前回の続き。
2026/5/14-17 中国・東北地方旅行 ハルビン | 歴史好き感染症科医の旅行ブログ
そして、昼にハルビンから長春に移動。
250km。
乗車時間は1時間半。
荒野、畑、水田が続く…
たまに民家の集まり。
青い屋根の民家が多いと思った。
冬に雪が降るとその中で目立つのか。
やはり中国は広かった。
17時。
無事、長春駅に到着。
ここで長春の歴史。
1800年頃から開拓された比較的新しい都市。
ハルビンと同様に、19世紀末にロシア、日本が鉄道を敷設するようになってから大きくなった。
地上に出て駅舎。
遠目に見た感じ。
この駅舎は1995年に出来た新しいものらしい。
1914年に日本がつくった古い駅舎は取り壊されたとのこと。
タクシーでホテルへ。
ランドマークビューの部屋だったはずだが、見えるのは木だけ…
「ランドマークビュー」って観光地が見えるんじゃないの?
そういえば、長春は「吉林省」。
「吉」の「林」?
ラッキーな林。
なるほど!吉林省では「林」がランドマークなのか!
と、くだらない冗談に一人で苦笑。
フロントに文句を言いに凸したが、中国語が喋れない私は適当にあしらわれて結局部屋はこのまま。
まぁ、朝食付いて一泊8000円位だから…いいけど。
中国は本当、ホテルマンでも英語が全然ダメ。個人的にはホテルマンで英語喋れないのは違和感ある…
昼は高速鉄道移動で適当につまんだだけ。
腹が減ったので、夕食を食べに出かける。
お目当ての店が地元民で満席だったので、近くのショッピングセンターに入る。
オシャレ。
そして、こちらの店。
非遺土豆粉。
中国の河南省や甘粛省、河北省などの北方地域発祥の無形文化遺産(非物質文化遺産=非遺)に登録された伝統製法で作られる、じゃがいも澱粉を原料とした麺類(春雨の一種)のとのこと。
優しい食感で美味しかった。
大香腸(ダーシァンチャン)。
台湾の夜市などで定番の「巨大な台湾風ソーセージ」らしい。台湾…
ハンペンみたいに柔らかい肉。香辛料効いてて美味しかった。
腹が満たされ、タクシーでホテルへ。
近くのコンビニで酒とつまみ。
青島ビール。
以前飲んだことがある。
さすがの本場、色んなフレバーがある。
今回は、真ん中の緑のフレバーにしたが、オリジナルとの違いはあまりわからない。
ツマミにこちら。
肉かイカかと思いきや、豆。
個人的に豆の辛いのは馴染みがない…
ちなみに帰り道に謎の綿が道路に溜まってた。
ハルビンも長春では街中でこの綿がフワフワと飛んでいるのが気になっていたが。
どうやらヤナギ(柳)やポプラ(楊樹)の種子に付いている綿毛で、中国語では「柳絮(りゅうじょ)」や「楊絮(ようじょ)」と呼ばれるものらしい。
中国の東北地方(ハルビンや長春など)では、春から初夏(4月中旬〜5月頃)にかけて気温が上昇すると、街路樹として植えられているヤナギやポプラのメス株から、種を遠くまで飛ばすためにこの白い綿毛が一斉に放出されるとのこと。
ちなみに、この綿毛は非常に燃えやすいので、タバコのポイ捨てなどが原因で引火し、火災につながるケースもあり現地では注意喚起されているらしい。
なるほど。
移動で疲れたので、あっという間に爆睡。
5/17
長春2日目
朝。
なんか外が騒がしいと思ったら…
マラソンやってる。
長春国際マラソンらしい。
今日は、日曜日。
明日は、月曜日だけど、中国の博物館は基本的にほぼ全て月曜日が定休日らしいので、今日のうちに博物館系は見ておかねば…
火曜日は早朝に高速鉄道で大連に向かう。
なので、長春に来たばかりだが、博物館系を巡る機会はこの日が最終日。
朝食後、少し休んでタクシーに乗って、「偽満皇宮博物館」へ。
長春では必見の場所としてトップに必ず上がってくる有名な観光名所。
偽満皇宮博物館とは。歴史、見どころ
清朝最後の皇帝、溥儀が満州国皇帝として1945年まで13年間過ごした宮殿。
中国では、日本によって建国された「満州国」は、「偽り」の「満州国」ということで「偽満州国」と呼称するらしい。
