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ルーク4のブログ

神様がクリスチャンに与える愛、夢、希望、信仰の証を中心に書いています。

「戦争と平和 ⑦ 核戦争のカウントダウンへのクリスチャンの信仰について」

 

クリスチャンになれば、日本(在住する国)とイスラエル(聖書の舞台)は特別な国となります。

 

そして、世の終わりの戦争、特に核兵器が使用される「核戦争」が始まることを非常に警戒して、恐れています。

 

現在、日本は非戦の安全保障論なので、戦争とは無関係です。

 

一方、クリスチャンたちが愛するイスラエルはどうでしょう?

イスラエルの立場から見ていきます。

 

 

「人質の命よりハマス殲滅を優先、崩れゆくイスラエルの『社会契約』」フォーサイト2025年7月4日から引用します。

 

ネタニヤフ首相が率いる政権はまだガザ地区に50人の人質が残っているにもかかわらず、停戦合意を破り、攻撃を再開した。

 

これに対し、イスラエル軍においてはエリートが集まる空軍パイロットや、地上戦闘部隊の精鋭集団ゴラニ部隊の兵士、

 

さらにはイスラエル軍のエリート中のエリートである「タルピオット・プログラム」の修了生までもが戦闘再開に反対し、人質解放を求める書簡を出した。

 

人質となった自国民の解放は、ユダヤ教の戒律とも結びついた何より優先されるべき国民的合意であり、国家と国民の間の社会契約と見なされる。

 

これに逆らいハマス殲滅を優先するネタニヤフ政権に対して、著名平和活動家は「このままではイェシーバ(ユダヤ教神学校)と核兵器だけの国になってしまう」と警告した。

 

引用以上

 

 

その後、生存する人質は全員解放されましたが、イスラエル軍の空爆によって60人超の人質が虐殺されたことも判明し、残る人質解放のためのネタニヤフ政権の退陣要求の大規模デモが何度も行われました。

 

また、2023年10月7日の「ハマスのイスラエル襲撃」は、ネタニヤフ政権による自作自演という疑惑の追及があります。

 

ハマスは、イスラエルが10月7日の数時間すべての警備を解除するという機密情報を入手したので実行が可能だったことを認めています。

 

イスラエルのガザ地区への警備はアイアンドームを筆頭に万全な防衛なので、解除しなければハマスの襲撃はあり得ないことでした。

 

さらに、ネタニヤフ首相の収賄と不正行為、背任の罪で告発されている「汚職裁判」が、イスラエル軍の武力侵攻によって中断していますが、武力侵攻が終了すれば、直ちに汚職裁判が再開されるという状況です。

 

 

今回のイスラエル軍のガザ地区への武力侵攻の目的は、人質解放とハマスを殲滅することでした。

 

しかし、生存している人質は全員解放されて、残る目的は「ハマス殲滅」です。

 

そして、9月9日に、イスラエルはカタールの首都ドーハに対して空爆を実施しました。

 

イスラエルは爆発があった直後、自軍による攻撃だったと発表。イスラエルの国防軍(IDF)と国内保安機関シンベトは声明で、ハマスの「幹部指導者らを標的とした精密攻撃」を実施したとした。

 

ネタニヤフ首相は、今回の攻撃について「完全に正当化される」ものだと主張。2023年10月7日のイスラエル攻撃を組織したハマス幹部らを標的にしたからだと、強調した。

 

 

「トルコ・イスラエル戦争の可能性はあるのか?」から引用します。

9月 19, 2025 Asia/Tokyo Pars

 

イスラエルによるカタールへの攻撃をうけて、トルコ・イスラエル関係は急速に緊迫化し、直接軍事衝突の可能性も取り沙汰されています。

 

この2年だけで、イスラエルは西アジアの6カ国、すなわちパレスチナ(ガザ)、レバノン、シリア、イエメン、イラン、そしてカタールを攻撃してきました。

 

特にカタールへの攻撃は、トルコやパキスタンなどの国々に警戒感を呼び起こしています。

 

今回のカタール・ドーハへの攻撃は、これまで直接攻撃の対象とならなかった国々にイスラエルの侵攻が拡大していることを示しています。

 

この行為は国際法への明白な違反であり、地域に深刻な懸念をもたらしています。

 

イスラエルはカタールにいるハマス指導者への攻撃を通じて、トルコに対して「ハマスの最後の避難所であるトルコが次の攻撃対象になる」というメッセージを送っています。

 

多くの外交専門家は、トルコがNATO加盟国であることは、イスラエルからの攻撃を防ぐ理由にはならないと考えています。

 

イスラエルがトルコを攻撃しても、それは「テロ支援国家に対する自衛行為」と見なされ、NATOの集団防衛条項である第5条に基づく対応は行われないとみています。

 

イスラエル紙「ハアレツ」の分析によると、トルコはハマス支持やシリアにおける軍事プレゼンスの強化を理由に、イスラエルの次の標的となる可能性が高いとされています。

 

引用以上

 

 

「エルドアン大統領、ハマスが敗北すればイスラエルはトルコに「照準を合わせる」と発言」から引用します。

ARAB NEWS 16 May 2024

 

トルコの指導者は月曜日、ガザでの戦争が続く中、ハマスの1,000人以上のメンバーがトルコの病院で治療を受けていると述べた。

 

トルコのエルドアン大統領は水曜日、イスラエルがガザ地区のハマス打倒に成功すれば、トルコに「照準を合わせる」と発言した。

 

「イスラエルがガザで止まるとは思わないでほしい」

 

「それを止めない限り……このならず者でテロリストの国家は、遅かれ早かれアナトリアに照準を合わせるだろう」と、トルコの領土の半分以上を占める小アジアとも呼ばれるトルコの大きな半島エリアを指して言った。

 

「我々は、自国の土地の独立のために戦い、アナトリアを守るハマスの側に立ち続ける」

 

「今、ここから声をかけています。おお、イスラエルよ、あなたは(テロ)組織かもしれない。

 

西側諸国は、あなたにたくさんの借りがあります。しかし、トルコはあなたに何の借りもありません。

 

ハマスはテロ組織ではなく、領土と国民を守るために奮闘する解放派、ムジャヒディーンのグループなのです。」

 

引用以上

 

トルコのエルドアン大統領は、ハマスを全面的に支援協力して、イスラエルに対して宣戦布告しました。

 

 

中東調査会「イスラエルのネタニヤフ首相、トルコとカタルを新たな脅威と認識」から引用します。

 

ネタニヤフ首相は、政府がイスラエルの脅威となってきた親イラン勢力のハマース、ヒズブッラー、シリア(※アサド政権)、アンサールッラー(フーシー派)などの軍事力の大部分を破壊し、イランの核の脅威を取り除くことに成功したことを度々強調してきた。

 

例えば、2025年9月26日の国連総会での演説や、10月10日に発表した首相声明でこれら首相の「功績」が強調されている。

 

 その上で、今般の演説では脅威の焦点をイランからトルコとカタルへと移し、「新たな脅威」として位置づけている。

 

ネタニヤフ首相は、イスラエルが依然として危険な状態にあることを強調し、危機感をあおることで、自身への支持へとつなげる戦略を取ろうとしていることがうかがえる。

 

一方、野党のラピード元首相は、2023年10月7日のハマースの攻撃の責任を追求し、ガザ地区政策の問題点を指摘することで、ネタニヤフ首相自身がイスラエルに脅威を招いていると批判し、対立軸を鮮明にしている。

 

 しかし、これらの違いにもかかわらず、トルコとカタルをイスラエルの安全保障上の脅威とみなしている点で一致していることは、見逃せない。

 

近年、イスラエルはとりわけトルコの動向を警戒しており、停戦合意以降も、トルコの脅威を論じる記事がいくつかイスラエルメディアには現れていた。

 

またチクリ・ディアスポラ問題・反ユダヤ主義対策担当相は、トルコのエルドアン大統領がかつて「アッラーよ、その御名において、シオニスト・イスラエルを破壊し、荒廃させられますように」と述べたと指摘し、

 

エルドアン大統領を「イスラエルの敵でありスーツを着たジハード主義者」であると非難する投稿を10月21日にXにしている。

 

引用以上

 

 

「イスラエルとの対決構図強まるトルコ、軍備増強急ぐ 「スチールドーム」構築も加速か」Forbes JAPANから引用します。

 

イスラエルとイランが6月、前例のない交戦「十二日戦争」を繰り広げるなか、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は、自国の軍隊の大幅な増強得によって軍備を強化に向けてせわしなく動き回っていた。

 

「最近の情勢を踏まえ、中・長射程ミサイルの備蓄を抑止力が確保できる水準まで引き上げるための生産計画を立てている」。

 

イスラエルがイラン各地の高価値目標に対する壊滅的な空爆作戦を始めてから数日後、エルドアンはそう表明した。

 

さらにこう続けた。「神の思し召しがあれば、われわれの防衛能力はそう遠くない将来、誰もわれわれに対して強硬に出ようとしなくなるほど強力なものになるだろう」

 

トルコはすでに防空システムや弾道ミサイルを保有している。

 

エルドアンが言及した「防衛能力」は、トルコが開発中の多層型統合防空システム「スチールドーム」を指しているのかもしれない。

 

いずれにせよ、トルコは今回の戦争を教訓に、弾道ミサイルの備蓄も積み増す必要があると確信した可能性がある。

 

現状、中東で最大の弾道ミサイル備蓄を持つのはイランだが、その備蓄は今回の戦争(イスラエルとアメリカの空爆)によって大きな打撃を受けた。

 

したがってトルコが弾道ミサイルの生産を増強すれば、いずれトルコの弾道ミサイル保有数がイランに並ぶ

 

トルコは現在、新たにF-16を40機、F-35Aを40機、ユーロファイターを40機調達しようとしている。

 

イランの空軍はかなり前に旧式化してしまい、その結果、イスラエルの空からの猛襲にまったく太刀打ちできなかった。

 

トルコの軍備強化に関連した一連の動きが十二日戦争と時期的にほぼ重なっているのは注目に値する。

 

それらは、トルコがこうした現代戦に備えて十分に装備と態勢を整えるべく、積極的に取り組んでいることを如実に示している。

 

引用以上

 

 

このように、トルコのエルドアン大統領は、イスラエルとの臨戦体制に入っています。

 

そして、イスラエルとトルコはシリアの国での代理戦争によって、すでに戦争が始まっています。

 

既にトルコは北部シリアの一部を支配しており、経済的、政治的な影響力をシリア全土に広げようとしている。

 

他方、イスラエルは、シリアの新たな支配者達がイスラム過激派のルーツがある事から疑いの目で見ており、シリアに対する空爆を激化させています。

 

 

GFP(グローバル・ファイヤーパワー)による「2025年世界軍事力ランキング」によれば、トルコは第9位で、イスラエルは第15位です。

 

つまり、イスラエルは軍事力が上のトルコと戦闘に入っているのです。

 

イスラエルとイランとの戦争では、アメリカが協力しました。

 

アメリカ軍は、イランの核開発の中核とされるフォルドゥの核施設(地下80m)に対し、大型地中貫通弾バンカーバスター6発を使用しました。ナタンズとイスファハンの核施設には、巡航ミサイル「トマホーク」30発が発射されました。

 

トランプ大統領は、米国の攻撃がイスラエルとイランの戦争を終わらせたとし、

 

「広島や長崎を例として出したくないが、本質的には同じことだ。あれであの戦争は終わった。今回はこれ(米国の攻撃)で戦争は終わった」と指摘。

 

その上で、イラン側の被害は深刻で「壊滅的な状況だった」と述べた。

 

トランプ大統領は戦争を終わらせるために、イランを攻撃しジェノサイド(集団虐殺)を行なって、多くのイラン市民を虐殺したのです。

 

それで「ノーベル平和賞」を要求しました。

 

 

トルコもイランもアラブの他の国も、ネタニヤフ首相のシオニスト政権はトルコとの戦争に突き進むと結論を出しています。

 

しかし、軍事力ではトルコが上回るのです。

 

あの軍事力が2位のロシアも核兵器を使用しなければ、ウクライナ戦争に苦戦して長期化しています。

 

もしも、核兵器を使用すれば、短期間で終わるでしょう。

 

現在、イスラエルでは2023年10月から始まった様々な戦争によって疲れ果て、精神は病んで、兵士たちの自殺者が増加し、軍に反発する兵士も急増しています。

 

また、戦争に反対する声が高まっていて、他国へ逃げる準備をしているイスラエル国民も急増している状況です。

 

それゆえ、短期間にトルコとの戦争を終わらせなければなりません。

 

もし、イスラエルの最大の脅威であるトルコに勝てば、ネタニヤフ首相は一転して、英雄になります。

 

 

トランプ大統領は「日本との戦争は原爆によって終わらせた。」と言って、暗に核兵器使用を示唆しているとも言えます。

 

それは歴代の大統領も同じです。

 

2014年6月6日におこなわれた「ノルマンディー上陸作戦70周年記念式典」にての一場面。

 

原爆投下映像が流れる場面でガムを噛みながら拍手をするバラク・オバマ大統領の映像は拡散されました。

 

アメリカはキリスト教国家でクリスチャンが多い国ですが、アメリカ国民の多くも「原爆投下は正しかった」と言っています。

 

それゆえ、イスラエルの国の最大の脅威となっている北のトルコとの戦争に短期間で勝利するために「核兵器」が使用されたとしても、キリスト教国家のアメリカはイスラエルを祝福するでしょう。

 

そして、イスラエルの最大の脅威となる北のトルコ、そこにかくまっているハマスを殲滅できました。とイスラエルの神を褒め称え、イスラエルの国民と、イスラエルを支持している世界中のクリスチャンたちは喜びに満ちるのです。

 

もしも、イスラエルの北にあるトルコを野放しにしていれば、将来的にエゼキエル戦争のようにトルコ、イラン、シリア、レバノン、ハマスなどが集結して、イスラエルに武力侵攻して来る恐れがあります。

 

ですから、今、トルコと戦争をしても、イスラエル国民の理解を得られます。

 

しかし、短期間に決着させることが絶対条件でしょう。

 

それゆえ、イスラエルのこれまでの蛮行と、様々な状況をよく知っている人であれば、イスラエルの核使用の可能性はあると推測していても不思議ではありません。

 

 

このような戦争(武力侵攻によるジェノサイド(集団虐殺)を行ない続けるイスラエルの状況において、クリスチャンたちはどうすればよいでしょう?

