アレキサンドリアの3つの名前を持つ通り  | エジプトの旅行会社 トライウェイズトラベル

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アレキサンドリアでGoogle map 上のHorreiya 通りを歩いてきましたあし

 

この通り沿いにはアレキサンドリア国立博物館、

通りから少し入ったところにグレコローマン博物館があります。

 

通り沿いの番地の入った看板にはGamal Abdel Nasser St.とあります目

 

前回、アレキサンドリアで探した今はなきカフェはこの通り沿いにあり、

タクシーの運転手に「Horreiya 通り」と何度も言ったけど、

要領を得ず、

あれなんで滝汗

その運転手さんはしきりにFouad 通り(?)と言っていることに気づいて耳

なんなんだろう?

 

グーグルマップが間違っているのかな?

この通り名は実際なんなんだろう?

と思ったのが最初でした。

 

通りに3人で座っていた仲良しおじいちゃん門番さんたちに聞いて分かったのが

通り名で一番古いのがFouad(王)通り、

 

その後、Horreiya(自由)通りへ、

 

最後はGamal Abdel Nasser (元大統領)通りだそうです。

番地の入った看板もそうでした。

 

本来、この通りは元大統領の名前なのですが、

グーグルマップ上ではHorreiya 通りで、

通称Fouad 通りだそうです( ..)φメモメモ

 

そしてこの通りは、

古代では、都市の中心を東西に貫く大通り、The Canopick Wayの一部で、

プトレマイオス朝やローマ帝国時代のモニュメントのほとんどは、

この近くに建っていたそうです。

 

世界に誇る学術都市として有名だったアレキサンドリア、

学術研究所ムセイオン、膨大なパピルス文書が集められた図書館は

Horreiya通りと現在のAl Naby Danyal 通りと交差したあたりに

あったとかびっくり

 

Al Naby Danyal通りの海側の端に

いまはない2本のオベリスクが立っていたそうですびっくり

 

現在はロンドンとニューヨークに立つクレオパトラの針と呼ばれるオベリスクです。

オベリスクが海を渡ったのは1877年頃の話。

 

オベリスクが立っていた当時のアレキサンドリアの写真

お写真お借りしています。

このオベリスクはニューヨークのセントラルパークに

立っているものだそうです目

 

クレオパトラの神殿に立っていたという

このオベリスク(オベリスクの隣の建物は神殿!?)は

海に沈んだ神殿のように天災で海に沈んだり、崩壊したのではなく、

人災(?ムハンマド・アリーによって)で引っこ抜かれて

古代プトレマイオス朝の風景がアレキサンドリアからなくなったのですね真顔

 

3つの名前を持つユニークな通りは古代の通りの一部で、

古代の大通りは太陽の門と月の門で結ばれていたそうですデレデレ