ここは有料。事前予約で70元(約1600円)
めちゃくちゃ広かった。
同徳殿。
敷地内で最も大きな建物。
謁見の間や溥儀の寝室などがある。
謁見の間。
応接室。
廊下。
タイムスリップした感。
溥儀の寝室。
盗聴を恐れて溥儀は一度もここで寝なかったという。
溥儀夫妻の映画鑑賞室。
建物は裏で繋がっており、気付いたら次の建物に突入していた。
勤民楼。
溥儀が政務や儀式を行ったオフィス。
吉岡安直の事務室がありました。
吉岡安直は満州国皇帝となった溥儀の「御用掛」(関東軍司令部付)で、建前は溥儀の「相談役(内密の秘書)」だったが、実態は関東軍の意向を溥儀に強制する監視役。
溥儀の日常生活から政治的発言、移動にいたるまで完全に管理していた人。
溥儀は戦後の東京裁判などで「吉岡は私の行動を監視し、日本の奴隷のように扱った」「一挙手一投足まで吉岡の許可が必要だった」と証言している。
吉岡安直(左)。右は溥儀。
嘉楽殿に溥儀の人生を振り返る展示。
嘉楽殿は、元々は宴会(晩餐会)のための建物。
基本的には、1988年のアカデミー賞で最優秀作品賞含む9部門を受賞した映画「ラストエンペラー」で見ていた通り。
「ラストエンペラー」で、溥儀が戦後にリストカットして自殺を図っていたシーンがあったが、場所は先日行ったあのハルビン駅。
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宮内府。
満洲国皇帝(愛新覚羅溥儀)直属で、帝室の家政や事務処理全般を担った最高機関。
日本の「宮内庁(旧宮内省)」に相当する組織。
緝熙楼(しょうきろう)。
溥儀と正妻(皇后)の婉容(えんよう)が実際に暮らしていた2階建ての居住宮殿。
溥儀の日常生活の拠点であり、寝室、書斎、理髪室などのほか、皇后・婉容の居室も配置されていたとのこと。
一階の東側に溥儀が使っていた日用品の展示。
西側は、側室の譚玉齢(たん ぎょくれい)の複数の部屋。
側室の応接間。
側室の書斎。
側室の寝室。
「譚玉齢(たん ぎょくれい)/ 祥貴人」は、1937年〜1942年の間、溥儀の側室だった。
満洲国皇帝となった溥儀が、正室の婉容との関係冷え込みを受けて新たに迎えた満洲族出身の側室。
溥儀から深く愛され、穏やかな生活を送っていたが、1942年に22歳の若さで急死した。
彼女の死には、関東軍(日本軍)による暗殺説など、現在も多くの謎が残されているとのこと。
譚玉齢
溥儀と正妻の婉容の部屋はこの建物の2階らしいが、今回はなにやら立て札が立っており入れなかった。残念。
正妻の婉容は、アヘンに溺れ精神を病み、戦後は各地の刑務所を転々とし、最後は獄中死するなど散々だったらしい。
婉容
映画「ラストエンペラー」でも、満州国の宮殿から連れ去られる終盤のシーンで、正気を失い、あたり構わず床に唾を吐き捨てる凄惨な姿で描写されていたのが印象的。
敷地の端の方に防空壕があった。
ガチのやつ。扉の暑さがやばい。
その後、隣の「東北淪陥史陳列館(とうほくりんかんしちんれつかん/別名:東北陥落史展示館)」へ。
中国吉林省長春市にある、1931年の柳条湖事件(九・一八事変)から1945年の日本の敗戦にいたる「満州国」時代の歴史を展示した博物館で、中国政府によって「愛国主義教育基地」に指定されており、主に日本による中国東北(旧満州)地方への侵略や占領の歴史(中国側の視点における「淪陥」の歴史)を伝える施設とのこと。
日本支配との壮絶な戦いについてまとめている。
ハルビンの731部隊と同様に細菌実験を行った100部隊の展示も。100部隊は、731部隊の創始者で隊長だった石井四郎中将が率いた石井機関の一つ。
上層階では抗日運動で活躍した烈士達の紹介も。
日本人として複雑な気分で見学しましたが、ここの展示は日本語の表記が充実していて助かりました。
結局、この辺りの観光で3、4時間使いました。
それだけ「見どころ満載」でした。