 

あのダビデ王が忠実な部下の妻を寝取り、妊娠が発覚する前にその部下を殺すという大きな悪を行なった時です。

 

「主はナタンをダビデのもとに遣わされた。ナタンは来て、次のように語った。

 

なぜ主の言葉を侮り、わたしの意に背くことをしたのか。あなたはヘト人ウリヤを剣にかけ、その妻を奪って自分の妻とした。

ウリヤをアンモン人の剣で殺したのはあなただ。

 

それゆえ、剣はとこしえにあなたの家から去らないであろう。

あなたがわたしを侮り、ヘト人ウリヤの妻を奪って自分の妻としたからだ。』

 

主はこう言われる。『見よ、わたしはあなたの家の者の中からあなたに対して悪を働く者を起こそう。あなたの目の前で妻たちを取り上げ、あなたの隣人に与える。彼はこの太陽の下であなたの妻たちと床を共にするであろう。 あなたは隠れて行ったが、わたしはこれを全イスラエルの前で、太陽の下で行う。』」

(サムエル記下12章1,9~12節)

 

 

神がナタンを遣わされるまで、ダビデは平然と暮らしていたのです。

 

そして、ナタンがすべてお見通しなので、これは神が言われていることだと認め、悔い改めに導かれました。

 

クリスチャンの役目は、世の光であり、地の塩です。

 

ジェノサイド(集団虐殺)を平然と行なう悪魔の策略に対しては、ナタンのように、すべて、まるっとお見通しだ!と指摘して、悔い改めに導くのが、神が遣わすクリスチャンの証でしょう。

 

その反対に、悪魔の欲望を満たす(殺す働き)に加担するのは、父親が悪魔と言う証になると、イエスさまは言われました。

 

「戦争と平和 ⑥ 戦争に協力するキリスト教のダブルスタンダードの教えと第三次世界大戦」

 

第二次世界大戦の時に「キリスト教」が率先して、戦争に協力していた話はかなり知られています。

 

私はその事を知った時、かなり衝撃を受けました。

初めは迫害が恐ろしいという理由で屈服したのかと思いました。

 

今でも高校の教科書で教えている「不敬事件」その不敬事件を起こしたのがキリスト教徒の内村鑑三です。

 

関根清三教授の「内村鑑三:不敬事件と妻の死」には、教員と生徒は順次教壇に上がって、勅語に記された明治天皇の署名(謂わゆる宸(しん)署(しょ))に敬礼することを求められましたが、敬礼をしなかったので、新聞が「不敬事件」として取り上げ、内村は日本中から不敬漢、国賊とののしられることとなった。とあります。

 

赤江達也氏の論文「―内村鑑三不敬事件、あるいは国家の儀式空間と(集合的)身体論」には、次のように指摘しています。

 

「非難の矛先はキリスト教徒の教員や学生 ・生徒による(とされる)同様の事件が続発するとともに、内村個人を超えてキリスト教徒一般へと向けられていく。

 

しかし、「不敬」 という誹誇に対して、不敬事件の直後から、キリスト教徒たちは激しく反論していく。」

 

 

この1891に不敬事件が起こる数年前は、日本のプロテスタント教会史上最強と言える「第三回全国基督教信徒大親睦会」日本のプロテスタント信者の超教派の集会が開催されました。

 

1883年頃から起きていた明治のリバイバルの影響で、日本の救霊への情熱が高揚していた時期でした。

 

それでもプロテスタント教会は、天皇陛下に対する「不敬」 という誹誇に対して激しく反論したのです。

 

 

その後も日本は戦争の道に邁進して、第二次世界大戦へと突入します。

 

そして、プロテスタント教会もカトリック教会も率先して戦争に協力しました。

 

それは、「正戦論」の教えが根本的にあるからだろうと言われています。

 

現行のカトリック教会のカテキズムの2265項の後半に次のように明記しています。

 

「国家は国民の共通善を達成するためにあるので、不正な侵犯者の有害行為を封じる必要がある。

 

そして、その責任上、自分の責任下にある国民を侵犯者から守るためには武力さえも行使する権利があります。」

 

 

カトリック教会のレオ14世教皇は先日、ニカイア公会議1700周年記念式典で次のように発信されました。

 

「戦争、暴力、あるいはいかなる形であれ原理主義や狂信を正当化するために宗教を利用することを、我々は強く拒絶しなければならない」

 

「我々が進むべきは、同胞愛に満ちた出会い、対話、そして協力の道に他ならない」

 

しかし、これから、もしも、バチカンや他のカトリック国家が武力侵攻された時には、カトリック教会のカテキズムの2265項「自分の責任下にある国民を侵犯者から守るためには武力さえも行使する権利があります。」ということが実行されることになります。

 

つまり、平和の時は非戦論ですが、武力侵攻された時は正戦論となります。いわゆる「ダブルスタンダード」の教えです。

 

これは、プロテスタント教会も同じです。普段は新約聖書の教えから非戦論の教えですが、武力侵攻された時は正戦論の教えになります。

 

 

その事を物語っているのが、「アメリカのトランプ政権」と「イスラエルのネタニヤフ政権」による「ジェノサイド(集団虐殺)」を黙認したり、容認する姿勢が、多くのプロテスタント教会に見受けられることです。

 

 

特にクリスチャンにとって「イスラエル」は特別な国です。

 

何故なら聖書の舞台がイスラエルであり、イエス・キリストが人として生まれ育ち、宣教されて、十字架上で殺されるまで、すべての舞台がイスラエルの国だからです。

 

それゆえ、クリスチャンたちは「聖地イスラエル」と呼んでいます。

 

 

さて、その愛すべきイスラエルが、ネタニヤフ政権となっても行なっていることは、パレスチナ人に対する武力侵攻によるジェノサイド(集団虐殺)と民族浄化です。

 

そして、他国への空爆によるジェノサイド(集団虐殺)です。

 

しかし、非常に多くのプロテスタント教会やメシアニック・ジューなどは、このイスラエル(ネタニヤフ政権)の行っている悪魔の働き(人々を虐殺する行ない)に協力していることが顕著に現れていると指摘されています。

 

イスラエル(ネタニヤフ政権)に対して批判的な声があると、「傾向報道」「反イスラエル宣伝のための組織的な情報操作」「反ユダヤ主義」「悪いのはハマス」「イスラエルを守るための武力侵攻は正義である!」などと猛烈に反論します。

 

そのようなキリスト教とキリスト教徒たちは、ガザ地区の飢餓の子どもたちのことで心を痛めている小学生たちでもわかりますが、イスラエル(ネタニヤフ政権)の武力侵攻によるジェノサイド(集団虐殺)を支持して、協力していることだと指摘されているのです。

 

 

さらに、プロテスタント教会では、「現在、聖書のエゼキエル書38章の預言通りになっている、そして、ヨハネの黙示録の預言が起きます。」という教えを信じる牧師やクリスチャンたちがかなり多くなっています。

 

それは、イスラエルの北にある巨大な軍事力のゴグがイスラエルに武力侵攻して来るという教えです。

 

その聖書の教えに基づいて、現在に起きていることを解釈するので、その真逆の教えは「異端視」して、拒絶するのです。

 

 

さて、新約聖書の「キリスト教」の教えでは、キリスト教徒は逃げるか殺されるかです。

 

イエスさまは世の終わりの時について、次のように教えられました。

 

「預言者ダニエルの言った憎むべき破壊者が、聖なる場所に立つのを見たら――読者は悟れ――、 そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。」(マタイによる福音書24章15,16節)

 

そして、イエスさま御自身は、ユダヤ人たちに「あなた方はわたしを殺そうとしています。あなた方は、あなた方の父である悪魔から出た者であって、あなた方の父の欲望を成し遂げたいと願っているからです。」(ヨハネによる福音書8章37~44)と言われました。

 

そして、無抵抗で捕らえられ、十字架上で残酷非道に虐殺されました。

 

それは悪魔を滅ぼし、すべての人々を死の恐怖から解放するためでもありました。

 

「ところで、子らは血と肉を備えているので、イエスもまた同様に、これらのものを備えられました。

 

それは、死をつかさどる者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし、 死の恐怖のために一生涯、奴隷の状態にあった者たちを解放なさるためでした。」

(ヘブライ人への手紙2章14,15節)

 

 

ところが、プロテスタント教会もカトリック教会も、新約聖書の教えには無い「正戦論」を新しく作り出して、現在に至って「主流」になっているという状況です。

 

 

さて、現在の世界情勢を見れば、ロシア正教会のキリスト教国家「ロシア」がウクライナに武力侵攻していますが、かなり苦戦していて、アメリカの介入で和平提案を検討中です。

 

そして、さらに深刻で、第三次世界大戦へ発展する可能性が高いのが、軍事力を誇示するイスラエル軍(ネタニヤフ政権)の南への進軍で、シリアへの武力侵攻によるジェノサイド(集団虐殺)です。

 

ParsTodayの最近の記事「イスラエルがシリアで危機を引き起こした目的とは?」から引用します。

 

イスラエルがドゥルーズ派を扇動しシリア現支配勢力に対抗する同派への支持を表明したことで、両者の間に緊張を引き起こし、ジャラマナ市でドゥルーズ派武装集団とジャウラニ最高幹部に忠誠を誓う勢力との間で激しい衝突が発生しました。

 

イラン外務省のバガーイー報道官はシリア紛争に反応を示し、「シオニスト政権はシリア領土の大部分を占領を続けながら、シリアの領土保全に対する軍事侵略を継続している」と指摘しました。

 

また、「イスラエルによる地域諸国への侵略行為に対する国連安保理の相変わらずの無策ぶりは極めて危険であり、イスラエル占領政権の横行闊歩に拍車をかける一因となっている」と指摘しています。

 

同報道官はさらに、ガザでの前代未聞の大量虐殺、及びシリアとレバノンへの継続的な攻撃など、シオニスト政権の違反行為と犯罪の阻止に地域諸国とイスラム世界が力を注ぐ必要性を強調し、「国際法と国連憲章の重大な違反続行の阻止は国際社会の責任である」と指摘しました。

 

イスラエルは、シリアの国防インフラ(防空・研究センターなど)を繰り返し攻撃することで、無制限にシリア領空侵犯できるよう同国から防衛能力を奪おうとしています。

 

シオニストが牛耳るイスラエル政権がシリアで危機を扇動する目的は、宗教・民族的対立を激化させて長期的な内戦を引き起こし、政治的安定を阻害し、和平プロセス、そしてシリア国内の安定につながるあらゆる政治的合意を妨害することにあります。

 

イスラエルは特にここ数日、シリアで自らの邪悪な目的を達成すべく、アメリカの支援を利用しています。

 

また、イスラエルがシリアを攻撃する目的は領土拡大、シリアの防衛能力の恒久的な弱体化、シリア国内の情勢不安の隙につけこむこと、そして圧力下でのいわゆる関係正常化に向けた条件作りなどとなっています。

 

これらの目標は、地域におけるイスラエル政権、米国、そして西側諸国の影響力拡大を目指す同政権の長期戦略の枠組みの中で策定されているものです。

 

引用以上

 

 

そして、シリアの状況を調べている専門家たちも、この報道の内容とほぼ一致した見解です。

 

イスラエルの南への進軍は、領土拡大のためであり、アメリカと共謀して、シリアにイスラエル軍の軍事拠点を置くのも大きな目的でしょう。

 

それは「イスラエルを守るために」という大義名分があります。

 

それが成し遂げられた後は、さらにイスラエル軍は進軍して、ターゲットにしている国に武力侵攻をして、侵略し、領土をさらに拡大していく計画でしょう。

 

そのターゲットにしている国も既にわかっています。

 

そのためにイスラエル軍(ネタニヤフ政権)が切望している実験したいことがあることは容易に推測できます。

 

シリアでは実験することがなく侵略できると思われますが、次の侵略先では実験したいでしょう。

そして、その先にどうなるかも……

 

まさに、エゼキエル書38章の預言とは現在では真逆のことが現在、起きているわけです。

 

また、ヨハネの黙示録の預言とも現在の現時点では真逆の方向です。

 

 

ところが、キリスト教の世界では、この世の終わりの預言エゼキエル書38章やヨハネの黙示録と現在の現時点では「真逆」ということは「異端視」されて、拒絶されます。

 

プロテスタント教会の場合は「聖書に書かれている通り」が絶対だからです。

 

それゆえ、至極当然ながら、キリスト教・クリスチャンたちの中では「現実は聖書に書かれていないことが起きている」ということに対して、賛同者はほとんどいないです。

 

そのことを痛感している次第です。

 

 

しかし、その「現実と聖書に書かれていないことに真摯に向き合う教え」は、イエス・キリストを信じていない人々が約99%と言われる日本では「世の光」となることが、内村鑑三先生やマザーテレサの証で証明されているのです。

 

次は日本の「非戦の安全保障論」において、どのように発信していけばいいか、内村鑑三先生とマザーテレサの教えが非常に重要になるので、そのことを伝えさせて頂く予定です。

 

 

主なる神はこう言われる。

自らの真ん中に血を流し、自分の時を来させようとする都よ。

自分のために偶像を造って、自らを汚す都よ。

 

流した血によってお前は罪を負い、造った偶像によって汚される。

こうしてお前は自分の日を近づかせ、自分の年を来させる。

 

それゆえ、わたしはお前を諸国民の嘲りの的とし、

すべての国々の笑いものとする。

 

近くの者も遠くの者も、自分の名を汚して混乱に満ちているお前を嘲笑うだろう。

 

イスラエルの君侯たちは、お前の中でおのおの力を振るい、血を流している。

 

父と母はお前の中で軽んじられ、お前の中に住む他国人は虐げられ、孤児や寡婦はお前の中で苦しめられている。

 

お前はわたしの聖なるものをさげすみ、わたしの安息日を汚した。

お前の中には、血を流すために人を中傷する者がおり、

山の上の聖所で食事し、お前の中で恥ずべき事を行う者たちがいる。

 

この地を滅ぼすことがないように、わたしは、わが前に石垣を築き、

石垣の破れ口に立つ者を彼らの中から探し求めたが、

見いだすことができなかった。

 

それゆえ、わたしは憤りを彼らの上に注ぎ、怒りの火によって彼らを滅ぼし、彼らの行いの報いをその頭上に返す」と主なる神は言われる。

(エゼキエル書22章3~9,30,31節)

 

イエス・キリストは、破れ口に立つ者を彼らの中から探し求めています。

「見いだすことができなかった。 」と、イエスさまが非常に嘆かれることがないようにするのがクリスチャンの使命でしょう。

 

「戦争と平和 ⑤ 日本の危機感とイスラエルと正戦論のキリスト教について」

 

最近、安全保障について、小泉防衛大臣は「日々、機微な情報に触れて、改めて日本を取り巻く環境がいかに厳しいかを肌身に感じています。」と発言しました。

 

個人的には、クリスチャンですので、聖書の教えと現在の状況を詳しく調べてわかることは、おそらく第三次世界大戦の舞台設定が整いつつあるという認識を持っていたほうがよいと思いました。

 

 

世の終わりの聖書預言で有名なのが「エゼキエル書38章」ですが、イスラエルの北から大きな勢力のゴグが巨大な軍事力によって、武力を持たない平和で静かに暮らしている帰還したユダヤ人たちのイスラエル国に武力侵攻を行ないます。

 

しかし、神さまがイスラエルの地で、大地震、同士討ち、疫病などで巨大な軍事力で武力侵攻しているゴグを滅ぼされるという話です。

 

しかし、現実はその真逆です。

 

イスラエルは、アメリカの強力なバックアップもあって、巨大な軍事力を誇示しています。

 

精鋭部隊に所属し、軍の参謀を務めるなど30年にわたりイスラエル国防軍(IDF)での任務に就いてきたモシェ・ヤアロン元国防相は、イスラエルについて、自由民主主義国としてのアイデンティティーを喪失したとの認識を表明。

 

「腐敗し、病んだ、ファシスト的なメシア思想の国家」に成り下がった。イスラエルがやっているのは「征服と併合、民族浄化だ。ガザ北部を見るがいい」などと、テレビ局に述べました。

 

 

さらに、ガザ地区からパレスチナ人全員をエジプト側に「移送」(トランスファー)することをイスラエルが計画している。そうした内容を含む内部文書が漏洩して物議を醸しました。

 

