55歳のおじさん、ブランクです。

人前に出ると頭が真っ白になるのでブランクです。

 

先日娘の誕生日がありました。娘は当たり前のように自分が主人公という態度で誕生日を祝ってもらっていました。当たり前のことかもしれません。確かに私も以前は、誕生日は自分の大切な日と理解していました。 

しかし、18年前に長男が誕生したとき、認識が変わりました。

妻のお腹の中で成長した息子は、予定日を数日過ぎていよいよ出産となったのですが、

なかなか出てきませんでした。陣痛がきたものの何時間たっても出てこず、妻の出血も多かったらしく、

私が駆け付けた時は妻はぐったりしていました。まったく元気がなく心配でした。まもなく、先生や看護師のかたに囲まれ、説明を受け、いろんな書類にサインをしました。最悪の場合は子宮をとる、輸血をするといった内容の承諾書でした。そして最終的には帝王切開で息子が取り出されての出産となりました。

輸血もなく、子宮をとることもありませんでした。あとで聞いたら、へその緒が首に巻き付いていたらしいです。そのときの状況を思い出すと今でもドキドキします。

 

そのときに、誕生日の意味が変わりました。

生まれた本人の誕生というよりも、母親が命がけで出産した日という意味になりました。

考えてみれば当たり前の話ではあるのですが、ほとんど考えたことのない事でした。

娘もそれを実感するときがくるのだろうか。と思った誕生日でした。

 

小学1、2年のころ、まったく勉強ができませんでした。当時の通知表は5段階評価で2と3ばかり、しかも2の方が多かったように思いますし、周りからもちょっと馬鹿にされていたようにも思います。その時のことをセットで覚えていることがあるのですが、それは当時の座席で、いつも同じ女の子と隣同士だったことです。特に仲良かったわけでもなかったその子は、私と同レベルかそれ以下の学力だったようでした。覗き込んだ通知表には2が並んでました。特に好きでもなかった子ですが、なんとなく私と同レベルだったこともあり勝手に親近感を持ち、自分とお似合いなのかな、こういう子と結婚するのかなと想像していたことがありました。そこには嬉しさというよりもあきらめと納得の感情があったと思います。

 

さてそんな劣等感を持ち、もちろん勉強にコンプレックスをいだいていた自分でしたが、父のある一言で、もしかしていけるかもという気持ちになったことを思い出しました。

自分は当時、勉強は大嫌いでしたが工作が大好きでいつも段ボールの紙を使って、何かしらの物を作っていました。ある時、小学校2年か3年くらいの時、いつものように工作した作品を家族に披露していたときのことです。ふと、父が、「○○(自分の名前)は、そんなに工作が好きなら、○○大学(地元の国立大学名)の工学部に行ったらどうだ?」と言いました。その時の自分は、工作は単なる遊びで、勉強とは真反対のものと思っていたのですが、工作が大学とつながっているということを初めて知りました。その時、「大学で工作ができるの??」半信半疑ではありましたがすごくうれしかったのを覚えています。実際、成長するにつれて、父の言っていることは正しかったとわかったのですが、劣等感で充満していた自分に救いとなり、大学が身近になった瞬間でした。

 

今思うと、大きな一言だったなと感じています。

自分は今、息子に対して、ポジティブになれるような、希望を持てるような言葉を提供できているだろうか。と、考えてしまいます。

55歳のおじさん、ブランクです。

人前に出ると頭が真っ白になるのでブランクです。

 

息子が大学受験をしてまだ結果がわからない部分があり、まだ進路を決めかねている様子です。国立大学を受けましたが、共通テストが思わしくなく、前期日程試験も後期日程試験も不合格となりました。私立大学は3校受験し、1校合格、1校不合格、1校補欠で合格待ちという状況です。その補欠の最終結果も23日にわかります。そこからバタバタ、住まいを決めて、入学することになります。本人はまだ気持ちの整理がつかないと思いますが、時は待ってくれず、次々とやることの日限が迫ってきています。希望した大学ではないが合格した大学に行くのか、浪人して1年頑張るのかの判断も含めてこの3日間で決めることになります。息子がどのような判断をするにしても、親としてできることは支援できればと思っています。