昼食は適当に買ったスナックを少しつまんで、午後は「長春歴史文化博物館」へ向かう。
入場料無料だが、事前予約が必要。
元々は、先程の偽満皇宮博物館の分館。
分館というが、大分距離が離れている。
長春の都市としての歩み、清代から近代(旧満州国時代)、そして現代に至る変遷を記録・展示するために設立された。
下層階には長春市の都市発展の歴史、及び歴史的建築物の解説の展示。
上層階に行くと、やはり戦中の抗日運動に関する展示や数々の伝統工芸品の展示。
1時間くらい見学しました。
ここの次は、「吉林省博物館」、「長春博物館」に目をつけてましたが、タイムアップ。
中国の博物館はどこも16時半閉館と閉まるのが早い。
最初の「偽満皇宮博物館」で時間をとりすぎました。
まぁでも、あそこは本当に充実していたので後悔はない。
行きたい順に2個見れたので満足しました。
その後、近くまで来たので、昨日現地人で激混みだった火鍋の店へ。
現在、17時。この時間なら行けるだろう。と思ったら案の定空いてた。
まぁ早い話、しゃぶしゃぶ。
パッと見、全部食べれるだろう。と思ったが、肉も野菜も下にしっかりと積み重なっていた。想定を上回る量。
そして忘れた頃にシュウマイ。
この店のシュウマイは大人気。「現地人は、火鍋と一緒に注文していますよ!」とai先生の言う通り頼んでいたが、この量…
これで「小」。
「小」とは?
再定義が必要なのでは。
中国(の東北地方)は、一品の量がエグい。
これは妻子と3人で食べても少し多いくらいの量だわ。
結局3000円位。冷静に考えると安くない。
やりすぎた。お腹パンパン。
その後近くの公園を散策。
南湖公園。
湖を見に来たが、その湖がデカすぎたので端の方を少しみただけ。
一角に「長春解放記念碑」があった。
日本からの解放を記念したものと思ったら、「中国国民党」からの解放らしいです。
まだ、外は明るいが、どっと旅の疲れが…
そのまま、ホテルに戻ることにした。
近くのコンビニで謎のドリンクを買って。
中国で絶大な人気を誇る伝統的なハーブ飲料の「加多宝(ジャードゥオバオ / Jiaduobao)」とのこと。
中国で「涼茶(リャンチャ)」と呼ばれる、複数の薬草をブレンドした伝統的な健康茶飲料。
漢方の成分を含みながらも、砂糖でほんのり甘く味付けされ、炭酸の抜けたルートビアやドクターペッパーに近い、独特のすっきりした風味があるとのこと。
個人的にはベッコウ飴みたいな味。甘いお茶という感じが私はあまり好きじゃなかった。
謎の酒買って。
中国の有名なビールブランドである「崂山ビール(ラオシャンビール / 崂山啤酒)」。
有名ブランド「青島(チンタオ)ビール」を製造する青島ビールグループのセカンドブランドにあたるとのこと。
普通に美味しかった。
謎のスナック買って。
中国の有名菓子メーカー「旺旺(ワンワン)」が製造している、「旺旺 小小酥(黒胡椒味)」という揚げせんべいスナックで、日本のひとくち歌舞伎揚や小粒のぼんち揚にとてもよく似た、サクサクとした食感が特徴の人気商品とのこと。
ほぼ、歌舞伎揚で美味しくいただきました。
謎の品々は全てai先生が解説してくれました。
本当に便利な時代。
つかれたので、部屋でひたすらゴロゴロして23時頃、就寝。
5/18
長春3日目。
本日は月曜日。
既述の通り、中国の博物館系は例外を除き全て閉館。
なので本日は街歩きをして、満州国時代の古い建物を見てまわる。
しかし、朝起きたら生憎の雨。
そして、この日までの観光疲れがどっと出てきてしまった。
この翌日に、長春から高速鉄道で大連に移動予定。
まだ旅は続くので、この日は昼過ぎまでホテルでゆっくりすることに。
最終的に、外に出たのは14時。
この日を大分出遅れた感があるが、疲れはかなり取れた。
その後、ホテル近くの文化広場を起点に南に「新民大街(通り)」を南下した。
この通りは、満州国の首都としてのまさに行政の中心であり、通りの両脇に省庁が並んでいた。
現在もその建物群が残されている。