書類の作成元はイスラエル諜報省で、日付は今回のガザ集中攻撃を開始してから6日後の2023年10月13日。

 

イスラエル政府は、公式ロゴも入ったその書類が本物であると認めました。

 

そして、イスラエル(ネタニヤフ政権)は、その内部文書の計画通りに武力侵攻を進めました。

 

「週刊金曜日」の記事も次のように発信しています。

 

イスラエル軍はガザ地区全域で、住宅・商店・病院・学校や、電気・水道・通信のインフラを爆撃した上で、北部ガザ市とその周辺の難民キャンプでは、実質的に、住民の一掃につながりかねない作戦を展開した。

 

一帯を完全に包囲し、全住民に対し南部への避難を促したのだ。

その何十万人という避難者の徒歩での移動は、1948年のイスラエル建国に伴うパレスチナ人の難民化「ナクバ」(破滅)の姿を彷彿とさせた。

 

同文書は、今後イスラエルが時間をかけて実現を図るであろう「人口切り離し」の、第1段階の手法や到達目標を具体的に示唆している。

 

C案「ガザからシナイ半島へ避難させる」は、アメリカやEU(欧州連合)、周辺諸国をどう動かし、何をさせるのかまで提示している。

 

大手広告代理店を使っての、ガザ住民に向けた「特別のキャンペーン」まで計画。

 

イスラエルが間もなく占拠する地域に「帰還する望みがないこと」を強調するために、「ハマス指導のせいで」神が土地を失わしめ、「他の土地へ向かう以外に選択肢はない」と訴える計画だ。

 

サウジアラビアには、住民を「他国に再移住」させるための財政支援のほか、「ハマスが引き起こした」と印象づける情報活動への資金捻出を求める。

 

引用以上

 

 

さらに、イスラエル軍(ネタニヤフ政権)は、南へ進軍して、シリアに武力侵攻しています。

 

昨日11月28日の朝日新聞の記事です。

 

シリア国営メディアは28日、イスラエル軍が南部ベイトジンで実施した軍事作戦で、女性や子どもを含む約10人が死亡したと報じた。

 

一方、イスラエル軍も同地域での作戦中に兵士6人が負傷したとしている。

イスラエル軍は28日に出した声明で、現地で活動する武装組織のメンバーを拘束するための作戦を実施したと説明。

シリアのアサド政権が崩壊した昨年12月以降、イスラエルは数百回にわたりシリアへの空爆を実施。

 

占領地ゴラン高原のシリアとの緩衝地帯に進軍し、南部の非武装化を要求してきた。

 

引用以上

 

 

このように、エゼキエル書38章の世の終わりの預言とは真逆で、イスラエル(ネタニヤフ政権)は武力・軍事力によって、パレスチナ人に対する民族浄化(ジェノサイド(集団虐殺)を計画して実行しました。

 

さらに、2024年12月から、南にも進軍して、シリアに数百回もの空爆によるジェノサイド(集団虐殺)を行ない続けています。

 

さらに、この先には史上最大に恐ろしい事態に発展すると思いますが、まだ実行前なのと、このような場所では差し控えておきます。

 

そのことは、小泉防衛大臣が、日本を取り巻く環境が極めて厳しい環境という情報を多くの国民の皆さんにも国会議員の先生方にも共有できない中で、危機的な状況に対する認識を合わせていくという立場の理解を求めていることを実感させるものです。

 

 

そして、そのような極めて危機的な世界情勢の中で、「キリスト教」の状況は、前回記事で伝えたように、「正戦論のクリスチャンたち」が急激に拡大している状況です。

 

正当戦争vs.正義の戦争 ― キリスト教の正戦論の落とし穴 ― M. シーゲル (南山大学社会倫理研究所) (和文要旨)から引用します。

 

正戦論はキリスト教の主流派の立場であり、現代世界において戦争を制御する役を果たしうる唯一に理念であろう。

しかし扇動に利用されることが多いという矛盾がある。

 

正戦論とキリスト教 キリスト教の戦争に関する倫理を取り上げる研究家の多くは、キリスト教の伝統的な立場を三つに分けている。

 

すなわち、平和主義、正戦論、および十字軍的思考(= 聖戦)と いう三つである。

 

平和主義は特にキリストの時代からコンス タンティン大帝の時代までの主流の考え方で、それによると戦争が否定され、キリスト教徒の参戦も認められなかった。

 

キリスト教がローマ帝国で認められるようになり(312年)、 次第にローマの国教となり、またそれと同時にゲルマン民族の侵略が激しくなると、戦争に関する考え方が変わり、

 

最初はアンブロジウスとその後アウグスチーヌスが特定な条件での戦争を認めるようになった。

 

それがキリスト教における正戦論の始まりである。

 

ところが、11世紀の終わりから十字軍の時代に入ると様相は一変する。

 

Bainton は次の ように語る:「十字軍遠征は中世期に勃発した、教会の下、もしくは神に導かれる宗教的リ ーダーの指揮の下で、生命や財産[の防衛]の意味での正義のためではなく、

 

むしろある理想のため、すなわちキリスト教の信仰のための遠征であった」。

 

中世期の十字軍は聖地に限らず、ヨーロッパ内の異教徒や異端者に対しても戦争を起こした。

 

引用以上

 

 

さらに、「正しい戦争はあるか ―歴史の答え― ハンス ユーゲン・マルクス」と「宗教と倫理 第三号」から合わせて引用します。

 

初期マニ教論駁の際に,アウグスティヌスは君主の権威に神のそれを加えた。

 

なぜなら,旧約聖書の中でモーセやヨシュアなどが神の命令で行なった戦争が争点の一つだったからである。

 

とりわけモーセ五書とヨシュア記の注解にあたって,熟年に達したアウグスティヌスは神の権威を従来の正戦論と結び付け,以下の有名な正戦定義を残した。

 

「正戦とは不正を正すところのものと定義されるのが普通である。

 

すなわち, 戦争を仕掛けられるべきは,民族や国として,その成員によって不正になされたことをただすのを怠ったり,不正によって横領したものを返却するのを怠ったりする場合である。

 

しかし,神によって命じられた戦争も疑いなく正しい[ヨシュ8:1-2参照]。

 

神にはいっさいの不正がなく,誰にも起こるべきことを知っておられる。

 

この戦争において,指揮官や参戦者は自ら戦争行為者ではなく,まさに奉仕者とみなされるべきである。」

 

ここで,アウグスティヌスは神の命令自体が正戦の十全たる事由であると力説している。

 

中世を通じてアウグスティヌスは,西方キリスト教の世界においてあらゆる 思索や信念に絶大な影響を及ぼした

 

カトリックやプロテスタントの主流派には、十字軍的思考の色合いもあったということは否定しがたい。

 

とは言っても、戦争の正当性や戦争の倫理に関して、近代から現代にかけてのキリスト教の主流派、特にカトリック教会が公式的に採ってきた立場は正戦論である。

 

引用以上

 

 

このようなキリスト教の流れにおいて、平和主義=非戦論のキリスト教は少数派となってしまったという研究者たちの一致した見解も当然かもしれません。

 

それゆえ、平和主義=非戦論のクリスチャンたちは、もはやキリスト教の中では異端視され、疎外されるようだと驚く声が多くなりました。

 

現在のアメリカのトランプ政権、映画ボンヘッファー、イスラエルを支持するクリスチャンが圧倒的に多いのも「正戦論のキリスト教」が主流だということを証明していると言われています。

 

 

しかし、キリスト教の世界とは違って、イエス・キリストを信じていない人々が圧倒的に多い日本では、正戦論は疎外される状況なのです。

 

日本は根本的に「非戦の安全保障論」ということになるでしょう。

 

それゆえ、非戦論のクリスチャンが大きく用いられています。

日本を敵視する韓国でもそうでした。

「非戦論者」の思想と行動に関する一考察 - 内村鑑三・幸徳秋水を中心に -일본어문학 약어 : JJLLJ

本論文では、近代日本の非戦論と反戦運動に導いた、内村鑑三(無教会主義キリスト教徒)と幸徳秋水(無政府主義)を中心に検討した。

 

この二人は日本の平和構想の尖兵の役割、いわゆる日本の侵略政策に反対し、人民の自由と人権を最高の価値と掲げながら、戦争反対を主張した代表的な人物である。

 

何よりも二人は、人民の基本的な権利と自由は、安定と平和がなければ実現できないことを認識し、非戦論を主張した。

 

これらの活動の最終目的は、人民の自由と人権が保障される平和国家の実現である。

 

そして、内村鑑三と幸徳秋水の反転思想である非戦論が、日本の独立と利益のために行われたことが明らかになった。

 

引用以上

 

 

そして、聖書の教えは一貫して、非戦論の教えです。

 

「エゼキエル書の世の終わりの預言」と同じく「ミカ書の世の終わりの預言」も非戦論のエルサレムと武力・軍事力の国が滅びるという教えで一致しています。

 

「終わりの日に

主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち

どの峰よりも高くそびえる。

 

もろもろの民は大河のようにそこに向かい

多くの国々が来て言う。

 

『主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。

主はわたしたちに道を示される。

わたしたちはその道を歩もう』と。

 

主の教えはシオンから

御言葉はエルサレムから出る。

 

主は多くの民の争いを裁き

はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。

 

彼らは剣を打ち直して鋤とし

槍を打ち直して鎌とする。

 

国は国に向かって剣を上げず

もはや戦うことを学ばない。

(ミカ書4章1~3節)」

 

長くなったので、次回へつづく

 

「戦争と平和 ④ 正戦論のクリスチャンと非戦論のクリスチャンについて」

 

最近の世界で起きている戦争から、日本でも正戦論のキリスト教が着目されています。

 

「ロシア正教会がウクライナ侵攻を"祝福"する理由を池上彰が解説」より引用します。

 

「2022年2月、ロシア軍のウクライナ侵攻は世界を驚かせましたが、世界の宗教界を驚愕させたのは、ロシア正教会トップのキリル総主教が、ウクライナ侵攻を『祝福』したことでした。

 

他国への侵略を認めるだけでなく、それを「祝福」する。全面的な支持を与えたのです。

 

『これがキリスト信者のすることか』と憤激した世界の教会関係者も多かったのですが、ロシア国内では、侵攻に反対する正教会の聖職者は少数にとどまっています。」

 

引用以上

 

 

次はイラン攻撃やガザ地区などでジェノサイド(集団虐殺)を行なったアメリカのトランプ政権です。

 

そのトランプ政権とキリスト教を深く結びつけたのが、プロテスタント教会の偉大なる殉教者と全世界の福音派のクリスチャンたちから崇められている「チャーリー・カーク」氏です。

 

カーク氏は、トランプ大統領を熱烈に支持し、MAGA(アメリカを再び偉大に)運動を推進し、今回の大統領選では若い世代をトランプ支持に変えるのに大きな貢献をしました。

 

なので、正戦論のクリスチャンが爆発的に急増しています。

 

日本でもチャーリー・カーク氏に感銘して影響を受けている牧師やクリスチャンたちは多いです。

 

 

それから、最近、日本でも公開されたアメリカ映画「ボンヘッファー」ですが、これも正戦論のクリスチャンを推進する映画です。

 

この映画を鑑賞した多くの牧師やクリスチャンたちは感動し、絶賛しています。

 

「ボンヘッファーにとって「キリストに倣う」行為とは、人々のために自らの命を犠牲とすることでした。

その論理的帰結が「ヒトラー暗殺」だったのです。決して逆ではありません。」という感想を宣べ伝えている牧師もいるほどです。

 

その牧師の感想に、他の牧師やクリスチャンたちが共鳴していました。

 

 

そして、イスラエルのガザ侵攻による前代未聞のパレスチナ人の方々に対するジェノサイド(集団虐殺)ですが、

 

そのイスラエルを支持するメシアニック・ジュー(ユダヤ人のキリスト教)の教えによって、ガザ侵攻によるジェノサイド(集団虐殺)は、悪のハマスからイスラエルを守るために必要だと主張しています。

 

そして、イスラエルのジェノサイド(集団虐殺)をやめるように抗議している人々に対して「陰謀論だ!」「反ユダヤ主義」「反イスラエル・親パレスチナ」と決めつけて批判しています。

 

 

このように、ロシアのウクライナ戦争&アメリカのトランプ政権の武力行使&イスラエルのパレスチナ人やイラン人などへのジェノサイド(集団虐殺)

この3つのいずれもに正戦論のキリスト教が非常に目立っている状況です。

 

それゆえ、世界中において、正戦論の牧師やクリスチャンたちが劇的に急増している状況です。

 

 

敬和学園大学の学長室だよりの「二つのキリスト教:正戦論と非戦論」から引用します。(かなり長文になります)

 

「正戦論と非戦論」とは何でしょうか。

 

キリスト教は一つですが、戦争に対する態度では正戦論の立場と非戦論の立場の二つに分かれます。

 

「正戦論」(just war)というのは「正義」(justice)のためにのみ戦争を認める立場を言います。

 

それに対して「非戦論」(renunciation of war)というのは、あらゆる場合に戦争を認めない立場を指します。

 

結論を先に言いますと、元来キリスト教は非戦論の立場でしたが、ある時点から非戦論のキリスト教と正戦論のキリスト教に分れたのです。

 

正確に言うと、分かれたのではなく、非戦論のキリスト教に正戦論のキリスト教が加わったのです。

 

「戦争と平和」という視点に立って聖書を見てみますと、旧約聖書では、とりわけイスラエル12部族がモーセに率いられて出エジプトをして、パレスティナの土地に定着して以来、バビロン捕囚から再びパレスティナの土地に帰還するまで、神によって導かれた聖なる戦争を認めています。

 

これを「聖戦」(holy war)と言います。

 

旧約聖書のコンセプトをそのまま引き継いでいるユダヤ教とイスラーム教には「聖戦」というコンセプトが生きています。

 

しかし、新約聖書では、隣人愛と敵愛と徹底した赦しを説いたイエスは、復讐することを禁じ(ルカ6:29-30)、

 

「すべて剣を持って立つ者は剣によって滅びる」(マタイ26:52)と武力に対して武力で解決することを禁じました。

 

イエスは神の国の福音を説くと人々の病を治し、「シャーローム(平和)」に由来するいのちを大切にする立場から苦しみ悩む人々を救い(積極的平和)

 

暴力による復讐を否定しました(消極的平和における武力の否定)。

 

イエスの非武装・絶対的平和主義の教えと実践は、インド独立の父のマハトマ・ガンジーや、アメリカ黒人解放運動のリーダーのマルティン・ルーサー・キング牧師の思想と実践にも影響を与えました。

 

イエスの思想と実践を受け継いだパウロは、キリスト教の宣教を武力によらないで平和を推し進める「平和部隊」のイメージで説明しました。

 

すなわち、宣教を(目に見えない霊的な)「戦い」(Ⅱコリント10:3-4、他)の比喩で述べ、同労者を「戦友」(フィレモン2、フィリピ2:25)と呼び、

 

獄に捕えられると「捕虜」(直訳、新共同訳「捕われの身」「捕われている」、フィレモン23、ローマ16:6、コロサイ4:10)という隠喩を用いました。

 

また、宣教者をローマ軍の兵士との比較で語りました(エフェソ6:10-18)。

 

1-2世紀の使徒時代以後のキリスト教の指導者は「教父」と呼ばれますが、2-3世紀にカルタゴで活躍したラテン教父(ラテン語公用語地域の教父)のテルトゥリアヌスも、

 

