を端的に要約する一文から紹介します。
「誰かが殺しに来たら、立ち向かい、相手より先に殺せ」
かなり強烈な印象を受ける一文ですが、これはユダヤ教の聖典のひとつである「タルムード」の一節、「サンヘドリン」篇72章1節の文章です。
当然、原典はヘブライ語ですが、つまり「殺やられる前に殺れ」という意味です。
イスラエルの首相や閣僚などの政治指導者、そして軍や情報機関の幹部は、ある意味でこの論理をもとに行動しているとも言えます。
引用以上
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イスラエルのユダヤ人たちは最も過激な人種になりましたが、これまでの歴史的経緯から、そうなっても仕方がないと思えます。
また、至極当然ながら、イスラエルのユダヤ人たちは「アンチ・キリスト(キリスト教嫌い)」が圧倒的に多いそうです。
聖書に書かれていることだけで判断すれば、ユダヤ人たちが、イエス・キリスト、預言者たち、弟子、信徒たちを迫害し、殺しました。
しかし、イエス・キリストを信じた弟子たちや信徒たちが、ユダヤ人を迫害したり、殺したりしたことは一度もありません。
けれど現実は、カトリック教会もプロテスタント教会もユダヤ人たちを迫害して、殺しまくっているのです。
つまり、聖書に書かれていることでは絶対にあり得ないことが、現実に起きているのです。
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そして2025年9月の現在、第三次世界大戦規模の戦争へ発展しそうな事態が起きました。
それはアメリカの1億人が信者である「プロテスタント教会の福音派」の信徒が大統領となって、イスラエルと組んで、ガザ地区を爆撃したのです。
2025年9月16日の時事ニュースから引用します。
「イスラエルは16日、マルコ・ルビオ米国務長官がイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相によるパレスチナ自治区ガザ地区での新たな攻撃と、イスラム組織ハマスの壊滅という目標を支持したのを受け、ガザの中心都市ガザ市を激しく爆撃した。
ルビオ氏は15日に中東エルサレムを訪問した際、ネタニヤフ氏との間には亀裂がないことを示し、イスラエルはガザにおける軍事行動について『米国の揺るぎない支援を期待できる』と述べた。
数時間後、目撃者はAFPに対し『ガザ市への容赦ない激しい爆撃』により複数の家屋が倒壊し、人々ががれきの下敷きになっていると語った。」
引用以上
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今から約9か月前の2024年12月1日の時事ニュースです。
「12月1日、停戦期限が切れると、イスラエル軍はこれまでにない規模の砲爆撃を陸海空から敢行し 、逃げ惑うガザ地区の一般市民を容赦なく殺害した。
1日の死者数はパレスチナ当局の発表で200人以上。これが最も忌まわしい ジェノサイド(集団虐殺)でなくて何であろうか?
その日、日本のメディアはイスラエル軍が「戦闘再開」と見出しを打ったが、反撃する手段を持たない女性や子どもの上に冷血にも爆弾を落とす行為のどこが「戦闘」なのか?
戦闘とは、撃ち合いがあって初めてそう呼べる行為だ。
「虐殺」を再開したのである。正確に報じてほしい。
逃げ場のない住民を兵糧攻めにした上で狙い撃つ、世界で最も卑怯(ひきょう)かつ残虐な軍隊の行為には、正当性のかけらもないのだから。
イスラエル軍が今、執拗(しつよう)に壊しているのは、住民に避難を呼び掛けた先であるガザ地区南部だ 。
住んでいた北部の家は廃墟にされ、戻る場所はない。
その人々を狙い撃ちしているのだ。
戦闘「前半戦」では、病院も、救急車も、そしてボランティアの医療従事者も、ジャーナリストも、むしろ意図的と思われるやり方で、有無を言わさず殺害した。
多層アパートを爆撃し、老人から子どもまで、数家族を一家そろって殺害した。
目的はハマスを殲滅(せんめつ)することなどと喧伝(けんでん)されているが、そうではない。
『それは実現可能な目標ではなく単なるスローガンだ』とイスラエルの識者が指摘している。
隠された真の目的は、ガザを破壊し尽くし、200万人以上の住民を住めなくして、追い払うことである。
米連邦議会では、近隣諸国がその人口規模に応じた難民を受け入れるべきとして、具体的な計画すら出回っているという。」
引用以上
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つまり、イスラエルは、クリスチャン国家(現在はプロテスタント福音派の信者のトランプ大統領)のアメリカと手を組んで、ガザを破壊し尽くし、200万人以上の住民を住めなくして、追い払う目的を遂行するつもりでしょう。
(ちなみに、もしも、現在のアメリカの大統領がカトリック教会の信者の大統領ならば、カトリック教皇の反対で、虐殺するイスラエルとは手を組まなかったと思います。)
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もしも、その目的が実現できれば、イスラエルの中の最も危険な「ユダヤ教の敵」を一掃できます。
東京新聞の「ハマスとは何か?」の記事から引用します。
「ハマスはイスラム(スンニ派)主義を掲げる異色の存在だ。
イスラム主義とはイスラム法に基づく国家、社会建設を目指す思想で、ハマスがパレスチナ和平に反対する根拠にもなっている。
イスラムの考えでは、イスラエルも含むパレスチナ全土は神にささげられた寄進地(ワクフ)であり、人為的な割譲は許されない。
さらにイスラム世界を意味する「イスラムの家」に異教徒(この場合、ユダヤ教徒)が侵攻すれば、その防衛はイスラム教徒の義務と定められている。」
引用以上