文化広場に陣取るこの建物は、元々は溥儀の宮廷になる予定だったもの。
昨日行った「偽満宮博物館」は暫定的な仮宮殿で、満州国皇帝である溥儀のために、ここに新宮殿を作る予定だったが、建設途中に太平洋戦争に突入し、資金不足で頓挫したもの。戦後に中国政府が完成させ、現在は「吉林大学地質宮博物館」。
そして、文化広場を起点にまっすぐ南に伸びる「新民大街」。
先程書いた通り、かつては、この通り沿いに満州国の省庁が並んでいた。
現在も「八大部」としてその建物を見て回れる。
(八大部とは)
満州国時代の、国務院をトップとした8つの行政機関(部)の建物群およびその総称。
早速、散策して見て回った。
昔の建物がそのまま遺されていてスゴイなと感嘆するが、このブログへの写真掲載の可否は微妙なので控える。
新民大街を横切る形で「桂林路(Gui Lin Lu)」という通りがあり、立ち寄った。
長春市朝陽区に位置する、若者に大人気の活気あふれる有名な商業街、長春市の中心的な消費・観光スポットの一つであり、「紅旗街」などと並んで、長春のリアルな流行や若者文化を体感できる場所とのこと。
現在、15時過ぎ。昼を食べてない。
食を求めて凸。
平日の昼間だからか、それほど賑わいはなし。
途中からグルメ街。
確かに両側にずらーっと。
しかし、屋台フードが多い。
串物が多いようだ。ただし、平日の昼間、雨、15時過ぎという時間帯から客は少ない。
店員さんの目が自然とこちらに。
品定めしづらい雰囲気だったので何も頼まず結局スルー。
続いて「中東大市場」へ向かった。
こちらの市場は食物ならなんでも揃っているという話だったが、個人的には色んな意味でハードルが高かったので、結局コンビニみたいな小さな商店で買ったものをつまんだ。
さっきの桂林路で食べておけば良かったと後悔。
まぁ、なんとかエネルギー補給は完了。
その後、タクシーに乗って「人民広場」へ。
(出発点が「新民大街」、右の中間点が「中東大市場」、終点の赤マークのところが「人民広場」)
先程行った文化広場や新民大街あたりが満州国時代の政治の中心。
対して、この人民広場(旧名:大同広場)周辺は満州国時代は経済・通信・交通の中心だった。
現在でも、歴史と現代が融合する街のシンボル的エリアで、市民の憩いの場であると同時に、交通の要所となっているそうです。
ここも、満州国時代の建物が多く遺されていてすごいと思ったが、新民大街と同じ理由で写真掲載は割愛。
その後、まっすぐ北へ。
長春駅の方に行くと、「関東軍司令部」だった建物がある。現在は政府施設。
日本の城をモチーフにしてつくったらしい。
正直な感想は「これはないわ、関東軍!」というか、「本部=城」という発想がちょっと…
現物みると尚更。
裏には元「関東軍司令官邸」。
昔のままの建物。こちらは格好良い。
現在は吉林省松苑ホテル(吉林省松苑賓館)。
そして、近くの勝利公園。
1915年に日本人の造園家、白澤保美によって設計建設され、当時は「西公園」と呼ばれていた。
満洲国時代は、当時は満鉄付属地内に位置し、日本人住民の憩いの場として機能していた。
長春が1948年10月に共産党軍に制圧・解放された後の1949年10月の建国を経て、現在の「勝利公園」へと改称。
「勝利」の名は、中国共産党(人民解放軍)が国共内戦(革命戦争)に勝利し、長春を「解放」したことを記念して名付けられた。
日本に対する「勝利」ではなかったようで、日本人としては少しだけ安心した。
現在でも、ランニングやウォーキングしたりする人も多かったりなど、現地の人の憩いの場。
その後、タクシーで「長影旧址博物館(長春映画撮影所旧跡博物館)」へ。
中国の博物館は基本的に月曜日はどこも休み。
しかし、ここは月曜の本日でもやっており、しかも20時まで。
助かりました。
目的地までは、そこそこ距離があったが、乗車したタクシーはシートベルトが故障していた。
この日は雨で路面が濡れている中で運転手は結構飛ばしていたので、マジでヒヤヒヤした。