3世紀にエジプト・アレクサンドリアで活躍したギリシア教父(ギリシア語公用語地域の教父)のオリゲネスも、イエスとパウロの「非戦論」の立場を受け継ぎました。

 

それを象徴する行為として、この時代にローマ帝国の兵士がキリスト教徒になる時には、軍人を辞めなければなりませんでした。

 

このような非戦論の立場のキリスト教が転換するのは、ローマ皇帝のコンスタンティヌス帝がキリスト教に回心したことに由来します。

 

313年にコンスタンティヌス帝は、それまでローマ皇帝を神として仰がないことが理由で迫害されてきたキリスト教を国教にする道を開くミラノ勅令を出しました。

 

こうしてキリストの教会は町外れにあった民家の「家の教会」から町の中心の広場(アゴラ)に面した公会堂(バシリカ)の教会に移ってきました。

 

それと同時にキリスト教は国を守る宗教となって、キケロの考えの影響を受けて正義のために戦争をする「正戦論」の立場(例、アンブロシウスやアウグスティヌス)が加わってきたのです。

 

キリスト教が国教の国では、政府や多数の市民は「正戦論」の立場を取りますが、再洗礼派のメノナイト派やピューリタンのクウェーカー派などの少数派の人々は新約聖書の「非戦論」の立場を貫いています。

 

日本では、第二次世界大戦時には政府の主導する軍国主義的政策に絡め取られていった苦い経験があります。

 

その中で極めて少数の例外ですが、戦時中も内村鑑三の「非戦論」を貫いた新潟県与板出身の柏木義円という安中教会の牧師がいたことを忘れてはなりません。

 

内村鑑三は安中藩の武士の子でしたから、生まれながら戦争は当然のことと考え、日清戦争では正義のために戦争をする正戦論の立場に立っていました。

 

しかし、日露戦争では急転して非戦論の立場に変え、生涯にわたって非戦論を貫きました。

 

それでは、なぜ正戦論から非戦論に転じたのでしょうか。後になってその理由を4点挙げています。

 

(1) 新約聖書を深く学ぶようになって、新約聖書の教えが非戦論であると知ったこと。

 

(2) 不敬事件で世間から非難を浴びた時に無抵抗で平安を得た「実験」(経験)によること。

 

(3) 過去10年の歴史を振り返ると、日清戦争で日本が勝利し、キューバを巡るアメリカ・スペイン戦争でアメリカが勝利し、その後、戦勝国である日本とアメリカの社会が堕落したこと。

 

(4) 内村が愛読していたThe Springfield Republicanという雑誌は、新約聖書のキリスト教に近い立場で、その影響によること。(「余が非戦論者となりし由来」『聖書の研究』第56号

 

この中で大切なのは新約聖書の思想と内村自身の経験です。

すなわち、新約聖書の思想を自分の経験を通して裏打ちしたことが重要です。

 

引用以上

 

 

歴史を振り返れば、あのプロテスタント教会の生みの親のマルティン・ルターもこの流れの中にいたそうです。

 

キリスト新聞社のコラム「ボンヘッファーの生涯(8) 平和へのまなざし(前編)キリスト教と戦争 福島慎太郎牧師」から引用します。

 

彼(マルティン・ルター)は「二王国論」において、神の支配を〝霊的支配〟(教会)と〝世俗的支配〟(国家)に区別し、人間社会には罪と悪が避けがたく存在すると考えた。

 

そのため、秩序を守るための剣の使用を認めたのである。

 

実際、ドイツ農民戦争では当初、農民の訴えに理解を示していたルターも、暴動の拡大後には「殺し、刺し、絞めよ」と支配者に呼びかけ、武力鎮圧を容認した。

 

結果として約10万人が犠牲になった。彼にとってそれは「暴徒の鎮圧」であり、神が立てた秩序を守るための義務だった。

 

例えば「誰かがあなたの右の頰を打つなら、左の頰をも向けなさい」(マタイによる福音書5章39節)というイエスの言葉も、

 

ルターは「二王国論」に基づき、個人の信仰倫理としては受け入れたが、国家秩序の維持には「世俗的義務」の別の正義が必要と考え、共同体レベルでは直接適用しなかった。

 

他方、アナバプティストたちは、少なくとも主流派の多くが、この教えをいかなる状況においても共同体規範として遵守し、非暴力と無抵抗を原則として貫いた。

 

 このような信仰の姿勢は、当時の主流教派から「急進的」とみなされ、異端視されていた。実際、アナバプティストという呼称も、迫害側が名付けた蔑称に由来している。

 

 彼らは「逃れの神学(Theology of Flight)」を掲げていた。

 

これは暴力的抵抗ではなく、迫害者からの戦略的な逃避を通して信仰を守ることを選ぶ立場であり、逃避は単なる受動ではなく、信仰的義務と生存戦略を兼ねた積極的判断でもあった。

 

 1660年に初版が出された『殉教者の鏡』という書物には、初期のアナバプティストたちによる非暴力の実践と殉教の記録が収集されている。

 

その中の一つに「敵を救った殉教者」の物語が記されている。

 

これは迫害から逃げるアナバプティストが湖の薄氷に落ちる自らの追っ手を助け、その後彼に捕えられ、処刑されるという内容である。

 このように、ひと口に「平和」といっても、その解釈と実践は時代によって多様である。そしてボンヘッファーもまた、その歴史的流れの中で独自の「平和理解」を模索した神学者の一人であった。

 

引用以上

 

 

現在のキリスト教のプロテスタント教会は、マルティン・ルターのように「正戦論のキリスト教」が主流派となり、アナバプティストのような「非戦論のキリスト教」は異端視されている実態が根本的に流れ続けていたと思われます。

 

そこに、チャーリー・カーク氏の影響やユダヤ人のメシアニック・ジューの教えなどと共鳴しあったりして拡大している印象を持ちました。

 

そして日本でも「キリスト教は正戦論」というように思われるようになってきました。

 

 

自分自身は以前はプロテスタント教会に所属していて、今も所属していれば意識はしていなくても事実上の「正戦論のクリスチャン」になっていた可能性が高いと思います。

 

しかし、無教会の内村鑑三先生やマザー・テレサ、ヘレン・ケラーさんの教えによって意識はしなかったのですが「非戦論のクリスチャン」になっています。

 

 

現在、キリスト教会は日本においても「正戦論」と「非戦論」とに大きく2つに分かれていることが顕著に現れてきました。

 

これは自分自身の信仰が大きく試されていると思いますので極めて重要なことです。

 

「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。

昔の人たちは、この信仰のゆえに神に認められました。」

(ヘブライ人への手紙11章1~2節)

 

「戦争と平和 ③ 世の終わりとエゼキエル預言について」

 

前回の記事に関連して、エゼキエル書の預言について分かち合いたいと思います。

 

エゼキエル書では、イスラエルの民の偶像礼拝や不正などの神への反逆によって、神が神殿から去って行きました。

 

そして、イスラエルと近隣諸国に神の裁きがあることを知らせます。

 

バビロンの攻撃によって、エルサレムは陥落し、神殿も破壊されます。

 

そして、捕囚にされるというイスラエルの民が経験したことがない大いなる苦難となります。

 

もはや神に見捨てられたという絶望の中で、神は希望を与えます。

 

主の手がわたしの上に臨んだ。わたしは主の霊によって連れ出され、ある谷の真ん中に降ろされた。そこは骨でいっぱいであった。

 

見ると、谷の上には非常に多くの骨があり、また見ると、それらは甚だしく枯れていた。

 

そこで、主はわたしに言われた。「これらの骨に向かって預言し、彼らに言いなさい。枯れた骨よ、主の言葉を聞け。

 

これらの骨に向かって、主なる神はこう言われる。見よ、わたしはお前たちの中に霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。

 

わたしは、お前たちの上に筋をおき、肉を付け、皮膚で覆い、霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。

 

そして、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。」

 

「わたしはわたしの地、イスラエルの山々で彼らを一つの国とする。一人の王が彼らすべての王となる。彼らは二度と二つの国となることなく、二度と二つの王国に分かれることはない。

 

彼らは二度と彼らの偶像や憎むべきもの、もろもろの背きによって汚されることはない。わたしは、彼らが過ちを犯したすべての背信から彼らを救い清める。

 

そして、彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。

 

わたしの僕ダビデは彼らの王となり、一人の牧者が彼らすべての牧者となる。

 

わたしの住まいは彼らと共にあり、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。

 

わたしの聖所が永遠に彼らの真ん中に置かれるとき、諸国民は、わたしがイスラエルを聖別する主であることを知るようになる。」

 

〈エゼキエル書38章〉

 

主の言葉がわたしに臨んだ。 「人の子よ、マゴグの地のゴグ、すなわちメシェクとトバルの総首長に対して顔を向け、彼に預言して言いなさい。

 

主なる神はこう言われる。メシェクとトバルの総首長ゴグよ、わたしはお前に立ち向かう。

 

わたしはお前を立ち帰らせ、お前の顎に鉤をかけて、お前とその全軍、馬と騎兵を連れ出す。彼らは皆完全に武装した大集団で、大盾と小盾を持ち、皆剣を持っている。 ペルシア、クシュ、プトが彼らと共におり、皆、盾を持ち、兜をかぶっている。

 

ゴメルとそのすべての軍隊、北の果てのベト・トガルマとそのすべての軍隊、それに多くの国民がお前と共にいる。

 

多くの日の後、お前は呼び出され、また、多くの年を経た後、一つの国を襲う。

 

それは長く荒れ廃れていたイスラエルの山々で、そこには、剣の恐れから解放され、多くの民の中から集められた民がいる。

 

彼らは多くの民の中から連れ出されて、今は皆、安らかに暮らしている。

 

お前は嵐のように上って来て、地を覆う雲のように襲いかかる。

主なる神はこう言われる。

 

その日、お前の心に言葉が浮かぶ。お前は悪い計画を立て、 そして言う。『わたしは囲いのない国へ攻め上る。城壁もかんぬきも門もなく安らかに生活している静かな国を襲う』と。

 

お前はかつて廃虚であったが、今は人の住んでいる国、諸国民のもとから集められ、国の中心の山々に住み、家畜や財産を持っている民に対して手を上げ、戦利品を奪い、ほしいままに略奪しようとしている。

 

それゆえ、人の子よ、ゴグに対して預言して言いなさい。主なる神はこう言われる。

 

わが民イスラエルが安らかに暮らしているとき、お前はいきり立つのか。

 

お前は北の果ての自分の所から、多くの民を伴って来る。彼らは皆、馬に乗っている大集団、大軍団だ。

 

お前はわが民イスラエルに向かって、地を覆う雲のように上って来る。そのことは、終わりの日に起こる。

 

わたしはお前を、わたしの地に連れて来る。それは、ゴグよ、わたしが国々の前で、お前を通して自分の聖なることを示し、彼らがわたしを知るようになるためである。

 

ゴグがイスラエルの地を襲う日、まさにその日に、と主なる神は言われる。わたしの憤りは激しく燃え上がる。

 

わたしは熱情と怒りの火をもって語る。必ずその日に、イスラエルの地には大地震が起こる。

 

わたしはすべての山の上で、ゴグに向かって剣を呼び寄せる、と主なる神は言われる。

 

人はおのおの、剣をその兄弟に向ける。

わたしは疫病と流血によって彼を裁く。わたしは彼とその軍勢、また、彼と共にいる多くの民の上に、大雨と雹と火と硫黄を注ぐ。

 

わたしは自らの偉大さと聖とを多くの国々の前に示す。そのとき、彼らはわたしが主であることを知るようになる。

 

 

エゼキエル預言では、その時、イスラエルはどのような状況であるか具体的に教えています。

 

イスラエルの山々で、剣の恐れから解放され、多くの民の中から集められた民がいる。

 

その民は、今は皆、安らかに暮らしているという状況です。

 

そして、囲いのない国であり、城壁もかんぬきも門もなく安らかに生活している静かな国だということです。

 

それは、エゼキエルが見た通り、神の霊によって、新しくされたイスラエルの民だから、もはや敵の武力や剣や軍隊を恐れていないので、何の防衛もせず、武力・剣・軍事力を放棄している静かな状態です。

 

それは、預言者ゼカリヤも同じでした。

 

人の能力や力を超えて主の霊により主の宮が建て直されることを預言します。

「武力によらず、権力によらず

ただわが霊によって、と万軍の主は言われる。」

(ゼカリヤ書4章6節)

 

 

さて今度は、現在のイスラエルの状況を見ていきます。

 

イスラエルは、国際戦略研究所(IISS)によれば、イスラエル国防軍(IDF)の兵力は16万9500人で、そのうちの12万6000人が陸軍。40万人の予備役がおり、今回の衝突では既に36万人が動員されました。

 

イスラエルには、防空システム「アイアンドーム(Iron Dome)」などの先進的な防衛技術があり、

 

またIISSによれば、約1300両の戦車や他の装甲車両、345機の戦闘機の他、多数の大口径火器やドローン、最新鋭の潜水艦も保有している。

 

 公式には核保有国ではないが、イスラエルの核兵器保有は公然の秘密となっている。

 

軍備管理政策に関する情報提供などを行っている米団体「アームズ・コントロール・アソシエーション(Arms Control Association)」は、イスラエルが保有する核弾頭を90としている。

 

 米国は現在、2028年までの10年間の合意に基づき、イスラエルに年間38億ドル(約5700億円)の軍事援助を提供している。

 

 イスラエルへの武器弾薬の追加的供与以外にも、米国は東地中海に空母2隻を展開している。世界最大の空母、フォード級「ジェラルド・R・フォード(USS Gerald R. Ford)」と「ドワイト・D・アイゼンハワー(USS Dwight D. Eisenhower)」です。

 

これには、ハマスだけでなく、同盟関係にあるイランとイランが支援するレバノンのイスラム教シーア派(Shiite)組織ヒズボラ(Hezbollah)をけん制する狙いがあります。

 

さらに、ハマスの指導者が集まっているカタールにも空爆して殺害するなど、世界屈指の情報網で、どこの国でも空爆して虐殺する可能性があるのがイスラエルのネタニヤフ政権です。

 

 

とにかく現在のイスラエルは武力・剣・軍事力により頼み、イスラエル軍は、敵対勢力の軍事能力が危険水域に近づいたら先制攻撃を仕掛けてその脅威を排除する、という軍事戦略を続けています。

 

ガザ地区の武力侵攻によって、ハマス最高指導者たちと兵士たちの殺害と、パレスチナ人へのジェノサイド(集団虐殺)を決行し、レバノンのヒズボラやイエメンのフーシ派、さらにイランへの攻撃を繰り返し、戦争状態が続いています。

 

特に、アメリカとタッグを組んでのイラン攻撃と、カタール空爆は、アラブ諸国を恐怖で震撼させ、世界を驚愕させました。

 

イスラエルの最新兵器の正確な攻撃と破壊力はイランの施設を爆撃して、多くのイラン人を虐殺しました。

 

その反対に、イランの報復攻撃は、イスラエルの防空システム「アイアンドーム(Iron Dome)」の先進的な防衛技術によって撃ち落されました。

 

さらにアメリカが、地下まで破壊する恐るべき地中貫通爆弾「GBU-57A/B MOP」を投下して、潜水艦から発射されたトマホーク巡航ミサイルが使用されました。

 

