年始に妻の実家の真岡市に。

 

大前神社に初詣に行ったのち、二宮尊徳関連の史跡に行ったので簡単にまとめます。

 

大前神社に関連した荒神祭については以前にまとめました。

 

2025/7 栃木県 真岡市 荒神祭① | 歴史好き感染症科医の旅行ブログ

 

 

 

(大前神社)

 

 

奈良時代(767〜770年)創建。

だいこく様(大国主神)とえびす様(事代主神)が御祭神。

延喜式内社。下野十一社の一つ。

中世には武家の芳賀氏が神社の守護職を兼ね、社領を保護。

平将門がここで戦勝祈願をしたという。

社殿群は江戸時代に各地から集められた名工によりつくられ、装飾性は日光東照宮にも匹敵すると。

宝くじもあたるパワースポットとして有名。日本一のえびす様がある。

 

 

入り口。

 

 

「延喜式内社」の記載。

905〜927年に編纂された「延喜式」に記載されている神社の一つという意味。

そんな時から既に有名だったのがすごい。

 

2025/7 栃木県 真岡市 荒神祭① | 歴史好き感染症科医の旅行ブログ

 

 

初詣。本殿からむっちゃ人が並んでた。

 

 

 

本殿は日光東照宮にも負けない装飾と。

 

 

まぁ、確かに綺麗だとは思ってた。

私は日光東照宮は小学校の時に行って以来行ってないが、装飾の物量に圧倒された記憶があるので、さすがにあちらには敵わないかと。

 

大前神社は巨大な恵比寿像が有名。

 

 

 

20m。

 

大きいとは思ってたが、恵比寿様の像としての大きさは日本一らしい。

 

(恵比寿像 大きさランキング)

 

 

本当に日本一でした。

 

 

娘は人生初のおみくじ。

 

 

間違ってくじの入ってるところにお金を投入してしまった。

金はどこに行ったと探す羽目に。親を困らす。

 

そしてまさかの大吉。

ちなみに妻も大吉。いい年になるかな?

(私は引きませんでした)

 

 

その後、車で子供の遊び場に行って娘を遊ばした後、史跡に。

 

大前神社から「桜町陣屋跡」

 

 

「桜町陣屋跡」

 

 

1699年に小田原藩主によりこの地に陣屋(領地を支配するために置かれた役所・居館)が建てられる。

1823年に小田原藩主の命令で二宮尊徳が家族と共にこの陣屋に移り住む。

二宮尊徳はそれから26年間、荒地の開拓、水利の整備、住民の生活指導を行い、村を復興させた。

 

 

ちなみに、地理的に離れた小田原藩がなぜ出てくるのかと思ったら、真岡は江戸時代は小田原藩の飛び地だったらしい。

元々、真岡藩主だった稲葉正勝が江戸幕府三代将軍徳川家光の老中として活躍したらしく、その功績を讃え小田原藩主となったことから、真岡藩は無くなり、小田原藩の飛び地になったらしい。

 

 

(二宮尊徳 経歴)

 

 

幼少期のエピソードの印象が強過ぎて、大人になってからの業績があまり認知されていないイメージ。

財政再建、農村復興のエキスパート。

 

 

早速、周辺を見て回る。

 

 

年始のため二宮尊徳資料館は休み。

 

 

隣に桜町二宮神社の入り口の鳥居。

 

 

そして、その手前にも二宮尊徳の像。

近くに彼の墓もあるらしい。

 

 

桜町二宮神社の入り口の鳥居を近くから。

 

 

鳥居をくぐって真っ直ぐ行くと本殿。

 

 

二宮尊徳の没後50年にあたる1905年に二宮尊徳を祭神として建立された。

そう考えると、結構最近の人。

戦前に多くの学校に二宮尊徳の銅像が建てられたのは、明治天皇が高く評価したことが関係しているらしい。

 

 

本殿のすぐ隣が桜町陣屋。

 

 

 

復元工事を経つつ往時のままの姿で現存している。

 

 

朝早く起きて村を巡回し、日が暮れて帰った後はこの池で足を洗ってから屋内に戻ったとのこと。

 

 

 

 

今は空き地だが、昔は陣屋の傍に水田や畑があったらしい。

 

 

なんとなくですが、当時の姿が想像できました。

 

 

以上です。