朝は今後の旅程について考えていた。

モロッコに行ったことのある知人はマラケシュ以外にも色々回ったらしい。

またモロッコは日本より遠いため、モロッコにくる日本人観光客は折角ならと比較的長期に滞在して色々な都市を回ることも多いようだ。

 

しかし、シャウエン、フェズ、ラバトなど主な観光名所はマラケシュから離れている。

 

 

 

 

モロッコの大きさは約45万km2で日本より大きい(日本は約38万km2)

 

前述の知り合いなどは、ガイドをつけてこれらの都市をガイドの車で回ったらしい。そして、それなりに費用がかかったと。

 

今回の我々の旅はイベリア半島がメインであり、既に予算の多くを使った。モロッコは前から気になっていたので、たまたま旅費が安かったから来たが、あくまでサブ。(どちらかというと叔父が昔3年間住んでいたチュニジアに行きたかったが渡航代が高かった)

 

気になるシャウエンやフェズはアクセスも悪いらしいので、子連れであるし今回は諦めてマラケシュ近辺で済ますことにした。

 

一応、各都市の歴史だけ把握しておく。

 

 

◯ラバト

モロッコの首都。

 

 

 

 

(ラバト 歴史)

 

 

 

 

ローマ帝国の植民市として繁栄。

レコンキスタ後にスペインから追放されたイスラム教徒が多数定住。

1912年にフェズから首都移転。

 

やっぱりモロッコはレコンキスタの影響をもろに受けていてイベリア半島でその歴史を見た後だと興味深い。

 

 

◯シャウエン

青い街並みで有名。

 

 

 

(シャウエン 歴史)

 

 

15世紀に誕生した比較的新しい街。

レコンキスタ後にスペインから追放されたイスラム教徒やユダヤ教徒が逃げ込んだ。

ユダヤ教徒が自分たちの神聖な色である青で塗ったのが起源?

 

こちらもレコンキスタの影響。シァウエンはイベリア半島からも近いし当時は大混乱だったのだろう。

 

 

◯フェズ

迷宮都市。

 

 

(フェズ 歴史)

 

 

モロッコの複数王朝で首都。現首都であるラバトの前の首都。

敵の侵入を防ぐため路地が細く入り込んで迷路のような迷宮都市。

 

 

◯カサブランカ

モロッコ最大の商業都市。

 

 

(カラブランカ 歴史)

 

 

 

ベルベル人により「アンファ」という貿易港として発展。

1755年の大地震で壊滅。その後再建され、アラビア語で「白い家」を意味する「ダール・バイダ」と呼ばれ、その後同じく「白い家」を意味するスペイン語で「カサブランカ(Casa blanca)」に。

 

1755年の地震といえば、リスボンでこの地震の爪痕を多く見たが…

 

2025/11/25 欧旅⑦ リスボン2日目 リスボン市内観光 | 歴史好き感染症科医の旅行ブログ

 

 

(1755年 地震)

 

 

カサブランカを襲ったのは1755年のリスボン地震の余震とする説。なるほど。

 

 

 

今日も色々調べたりしで宿を出発したのは11時半。

最近は出発が遅過ぎる?そろそろ旅の疲れが…

 

路上にロバが…

 

 

カオス。よくみる。

娘はまだ馬とロバの見分けがつかず「おうまさん」と呼んでいる。

 

 

公園をみつけた。一応遊具はあったが、衛生状態やいかに。

猫がおしっこしてるのみたし、犬っぽいフンも。

 

 

出来るだけ土に触れないように少しだけ遊ばせた。

 

 

モロッコは単包性エキノコックスの流行地域らしい。

 

 

近くのレストランでランチ。

 

 

Plat royal(シュワラマ、ファラフェル、ハムス、串物、サラダ、フライドポテト)

 

 

「Royal」の名について昨日のトラウマがあれど、きちんと120ディルハムきっかり(約2100円)だった。

google評価は高い店なのでやはり騙しはなし。

塩が効いていて美味しい。

モロッコ料理は味が濃くて全般的に美味しいな。

ただレパートリーがあまりなくてそろそろ飽き始める。

 

 

その後娘が遊び足りないので、先日行ったショッピングモールのゲームセンターに行くことに。

 

 

少し行くと旧市街を抜けた。

 

壁と門

 

 

こんな感じで旧市街を壁が囲んでいるようだ。

 

 

この地図には、壁の所々にマークとBabという文字があるが、「Bab (باب)」はアラビア語で「門」という意味らしい。

(我々の中でBabと言えば娘。まだまだバブちゃん)

 

よく見ると、壁の上にむちゃくちゃ鳩がとまっており少し笑った。

 

 

鳩だらけ。

 

 

こんな壁がずーっと続いている。

ここまで全周を壁で囲まれた街はあまりないかも。部分的に残っているのはよく見るけど。

 

まぁこの前行ったトレドも全周を城壁に囲まれてはいたが。

 

2025/12/2 欧州⑬ マドリード2日目 トレド1日目 マドリード2時間観光 トレドへ | 歴史好き感染症科医の旅行ブログ

 

 

そういえばトレドのこの感じどこかで見覚えがあると思ったが進撃の巨人ぽいかも。

 

 

 

街並み自体はドイツを参考にしたっぽいけど。

 

 

話を戻しこちらの壁。

 

 

沢山ある穴は何なのだろう?

よく鳩が入り込んでいるのを見るけど。鳩のため?

 

googleレンズで検索かけたら…

 

 

工事用の足場とのこと。

足場くらい外付けにすればいいのに…

 

所々に門(Bab)。

 

 

壁を挟んで旧市街の反対は新市街。

 

(新市街の歴史)

 

 

1913年からフランスの指導で開発。

どおりで街並みがヨーロッパ。

 

 

とあるホテルの前に気になる像。

 

 

googleレンズで検索しても有益な情報はなし。

見た目的には黒人?アフリカの民族衣装か?

 

街並みはもうヨーロッパ。

 

 

Menara Mall前も。

 

 

庭園ですか?

 

この前のゲームセンターで100ディルハム(約1750円)で目一杯2時間半遊んだ。

 

 

 

 

娘は満足してくれた様子。良かった。

 

 

アイスでお口周りべちゃ子。

 

歩く元気がないので、諦めてinDriveでタクシーを呼ぶことにした。

アプリはやっぱり使い勝手はあまり良くないが、ある程度高めの値段で交渉かけて、待ち合わせ場所を目印がある路駐できるところできちんと選べば比較的労力が少なくて済むかも。

 

運転手は昔日本食レストランで働いたことがあるということで日本語を少しだけ話した。

車のシートベルトは壊れていた。今のところ乗ったタクシーの半分はシートベルトを使えない…

旧市街は道が狭いところが多いので降りるのもさっさとしなければ後ろの往来がつっかえる。ひと苦労。

 

晩飯はいつものところでシュワルマを購入。

 

 

宿に戻って食べる。相変わらずうまい。

 

この宿、内装とか宿の人の気遣いとか最高だけど、部屋に全く日が入らないのと、路地が近いので外の音が少しうるさいのは気になる。

特に遅い時間に多分地元の中学生がたむろして駄弁りつづけている。

東京では中学生は公園でたむろしていると思うが、こちらでは路地でたむろするのか。

 

 

22時半就寝。