その攻撃で多くのイラン人が虐殺されました。

 

まさに、最強の武力行使を平然と行ない続けるので、まるで世界最強のテロ国家のようなイスラエルとアメリカだと恐れられています。

 

エゼキエル書の教えで言えば「ゴグ」のようだと誰もが思うでしょう。

 

 

ですから、聖書のエゼキエル書38章の安らかに暮らすイスラエルがゴグに攻められるという教えと現在の世界情勢はまったく違っています。

 

また「ゴグ」をロシアと教える牧師は多いですが、ロシアは長引くウクライナ戦争によって、危機的状況なので、「ゴグ」になるはずがないです。

 

次のような報道がなされています。

 

「ロシア経済はウクライナ戦争の膨大な軍事支出で過熱状態だが、深刻な冷え込みに転じる瀬戸際にある。

 

大規模な景気刺激策や金利の急上昇、インフレの高止まり、そして西側諸国による経済制裁の影響が浸透しつつあるからだ」

 

ウクライナ戦争だけでも精いっぱいの状況の中で、ロシア国内も窮地に追い込まれています。

 

 

そして、エゼキエル書が教える神の霊によって生きる人々は、武力・剣・軍事力を捨て去り、神さまの守りを信じて、静かに安らかに暮らしています。

 

イスラエルでは、パレスチナ人のクリスチャンたちが、「武力によらず、権力によらず、ただわが霊によって」という信仰を持っているようです。

 

そして、イエス・キリストを信じた人々は、「武力によらず、権力によらず、ただわが霊によって」という信仰で生きているのです。

 

それから聖書の教え、武力・剣・軍事力によって生きる国が滅ぼされることによって、神さまは自らの偉大さと聖とを多くの国々の前に示されます。

 

そのとき、彼らはわたしが主であることを知るようになるからです。

 

これが、エゼキエル預言です。と教えるでしょう。

 

「戦争と平和 ② パレスチナ人とイエス・キリストについて」

 

前回記事ではネタニヤフ政権のガザ武力侵攻のジェノサイド(集団虐殺)によって、イスラエルが危機的状況に陥っていることを書きました。

 

離婚増加や兵士の自殺の増加、予備役兵は疲れ果てて、絶望を感じています。

 

そして、イスラエル人は外国のパスポートに殺到し、「より良い」移住先を探すようにもなっています。

 

その要因に、イスラエル人はガザの破壊と、(占領された)ヨルダン川西岸地区でも現在起こっていることが、イスラエル自体の破壊を意味することを理解したことだと指摘する教授もいます。

 

 

日本でも、ガザ地区の現地から多くの報道が報告され続けています。特にパレスチナ人の多くの子どもたちが餓死寸前という状況に心を痛めています。

 

それゆえ日本でも、どうしてイスラエル人とパレスチナ人は争うのかについて着目されています。

 

そのことについて、まず先に、プロテスタント教会が教えていることを伝えます。

 

心に響く聖書の言葉のホームページより創世記12~22章「パレスチナ問題の始まり」から引用します。

 

「アブラハムも人の子ですから、25年間ずっと不信仰に陥らなかったのではありません。不安になった妻サラの言葉に従い、女奴隷ハガルによって子供をもうけました。

 

当時、子供が与えられないときに、妾によって子孫を残すことは普通に行われていたようです。しかし、間違いなくこれはアブラハムの不信仰でした。

その時に生まれた子供がイシュマエルです。しかし、イシュマエルは母であるハガルと共に家から追い出されてしまいます。

 

後にアブラハムとサラの間に約束通りに息子イサクが生まれたためです。

 

この時、「大いなる憎しみ」が生じました。イシュマエルは現在のアラブ人の祖先だとされています。イサクはイスラエルの祖先です。

 

このときからイスラエル人とアラブ人の争い、憎しみ合いが始まり、4000年経った今でも争いは続いているのです。

 アラブ人の中で、パレスチナに住む人々のことをパレスチナ人と呼びます。

 

パレスチナ人はイスラエルがローマによって滅ぼされたAD70年から、イスラエルが建国される1948年までパレスチナに住んでいました。

 

しかし、イスラエルの建国と同時に、イシュマエルの時と同じように多くのパレスチナ人は追い出されたのです。

 

イスラエルの言い分は「ここは神様が我々に与えられた約束の地である」です。

 

パレスチナ人の言い分は「私達はここにずっと住んできたし、神様が与えられた土地である」と主張します。

 

引用以上

 

 

「子どもたちに平和と未来を」のホームページからパレスチナ問題の経緯を引用します。(かなり長文になります)

 

1930年代以降ナチスによるユダヤ人迫害の嵐が吹き荒れ、第二次大戦後、世界は凄惨なホロコーストの事実に衝撃を受けました。

 

その影響で「ユダヤ人国家建設」というシオニズムの主張が力を持つようになります。

1947年、国連はパレスチナの土地にアラブとユダヤの二つの国家を作るという「パレスチナ分割決議」を採択します。

 

しかしその内容は、パレスチナに古くから住む多数のアラブ系住民に43%、 新しく移住してきた少数のユダヤ系住民に57%の土地を与えるというもので、アラブ系住民とアラブ諸国から猛反発が起こります。

 

パレスチナを統治していたイギリスは、アラブ民族主義とシオニズムの対立の激化になすすべなく、 一方的に撤退し、アラブ・ユダヤ双方の武装対立と緊張関係のなか、1948年にユダヤ側はイスラエル建国を宣言しました。

 

イスラエル建国宣言を受け、第一次中東戦争(1948年~1949年)が勃発します。

 

この戦争で70万人のパレスチナ人(パレスチナに住むアラブ系住民)が居住地を追われ、 ヨルダン川西岸地区やガザ地区、そしてヨルダン、シリア、レバノンなど近隣諸国に逃れました。

 

住民がいなくなった町や村は完全に破壊されるか、ユダヤ系住民が住むようになりました。

 

一方、難民となったパレスチナ人は、難民キャンプの粗末なテントや洞窟などで困窮を極めた生活を強いられます。

 

1967年、イスラエルとアラブ連合(エジプト・シリア)の間で第三次中東戦争が勃発します。

 

この戦争で圧勝したイスラエルは、ヨルダン川西岸地区と東エルサレム、ガザ地区、 シナイ半島及びゴラン高原を軍事占領下に置きました。

 

国連安全保理事会は決議242号を採択し、 イスラエル軍の西岸及びガザからの撤退を求めますが、イスラエルはこれに応じませんでした。

軍事占領下では、パレスチナ人の基本的人権は保障されず、社会・経済の発展も阻害されました。

 

また難民キャンプでは基本的な生活インフラも整備されず、生活環境は劣悪なまま放置されました。

 

1970年代に入るとイスラエルによる西岸・ガザ地区への「入植地」建設の動きが強まります。 90年代までには25万人以上のユダヤ人が入植し、パレスチナ人の危機感が高まりました。

 

1987年、パレスチナ人の不満が一挙に爆発し、 ガザ地区の難民キャンプから「インティファーダ」と呼ばれる反占領闘争が広がります。

 

デモやストライキ、子どもの投石、イスラエル製品の不買などの抵抗運動は世界中に占領の実態を知らせ、 イスラエル国内でも占領の是非に関する議論が起こりました。

こうした状況を受け、1993年にノルウェーの仲介により、 イスラエルのラビン首相と PLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長の間で「西岸及びガザで5年間のパレスチナ暫定自治を 開始する」という暫定合意条約(オスロ合意)が米国で調印されます。

しかし、パレスチナ難民の問題や国境の確定などについては、暫定自治の時期中に協議されるとして解決は先送りにされました。

 

1994年以降、ガザとヨルダン川西岸でパレスチナ自治が開始されました。 外国の援助による難民キャンプのインフラ整備も徐々に進み始めました。

 

しかし、細分化された「自治区」の多くは依然としてイスラエル軍の占領下にありました。 そして、自治政府の腐敗や非効率性がパレスチナ経済の発展を阻害しました。

一向に変わらない状況への強い不満を背景に、武装組織によるイスラエルへの攻撃が続けられました。

 

それらに対し、イスラエル側は激しい報復措置とさらなる自治区封鎖を行いました。 多くのパレスチナ人が刑務所に収容され、入植地の建設はさらに活発になっていきました。

 

2000年、PLOのアラファト議長とイスラエルのバラク首相によるキャンプデービット会議が不調に終わり、 パレスチナ人の間に失望感が広がります。

 

同年、イスラエル右派のアリエル・シャロン元国防相が一団の武装集団を引き連れてエルサレムのイスラム教聖地を強行訪問し、 パレスチナ人の怒りが再燃しました(「第二次インティファーダ」のはじまり)。

 

イスラエル側は重火器を投入して一般市民を攻撃し、パレスチナ側では自爆攻撃が相次ぎました。

イスラエルでは2001年にシャロン政権が誕生し、2002年4月にはパレスチナ自治区への武力攻撃がかつてない規模で開始されます。

 

戦車や戦闘機が大量投入され、多数の非武装市民が犠牲になりました。 

 

2000~2005年の間の衝突による死者は、パレスチナ側3,339人(うち子ども660人)、 イスラエル側1,020 人(うち子ども117人)にのぼりました。

 

2005年、ガザ地区からイスラエル軍・入植者が撤退しました。

しかし同地区は依然イスラエル軍に包囲され、封鎖が続いています。

 

2007年の選挙結果によって、ガザにそれまでのPLOではなくイスラム政党ハマス主体の政府ができて以降は、 封鎖は更に強化されました。

2008年、2012年にはイスラエルによる大規模な軍事侵攻が行われ、多数の一般市民が犠牲になりました。

 

人や物資の移動も制限され、ガザ地区では深刻な物資不足や生活環境の悪化、経済・社会活動の停滞が起きています。

西岸地域では、2002年から巨大な「隔離壁」(西岸とイスラエルを隔てるコンクリートや鉄条網の壁)建設が開始されました。

 

隔離壁は1949年の停戦ラインを超えて建設され、ユダヤ人入植地や入植者専用のハイウェイも組み込まれたため、 パレスチナ自治区は飛び地状態になっています。

 

国際司法裁判所は、この隔離壁がパレスチナの自治を阻害し、生活圏を分断するものであり国際違反と裁定を下しましたが、 壁の建設は続行されて西岸は取り囲まれ、人々の移動が制限されています。

 

国際社会では2012年、パレスチナの国連へのオブザーバー加盟が圧倒的多数で承認され、 パレスチナは国家としての存在を認められました。 2014年は国連パレスチナ連帯年とされました。

 

しかし、パレスチナの状況は大きく改善されてはおらず、パレスチナ人の独立・平和への強い願いはかなえられていません。

 

2014年夏には再びイスラエル軍によるガザへの大規模な軍事侵攻が勃発し、450人の子どもを含む、 2,200人以上の人々が犠牲となり、 2021年5月には11日間にわたって空爆が続き、民間人や子どもを含む約2,500人が死傷しています。

 

引用以上

 

そして、2023年10月に起きたハマスによる攻撃では、イスラエルの住民ら約1200人が殺害され、200人以上が拉致された。

 

イスラエルは報復として約2年にわたってガザで戦闘を続けてきたが、攻撃を防げなかった政府に対する批判は根強い。

 

ネタニヤフ首相は渋々、調査委の設置を決めるしかなかった。

 

そのネタニヤフ政権の報復のガザ武力侵攻は、まるで民族浄化としか思えないほどの前代未聞のジェノサイド(集団虐殺)で、空爆や餓死など、45万人の子どもたちが命の危機に陥りました。

 

イスラエルの人質の60人超がも空爆で虐殺されて、がれきの下に埋まっています。

 

 

以上のように、聖書の話から現代に至るまでのイスラエルとパレスチナ人との問題をざっと見てきました。

 

さて、大きな点の一つは「イスラエル」は、神がアブラハムに約束されて生まれた子イサクの子孫であり、

「パレスチナ人」は、アブラハムとサラの不信仰によって生まれたイシュマエルの子孫だということです。

 

私は長年、プロテスタントの福音派の教会に所属していました。

そこで牧師たちは「イスラエル」を寵愛して、「パレスチナ人」のことは考慮しない。という教えで一致しているように思いました。

 

それゆえ「パレスチナ問題」においても、「イスラエル」を全面的に支持して、ハマスとパレスチナ人たちは虐殺されても仕方がないという思考に陥っていたと思います。

 

しかし、プロテスタント教会を離れて、無教会のクリスチャンになった時、世の中が教えることによって、パレスチナ人たちの現状を知って驚愕したのです。

 

 

参考までに、高知ほっとチャーチの田村牧師は、「肉によるアブラハムの子孫というのはパレスチナ人で、クリスチャンは7%。今のイスラエルに入植して来たのはアシュケナジムという元々ヨーロッパ人の人が多いので、イスラエルに帰還したというロジックは成り立たないと主張しています。

 

そして、ネタニヤフ政権のジェノサイド(集団虐殺)で苦しんで、助けを求めているパレスチナ人の方々に寄り添う発信をしていました。

 

 

改めて、聖書を調べると、次のように教えています。

 

アブラハムはひれ伏した。しかし笑って、ひそかに言った。「百歳の男に子供が生まれるだろうか。九十歳のサラに子供が産めるだろうか。」

 

アブラハムは神に言った。

「どうか、イシュマエルが御前に生き永らえますように。」

 

神は言われた。

「いや、あなたの妻サラがあなたとの間に男の子を産む。その子をイサク(彼は笑う)と名付けなさい。わたしは彼と契約を立て、彼の子孫のために永遠の契約とする。

 

イシュマエルについての願いも聞き入れよう。必ず、わたしは彼を祝福し、大いに子供を増やし繁栄させる。

 

彼は十二人の首長の父となろう。わたしは彼を大いなる国民とする。

 

しかし、わたしの契約は、来年の今ごろ、サラがあなたとの間に産むイサクと立てる。」

神はこう語り終えると、アブラハムを離れて昇って行かれた。

(創世記17章17~22節)

 

「あの子供とあの女のことで苦しまなくてもよい。すべてサラが言うことに聞き従いなさい。あなたの子孫はイサクによって伝えられる。

 

しかし、あの女の息子も一つの国民の父とする。彼もあなたの子であるからだ。」

 

アブラハムは、次の朝早く起き、パンと水の革袋を取ってハガルに与え、背中に負わせて子供を連れ去らせた。

ハガルは立ち去り、ベエル・シェバの荒れ野をさまよった。 

 

革袋の水が無くなると、彼女は子供を一本の灌木の下に寝かせ、

「わたしは子供が死ぬのを見るのは忍びない」と言って、矢の届くほど離れ、子供の方を向いて座り込んだ。

 

彼女は子供の方を向いて座ると、声をあげて泣いた。

 

神は子供の泣き声を聞かれ、天から神の御使いがハガルに呼びかけて言った。

 

「ハガルよ、どうしたのか。恐れることはない。神はあそこにいる子供の泣き声を聞かれた。

立って行って、あの子を抱き上げ、お前の腕でしっかり抱き締めてやりなさい。わたしは、必ずあの子を大きな国民とする。」

 

神がハガルの目を開かれたので、彼女は水のある井戸を見つけた。彼女は行って革袋に水を満たし、子供に飲ませた。

 

神がその子と共におられたので、その子は成長し、荒れ野に住んで弓を射る者となった。

(創世記21章12~20節)

 

