星の王子さまが生まれた砂漠 | エジプトの旅行会社 トライウェイズトラベル

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新訳『あのときの王子くん』(星の王子さま)の朗読を知り、聞いてみると面白く、

【睡眠朗読】と書かれているだけあって、まんまと寝落ちしました。

 

おとぎ話くらいの印象しかなかったものが、あらためて聞くと、

こんなに深い話だったんだと驚きました。

 

星の王子さまを読む(?)のは、これで3回目ですが、

”大事なことは目に見えないんだ”

というフレーズだけで読んだ気になっていました。

新訳のせいもあるだろうし、大人になったからというのもあるかもしれませんが、

初めてこんなに興味を惹かれました。

 

お写真お借りしています。

 

何が惹かれたって、

サンテグジュペリが、星の王子さまを書いたきっかけになったのが、

サハラ砂漠に不時着した体験だったことびっくり

 

お写真お借りしています。

 

35歳のとき、フランス―ベトナム間最短時間飛行記録に挑戦。

パリを飛び立ち、地中海を渡り、

リビアからエジプトへ向かうところで、

機体トラブルで不時着しました。

 

彼らが不時着した砂漠はどのあたりだったのでしょうかキョロキョロ

 

私が行ったことがある砂漠はバハレイヤオアシスくらいですが、

そこでもカイロから約360キロ、

リビアの国境近くのシーワオアシスは、約750キロほど離れています。

 

墜落地点は、当時エジプト領だったリビア砂漠、

カイロ西方200kmだったそうです。

 

1935年12月 午前2時(←ひどく寒かったと思います)

整備士とふたり、幸いけがはなく、

二人は飛行機に遺書を残し、星を頼りに歩き続け、

一時は絶望視されるも数日後に遊牧民に遭遇、3日後にカイロに生還、

九死に一生を得ました。

 

この不時着から10年も経たず、同じリビア砂漠で、アメリカの爆撃機B-24が

イタリア・ナポリへの爆撃任務からの帰路、地中海上で行方不明になり、

飛行機に乗組員の遺体はなく、後の捜索で判明したのは、

パラシュートで脱出、爆撃機は無人で26キロ飛行して不時着したことが分かりました。

乗組員9名中8名の遺体が収容されたそうです。

 

サンテグジュペリがサハラ砂漠に不時着したのはこれで2度目だったそうですが、

そうとうな強運の持ち主だったのですね。

 

不時着した年はフアード王の時代(1917-1936)、

その王室内には、リビア砂漠の探査、交易ルートの開拓、新たなオアシスの発見など

本を著した人物もいて、

フランス機の不時着はフランスからの問い合わせもあっただろうし、

王室の耳にも届いていたでしょうか。

 

 

お写真お借りしています。

 

 

「さばくはうつくしい。」

と、その子はことばをつづけた

 

まさにそのとおりだった。

ほくはいつでも、さばくがこいしかった。

なにも見えない。

何もきこえない。

それでも、なにかが、しんとするなかにも、かがやいている

 

砂漠から生まれた美しいおはなしから

長いこと行っていない砂漠へ行きたくなりました。