キリスト教と児童虐待 日本では宗教に対する恐怖が広がっていることについて ⑥  | ルーク4のブログ

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神様がクリスチャンに与える愛、夢、希望、信仰の証を中心に書いています。

「日本では宗教に対する恐怖が広がっていることについて ⑥」

 

現在、日本中が注目している「旧統一教会問題」テレビのワイドショー番組でも重要視されて、今年の7月から連日取り上げています。

 

特に「2世信者問題」がクローズアップされて、厚労省は先月、全国の自治体に対し、「信仰を理由にした行為でも、児童虐待に当たる行為はあり得る」との通知を出しました。

 

その通知書には「信者である保護者の信仰に関連することのみをもって消極的な対応を取らず、子どもの側に立って判断すべき」と明記されています。

 

 

2世信者の方々は、国に対して「児童虐待防止法」を改正し、「思想信条に関わる虐待でも、一般の虐待と同様に救済する」

「恐怖による行動の制限・強制を心理的虐待として扱う」ことなどを求めています。

 

おそらく、この2世信者の方々の切なる声は届いて、児童虐待防止法は改正されて、宗教の恐怖を与える思想信条による虐待から救済されるようになると信じています。

 

 

個人的にも、宗教の恐怖を与える信仰を体験しています。

 

それは何度か書いていますが、プロテスタント福音派の教会が教える「生前にイエス・キリストを信じることなく死んだ人たちは、地獄へ行き、永遠に炎の中でもがき苦しむ」という教えです。

 

その想像を絶する恐ろしい教えを聞いた時は、19才頃の時だったと思います。

あまりのショックで、目の前が真っ暗になったことを昨日のように覚えています。

 

 

その恐ろしい教えを、特に2世信者の人たちが真剣に話していました。

教会では2世信者も多く、家族で教会に来ていました。

 

「生前にイエス・キリストを信じなければ、地獄へ行ってしまう」という壮絶に恐ろしい教えも、幼少期から親に教え込まれていれば、特に恐怖を感じることもなく信じてしまうのかも知れません。

 

幼少期の世界観は、親の存在が絶大的に大きく、他の人たちの存在はとても小さいものです。

 

親も私もイエス・キリストを信じていれば、一緒に天国に行ける。ただそれだけで安心します。

また、他の人が地獄行きということの意味もよくわからないと思われます。

 

 

しかし、私の場合、19才頃でしたので、他の人たちの存在も非常に大きいものですし、地獄の恐ろしさも理解できました。

 

好きになった女性、仲がいい友達、祖父母、親戚の人たち、テレビで活躍する大好きな歌手、アイドル、女優、俳優、スポーツ選手など、

日本在住の場合、大切な存在の人たちは皆、ノンクリスチャン(未信者)という人が圧倒的に多いです。

 

自分自身の場合もそうでした。

両親も祖父母も親戚も先祖代々「浄土真宗」でしたので、キリスト教とは無縁です。

仲がいい友達も、尊敬する人たちも皆、ノンクリスチャン(未信者)です。

 

「イエス・キリスト」の教えは、その大切な存在の人たち全員が地獄行きだということに、目の前が真っ暗になり、空前絶後の恐怖と絶望感に満たされました。

 

 

しかしながら、「恐怖の力」は非常に大きく、心理的に支配する力を持っているもので、「地獄に行きたくない!」という思いから、イエス・キリストを信じて、プロテスタント福音派の教会に通う決心をしたのです。

 

このような人たちはものすごく多かったです。

 

そして、時が来れば、その教会から離れる決心をする機会が訪れるのです。

そして、クリスチャンをやめる人が多いです。

 

クリスチャンになったのは、地獄へ行きたくなかったからであり、もともとイエス・キリストを本当に信じてはいなかったと言えるでしょう。

 

生前にイエス・キリストを信じなかったという理由で、地獄行きにして、永遠に炎の中でもがき苦しませるというような神さまを本当に信じなさい!ということが無理な話です。

 

このような教えを幼少期から信じ込ませることは「児童虐待」になるのではないでしょうか。

 

 

プロテスタント福音派の教会の牧師たちは、次のように説得します。

 

「イエスさま御自身が多く地獄について語っておられるのです。人間は死ねば、天国に行くか、地獄に行くかのどちらかです。

 

イエス・キリストを信じたクリスチャンたちは救われて天国に行きます。

しかし、イエス・キリストを信じなかったノンクリスチャン(未信者)たちは地獄に行くのです。

 

