ラムセス駅前はミクロバスや、バスの出発地点でもあります。
いつでもひとと車がごった返している場所。

地下鉄に向かうところでいつも気になっていた建物がありました。
周りの街灯が少ないのかそのあたりは薄暗く、
そこに近づいていく気はサラサラなくて、目で追うだけでした。
昼間行ってみると、あら、立派な建物!


建物を目にして、手前のほうから写真を撮りながら近づいていくと、

建物の反対側の門番のおっちゃんが、
『あれは、ムハンマド・アリーが住んでいた家だ!』

興味があるムハンマド・アリーの名が出てきて、
えっ、本当!? ヾ(@°▽°@)ノ
ムハンマド・アリーはエジプトの近代化政策を推し進め、国力の増強を図った人物です。
『あ~、そうだ。ムハンマド・アリーはあそこに住んでいたんだよ。』┐( ̄ヘ ̄)┌

見てきたように話すおやじのことばにワクワクしながら(●´ω`●)ゞ
建物前へ。

建物の一部分を利用して靴や服が売られています。

中から手招きするひとがいて、近づいていくと、
手招きしたひとは何も知りませんでしたが、奥にいた女の子が、
やっぱりここでも建物のことを話してくれました

『ここは、ムハンマド・アリーのお母さんがつくった共同水場よ。
困ったひとを助けたり、家のない人に宿代わりにつかわせてたのよ。』

へぇ~(・∀・)
そうなの(≧▽≦)

門番のおっちゃんとこのおねえちゃんのいうことどっちが正しいのか、
まったく分からないけど、共同水場、サビールであることは外観で分かる


おねえちゃんに1票!!

さだかかどうかは、分かりませんが、とりあえずは、ムハンマド・アリーに関する建物らしい(´0ノ`*)
ただただ、うれしい:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
サビール・クッターブがどんな建物かというと、
上が学校、下が共同井戸のイスラム世界独自の公共施設です。
ここはサビールだけのよう

ムハンマド・アリーはイスラム地区のムァイッズ通りに息子たちのために!?
サビール・クッターブをつくっています。
長男イブラヒームが戦いで亡くなった際に、そして、ムハンマド・アリー本人の名前がついているサビール・クッターブにあったのは、次男アハマドの写真。若くして亡くなった息子への弔いの意味でつくられたのでしょうか。
ムハンマド・アリーを育てたお母さんは肝っ玉母ちゃんだったと想像します。
ムハンマド・アリーの母が存命中につくったものなのか、ムハンマド・アリーが母に捧げるためにつくったのかどうかはわかりませんが・・・美しい建物です。