このように、神さまは、イサクだけでなく、イシュマエルも祝福することを約束されています。

 

 

そして、現在、イスラエルの地において、イシュマエルの子孫のパレスチナ人たちの大勢の子どもたちが苦しんで泣いている状況です。

 

神さまの御心は「立って行って、あの子を抱き上げ、お前の腕でしっかり抱き締めてやりなさい。わたしは、必ずあの子を大きな国民とする。」ということです。

 

その聖書の神さまの御心通りに、パレスチナ人の子どもたちを救おうとする人たちと、救わせないようにするネタニヤフ政権とそれを支持する世界中の人々(クリスチャンが圧倒的に多い)が妨害する状況が続いています。

 

 

そして、世界中の多くの人々と、一部のクリスチャンたちは、聖書の神さまの御心通りに、苦しんでいるパレスチナ人の子どもたちに助けの手を差し伸べているという状況です。

 

「主に求める人には良いものの欠けることがない。

子らよ、わたしに聞き従え。

主を畏れることを教えよう。

 

喜びをもって生き

長生きして幸いを見ようと望む者は

舌を悪から

唇を偽りの言葉から遠ざけ

悪を避け、善を行い

平和を尋ね求め、追い求めよ。

 

主は、従う人に目を注ぎ

助けを求める叫びに耳を傾けてくださる。

 

主は悪を行う者に御顔を向け

その名の記念を地上から絶たれる。

 

主は助けを求める人の叫びを聞き

苦難から常に彼らを助け出される。

 

主は打ち砕かれた心に近くいまし

悔いる霊を救ってくださる。」

(詩編34章11~19節)

 

「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊しました。(エフェソ信徒への手紙2章14節)」

 

「戦争と平和 ① ネタニヤフ政権とイスラエルについて」

 

前回記事のコメントで指摘された、ネタニヤフ政権以前からジェノサイド(集団虐殺)は行われていることについて見ていきます。

「イスラエル人はホロコーストを経験したのに、なぜ戦争を続けてきたのかーー世界を覆う“暴力的過激主義”」より引用します。

 

「イスラエルはこの2年間、執拗なまでにガザ攻撃を続けてきた。ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を経験した民族がなぜ、ここまで苛烈な戦闘を継続したのだろうか。

 

現地で特派員や研究者として活動してきた毎日新聞専門編集委員の大治朋子(おおじ・ともこ)さんに、その疑問を解いてもらった。

そこには、イスラエル社会に底流する独特の世界観があるという。

 

現地にいたころ、多くのイスラエル人に「ホロコーストを経験したのに、なぜ戦争を続けるのか?」と尋ねました。

 

すると、だいたい似たような言葉が返ってくる。

「ユダヤ人虐殺は、私たちが国家や軍隊をもっていなかったから起きたのだ」と。

だから「強さ」「力」が必要なんだ、というわけです。

 

「ユダヤ人が神から与えられたこの『約束の地』(現在のイスラエル付近)を守り、祖先の悲願に報い、

ユダヤ人であるというだけで殺されることがない『安住の地』を死守するためにも、戦い続けることが唯一の道だ」という考え方です。

 

今年6月にイスラエルと米国がイランの核施設を攻撃した際、イスラエルのネタニヤフ首相が声明で使った言葉も象徴的でした。

 

「私はトランプ米大統領とよくこう語る。力による平和。まず力、そして平和が訪れるのだ」。

 

現代イスラエル社会の価値観、世界観を実に端的に言い表していると感じました。

 

 

この8月末に来日したイスラエル国会のアミール・オハナ議長へのインタビューで私も確信しました。彼はこう話していました。

 

オハナ議長の考えは、つまり、ハマスはいずれまたユダヤ人を虐殺すると宣言しているのだから、この「未来の脅威」をなくすため、今のうちに息の根を止めるしかない、という論理です。

 

可能性を根拠に現在の攻撃を肯定するわけです。

 

イスラエル軍は、敵対勢力の軍事能力が危険水域に近づいたら先制攻撃を仕掛けてその脅威を排除する、という軍事戦略を続けてきました。

 

敵の攻撃力を「モチベーション(意志)×ケイパビリティ(能力)」という数式で予測します。

 

そして、ハマスのような組織の「意志」、つまり攻撃意欲が「ゼロ」になることはない、と考える。

 

だから軍事の「能力」が危険水域を超えないように定期的にそいでおけば、脅威は一定程度に抑え込むことができるという発想です。

イスラエルはそれを「草刈り」と呼んでいます。

 

だから、彼らがガザ市でやろうとしてきたのは、ハマスという支配システムの「草抜き」、つまり根絶作戦です。

これには莫大な人的、経済的なリソース(資源)がかかる。

 

引用以上

 

 

そして、ネタニヤフ第六次政権は2023年10月からガザ地区において、これまで行ってきた「ハマス根絶作戦」を開始しました。

 

ところが、ネタニヤフ第六次政権は、世界が驚愕する「民族浄化」と思うほどのジェノサイド(集団虐殺)を実行したのです。

 

「ハマス殲滅は単なるスローガン」という記事を引用します。

 

その日、日本のメディアはイスラエル軍が「戦闘再開」と見出しを打ったが、反撃する手段を持たない女性や子どもの上に冷血にも爆弾を落とす行為のどこが「戦闘」なのか?

 

戦闘とは、撃ち合いがあって初めてそう呼べる行為だ。

「虐殺」を再開したのである。正確に報じてほしい。

 

逃げ場のない住民を兵糧攻めにした上で狙い撃つ、世界で最も卑怯(ひきょう)かつ残虐な軍隊の行為には、正当性のかけらもないのだから。

 

イスラエル軍が今、執拗(しつよう)に壊しているのは、住民に避難を呼び掛けた先であるガザ地区南部だ 。住んでいた北部の家は廃墟にされ、戻る場所はない。

 

その人々を 狙い撃ちしているのだ。

 

戦闘「前半戦」では、病院も、救急車も、そしてボランティアの医療従事者も、ジャーナリストも、むしろ意図的と思われるやり方で、有無を言わさず殺害した。

 

多層アパートを爆撃し、老人から子どもまで、数家族を一家そろって殺害した。

 

 目的はハマスを殲滅(せんめつ)することなどと喧伝(けんでん)されているが、そうではない。

 

「それは実現可能な目標ではなく単なるスローガンだ」とイスラエルの識者が指摘している。

 

隠された真の目的は、ガザを破壊し尽くし、200万人以上の住民を住めなくして、追い払うことである。

 

引用以上

 

 

イスラエル国民は長年、ネタニヤフ政権を支持してきました。だから第六次政権まで続いているのです。

 

ですが、今回のネタニヤフ政権による前代未聞のジェノサイド(集団虐殺)によって、イスラエルのほうが、空前の危機的状況に追い込まれたのです。

 

そして、「ハマス」のほうは今日も元気に活動しています。

まるでネタニヤフ政権はハマスを巧妙に守っていたかのようです。

 

先週の11月14日のニュースです。

「パレスチナ自治区ガザの停戦発効から1カ月余り。イスラム組織ハマスが現地で再び支配を強めている。

 

10月に停戦合意の第1段階が発効すると、ハマスはイスラエル軍が撤退した地域でいち早く支配体制を立て直した。」

 

 

一方で「イスラエル」は、とんでもない状況になりました。

イスラエル国内の情報から引用します。

 

イスラエル軍では現在、建国以来最大規模の予備役兵の招集拒否に直面していることが伝えられ、3月18日のガザでの戦闘再開以来10万人以上のイスラエル人が予備役として軍に出頭しなくなった。

 

イスラエルでは40歳まで予備役の義務があるが、招集制度はイスラエル国家を支える重要な骨組みの一つだ。

 

その国家の基本構造が崩れかねない状態に陥っている。

 

ベルダ教授は招集拒否の理由にはネタニヤフ首相などイスラエル政府指導部への不信感も背景としてあると語る。

 

ネタニヤフ政権は人質を取り戻すためにできる限りのことをせず、戦闘再開のほうを重視した。

 

イスラエル人は外国のパスポートに殺到し、「より良い」移住先を探すようにもなっている。

 

24年にイスラエルでは離婚率も前年より6.5%上昇した。

 

戦争が始まって以来、884人が戦死し、15、000人以上が肉体的、精神的な傷を負ってリハビリテーション施設に収容されているという。

 

「予備役兵は疲れ果てています。彼らは絶望を感じています。

 

彼らは経済的に苦しんでおり、戦争が自分たちの命や仕事や家族を危険にさらすことをいとわないものだとは考えていない」と、

 

イスラエルの兵役拒否運動の「イェシュ・グヴル(限界がある)」の指導者イシャイ・メヌーチンは語っている。

 

戦争目標の明確さの欠如と、戦争の終わりが見えないことが、イスラエル人を疲弊、消耗させ、イスラエル社会のさらなる分裂を招いている。

 

ベルダ教授は「イスラエル人はガザの破壊と、(占領された)ヨルダン川西岸地区でも現在起こっていることが、イスラエル自体の破壊を意味することを理解している」と語っている。

 

 

「もう軍には協力できない」――。この言葉が、イスラエル社会を揺るがしている。

 

 パレスチナ自治区ガザ地区での戦闘が長期化するなか、イスラエルでは予備役の招集を拒む動きが広がっている。

 

予備役は常備軍と並ぶ国防の柱とされる。国民皆兵を誇りとしてきたこの国で、軍の命令に「ノー」を突きつける人々が増えている。

 

テルアビブ中心部の集合住宅にある診療所で、医療ソーシャルワーカーのトゥーリ・フリントさん(57)は日々、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えた兵士たちのケアにあたっている。

 

昨年8月まで自身も予備役として活動していたが、戦争への疑問から、今は招集に応じていない。

 

 

イスラエル・テルアビブ(CNN) イスラエル中部にある軍刑務所で、イタマル・グリーンバーグさん(18)は兵士ではない。

 

いわゆる「リフューズニク」(イスラエルで「良心的兵役拒否者」を指す呼称)

 

グリーンバーグさんの「罪」は何か。それは、18歳を超える大半のユダヤ系イスラエル人と一部の少数民族に義務づけられる兵役招集に応じず、入隊を拒否したことだ。

 

「ジェノサイド(集団殺害)が起きている。だから、(兵役を拒否するのに)立派な理由は必要ない」(グリーンバーグさん)

 

 

イスラエル軍で兵士の自殺が増加傾向を示している。

 

軍は戦闘の経験や戦場での長期滞在などの要因と関連があるケースが多いとみており、パレスチナ自治区ガザで続くイスラム原理主義組織ハマスとの交戦が影響している可能性もある。

 

イスラエルの公共放送KAN(電子版)の3日の記事によると、

軍の調査では、戦闘に関連して困難な状況に置かれたり、友人を失ったりしたことが自殺の要因になっているという。

 

軍は自殺の増加傾向は「懸念すべき現実」だとし、歯止めをかけるための対策を検討している。

 

 

このように、ネタニヤフ政権が行なった今回のガザ武力侵攻の結果として、その実をみてみれば、

「ハマス」はネタニヤフ政権の保護があったかのように、元気に活動して、いち早く支配体制を立て直し、支配を強めています。

 

その真逆に「イスラエル」のほうは相当めちゃくちゃ激しく超ヤバい状況です。繰り返しますが、

 

イスラエル人は外国のパスポートに殺到し、「より良い」移住先を探すようにもなっています。

 

24年にイスラエルでは離婚率も前年より6.5%上昇しました。

 

戦争が始まって以来、884人が戦死し、15、000人以上が肉体的、精神的な傷を負ってリハビリテーション施設に収容されているという。

 

そして、予備役兵は疲れ果てています。彼らは絶望を感じています。彼らは経済的に苦しんでいるという状況に陥っています。

 

それゆえ、「もう軍には協力できない」――。この言葉が、イスラエル社会を揺るがしている。

 

また、戦争目標の明確さの欠如と、戦争の終わりが見えないことが、イスラエル人を疲弊、消耗させ、イスラエル社会のさらなる分裂を招いている。

 

そのようなことからベルダ教授は次のように指摘しています。

 

「イスラエル人はガザの破壊と、(占領された)ヨルダン川西岸地区でも現在起こっていることが、イスラエル自体の破壊を意味することを理解している」

 

 

これまでのイスラエルの人々の思想は次の通りでした。

「ユダヤ人虐殺は、私たちが国家や軍隊をもっていなかったから起きたのだ。だから「武力」が必要なんだ」

 

ユダヤ人が神から与えられたこの『約束の地』(現在のイスラエル付近)を守り、祖先の悲願に報い、ユダヤ人であるというだけで殺されることがない『安住の地』を死守するためにも、戦い続けることが唯一の道だ」

 

 

しかし、今回のネタニヤフ政権の前代未聞のジェノサイド(集団虐殺)によって、イスラエル人たちは非常に痛すぎるほど痛感しています。

 

「武力を行使するとイスラエル国家が滅ぶ」と。

 

それはキリスト教の教えで、イエス・キリストが「剣を持つ者が滅ぶ」という教え通りです。

 

イスラエル人の多くは、今までの武力が必要で、攻撃こそが最大の防御という考えを改めなければ、イスラエル国家が滅びてしまうという結論に達しています。

 

そのため、これから大いなる変革が行われると思います。

 

国家の基本構造が崩れかねない状態に陥っている今がその時です。

 

そのために、ネタニヤフ政権が退陣して、新しく神さまに従う指導者の政権が必要です。

 

 

以前の日本も「神風日本」で戦争に明け暮れた時代がありました。「一億玉砕、国のため」というスローガンのもと戦い続けましたが、戦争は国を滅ぼすことを学びました。

 

今は戦争に反対して、平和を慕い求める国に変わったのです。

 

イスラエル国家も生まれ変わり、戦争を行なわない、平和を慕い求める国家となるターニングポイントです。

 

イスラエルの聖なる神

あなたを贖う主はこう言われる。

わたしは主、あなたの神

わたしはあなたを教えて力をもたせ

あなたを導いて道を行かせる。

 

わたしの戒めに耳を傾けるなら

あなたの平和は大河のように

恵みは海の波のようになる。

(イザヤ48章17,18節)

 

エルサレムの平和を求めよう。

「あなたを愛する人々に平安があるように。

あなたの城壁のうちに平和があるように。

あなたの城郭のうちに平安があるように。」

 

わたしは言おう、わたしの兄弟、友のために。

「あなたのうちに平和があるように。」

わたしは願おう

わたしたちの神、主の家のために。

「あなたに幸いがあるように。」

(詩編122:6~9節)

 

そのことを教え続け、応援する者と私はなりたい。

それは、神さまの御心だと確信しています。

 

「ドキュメンタリー映画ネタニヤフ調書 汚職と戦争はお勧めです!」

ぴあアプリ「池上彰の 映画で世界がわかる!」より引用します。

 

「イスラエルがガザのハマスばかりでなく、レバノンのヒズボラやイエメンのフーシ派、さらにイランへの攻撃を繰り返し、戦争状態が続いていたのは、ネタニヤフ首相の保身のためだったのではないかという疑惑を持ってしまう。

 

これは、そんな映画です。

ベンヤミン・ネタニヤフ首相は2019年11月、詐欺および背任、さらに贈収賄の罪で起訴され、2020年5月からエルサレムの裁判所で裁判が始まっています。

 