それは聖書にこのように書かれている通りです。

「御子を信じる者は、永遠の命を持つが、御子に従わない者は、命を見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。」

 

このように教えられると、生前にイエス・キリストを信じなければ、地獄へ行ってしまうと信じてしまいます。

 

 

確かに、福音派の教会の牧師たちが教えるように、イエスさまは、地獄へ行くことについて何度も教えています。

 

しかしながら、③で詳しく書いた通りに、イエスさまは地獄行きの教えを、イエス・キリストを信じない人たちには教えていません。

 

イエスにつき従って来た群衆と弟子たち、または12弟子だけ、そして神を信じていると自認するパリサイ人と律法学者たちに教えています。

 

マタイ18:1~9、マルコ9:33~50を読めば、12弟子だけに教えていることが明らかです。

 

12弟子に対して、「もし、あなた方の目があなたのつまずきを引き起こすのなら、それをえぐり出しなさい。

片目で神の国に入るほうが、両目そろっていてゲヘナ(火の池)に投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。

そこでは、彼らを食ううじは尽きることなく、火は消えることはありません。マルコ9:47~48」

 

 

すると、イエスさま御自身が選ばれた12弟子でも地獄に行く可能性があるのでしょうか?

 

使徒ヨハネはそう解釈しませんでした。イエスさまが「12弟子の中の一人は悪魔です。」と言われた通りの信仰でした。

 

悪魔の子と神の子とを区別したのです。

 

神の子たちの中にいる「悪魔から出た者(毒麦)」がつまずきを引き起こして、父である悪魔の欲望を満たし続けるのであれば、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火に入ることになる。と解釈しています。

 

イエスさま御自身が、地獄(火の池)は、悪魔とその使いたちのために用意されていると教えられています。(マタイ25:41)

 

聖書に地獄(火の池)は、人間のために用意されたいう教えはありません。

 

 

地獄(火の池)は、悪魔とその使いたちのために用意されたものです。

その教えを、地獄(火の池)は、人間のために用意されているというように欺いて教え、恐怖の力によって支配する宗教があるのです。

 

2世信者の方々が訴えるように、恐怖による行動の制限・強制は心理的虐待になります。

 

イエスさまは、12弟子の中の悪魔から出た者に対して、この小さい者たちの一人にでもつまずきを与える者は、ゲヘナ(火の池)の消えぬ火の中に落ち込むことになると警告されました。

 

そして、12弟子にこのように教えています。

「あなた方は、この小さい者たちを、一人でも見下げたりしないように気をつけなさい。

 

まことに、あなた方に告げます。彼らの天の御使いたちは、天におられるわたしの父の御顔をいつも見ているからです。

この小さい者たちの一人が滅びることは、天にいますあなた方の父の御心ではありません。マタイ18:10&14」

 

 

この日本で、「キリスト教」に関連する宗教によって、深く傷つき、つまずいて、壮絶な苦しみを受けられた人たちは多いです。

 

そして、教会で被害にあうと、イエス・キリストとは2度と関わりたくないと心に決めている人たちも多いです。

 

そのような人たちも「小さき者たち」になるでしょう。

 

キリスト教と絶縁したままで、生涯を終えたとしても、イエス・キリストはこのように教えられているのです。

「この小さい者たちの一人が滅びることは、天にいる神の御心ではありません。」

 

つまり、神さまは、永遠に小さき者たちを愛されていて、永遠に味方であり、決して滅ぼさないということです。

 

 

小さい子どもたちは特にそうなのです。

 

イエス・キリストとは無縁の環境で生まれ育ち、短い人生を閉じたとしても、神さまは子どもたちを永遠に愛されていて、永遠に味方であり、決して滅ぼしません。

 

そして、イエス・キリストの来臨の時に、再会できるのです。

「このことに驚いてはなりません。墓の中にいる者がみな、子(御子イエス)の声を聞いて出て来る時が来ます。ヨハネ5:28」

 

地上に残された御遺族は、また愛する我が子に逢えるという希望があるのです。

 

そして、小さき者たちをつまずかせたり、滅ぼそうとする悪魔から出た者たちに対して、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火に入ることを警告されているのです。

 

それがイエス・キリストの教えなのです。

 

 

また、すべての人に希望を与えているキリスト教については、無教会の内村鑑三先生やカトリック教会の晴佐久司祭たちが教えていることが知られています。

 

「神は愛です。」ということがイエス・キリストの教えなのですから。