エジプトの旅行会社 トライウェイズトラベルです![]()
ポップアップされてきた中に目に留まった記事がありました。
宝石ブランドの妖精をモチーフにしたジュエリーの紹介でした![]()
しばし、目の保養になりました![]()
ほかにも、そのブランドVan Cleef & Arpelsの顧客だった
アメリカ人のバーバラ・ハットンの写真も添えられていました。
いわくありげな彼女が気になってウィキペディアを開くと
そこには、ミリオネアの彼女が所有していたジェリーにも触れられていました。
多くの高級ブランドの顧客だった上、歴史上の人物由縁の宝石を持っていて、
二度見した名前がありました(マリー・アントワネットにも驚きましたが)![]()
それが、ムハンマド・アリーの息子のイブラヒーム・パシャ(1789-1848) でした。
オペラ広場にある像
イブラヒーム・パシャが所有していた40カラットの八角形のダイヤ
バーバラの左手薬指にはめられてます。
元々、指輪だったのか、購入後、彼女が指輪にしたのかはわかりません。
(八角形が気に入らなくて、削って36カラットにしたことも書かれていました)
イブラヒーム・パシャは、ムハンマド・アリーの長男で、
ムハンマド・アリーに代わり、エジプト軍の遠征を指揮し、何度も勝ち戦に導きました。
イブラヒーム・パシャのことも、あの本に書かれてた!
久しぶりに開いたムハンマド・アリー朝のメンバーが書いた
『In the house of Muhammad Ali A Family Album 1805-1952 』 では、
イブラヒーム・パシャの兵士たちを鼓舞するスピーチで涙を流す者がいたとか、
戦いのあとは、兵士たちと一緒に地べたで食事を取り、
負傷したドクターをサポートしたりと部下の面倒見が良く、
父ムハンマド・アリーからの信頼も厚く、
遠征軍の指揮官として非常に優秀だったそうです。
唯一、アレキサンダー大王と比較される人物だとか。
アレキサンドリアにあるロイヤルジュエリーミュージアム
イブラヒーム以降の子孫たちのジュエリーは、ミュージアムが出来るくらいなのですが、
質実剛健な印象のひとが後世に残るようなダイヤモンドを持っていたことに驚きました![]()
イブラヒーム・パシャは、このダイヤを手に入れた年に病気で亡くなっています。
どういった経緯でアメリカのバーバラ・ハットンの元に、
時代を超えて、エジプトのイブラヒーム・パシャのダイヤモンドが渡ったのか分かりませんが、
思わぬところでムハンマド・アリー ファミリーの名前を見つけて、嬉しくなりました![]()
このダイヤ、現在はイタリアにある説が濃厚らしく、誰が所有しているか分からないそうです。