今回の旅では、タクシーでシートベルトを使えない割合は体感としては3割程度。
シートベルト不使用は、中国でも法律的には違法らしい。
長距離でシートベルトを使えない場合は、乗車拒否してもいいかもしれないと真面目に思った。
(長影旧址博物館(長春映画撮影所旧跡博物館)。歴史、見どころ)
「長春映画製作所(長影)」の旧スタジオ。21世紀に入ってから博物館になった。
長影の前身は、1937年につくられた満州国の国策会社「満州映画協会(満映)」で、満映時代からこの建物を使っていたらしい。
あの有名な「李香蘭」を起用したりして、この建物で多くのプロパガンダ映画をつくったという。
(李香蘭という芸名で中国人のふりしていたが、実は山口淑子という日本人)
ちなみに満鉄の実質的な創業者で、理事長を勤めたのは甘粕正彦。
映画「ラストエンペラー」では、坂本龍一が演じていました。
そしてこの博物館。
入場無料&展示物充実の博物館が多い中国においては、70元(約1600円)と、割と高い部類に感じる。
しかしこれは単純に感覚がバグっているだけだ。
今考えると、入場料に5000円以上とかどこも平気で要求してきたロンドンは本当に地獄だった…
2025/11/22 欧旅④ ロンドン3日目 ウェストミンスター寺院、ロンドン塔 等 | 歴史好き感染症科医の旅行ブログ
満映時代の解説は最初の部屋の一角だけ。
あとは、ひたすら長影がつくった映画に関する時系列に沿った展示(1945年から現在まで)。
しかも解説は中国語オンリー。
中国人の長影映画ファンは涙流して喜ぶ展示なのだと思うが、(多分)一つして長影の映画作品を知らない私は正直ほぼスルー。
展示されている作品数はものすごい数で、その数には素直に感心した。
全て見終わってから、満影の展示が最初にしかないということに気付き、最後にもう一度と引き返した。
しかし、閉館時間が迫っているので、若いスタッフが恐らく(なんだこの外人が!)と中国語でむっちゃキレていた。
諦めて外へ。
外から見る建物は味がある。
博物館で入れるのは一部の建物のみのようだ。
満映の建物群は本当に立派だったんですね。
中国映画「731」。
731部隊が題材の映画。
脚色が酷く返金要求騒動まで起きたというが、いつか見てみたいですね。
731部隊博物館は先日行きました。
2026/5/14-17 中国・東北地方旅行 ハルビン | 歴史好き感染症科医の旅行ブログ
その後、近くの「這文山」という人気のショッピングセンターへ。
「施設内に山をつくりました」というコンセプト。
確かにすごい。
フードコーナーで軽く夕食。
正直、今回の旅ではいつも食い過ぎなので空腹感はあまりないが、何も食べないのは流石にちょっと。
牛肉串15本セット。15元(約350円)
15本にしないで、5本位にまとめた方が食べやすいというのが率直な感想。
肉が固く、個人的にあまり。
ビーフジャーキーを串に刺したという感じ。
开花大香肠。
切れ目を入れて油で揚げることで、まるで花が咲いたような形に広がった中国のフランクフルト。
こちらは身がたっぷりあって、柔らかくて食感も良く味付けも良かった。
5元(約120円)。
タクシーに乗り新民大街の南の端で降りて、昼間に八大部の見きれなかったところと、新民大街の夜のライトアップを見て歩いた。
綺麗でした。
「吉林省広播電視塔(吉塔)」。
綺麗…
吉塔の展望台は観光客は入れないと聞いていたが、実は入れたらしい。
長春市を上から一望したかったので、そこは少し心残り。
そのまま新民大街を歩いて、本日朝に観光をスタートした文化広場に戻ってきた。
満足して近くに位置するホテルへ戻る。22時着。
14時から観光始めたが、大分充実していた。
23時頃就寝。












































































