 

私は38年前に大学受験を経験しました。私の高校(九州の地方都市)の同級生は地元か隣県の国立大学を目指す人が多かったように思います。もともとは私も同じ大学か、隣県の大学で学ぶつもりでしたが、姉が2人とも地元の国立大学に行ってくれたことで、私は関東にある私立大学に通わせてもらうことになりました。当時、奨学金申請の時に見た父の年収を今でも覚えていますが、よく関東の私立に行かせてくれたなぁと今でも思います。感謝してもし尽くすことはありません。当時は大学受験するためにそれなりの覚悟をもって、初めて飛行機にも乗り、気持ちをこめて受験に臨んだのを覚えています。実際にその私立大学に行ってみて、1年目はホームシックにもなり、また勉強が難しく留年するのではないかと不安になり、入学したことを後悔しそうになったこともあったのですが、部活動(硬式野球)に力を入れつつ4年で卒業できたこともあり、トータルで考えてその大学で良かったなと思っています。

 

息子の大学受験の過程で、自身のことを思い出し、初心を思い出し、また親への感謝の気持ちも強くなった一年となりました。

 

55歳のおじさん、ブランクです。

人前に出ると頭が真っ白になるのでブランクです。

 

今の私の生活において重要だと感じているのが睡眠時間です。

睡眠時間が少ないと頭が働かなくなり、健康も害すると言われています。

ほんの数年前、今の職場に異動する前は、責任範囲の広さや、特殊事情等もあり、平日の睡眠時間は3,4時間で、週末に寝だめしてました。今思うととても不健康でしたし、緊張感でいくぶん持っていた部分はあるかもしれませんが、頭のパフォーマンスも最悪だったと思います。今はこじんまりとした職場で、仕事の計画も立てやすい環境にあるので、帰宅時間も早くなり、睡眠時間も確保できるようになりました。今の職場にきて3か月程経ったある日、ふと、景色の色が鮮やかだということに気付いたことがありました。それまで感覚が麻痺していたのだと。睡眠時間が直接の原因だったかどうかはわかりませんが、遠因にはなっていたのではないかと思っています。

 

そんなこんなで、時間をコントロールしやすくなった今、睡眠時間に気を付けていて、だいたい6時間くらい確保するようにしています。睡眠時間を確保することを習慣化するために就寝時間を固定すると良いとよく聞きます。最近は23時に就寝し、5時に起床しています。今後もしかしたら就寝時間と起床時間を30分位、前倒しにするかもしれませんが、いずれにしても睡眠時間を6時間確保するようにしたいと思っています。


55歳のおじさん、ブランクです。

人前に出ると頭が真っ白になるのでブランクです。

 

半年前からジムに通うようになりました。職場では一日中椅子に座っているので運動付属になっているからです。体重増加も気になっていますし、運動不足、健康不安もあり、思い切って会員になることにしました。真面目な会員とはいえませんが、週一ペースで行って、腕の筋力トレをしたり30分くらいウォーキングしたりして気持ちのいい汗をかいています。

55歳のおじさん、ブランクです。

人前に出ると頭が真っ白になるのでブランクです。

 

昔から専門職にあこがれていました。そして実際、33年前に技術者として今の会社に入社しました。入社当時、何かの技術の専門家として仕事することを想像してました。しかし、それからほどなくして、営業職として転勤を命じられ、その後は、営業のサポート業務や経理など事務方の仕事に携わってきました。結局、どの業務も専門家とまでいきつかず、どっちつかずの状態にとどまっています。なかなかうまくいかないものです。そんな自分は2年前から内部監査の業務を担当しています。地味で、どちらかというと人から敬遠され、また反発されがちな業務ですが、内部監査、内部統制の考え方を学べば学ぶほどはまってきているのです。内部監査では独立性と客観性、それから誠実性が大事だと言われています。その考え方が気に入っているのです。誠実性を前面に出す仕事は他にあるのかもしれないが、この考えを知って、なんというか安心できるという感覚になったのを覚えています。それが約1年ちょっと前のこと。

