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エジプトの旅行会社 トライウェイズトラベル

エジプトの現地旅行会社です。
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エジプトの旅行会社 トライウェイズトラベルですおねがい

 

もう10年ほど前のことですが、

エジプト人の友達からもらった花束はこんな青い菊でした。

菊は白じゃなくても、仏花の印象があるので、

気持ちは嬉しかったけど、戸惑ったことを覚えています。

ただ、その頃のカイロの花屋で見かける花束といえば、菊でした。

最近ではきれいなバラが販売されていますウインク

 

 

1900年6月パリのグランドホテルのロビーで、

目の前でバラの花束を落とした美しい女性に

 

『エジプトではバラはもっと美しいですよ。』

 

と声を掛けたエジプト人がいました。

 

いやいやいや、

エジプトにその頃、バラがあったのでしょうか?

10年前の花屋ですら見られませんでしたよひらめき

 

そう言ったのは26歳の若きアッバース・ヘルミー2世でした。

 

その頃のアッバース2世は、ムハンマド・アリー朝第7代君主、

オスマン帝国の副王で、

4人の子供の父親になっていました。

 

最初の妻とのなれそめはこちらです。

 

思いがけない場所でアッバース2世の姿を見て驚き、

バラの花束を落としたのはこちらの女性、

ハンガリー貴族マイ・フォン・トロック伯爵夫人、

後のジャビダンです。

 

アッバース2世との最初の出会いは、兄からの紹介でした。

ハプスブルク家の王子やヨーロッパ、エジプト、オスマン、東洋の貴族の子息が学ぶ

ウィーンの有名なアカデミー、テレジアヌムに兄を訪ねたとき、

 

「内気で、金髪で、灰色がかった青い目をした」アッバースを紹介され、

その翌日も舞踏会で会って以来の数年ぶりの再会でした。

 

 

マイ伯爵夫人の回想録から、

アッバース2世はその再会から伯爵夫人に心を奪われ、

短いながらも情熱的な手紙のやり取りを始め、エジプト訪問の招待状を送っています。

 

ふたりはアレキサンドリアの宮殿で秘密結婚(第一夫人がいたため)を挙げ、

それから数年後、正式な結婚が行われたのは1910年2月のことでした。

 

 

マイ伯爵夫人も造営に携わったアッバース2世のお気に入りの宮殿、

アレキサンドリアのサラムレク宮殿が出来る前だったのか。

彼女のエジプトでの生活はとても充実していたようですおねがい

 

 

普段はカイロのマタレイヤそばの宮殿で居住していて、

 

こちらの宮殿だったのでしょうか目

 

カイロにあるアブディーン宮殿と

アレキサンドリアのラス・アル・ティン宮殿を行き来していたそうです。

 

赤十字の一員として市民活動に参加し、第一次バルカン戦争の犠牲者の慰問をしたり、

ベヒシュタインのグランドピアノで外国要人の妻たちをもてなしたり、

時にはイタリア人女性画家の協力を得て、降霊術を披露することがあったようです。

これは後にアッバースの耳に入り、中止を余儀なくされました。

イスラムに改宗したひとに許されるイベントではなかったと思いますが、

心が自由なひとだったのですね。

 

これは降霊術の反対!?のカイロで見られる悪魔祓いのイベント

イスラム教の人たちから顔をしかめられますてへぺろ

 

当時の宮廷の儀礼では王室の妃が国家行事に参加することは禁じられていましたが、

マイ伯爵夫人は、夫の協力を得てびっくり

男装してびっくり

アスワンダムの拡張工事の最後に石を据える行事に一緒に出席したそうポーン

 

この中に男装したマイ伯爵夫人がいるんですね目

 

時が経つにつれ、伯爵夫人は変装の達人になり、

ある時、変装したことを忘れ、

男性廷臣に向かって話している

マイ伯爵夫人に気付いたアッバース2世が

フランス語で「愛しい人、疲れていないの?」とささやき、

耳にした宮廷大臣は唖然としたそうです爆  笑

ジャビダン(イスラム改宗後の名前)が書いた

回想録Harem Life に書かれていることのようです。

 

マイ伯爵夫人は離婚後もジャビダンとして生きていきました。

そしてアッバース2世は亡くなるまで彼女を経済的に支援したそうです。

 

 

アッバース2世のハンガリー人の同級生で、

副官を勤めたケレメン・アルヴェイは、

1928年5月3日付の『ナショナル・ツァイトゥング』紙に掲載された記事の中で、

ジャビダンを


 

「稀代の美女で、知的で温厚な女性であり、

しばしば小心な副王(アッバース2世)をなだめるような影響を与えた」と評しています。

 

ファイユームの温室育ちのバラの花束

 

こちらはフォロ・ロマーノのバラですが、

彼らの手入れされた庭園には美しいバラが咲き誇っていたのでしょうかおねがい