こんにちは〜!
アンです![]()
自己紹介![]()
・アン(アラフォー)
・夫・娘(小5)・息子(小1)の4人家族
・ナリ心理学®認定心理者養成講座を受講中
※ナリ心理学®認定アドバイザーではありません。
※質問&相談はお受けできません。
幼少期の"運の悪さ"
子供の頃から、私はずっと
「運が悪い」と思っていた![]()
貧乏な家庭に生まれ、兄弟が多かった。
両親はいつも喧嘩ばかりで、
家の中はピリピリしていた。
欲しいものがあっても
「我慢しなさい」が当たり前。
それでも、どこかで「いつか変わるよね?」
と信じてきた気がする![]()
友達のお家へ遊びに行くと
並べられたおもちゃや、かわいい雑貨を見ては
「この子は、愛されてるんだな、、、」
と羨ましく感じていた![]()
そのたびに、自分の生まれを、
何度も何度も悔やんできた。
運の悪さに支配された私
中学・高校・大学と進むうちに
「どうせお金がないし」
「どうせ叶わない」
そんな言葉が、いつの間にか口癖になっていた![]()
色んなことに拗ねてたな![]()
高3の時、周りの友達が次々と大学受験の塾に通い始めても、私は「どうせ、うちは無理」と心の中で呟いていた。
欲しい服も買えず
友達から遊びに誘われても
財布の中身を見て、諦める。
それが当たり前の反応になっていた。
努力や根性の前に、どうあがいたとしても
みんなとはスタートラインが違うんだ。
だから、うまくいかないことがあると
「やっぱり私は運が悪い」
と、自分を納得させるしかなかった![]()
守るための諦め
社会人になると
「運の悪さ」に慣れていった![]()
嫌な同僚やお局がいても
「まぁ、数年で異動だし…」
と、割り切れた。
その頃の私は
"現実を変えるより、受け入れてやり過ごす"
ことで自分を守っていた。
変わらない現実に文句を言っても仕方ない。
そう思うことで
どこか冷めた自分を保っていた。
逆に、諦めることでしか
平穏を保てなかったのかもしれない。
本当は、悲しかった。
本当は、悔しかった。
でも、そんな気持ちを感じたところで
どうにもならないと思っていた。
「仕方ない」と口にするたび
少しずつ自分の気持ちがわからなくなっていった。
否定せず認める
今ならわかる。
過去の出来事を「良かったこと」として語る必要はない。
あの経験があったから今がある、なんて思う必要もない。
あれは、ただの事実。
あれは、ただの偶然。
あれは、ただの運。
辛かったことは辛かったままでいい。
"そうだった"と認めるだけでいい。
私は今も、時々あの頃の感情をふと思い出す。
悔しさや寂しさが、まだ胸の奥に残っている。
でもそれを無理に消そうとしたり
意味づけしようとは思わない。
それも含めて、私。
運の悪さも、我慢してきた自分も
どれも全部、"私の一部"だ。
今の私の選択
運の良し悪しに振り回されることも
誰かや環境のせいにすることも
もうやめた。
"運が悪かった自分"をそのまま受け入れて
そこからどう生きていくかを選べばいい。
モヤモヤする日があってもいい。
それでも、自分を否定せずに生きていけたら、
それでいい![]()
最後まで読んで頂き
(おわり)
