「日本におけるキリスト教 78 キリストを信じない理由と福音を妨げる教えについて」 | ルーク4のブログ

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「日本におけるキリスト教 78 キリストを信じない理由と福音を妨げる教えについて」

 

ここ数年、仏教の布教活動をしている仏教講師たちが、日本人の99%がキリスト教を信じない理由を「YouTube動画」などで説明して拡散しています。

 

仏教講師たちは他の宗教にも探究心があり「どうしてキリスト教が日本に広がらないのか?」という疑問を持って、色々と調べ上げた結論を述べています。

 

「アジアでは多神教の国が多く、一神教は根付かない風土だから」という理由は、同じアジアの韓国やフィリピンはクリスチャンが多いし、インドネシアでは一神教のイスラム教徒が多いので、それは理由にならない。

 

また「日本人の感性や文化がキリスト教に合わなかった」という理由もキリスト教の教育機関は少なくないし、キリスト教に関する音楽・美術・文学・映画なども受け入れられている。

 

また、キリスト教式で結婚式を挙げるカップルのほうが仏教式よりも多い、クリスマスは喜んでいる。など、それも理由にはならない。

 

ただ「キリスト教の信仰(福音)」だけが受け入れられない。それは何故か?

 

そこで、仏教講師たちが「日本人がキリスト教の信仰(福音)を信じない理由」として着目したのが、1549年から始まったザビエル宣教師の日本宣教の詳細をイエズス会へ報告した手紙です。

 

 

そのザビエル宣教師の報告の手紙の中から着目したことを次のように伝えています。

 

ザビエル「神は万物を創造した創造主であり、全知全能である。」

 

日本人の村人たち「その万物を造った神というのは、善であるのか、悪であるのか?」

 

ザビエル「もちろん善であり、悪は微塵も混ざっていない。神は愛の神である。」

 

日本人の村人たち「この世には悪としか言いようがないものがある。したがって、善である神が悪を生み出しているという矛盾という矛盾した話になるために信じられない。」

 

 

ザビエル「クリスチャンになって洗礼を受けると天国に行ける。しかし、クリスチャンにならなければ地獄の炎で焼かれる。」

 

日本人の村人たち「先祖はどうなるんだ!神を信じる機会さえ与えられなかった先祖は地獄の炎で苦しんでいるというのか!」

 

ザビエル「地獄に堕ちた者を救うことはできない。」

 

日本人の村人たち「神が地獄を造り、そこへ送られた者たちは永遠にそこで苦しまなければならないというのならば、神は情け深いとは言えない。むしろ無慈悲ではないか!

 

そもそも善である神が人間を造ったのならば、なぜ神は人間が罪を犯すことを知っていながら、それを放置しておくのか!」

 

 

この仏教講師たちが教えていることを視聴した何人ものユーチューバーたちが、それぞれタイトルをつけて拡散して、いずれも数万、数十万、百数十万視聴と好評です。

 

その1つのYouTube「キリスト教が日本で普及していないのはザビエルが論破されたから?」は、現時点で「123万回視聴」

他にも5か月前にアップされた「真相 日本人の1%しかキリスト教を信仰しない理由は」は既に38万回視聴です。

 

 

 

 

 

 

仏教講師たちや他のユーチューバー、それを視聴した多くの日本人は、キリスト教が日本でたった1%しか普及していない最大の理由は「イエス・キリストを信じれば天国、イエス・キリストを信じなければ地獄に堕ちる」という信仰(福音)にあると思って、その真相を拡散しているのです。

 

 

ザビエル宣教師はカトリック教会のイエズス会所属です。

 

当時のカトリック教会は「教会の外に救いはない」という教えがありました。

 

ですが、その後、第2バチカン公会議(1962年-1965年)において、その教えが撤回されました。それは「カトリックの改心」と言われています。

 

 

さて、これまで何度も取り上げていますが、「イエス・キリストを信じれば天国、イエス・キリストを信じなければ地獄」という教えは「 御子を信じる者は永遠の命をもつ。御子に従わない者は、命にあずかることがないばかりか、神の怒りがその上にとどまるのである。ヨハネの福音書3章36節」という御言葉が根拠となっています。