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さらに、プロテスタント教会の福音派の悲願も達成できます。
それは、現在の聖地エルサレムを聖書に書かれている通りにすること。
つまり、聖地エルサレムにキリスト教のエルサレム教会と第三神殿を建設することです。
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朝日新聞デジタル「秘境添乗員・金子貴一の地球七転び八起き」(2010年7月29日掲載)から引用します。
「私たちは、夕闇迫るなか、聖地エルサレムの中心地『嘆きの壁』に向かった。
ユダヤ教最大の聖地『エルサレム神殿』は、紀元前10世紀にソロモン王により造営され、モーセが神から授かった十戒を刻んだ石版が安置された場所だ。
それが、紀元前6世紀に大国バビロニアにより破壊され、再建されたものの、紀元後1世紀にローマ軍によって再度破壊された。
現在は、旧第二神殿の西外壁が『嘆きの壁』としてユダヤ教徒の重要な聖地となっており、男女に分かれて多くの人々が祈りを捧げている。
その近くには、頑丈なガラスケースに、ユダヤ教の象徴である巨大な黄金の燭台『メノラー』が展示されていた。
将来再建する予定の第三神殿に安置するものだという。
しかし、第二神殿跡地には、既に、イスラーム教第三の聖地を象徴する7世紀建立の『岩のドーム』と『アクサーモスク』があるのだ。
このままの状態で第三神殿を建立しようとすれば、また、多くの血が流されることになる。
今日一日だけでも、民族間、宗教間の対立を数多く見聞きしてきた私たちには、少しでも平和と融和が広がるようにと、ただただ祈るしかなかった。」
引用以上
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2010年の金子さんたちの祈りも虚しく、危惧したことが行われ、多くの血が流されました。
そして、ついに、2025年9月16日からイスラエルとアメリカの目的を遂行しようとしていると推測する人たちがいます。
このままガザ地区を破壊しつくし、さらに、多くの市民、子どもたち、最も小さき者たちを虐殺して、追放することが実現するとします。
その後、聖地エルサレムに存在する憎むべきイスラーム教第三の聖地を象徴する『岩のドーム』と『アクサーモスク』を破壊して、第三神殿を建設するでしょう。
また、アメリカの要望で、プロテスタント教会の福音派のエルサレム教会も建設されるでしょう。
それは、以前、カトリック教会が十字軍によって成し遂げたことです。
しかし、その後、カトリック教会のエルサレム教会は壊滅して、カトリック教会は聖地エルサレムから退散したのです。
剣を持って虐殺する者は剣をもって滅ぼされるのです。
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もしも、現在の聖地エルサレムに第三神殿やプロテスタント福音派のエルサレム教会が誕生すれば、プロテスタント教会の牧師、伝道師、宣教師、信徒リーダー、信徒たちは狂喜乱舞して、主イエスに感謝と喜びの声をあげ、喜びに満ちあふれて賛美するでしょう。
そして、こぞって、世界中のクリスチャンたちは、聖地エルサレムに来て、主イエスを心から喜んで礼拝し、賛美するでしょう。
聖地エルサレムに目障りだったイスラム教の大きな「岩のドーム」とアクサーモスクが排除されたのも超嬉しいです。
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しかし、その後は、時が満ちて、大きな力をもった非常に恐ろしい敵が、大いなる復讐に燃えて、襲い掛かり、イスラエルは世界の歴史上最も残酷な地獄と化しても不思議ではありません。
今まではイスラム教がイスラエルに存在していたために、ハマスも無茶は出来ませんでした。
しかし、イスラム教がイスラエルから駆逐されたら、ユダヤ教の敵たちは「核兵器」も使い放題になります。
剣を持って虐殺する者は、剣によって滅ぶことが繰り返されるのです。
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イエスさまは神殿について次のように教えられました。
「イエスが神殿の境内を出て行かれると、弟子たちが近寄って来て、イエスに神殿の建物を指さした。
そこで、イエスは言われた。『これらすべての物を見ないのか。はっきり言っておく。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない。』(マタイによる福音書24章1~2節)」
神殿は第二神殿で終了だと教えました。
聖書には第三神殿についてまったく書かれていませんし、預言もありません。
イエスさまの御言葉通り、第二神殿で終了しなければなりません。
イエスさまは弟子たちに「第二神殿」の聖なるところに反キリストが立つ時に、あなた方は逃げなさいと教えられました。
もしも、その2000年後の「第三神殿」であれば、弟子たちに前もって話す必要はないし、弟子たちは経験しない未来のこととして話すでしょう。
使徒パウロも同じく「第二神殿」のことだと教えています。
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しかし、プロテスタント教会は「聖書のみ」ですので「第三神殿」を建設して、そこに反キリストが登場しなければなりません。
また、プロテスタント教会は「聖書のみ」が絶対なので、これからの未来は、「ヨハネの黙示録」に書かれていることが実現していくと確信しています。
しかし、私の個人的な見解では、ヨハネの黙示録の話ではなく、これからも聖書に書かれていないことが起き続けるでしょう。
しかも、それは、プロテスタント教会が聖書に書かれていることを現在に実現させようとして起こすことが大きいのです。
次回へつづく
