2013年1月31日。AKB48の1期生、峯岸みなみが丸刈り姿で涙を流しながら謝罪した動画が波紋を呼んでいる。とある週刊誌にとあるグループの男の家にお泊まりしたことがぶち抜かれたことにより、坊主になって贖罪したというもの。私のTwitterのタイムラインに流れてきたその映像のサムネイルはあまりにも衝撃的であったし、見ていて気持ちのよいものではなかった。そして彼女のあまりにも痛々しい姿はネタ扱いされ、数日経った今でもタイムラインを流れてくる。朝のニュースもこれを取り上げているし、日本はどれだけ平和なんだかと別の心配をしてしまうほど。みんな暇人だよなあ、私もだけど。
髪は女の命とも言うが、やむなく坊主になったアイドルもいれば若いときにしかできないと自由に赤色や紫色などの奇抜な髪色にするアイドルもいるこの世界。
今回の騒動からちょっと考えを書き出してみようと思う。
恋愛は女の子を可愛くさせるというが、それは間違いない。もとが可愛くなければその効果もまあ見えにくいけれど。
しばしばアイドルはトイレにいかないだのよくわからん理想を押し付けられるが、それの最たる物が「恋愛」だと思う。
特に「恋愛禁止」と明文化しているAKB48、栄、難波、博多のグループ。これまでに恋愛問題でやたらと騒動があった。その中で「所属する以前の恋愛については不問とする」なんておもしろい発表をしたこともある。普通の女の子だった時の遺物(ネットの日記やら友達とやってたサイトとかね)をヲタが見つけてほじくり返してたら、その当時付き合ってたかもしれない男たちと友達のプリクラを見つけて発狂してしまい大騒ぎになったこともあった。ばれた日には研究生降格や数ヶ月の活動謹慎、志半ばでの脱退もある。恋愛禁止条例なんていう演目もあるのにね、という皮肉は悲しいものにしかならない。
恋愛禁止で売れるものなんて「処女性」や「清純さ」であって、古き良き時代のアイドルなら誰しもが兼ね備えているものだったけれど、今の時代でそんな可愛い子が処女なわけねーだろと思うのが当たり前だろう。疑似恋愛を抱きやすくさせて金を落とさせるという仕組みもあるだろう。ま、こんなクソみたいな理屈云々、彼女達は握手会では天使のようなまばゆさに包まれているし、また来たいと思ってしまうのである。だから「可愛いんだもん、仕方ないよ」の一言で終わる。
しかしその「可愛いんだもん、仕方ないよ」の気持ちが裏切られると相当な負のエネルギーになる。お金を落としてきた、握手を重ねてきたヲタクの恨みつらみはそりゃもうすごいものだろう。結局はイケメンに流れるのね、と心の底ではわかっていても許せない。特に1期生ともなれば、売れるまでに苦労を重ねてきたことを知っているのに裏切ったのか!坊主にさせたのは誰のせいだよ、お泊まりデートした紛れもない自分自身のせいだよ。けれどこれまでに辞めた人たちはヲタの追求があってこそだったし、間接的に坊主を迫ったのはヲタのせい、みたいなすり替えまで感じてしまうからもうだめだ。しかも坊主にして泣いてたのに1期生の励まし会でピースなんてしてる!とショックと怒りが混ざった言葉が飛び交う某掲示板を眺めていたのであった。
ルマンドを片手にコーラを飲みながら私は思った。
「そこまでしてAKB48っていう泥舟にしがみつきたいのかなあ」
正直、この騒ぎで卒業しておけば坊主になんてする必要はないし恋愛禁止もなくなって万々歳!と思うのだが、苦節7年を経て今やシングルはミリオン越えは当たり前となり、テレビに雑誌に引っ張りだこの生活から抜け出すのが惜しいんだろう。そして一番はAKB48という看板がなくなってちゃんとした活動ができるのか、これに尽きる。最終的には普通の女の子に戻っちゃうんだろうけどね。