現職の首相が起訴されるという、イスラエル史上初の出来事です。

ところが、ガザのイスラム組織ハマスがイスラエルに対して奇襲攻撃をかけると、ネタニヤフ首相は、『これは戦争だ』と宣言します。

 

戦争は非常事態。首相が非常事態宣言をすると、裁判はストップ。

 

つまり、イスラエルが戦っている種々の戦闘が終了すると、ネタニヤフ被告の裁判は再開されてしまうのです。

この映画には、警察によるネタニヤフ首相の取り調べの様子が映し出されます。尋問の様子はすべて撮影されていたのです。

 

そんな動画が、映画の制作チームによってもたらされたことによって、この映画が成立しました。

たとえ現職の首相であっても容赦なく取り調べる警察の存在は、イスラエルが民主国家であることの証左でもありますが、尋問を受けることになったネタニヤフ首相は、警察に対して高圧的に罵ります。

 

ふだんニュース映像に登場する人物とは異なる裏の顔が見えるのです。

映画化に当たって、彼の汚職がいかに国家の腐敗を招いていったのか、元イスラエル首相や国内諜報機関シンベトの元長官、ネタニヤフの元広報担当、著名な国内の調査報道ジャーナリストたちがカメラの前で堂々と証言します。

刑事被告人となった首相が、なぜ政治の表舞台から引きずり降ろされないのか。

それは、ユダヤ強硬派や極右政党と組むことで、政権を維持することができるからです。

ユダヤ強硬派や極右勢力の政治家たちは、『イスラエルは神から与えられた土地に建国されたのであり、パレスチナなど認めない』と主張しています。

 

ネタニヤフ首相は、自らの保身のために、こうした極右勢力と組んでいるのです。」

 

引用以上

 

 

多くの日本人が最も心配な世界情勢は、世界で戦争が始まることです。

 

その中でもイスラエルが行なっている数々の戦争行為・ジェノサイド(集団虐殺)には非常に驚き、不安と恐れがありました。

 

しかし、イスラエルがガザのハマスばかりでなく、レバノンのヒズボラやイエメンのフーシ派、さらにイランへの攻撃を繰り返し、戦争状態が続いていたのは、ネタニヤフ首相の保身のためだったということを知れば、ひと安心です。

 

なぜなら、ネタニヤフ政権が退陣すれば戦争状態が終わるからです。

 

しかも、現職の首相が起訴されるという、イスラエル史上初の出来事です。

 

ですから前代未聞です。

 

その前代未聞の首相だから、ジェノサイド(集団虐殺)も平然と行っているということも納得が出来るものです。

 

国際刑事裁判所(ICC)は、パレスチナ・ガザ地区での戦闘をめぐりイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相やイスラム組織ハマスの司令官などに対して、戦争犯罪や人道に対する犯罪の疑いで逮捕状を出しています。

 

ネタニヤフ首相は、テロリスト集団と認定されたハマスの司令官と同等の人間だということです。

 

 

そして、この映画は、池上彰さんも言う通りに」、イスラエルは民主国家だということも証明しています。

 

「民主国家」とは、主権が国民にあり、国民が政治に参加できる民主制を採用している国家を指します。

 

ですが、今回のように、選挙に選ばれた首相でも、悪を行なう人が選ばれてしまえば、悪を行なう政権を作り、あちこちで戦争行為・ジェノサイド(集団虐殺)を行なうことも可能だということです。

 

それで、イスラエル国民たちは何度も立ち上がって、ネタニヤフ政権の退陣を要求しています。

 

2024年には、イスラエルのネタニヤフ首相の退陣と早期の選挙実施を求め、去年10月にハマスとの衝突が始まって以降、最大となる反政府デモが行われました。

エルサレムの国会前などで3月31日、数万人のデモ隊が集まり、去年10月にハマスの大規模攻撃を許したネタニヤフ首相の退陣と早期の選挙実施を求めました。

 

さらにイスラエルでは今年2025年8月17日、パレスチナ人自治区ガザ全域の制圧を計画するネタニヤフ首相に対する抗議のデモが起きた。

 

住民は残る人質の解放と戦争終結につながる交渉を求めて、街頭に繰り出した。

 

ネタニヤフ首相はこうした抗議活動がイスラム組織ハマスを勢いづけるとの考えを示唆。道路を封鎖し、エルサレムの連絡トンネルで座り込むデモ隊に、警察は放水砲などで鎮圧し、少なくとも30人を逮捕した。

 

もうすぐ2年を迎える戦闘でイスラエルは国際社会で孤立し、パレスチナ自治区の大半は廃墟と化した。ネタニヤフ政権は今月、ガザ市制圧とハマスせん滅を目指した攻撃を軍に命じた。

 

 

今度は聖書の教えを見てみましょう。

 

イスラエルはユダヤ教ですので、旧約聖書の歴代誌の教えからです。

「ウジヤは十六歳で王となり、五十二年間エルサレムで王位にあった。その母は名をエコルヤといい、エルサレムの出身であった。

彼は、父アマツヤが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行った。

 

神を畏れ敬うことを諭したゼカルヤが生きている間は、彼も主を求めるように努めた。

 

彼が主を求めている間、神は彼を繁栄させられた。

(歴代誌下26章1~5節)

 

アハズは二十歳で王となり、十六年間エルサレムで王位にあった。彼は父祖ダビデと異なり、主の目にかなう正しいことを行わなかった。

 

彼はイスラエルの王たちの道を歩み、その上バアルの神々のために像を鋳て造った。

 

主がイスラエルの人々の前から追い払われた諸国の民の忌むべき慣習に倣って、ベン・ヒノムの谷で香をたき、自分の子らに火の中を通らせた。

 

それゆえ、その神、主はアハズをアラムの王の手に渡された。アラム軍は彼を打ち、多くの者を捕虜にしてダマスコに連れ去った。

 

アハズはイスラエルの王の手にも渡され、大きな損害を被った。 レマルヤの子ペカは、ユダで一日のうちに十二万人を打ち殺した。すべて勇士であった。

 

彼らが先祖の神、主を捨てたからである。

(歴代誌下28章1~6節)

 

 

ごく一部を紹介しましたが、歴代誌下には良い王と悪い王が次々に出て来ます。

 

ですから、聖書の教えも、イスラエルに、良い王(指導者)の時代と悪い王(指導者)の時代があって、神に従う王の時代はイスラエルは神に祝福されますが、神を捨てる王の時代は神に打たれることを教えています。

 

 

日本人もこの聖書の教えと同じ価値観を持っています。

 

イスラエルがガザのハマスばかりでなく、レバノンのヒズボラやイエメンのフーシ派、さらにイランへの攻撃を繰り返し、戦争状態が続いていたり、カタールに爆撃したりする暴挙を行なっています。

 

それは、イスラエルという国家が行なっているのではなく、ネタニヤフ政権が行なっているという認識を持っています。

 

最近、日本でも上映された「ネタニヤフ調書 汚職と戦争」はその認識を深めるものです。

 

そして、ネタニヤフ政権が退陣すれば、戦争状態は終わるという希望をもたらします。

 

それから、聖書の教えのように、次のイスラエルの首相はイスラエルの神に従う人が選ばれることを祈ります。

 

すると、イスラエルに神の祝福があり、平和が訪れるでしょう。

 

 

ですが、このような教えと違うことを教える牧師も多いです。

 

それは、「ネタニヤフは裁判を逃れるために戦争を始めた」という筋書きを到底受け入れられず、事実とも一致しない!

 

イスラエルは今、ハマスなどの強力なテロ組織から国民を守るために戦っています。という主張です。

 

その理由は、イスラエルの司法は世界でも最も独立性が高く、政治家も軍人も大臣も、すべて法の前に平等ですということです。

 

それゆえ、ガザのハマスばかりでなく、レバノンのヒズボラやイエメンのフーシ派、さらにイランへの攻撃を繰り返し、戦争状態が続いていたり、カタールに爆撃したのは、イスラエル国民を守るために、イスラエル国家が行なっているということになります。

 

つまり、ネタニヤフ政権が退陣しても、次の政権が受け継いで、戦争状態は続くということになります。

 

国民を守るために、悪に対する武力行使(ジェノサイド(集団虐殺)を行なうのがイスラエル国家という教えです。

 

その教えは多くの牧師やクリスチャンに受け入れられています。

そして、これからも増えるでしょう。

 

 

私自身は前述の聖書の教えを選んでいます。

 

ジェノサイド(集団虐殺)を行なっているネタニヤフ政権は退陣して、次のイスラエルの首相は、ウジヤ王のように神に従う首相が選ばれるように祈っています。

 

それは多くの日本人も同じですので、すごく嬉しいです。

 

「柔和な人々は、幸いである、

その人たちは地を受け継ぐ。

 

義に飢え渇く人々は、幸いである、

その人たちは満たされる。

 

憐れみ深い人々は、幸いである、

その人たちは憐れみを受ける。

 

心の清い人々は、幸いである、

その人たちは神を見る。

 

平和を実現する人々は、幸いである、

その人たちは神の子と呼ばれる。

 

義のために迫害される人々は、幸いである、

天の国はその人たちのものである。

 

わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。

喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」

(マタイによる福音書5章5~11節)

 

現在、いまだかつてないほどに、相当めちゃくちゃ驚くべきスピードで、クリスチャンたちが大きく二分されています。

 

プロテスタント、カトリックから正教会に至る出演者による、エキュメニカルな教会一致の放送を毎日届けている日本語放送開始から70年を超えたFEBC

 

そのFEBCが数か月前から最も力を入れている福音宣教は11月7日から日本で上映された映画「ボンヘッファー ~ヒトラーを暗殺しようとした牧師」です。

 

FEBCの協力アドバイサーのグレース宣教会の青木牧師のクリスチャン映画インフォメーションからピックアップして引用します

 

「クリスチャンが、今なぜディートリヒ・ ボンヘッファーを知るべきか」

 

ナチスに抵抗した映画は多くあります。例えば「白バラの祈り」、「名もなき生涯」、「ワルキューレ」などです。

 

上記3作品と映画「ボンヘッファー」との決定的な違いは、今回の主人公がキリスト教の牧師であったということです。

 

それくらいのインパクトを私たちクリスチャンに与える作品になっています。

 

ドイツがキリスト教国として歴史を積み重ねてきたことを踏まえるなら、宗教が国家の趨勢をいかに左右したか、という一つの証左となります。

 

つまり映画「ボンヘッファー」は、私たちクリスチャンに最も「刺さる」映画だということです。

 

劇中、彼は神にこう祈ります。「主(神様のこと)よ、私の十字架はどこにありますか?」と。これは聖書の次の言葉に基づいています。

 

「それからイエスは弟子たちに言われた。『だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。』」マタイ16:24

 

映画の中からは、おそらくこの言葉に基づいて、彼は「高価な恵み」という概念に至ったのだと推察できます。

 

多くの人がボンヘッファーという人物を知ったとき、「牧師なのにどうして暗殺計画に加担したのだろう?」と思います。

 

彼が暗殺計画に牧師として関わることを表明した当時も、「牧師なのにどうして?」と問う者が当然いました。

 

その問いに対してボンヘッファーは次のように答えています。

 

「(暴走している)車にひかれた犠牲者に包帯を巻いてやるだけでなく、車そのものを停めることこそ、牧師の仕事である」

ここに彼のオリジナリティーがあります。

 

クリスチャンは、自らの命を犠牲にして他者を生かすことこそ「最大の愛」の行為だと受け止めています。

 

そして彼が見いだした「高価な恵み」の源泉もまた、多くのキリスト者の心に共鳴している「信仰」と同じものです。

 

イエス・キリストの十字架への憧憬と言ってもいいでしょう。

 

イエス・キリストが私たちの罪を身代わりに引き受けて下さり、十字架の上でその尊い命を犠牲にしてくれたからこそ、私たちは生きることが許されている、と捉える信仰理解です。

 

ボンヘッファーの「ボンヘッファー」たる所以は、この信仰を自らの行動で表明する勇気を持っていたということです。

 

ヒトラーを「暴走する車」に例え、「たとえ運転手からハンドルを暴力的に奪うことになっても、それこそが神の民(クリスチャン)を愛する行為ではないのか?」と力強く問うことができたのです。

 

だから彼にとって「キリストに倣う」行為とは、人々のために自らの命を犠牲とすることでした。

 

その論理的帰結が「ヒトラー暗殺」だったのです。決して逆ではありません。

 

「最大の罪か、最大の愛か」―。映画のキャッチコピーは、本作を通して私たちに投げかけられる「問い」の本質を表しています。

 

これだけ世界に格差が拡がり、武力のみならず経済のシステムを用いて諸外国を従わせようとする国家指導者が跋扈する現代社会において、私たちクリスチャンは何を指針とし、どう行動していくべきなのか? 

 

本作は、周囲から見るなら罪を犯したとしか見えない人物の生き様に最も大きな愛を見いだすことができる、という逆説が描かれています。

 

これは、十字架で処刑されたキリストこそが救い主であるという「キリスト信仰の本質」と同じ逆説性です。

 

そう考えるなら今回製作されたこの映画は、クリスチャンである私たちこそ、観るべき作品です。

 

彼の言葉は、日本で信仰を育んでいるクリスチャンの心に届けられるべきです。

 

現代をたくましく生き抜くクリスチャンとなるために、本作は一人でも多くの方に鑑賞してもらう必要があると確信しています。

 

引用以上

 

 

この映画のインフォメーションで衝撃的な聖書解釈と福音理解は次の事です。

 

ヒトラーを「暴走する車」に例え、「たとえ運転手からハンドルを暴力的に奪うことになっても、それこそが神の民(クリスチャン)を愛する行為ではないのか?」と力強く問うことができたのです。

 

だから彼にとって「キリストに倣う」行為とは、人々のために自らの命を犠牲とすることでした。

 

その論理的帰結が「ヒトラー暗殺」だったのです。決して逆ではありません。

 

それがクリスチャンたちがイエス・キリストの十字架を背負うことだと教えているのです。

 

この映画「ボンヘッファー」のトッド・コマ―ニキ監督は日本公開において次のように述べています。

 

「悪魔を相手に闘った一人の男の驚くほど力強くタイムリーな映画です。

私たちは今、勇気が足りない世界に生きていますが、誰でも世界を変える勇気を持てることを思い出させてくれます。」

 

 

つまり、この映画「ボンヘッファー」は、牧師がキリスト教の信仰によって、悪魔を暗殺することが世界を変える勇気だということも教えている映画です。

 

そしてこの映画「ボンヘッファー」を、多くの牧師が絶賛して、多くのクリスチャンたちに鑑賞を強く勧めて、世界中のクリスチャンたちが悪魔と闘う信仰の大切さを教えられています。

 

 

現在のイスラエル(ネタニヤフ政権)のガザ武力侵攻もそうです。

 

悪のハマスを虐殺することに、世界中の大勢のクリスチャンたちが賛同しています。

 

さらにイスラエルの敵であるレバノンやイランにも空爆して虐殺することも賛同しています。

 

悪と定めた人々を徹底して滅ぼすことがクリスチャンの使命ということが拡大しているのです。

 

 

以前はまったく違いました。

 

日本のキリスト教では何十年にわたり、映画「塩苅峠」が大きく用いられています。

 

1909(明治42)年2月28日、官営鉄道天塩線(現・JR北海道宗谷本線)の名寄駅を発車した列車は旭川へ向かっていた。

 

