エジプトの旅行会社 トライウェイズトラベルです![]()
ロンドンとニューヨークにあるクレオパトラの針が
1877年頃までアレキサンドリアに立っていたことを知り![]()
いまは殺風景に思えるアレキサンドリアに古代エジプトの風景があったことに感動。
クレオパトラの映画を見ても、
想像力が働かず、グレコローマン博物館、オベリスクの写真を見て
おぉ、本当にあったんだと確認出来て、ウキウキ![]()
こちらは1870年のアレキサンドリアの写真
古代の柱がモスクの尖塔と同じ高さで残っています![]()
クレオパトラの針はクレオパトラの神殿に立っていたそうですが、
クレオパトラがつくらせたものではなく、
もともとトトメス3世により作られ、
クレオパトラの時代より1000年前ほどに出来たもので
カイロのヘリオポリスに立っていたものだそうです。
カイロのヘリオポリスからアレキサンドリアまで、
距離は250Kmほど離れていて、車両の移動時間は4時間ほど。
ヘリオポリスからアレキサンドリアまで運んできた当時の技術の凄さを思うと
ふるえます![]()
ラムセス2世の巨像の搬送で、現代の力で持ってしても、
ラムセス(ショハダ)中央駅からギザまで10時間かかっています。
渋滞がなければ、1時間から1時間半ほどの距離です。
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車がないときに、どうやって運ばれたのでしょうか。
丸太でゴロゴロ転がしながら時間を掛けて行ったのかしら?
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と思いましたが、船ですね![]()
ギザのピラミッドの建造にたずさわったメレルの日誌について
ナショナルジオフィック日本版で読み、船が巨大な建築物の搬送に
活躍していたことを知りました![]()
南トゥーラーの採石場からギザの建設現場まで船で3日間かかったそうです![]()
いずれもカイロ市内で、車の移動なら、渋滞がなければ1時間半ほどでしょうか。
切り出すことも大仕事なら、
ピラミッドまでどのようにナイルが流れていたのか分かりませんが、
ピラミッドに使われる石が一度運ぶのにどれくらい積まれていたのか。
運搬中に沈んだこともあるのではないでしょうか。
またナイルの深さが十分にないと運ぶ事は出来ませんよね![]()
氾濫時期でなくとも、水量がたっぷりあったということでしょうか。
それともナイルの氾濫時期に合わせてつくられていたのでしょうか。
またオベリスクの話題に戻りますが、トトメス3世のオベリスクは
アスワンあたりの急流近い石切り場からヘリオポリスへ運ばれたものだそうです。
アスワンはアレキサンドリアより距離があります。
一工程ごと、考えると凄いことですね![]()
そんなに大きく見えないタハリール広場に立つオベリスクはラムセス2世のもので
高さ20メートル、重量は100トン。
パッと見、クレオパトラの芯はそれ以上の重量に見えます![]()
お写真お借りしています。
イメージがわかないので、
古代の船が石材を運ぶ様子が描かれたレリーフがサッカラにあるようなので、
見に行きたいと思います。