ここで握手会で築いてきたその座をものすごい勢いで崩しにかかる週末ヒロインももいろクローバーZの話。この二つのアイドルに共通しているのは「努力を押し出す」ものである。しかし「努力」といってもその押し出し方が全くもって違うのだ。AKBは「涙の裏にある光と影の努力」ももクロは「涙もあるけどがむしゃらに走る努力」だと考える。どちらもテレビ的には映えるけれど、AKBの総監督が放つ言葉にいささか食傷を覚え気味な私にはももクロの這い上がってきた努力の方が魅力的に映る。メンバーの変更がありつつも今に至る5人のそれぞれの個性が光り、それに見合った曲、売り方をしていることはよくわかる。コンサートとか見てても楽しいもん、私ベリヲタだけど。ステージを駆け回る5人に対して、人数の多さを生かしきれないAKBは見ててもどかしい。コンサートをやりきるスキルのなさ、パフォーマンス力のなさが露呈するからだ。パフォーマンスなんていらねっていうヲタが多いAKBではあるが、それってアイドルとしての存在意義はどうなるのと疑問に思ってしまう。
パフォーマンスというとハロー!プロジェクトを外すことはできない。仕方ないんよ、ハロカスはここで勝負しとるから勘弁してつかあさい。過去の栄光はよく知られたものであり、近年のアイドルが憧れるアイドルたちを擁するハロプロ。彼女達はパフォーマンスを売りにし、「努力」は隠すのだ。たまにコンサートの裏側なんてやっているけれど、ドキュメンタリー映画にするなんてアホい、そこまで押し出す訳がない。
「努力なんて当たり前」
モーニング娘。であるプライド。Berryz工房である、℃-uteであるプライド、そしてなによりハロー!プロジェクトに所属するプライドが努力を隠すのだ。12センチのヒールを履いてダンスすることがどれだけ大変か、少しでも失敗すれば足をくじく。それでも見栄を張るのだ。それが彼女達のプライドなのだ。意地なんだよ、これまでやってきたことが自信となった表れなんだよ。ちなみにハロプロも恋愛沙汰はたくさんあった。ベリヲタだからBerryz工房に触れるけれど、彼女達もなかなかにやらかしている。ベロチュー事件だの、左薬指の指輪だの某掲示板を賑わせたことが何回もある。もはや「慣れ」である。慣れって恐ろしい。
AKBヲタもスキャンダルには慣れてきているし、やっぱり慣れって恐ろしい。
「努力は必ず報われる」「努力は報われるかどうかはわからない。けれど努力しなければ何もはじまらない」
このAKB総監督の言葉は素晴らしいと思うし、7年も引っ張ってきた立場としては重みのあるものだ。しかし閉塞感が漂いつつあるグループのなかで起こった今回の騒動はより一層AKBを泥舟にさせ、かの言葉ももはや無気力なものとしか感じない。彼女達が積み上げてきた努力とは一体なんなのだろうか、それで得たものとはなんなのだろうか。私には大半のメンバーが努力したその先の着地地点が見えていないんじゃないかと思う。地元に根ざしたSKEやNMBやHKTとは違い、どうやって生き残るかがこれからの努力のポイントじゃなかろうか。意地を見せなきゃならぬ。
「恋愛禁止」が生んだものがかなり崩れてきている状態になって、早々に次の一手を打たなければならないなと思っているけれど、どう転んでも良い方向が見えないし泥舟AKBになりつつある状況。
内部崩壊を食い止め、ここから立て直すには相当なパワーがいるだろうが、それまでにももクロやハロプロに食われなきゃいいけどね。アイドル戦国時代の先駆けがこんなものでつまづくのもなんというか、運命か。
愛には犠牲も必要だけれど、ヲタが犠牲になってはあまりにも悲しすぎる。そして夢を売るアイドルがあんな姿になるのも、悲しすぎる。