しかし、途中の塩狩峠で最後尾の客車の連結が外れて逆走し、勾配を下って暴走した。満員の乗客に死が迫る。

 

そのとき、鉄道職員の長野政雄が線路に飛び降り、その身体で車輪を止め、自らの命と引き換えに乗客の命を救った。という実話をクリスチャンの三浦綾子さんが小説にして、映画化されたものです。

 

長野政雄氏は敬虔なクリスチャンでした。

 

クリスチャンがイエス・キリストの十字架を背負うとは、死に直面している人々を救うために自分の命を捧げることを教えられました。

 

映画の最後に次の御言葉が語られます。

「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」

 

その前後は次の通りです。

 

イエスはこうお答えになった。「人の子が栄光を受ける時が来た。

はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。

 

自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。

 

わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。そうすれば、わたしのいるところに、わたしに仕える者もいることになる。わたしに仕える者がいれば、父はその人を大切にしてくださる。」

(ヨハネによる福音書12章23~26節)

 

 

この映画「塩苅峠」の教えでは、死に直面している人々のために、自分の命を捧げることが、イエス・キリストに従うことであり、多くの実を結ぶということでした。

 

しかし、映画「ボンヘッファー」が教える「キリストに倣う」行為とは、「悪を殺す(ヒトラー暗殺)」ということです。

 

つまり、悪と定めた者を殺害することが、「キリストに倣う」行為になるという教えです。

 

今、世界では、その教えに感動する牧師やクリスチャンたちが急増しています。

 

 

私自身はその教えとは真逆で、死に直面している人々を救うことがイエスさまに従うクリスチャンであり、悪に対しては、次の御言葉通りです。

 

「だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。 ローマ人への手紙12章17節」

 

このように、「キリスト教」でもクリスチャンの中で大きく二分するようになりました。

 

その壁は非常に大きく、もはやお互いが一致することはないと思えます。

 

 

今までもそうでした。

 

カトリックとプロテスタントの違いがあります。

 

また、プロテスタント教会の未信者(イエス・キリストを信じていない人々)という理由で地獄へ行くという教えと、

 

無教会やマザーテレサ、ヘレン・ケラーなどの未信者(イエス・キリストを信じていない人々)という理由では地獄へ行かないなどの聖書解釈と福音理解の明確な違いがありました。

 

さらに加えて「悪を殺す」と「悪に悪を返さず」という新たな聖書解釈と福音理解の違いが生じました。

 

しかし、これはイエスさまの預言が実現していることでもありました。

 

「イスラエルのガザ侵攻によるジェノサイド(集団虐殺)について」

 

日本で生まれ育てば「イスラエル」はよく知らない国の一つでした。

 

しかし、クリスチャンになれば聖書の舞台がイスラエルであり、イエスさまと聖書の信仰者たち、使徒たちの生まれ育った国がイスラエルなので、イスラエルを愛するようになります。

 

ですから、イスラエルを愛する人々が「親イスラエル」だと思っていましたが、どうやらまったく違うようです。

 

「ガザ戦争」によって、イスラエルを無条件に支援する人々を「親イスラエル」、ガザ地区の死に直面しているパレスチナ人たちを助けようとする人々を「親パレスチナ」というようです。

 

 

クリスチャン国家のアメリカでその事について教えています。

ワシントンD.CのAFP/BBニュース2009年1月12日 の特集記事から引用します。

 

「親イスラエルとは? ガザ情勢めぐり分裂する米ユダヤ人社会」

イスラエルがパレスチナ自治区ガザ地区で行っているイスラム原理主義組織ハマスに対する軍事攻撃をめぐり、米国のユダヤ人社会が割れている。

 

イスラエルの武力行使を非難する進歩的な動きが台頭しているのだ。

 

 イスラエルの平和団体「ピース・ナウ」米国支部の広報担当氏は、今回のガザでの衝突が、米ユダヤ人社会内部の亀裂を広げていると指摘する。

 

「多くのユダヤ系米国人は、(イスラエルの武力行使を)正当な戦いだと見ている。

 

しかし、今回のイスラエルのやり方や、紛争回避のための外交努力が不在だったことに、強い不快感を抱いているユダヤ人もいる」。

 

米ユダヤ人社会における分裂が表面化したきっかけは、2006年に刊行された1冊の書籍だった。

 

 スティーブン・ウォルト氏とジョン・ミアシャイマー氏の共著『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策は、米国の外交政策を左右するAIPACのロビー活動について、イスラエルの右派政党リクードを無条件に支援していると批判。

 

指摘されたAIPAC側は両氏を「反ユダヤ主義者」と糾弾した。

 

 しかし一方で、この出来事は米ユダヤ人社会の中に、AIPACの強硬姿勢を見直す機運を生み、2008年には平和主義の目標を守る進歩派のユダヤ人らによるロビー団体「Jストリート」が誕生した。

 

■「親イスラエル」とは? 新定義を求める進歩派

 

 Jストリートは、イスラエルが12月27日にガザへの空爆を開始した直後に、即時停戦を求める署名を集めた。

 

「われわれはイスラエルとのつながりを大事にし、イスラエルの治安と市民の安全に真剣に取り組んでいる。

 

しかし米国人として、またイスラエルの友人、そして支援者として、現在ガザで進められている軍事作戦の続行が米国、イスラエル双方にとって最大の利益になるとは思わない」――Jストリート事務局長のジェレミー・ベンアミ氏は、同団体のウェブサイトでこのように語っている。

 

 現在、米外交専門誌「フォーリン・ポリシー」が立ち上げた米外交政策に関するブログのライターの1人に、親イスラエル・ロビー活動を批判したウォルト氏が選ばれていることからも、米ユダヤ人社会に進歩主義が広がっている傾向は明らかだ。

 

 ウォルト氏は今回(2008年)のイスラエルのガザ攻撃へのブッシュ政権の対応を強く批判し

 

「われわれ(米国)にとってもイスラエルにとっても、『親イスラエル』という言葉の定義を見直すのは、早ければ早いほど良い。言うまでもなく、それはパレスチナ人にとってもずっと有益だ」と記している。c)AFP/Sylvie Lanteaume

 

引用以上

 

コメント欄では、次のような指摘がありました。

「『親イスラエル』『親パレスチナ』という二項対立の構図に当てはめてしまうと、

本質的な議論――すなわち、無辜の命が奪われている状況にどう向き合うべきか――が見えにくくなる気がします。」

 

 

最近、メシアニック・ジューの教えによって信仰が本当に確立されたという牧師と偶然に出会って、イスラエルのガザ侵攻について意見交換をしました。

 

その牧師はメシアニック・ジューの教えで熱烈な「親イスラエル」という感じでした。

 

ちなみにメシアニック・ジューのクリスチャンたちのすべての人が同じかはわかりません。

 

そして、その牧師の教えをまとめると次のようなことになります。

 

「イスラエルを支持するということは、贖いのための神のご計画を認め、受け入れることです。

このガザ侵攻も神の御計画です。

 

あなたは「親パレスチナ」となって、その神の御計画を阻止しようとしている。つまり悪魔の側に立っている。」

 

 

つまり、神の御計画では、イスラエルはガザ侵攻によって、悪のテロリストのハマスを排除して、平和をもたらし、イスラエルで行われる聖書の預言を成就しようとされている。

 

その神の御計画に反抗して、親パレスチナとなって、イスラエルのジェノサイド(集団虐殺)を批判することは、神に反抗して、イスラエルを憎み、反ユダヤ主義者を増長させることになります。

 

こうゆう言い分でした。

 

 

さて、主イエス・キリストは「実によって彼らを見分けることができます。」と教えられました。

 

そのイエスさまの教え通りに、今回のイスラエルのガザ侵攻によるパレスチナの方々への世論調査は次の通りです。

 

パレスチナの独立系シンクタンク「パレスチナ政策調査研究センター(PSR)」によるヨルダン川西岸とガザでの世論調査結果が発表された。

 

「ガザの苦境は誰の責任か」という問いでは、今回、パレスチナ全体(西岸+ガザ)で54%がイスラエル、24%は米国、14%がハマスーと答えたという。

 

ハマスの越境攻撃によってイスラエルの2年間の越境攻撃が始まり、壊滅的な打撃を受けたガザで、それをハマスの責任と考える答えが2割しかないことは、パレスチナの民意を理解する上で重要なことである。

 

今回の世論調査結果を見ると、ガザ住民の間にはトランプ大統領がエジプト、カタール、UAE、サウジアラビアなどと連携して進める和平案で、停戦が実現し、食料など人道物資が入ってくることは支持し、和平案に期待をかけながらも、それが戦争終結につながることへの不信感も強い。

 

そのような中でハマスへの支持が増えている要因は、イスラエルからの軍事的な圧力に対抗し、一方で米国と連携するアラブ諸国の介入や支配を止めるためにも、頼りになるのは地元勢力としてのハマスしかないという民衆の思いがあるためだろう。

 

引用以上

 

 

現在のパレスチナの方々の思いを確認すると、イスラエルのガザ侵攻は、パレスチナ人の人々のハマスへの支持を増やし、イスラエルに対する憎しみを増やした結果となっています。

 

そして、それは「反ユダヤ主義」へつながっていると言われています。

 

また、ハマスのほうは元気にしていて、あちこちで残忍行為が確認されています。

 

まるで、イスラエルのネタニヤフ政権の行動は、イスラエルの敵を増やし、反ユダヤ主義も増やしています。

 

そのイスラエルを支持することは、イスラエルの敵を増やし、反ユダヤ主義も増やすことを支持していることになっているという指摘もあります。

 

そして、その指摘はこれから世論調査を知った人々によって増えていくでしょう。

 

 

34年間、パレスチナ・イスラエルに通い取材を続けてきたジャーナリストの土井敏邦氏はnippon.comの2024:10の記事でガザ地区の現地レポートを次のように伝えています。

 

「この1年、イスラエル軍がガザで行ってきたのは、ジェノサイド(大量殺人)そのものである。

 

十数万人のパレスチナ人が死傷し、百数十万人が住居を失った。

 

同時に、私にはどうしても知りたいことがあった。この大惨事のきっかけを作ったイスラム組織ハマスに対して、ガザの住民がどんな感情を抱いているのか、である。

 

ガザ地区中部で暮らすジャーナリスト兼作家の旧友Mと、SNSで定期的に交信ができる環境を手にした。

 

激しい空爆で壊滅的な被害を受けているガザ地区では、SNSが機能する地域が非常に限られている。私がMとSNSで互いの顔を見ながら会話ができるのは奇跡的だった。

 

もしハマスを非難する住民の声を拾い、それを伝えようとすると、ジャーナリスト自身に危害が及びかねない。

 

海外メディアが住民の声を伝えないのは、おそらくそんな理由からではないかと思われる。

 

Mはしかし、SNSを通して自分が取材した周囲の人々の本音を率直に伝えてくる。

 

「人々はもうカメラの前でも恐れずにハマスをののしるようになりました。SNSを見ると、多くの人々がハマスを罵倒しています。ハマスのために悩まされ苦しんでいるからです。今、人々はハマスへの恐怖心はまったくありません」(2023年11月10日)

 

「言うまでもなく、人々は疲れ切っています。『ハマスがガザを破壊した』と批判します。ハマスはパレスチナ人に新たな『ナクバ』(1948年に起こったパレスチナ人の大惨事)をもたらしたと。」(2023年11月27日)

 

 

定期的にMが伝えてくる避難民たちの生活状況は悲惨だ。

 

現在、ガザでは人口約220万人の75%以上が住居を失っている。日本に換算すると、9000万人以上がホームレス状態ということになる。

 

彼らは1年もの間、学校など避難所やテント暮らしを強いられている。

 

長期間のテント暮らしは過酷である。秋から冬にかけてガザは雨季に入る。

 

雨が降ると、灌漑(かんがい)設備のないテントの中の地面は水浸しになる。冬の寒さの中でも暖房器具1つない。

 

この生活環境でとりわけ子どもたちの間に風邪やインフルエンザなどが蔓延(まんえん)する。

 

夏は逆にテントが強い陽射しの熱を吸収し、中は猛烈な暑さとなる。トイレも下水もない。汚水がテントの周囲を流れる。

 

ごみが収集されることもなく、テント群の近くはごみの山ができる。瓦礫(がれき)の下には収容できない遺体が腐乱している。

 

この劣悪な環境の中で蚊やハエなど害虫が大量発生し、それがまた住民を苦しめる。

 

「皮膚病」「肝炎」など感染症が爆発的に住民の中に広がっている。

 

とりわけガザ北部での食料事情は逼迫(ひっぱく)している。

 

7月末にMが伝えてきた情報によれば、イスラエル軍が北部への支援物資のトラックの搬入を許可しないために、住民は家に保存していた缶詰の食料に頼らざるを得ず、野原や畑の野草を食べている。

 

タマネギ1個が50シェケル(2000円)出さないと買えない状況になった。

「ほんとうに飢餓状態です」とMは伝えてきた。

 

 

長期間の過酷な避難生活が、住民たちの心理や行動様式に悪影響を及ぼしていることも見逃せない。

 

Mが最も懸念するのは、これまでガザのパレスチナ人社会を支えてきたモラル・倫理の崩壊である。

 

去年の10月7日以前には見られなかった犯罪が急増している。

 

窃盗、殺人、さらにレイプなど性犯罪も頻発している。

 

また家族の食料を得るため女性の売春さえ横行しているとMは報告してきた。

 

精神的なストレスや空爆の恐怖のために多くの住民がうつ状態あり、イスラム教ではタブーの自殺者も増えているという。

 

ガザとその住民は10月7日以降、壊滅状態に追い込まれた。

 

「では10月7日以前の占領状態が続いた方が良かったと言うのか!」と反論する「パレスチナ支援者」がいる。

 

私は迷いなく、「今の壊滅状態よりは間違ないなく良かった」と答える。

 

かつてガザには、占領による不自由な生活ではあったが、平穏な暮らしがあった。

 

家族団らんがあり、2~3食の食事ができ、子どもたちは学校に通い、病気の治療も受けられた。

 

パレスチナ人は「占領との闘い」というイデオロギー(思想)を糧に生きている特殊な人間」ではない。

 

私たちと同じように、「普通の生活」を送りたいと願う「普通の人間」たちである。

 

「占領との闘い」のために「普通の生活」を捨ててもいいとは思ってはいない。

 

疑うならば今のガザ住民に聞いてみるがいい。彼らはこう答えるはずだ。「10月7日以前の生活に戻りたい」と。

 

パレスチナ・ガザ情勢を見るとき、私たちが見失ってはいけないのは、こうした民衆の視点である。

 

引用以上

 

 

2023年11月の時点ではパレスチナ人の方々がハマスを批判していても、現在ではイスラエルを憎み、ハマス支持者のほうが多くなっているのも至極当然です。

 

 

さて、今度は聖書の教えを見てみましょう。

 

すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」

 

イエスが、「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と言われると、

 

彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」

 

イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」

 

しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。

 

イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。

 

ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。

 

同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。

 

ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、 近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。

 

そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』

 

さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」

 

律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」

 

そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」

(ルカによる福音書10章25~37節)

 

 

イエスさまの御目は、苦しんで弱り果てた人々と子どもたちに注がれています。

 

そして、その苦しんで弱り果てた人々と子どもたちを助けなさいと言われています。

 

それが隣人を自分のように愛しなさいということでした。

 

それはパレスチナ人の方々に対しても同じでしょう。