 

しかし、これは誰に向かって言っている教えであるかということです。

 

 

イエスさまの地上での福音宣教は次の御言葉通りです。

 

「 イエスはこの十二人をつかわすに当り、彼らに命じて言われた。異邦人の道に行ってはいけません。またサマリヤ人の町に入ってはいけません。イスラエルの家の失われた羊のところに行きなさい。行って、『天国が近づいた』と宣べ伝えよ。マタイによる福音書10章5~6節」

 

それゆえ、聖書が教えている地上でのイエスさまの福音宣教が行われたイスラエルの地において『イエス・キリストを信じない人々』というのは「律法学者とパリサイ人」であり、「ユダヤ人」でした。

 

そして、そのイエス・キリストを信じない人々が、どのような理由で地獄の刑罰を受けなければならない理由をイエスさまは詳細に教えています。

 

「へびよ、まむしの子らよ、どうして地獄の刑罰をのがれることができようか。

 

それだから、わたしは、預言者、知者、律法学者たちをあなたがたにつかわすが、そのうちのある者を殺し、また十字架につけ、そのある者を会堂でむち打ち、また町から町へと迫害して行くであろう。

 

こうして義人アベルの血から、聖所と祭壇との間であなたがたが殺したバラキヤの子ザカリヤの血に至るまで、地上に流された義人の血の報いが、ことごとくあなたがたに及ぶであろう。

 

よく言っておく。これらのことの報いは、みな今の時代に及ぶであろう。

 

ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人たちを石で打ち殺す者よ。マタイ23章33~37節」

 

 

聖書のイエスさまの教えは、イエスさまは、預言者、知者、律法学者たちをつかわされますが、イエスさまを信じない人々は、そのうちのある者を殺し、また十字架につけ、そのある者を会堂でむち打ち、また町から町へと迫害して行きました。

 

それゆえに、地上に流された義人の血の報いが、ことごとくイエスさまを信じない人々に及ぶので、イエスさまはその信じない人々に対して「へびよ、まむしの子らよ、どうして地獄の刑罰をのがれることができようか。」と言われたのです。

 

 

そして、日本人たちの約99%は、イエス・キリストを信じていませんが、イエスさまがつかわされた預言者、知者、律法学者たちを、そのうちのある者を殺したり、また十字架につけたり、そのある者を会堂でむち打ったり、また町から町へと迫害して行ったりしていません。

 

ですから、現在の日本人たちに対して「イエス・キリストを信じなければ神の御怒りがその上にとどまり、そのまま死ねば地獄へ行く」という教えは、イエスさまの教えをかなり曲解して、イエス・キリストを冷酷非道な神にでっち上げた教えだということが、読解力がある小学生でもわかります。

 

 

例えば、小学生の頃は「人を殺せば死刑」だと思っていました。

 

しかし、大人になれば法律を知って、「人を殺す」ことについて正当防衛もあるし、過失致死もある。精神鑑定で刑が軽くなる場合もある。かなり冷酷非道な殺人でない限り、裁判で「死刑判決」はそんな簡単に下されないことがわかります。

 

ですから大人になっても「人を殺せば死刑」と言っていれば、「法律を知らないのか」と言われるでしょう。

 

 

現在は、小学生でもスマホでインターネットの情報で知識を容易に得られる時代です。

 

もしも「イエス・キリストを信じれば天国、イエス・キリストを信じなければ神の御怒りがその上にとどまり、そのまま死ねば地獄へ行ってしまう」と言う人がいれば、

 

「あなたは、聖書の教えを知らないのか」と言われる時代になってくるでしょう。

 

神の言葉は純粋です。神の言葉を曲解させると恐ろしいことになるでしょう。

さらに、イエス・キリストを冷酷非道な神のように教えることは聖霊を冒涜することになるからです。

 

長くなったので、次回へ続く