バスに乗り込み、長く続く水道橋を眺めながら



中継地点、サイエド・アイシャに到着。

ここはいつでも人も交通量も多い場所です。

サイエド・アイシャを出発して、左手に見えてきたのはカイロのランドマークであるムハンマド・アリーモスク


このルートを車に乗って、流れるイスラムの街の景色を眺めるのが本当に好きです。

ムハンマド・アリーモスクを囲うサラ・イッディーンの城壁を過ぎると、左手に広がる景色がこちら


死者の町、マンシェート・ナーセル。
中世からの墓地。

今日はここが目的地。
さてと

誰が知ってそうかな

あたりをつけて、墓地前に座っている墓地の番人に声をかけます。
声をかけて、3人目、このおじさんに案内してもらうことになりました。

会社のスタッフや、前の会社の知人を巻き込み、場所を特定

その場所はファウズィーヤが眠る場所
彼女の兄、父、祖父など、ロイヤルファミリーが眠っているのはリファーイーモスク。
そこには前夫、イランの国王も眠っています。
ファウズィーヤもきっと、ここ・・・


リファーイーモスクに埋葬されたのかと思いきや、違っていたのでした。
場所を特定したといっても、ざっくり、「死者の町」に葬られたという情報のみ。
死者の町には、こんな立派なお墓もあります。
外観から中は想像できません。
ファウズィーヤの叔父にあたるタウフィーク・バシャのお墓

もしかしたら、タウフィークと同じ墓所内

場所が死者の町とわかって、少なからずそう思っていたのでした

タウフィークも本来であれば、リファーイーモスクに兄弟とともに埋葬されそうなものですが、ちょっと違っています。自分の家族を大事にしたくて別にお墓をつくったのだろうと理解しています。
そうでなくとも、さりげなく、立派なつくりの外観なのだろうと思っていました。

エジプトのロイヤルファミリー

プリンセスだったひと


アレキサンドリアにある彼女の屋敷は『ファウズィーヤ宮殿』と呼ばれている



それが、案内された場所はここ

ここに彼女が埋葬されたの

そう思うほど、質実剛健なつくりの外観。
周りの墓所と区別がつきませんでした

ファウズィーヤが眠る場所から見えるムハンマド・アリーモスク

ファウズィーヤが眠る場所は2番目の旦那さんの家族のお墓。
彼女の希望でだんなさんと同じ場所に葬られたとか。


死者の町をあとにしながら、ここが現世と墓地の境目のように感じました。

ゴールはここ、ファウズィーヤのひいじいちゃん、イブラヒーム・バシャの像があるオペラ広場。

カイロにも、アレキサンドリアにも、彼女に縁のあるムハンマド・アリーの家系の人物像や建物がここかしこに見られます

甥っ子、フアード2世と。
年老いてもなお、美しいひと

※ファウジィーヤだと思ったこの女性は、兄ファルークの最初の奥さんファリダとの長女フェリエールで、ふたりは異母兄弟です。失礼しました。
エジプト王室の一員だったファウズィーヤは、自らエジプトの一市民として亡くなったような気がしてなりません。
ムハンマド・アリーはじめ、彼女の祖先はアルバニア系、そして、彼女の母方のひいじいちゃんはフランス人。
混血の歴史を繰り返しているエジプトに生粋のエジプト人なんていないのだと思いますが、
ムハンマド・アリーなんて、エジプト人が信用できなくて、エジプト人の側近を雇わなかったといいます。
自分たちとエジプト人とは違うと思っていたはず。。。
生まれ故郷のアレキサンドリアで亡くなったファウズィーヤ。

<左端ファウズィーヤ 兄・ファルークと妹と>
こよなくエジプトを愛していたように感じられます