 

その後、公認内部監査人(CIA)という資格取得に向けて勉強をはじめ、昨年の11月に合格することができました。この時、ちょっとした専門家になれたように思い、ひそかに喜びを感じました。ただ専門家と胸を張って言えるレベルにはまだ到達していませんので、今度は、内部監査に関連する別の資格である不正検査士(CFE)の勉強をしているところです。資格取得の目的ももちろんありますが、勉強することで知識がたまっていくのが単純に楽しいと、最近になって感じるようになりました。

 

自分の特徴である「忘れっぽさ」はあるので、それにあらがいながらの勉強はスムーズではないですが、愚直に取り組んでいきたいと思っています。


55歳のおじさん、ブランクです。

人前に出ると頭が真っ白になるのでブランクです。

 

今日、子供2人がどちらも外出していたので、久しぶりに妻と2人で外食してきた。

その前に、買い替えたいと考え始めていた新しいダイニングテーブルを見に行ったら、ちょうど今日までバーゲンで気に入ったテーブルと椅子のセットがあったので思い切って購入した。長椅子×2つを含めて11万8千円。おそらく定価は14,5万円くらいではなかろうか。

ちなみに、今使っているテーブルは135cm×80cmで新しいのは150cm×90cmということなので一回り大きくなる。子供達も成長したのでちょうどいいのではないだろうか。

新しいダイニングテーブルが来るのは1週間後の月曜日なのでもう少し先だが、いまから楽しみである。


55歳のおじさん、ブランクです。

人前に出ると頭が真っ白になるのでブランクです。

 

今日は自分主催の会議(対面とリモート併用)がありました。

資料にもとづいて説明し、問題なく説明は終わりました。

その後、連絡事項を2つ話すつもりでした。もちろん資料を準備した上で。

 

その時、リモートで会議に参加していた方から質問が来ました。

通信状況が悪いのか、音声がとぎれとぎれになりました。

何を言っているのかよくわかりませんでしたが、キーワードから推測してなんとか会話を続け、回答し続けました。やっと質問が終わったと思ったら、気が抜けたのか、疲労感からか連絡事項を言うのを忘れてしまいました。。そのまま会議が終わり、あとで連絡漏れに気付きましたが、時すでに遅しでした。

 

後でメールで連絡することで対応し、大きな問題ではなかったのですが、

メールの連絡は無駄な作業となってしまいました。

 

人前に出ると、臨機応変さというか、機転というか、全く効かなくなってしまう。

頭が悪い訳ではないと思うが、頭の回転が遅いのだろうし、特に人前にでると脳内で何か化学反応がでているのではないだろうか。覚えておきたいことを忘れてしまう物質が生成されているのだろうか。そういう失敗が続くと悲しくなる。

 

忘れっぽいのが自分の特徴ならば工夫しないといけないなと、真剣に思う。


昨日、みんなの前で頭が真っ白になったこと。フリーズしたこと。

今日もまだ引きずっていて、今日の朝礼は落ち着かなかった。

幸いなことに、今日の担当の方の話は面白かったので、一瞬忘れることができた。

今日の担当の方に感謝だ。

このブログでの私の名前を変えることにしました。

 

自分は社交不安障害なのだろうか?

 

職場では毎日朝礼があり、そこでは順番に日ごろ感じている事、

考えていることを話している。今日は自分の順番の日だった。

 

一応話すことを事前に考えたのだが、

初っ端から頭が真っ白になり言葉がでなくなってしまった。

つい数秒前までおぼえていたのに。。

 

沈黙が3秒位続いた後、メモをみてやっとはじめられたが

情けない惨めな気持ちでいっぱいになる。

 

話した内容は、最近太りすぎたので、ジムでもう少し真面目に運動したい。

 

ということだけ、1分もかからない様な話。

たったこれだけの話がでてこない。

 

やっとこさ終えると、めまいがした。

もしかして病気なのかな。

 

頭が真っ白 → 空白 → ブランク。。。

今日から、このブログでの私の名前を「ブランク」に変えることにします。