エジプトの旅行会社 トライウェイズトラベルです![]()
最近、ムハンマド・アリー朝の子孫を見つけました![]()
モデルさんみたいじゃないですか!?
このお嬢さんが、彼らの血を引くひとり。
高貴な血のせいかしら、大きなダイヤのネックレスが目に入りますが、それもお似合い![]()
一般人だと、このネックレスに負けそうです![]()
このお嬢さんは、クィーンナズリの娘、プリンセスファイカのお孫さん。
プリンセスファイカ
クィーンナズリ
お気づきになりましたか![]()
子孫のお嬢さんがつけているネックレスは、こちらの写真のナズリ着用のもの
1939年、ナズリが、娘ファウジィーヤの結婚式のためにVan Cleef &Arpelsに
依頼したダイヤとプラチナで出来たネックレスです。
673個のダイアモンドですって![]()
重くて肩がこりそうです![]()
2015年12月ニューヨークのサザビーズでオークションに出展された
このネックレスの価値は、US$ 4.3 million![]()
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43,000,000ドルで
、
現在のレートなら、4,791,490,000.00円![]()
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(3月17日付ヤフーレート 1ドル=111.43円)
0の数が多すぎて、数えられません![]()
並べられた画像がありました。
若き子孫、アミーナ・エル・デメルダシュは芸術家です。
娘ファトヒーヤ、クィーンナズリ、ファイカ
ナズリの父は農業大臣を務め、幼い頃から、何不自由なく育ち、姉妹トともに2年間パリ留学、
その後、1919年5月、スルタン・フアードと結婚、
1922年、フアード国王戴冠の際、スルタナから王妃へ。
元王妃のナズリがアメリカ亡命後の生活に困り、
ビバリーヒルズの豪邸から小さなアパートに引っ越して、
思い出深い宝石を手放すしか術がなかったなんて、
そうとう辛い思いをされたんだろうな。
息子のファルーク、娘たちの援助はなかったのかしら。
ファルークが亡くなってからの困窮だったのか。
ナズリが、アメリカからエジプトに戻りたいと要請をして、
許可を与えたアンワル・サダート、サダト以前のガマル・アブデル・ナーセルによって、
子供たちからの資金援助が難しかったのか。
母親のことよりも、皆それぞれ、君主制崩壊後の人生を生きるのに必死だったのか。
援助があったにもかかわらず、
昔の生活が忘れられずに生活レベルを落とせずに招いた結果だったのか。
悲しい晩年を持つ曾祖母ナズリ
君主制はなくなっても、脈々と続く家系に生まれたアミーナ・エル・デメルダシュに
曾祖母ナズリ、大叔父ファルーク、大叔母たちのことをどのように思っているのか、
直接、お話をお伺いしたいものです。













