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「できる子」の構造

子どもの中学受験が終わった。はじめは楽勝だと思っていた。でも楽な受験なんてないんだなと思い知らされた。まぁ結果的には第一志望合格だったのだけれど...。そんな回想記。

アメーバで知り合った方のブログを読んでいて思い出したのだが、

うちの子も 「女心の読み取り」は不可能だった。

もう最後の冬休み頃のある日、小説文の問題の復習で。

  ~

「花子は何で太郎に対してこんなに最初から最後まで不機嫌なんだと思う?」

「・・・・」

「それがこの話のかくされたテーマでしょ」

「・・・・」

「中学受験でよく出るのテーマだってば!何?」

「いじめ?」

「違うでしょ、恋だよ、恋っ! 花子は太郎のこと内心好きなんでしょうよ」

「うそぉっ! ありえねええし、わかるわけねええし!」

  

まあわかる訳ないよな とは思った。

「何でまあそんなに侘び寂びも人情もわからん野暮な子なのさ!」

と言いながら、(可愛い奴め)とも思った。

  ~

できない構造3 混乱

  

はじめにCコースで週例テストを受けていた時の

10回の国語のテストの平均偏差値は54.4だった。

C全体の1/3以内には入っていたのだ。

初めてSコースに上がって受けた7回の平均が33.9…。

1回だけでもかなり目が回りそうな数字だが、平均値なのだ。

  

これは不毛なタラレバだし、YTのシステム上もありえないことだけど

国語は授業だけでもCコースのものを受けていたら..という思いはある。

もう少し下のレベルの子たちを対象とした授業で少しずつ

力を伸ばしてもらったら、国語の成績も変っていたのではないかな と思う。

  

現実には選抜組で遥かに力の上の子たちを対象とした授業を受けていた。

それでも少しずつ力はついてきていたのかもしれない。

5年下の週例テスト全体の国語偏差値平均は40未満だったけど、

5月末から7月にかけての33.9よりは上がっていたし、

秋の組分け後の第11回から12月の終了時の第16回までの6回、

平均偏差値は43.5と上がってきていたのだ。 (お粗末ダケド…)

この時点(12)で当時の先生に学習相談した際には

はじめは確かにちょっとついてくるのがきついかな? と思ったけど少しずつ力は伸びてます。例えば四択問題などでも、絶対に切らなきゃいけない選択肢2つはちゃんと切れるようになってきています、それに男の子が本当に力が付くのは6年の学校別が始まってからですよ

と言われた。

もしこの先生の担当が6年でも続いていたらどうだったのだろう? という

タラレバもある。

  

少しだけ曙光を感じ始めたところで、新6年となり

国語の担当の先生も交代した。

新しい先生は難関校請負のエース級の先生だった。

弟彦が第一志望に合格できたのは間違いなくこの先生のおかげだ。

この先生のおかげで、中学受験国語の中の 「ある要素」は

ものすごく伸びた。

でも、この先生に代わって以降極端に混乱してしまった要素もある。

  

集団授業形式を受ける以上、

「当人の実力以上の高度な内容」に遭遇することは避けられない。

受験では4科の実力に穴があってはダメだ、というが

それは何も入試本番のことばかりではないのだろう。

極端な弱点科目を他の科目でカバーして組分けを乗り切っている場合、

弱点科目の平日授業は消化不良を起こしている可能性が高い。

親がもう少し注視していればよかったのかもしれない。

できない構造2 無意識の指向

  

石原千秋先生の『秘伝 中学入試国語読解法』 の中に、

国語の得意な中学受験生の男の子=ませた男の子という記述がある。

その意味では弟彦は幼かったのかもしれない。

「精神年齢」と言っても色々な側面があって、

ある点では非常に分別があって大人の面もあったのだが。

  

小学校低学年の頃、幼児語を許してしまったのも失敗だったのだろう。

口が達者で辛辣な姉にいつもやり込められて

「気持ちは非常に伝わるのだが文法的には何とも変テコリン」な

日本語で懸命に反撃していた。

可愛くてそのままにしてしまったが、本人の為にはならなかったのだろう。

・・・

でも、本当にわが子の「幼児期」 のそんな微笑ましい一コマ、

家族にとって宝物のような思い出と言えるエピソードさえも

駆逐しなければならないのだろうか?

だったら中学受験の「成功」 っていうのは何て苦いものなんだろう。

私達にとって中学受験はごく自然で当然の選択肢に過ぎなかった。

そんな私でも、ちょっとやりきれない気持ちになる。

  

たぶん私自身が「ませた子」 よりも

「おバカで単純な男子」が好きだったのだと思う、無意識のうちに。

変テコリンだけど、同時に言葉の力に満ちた子どもの表現を

「将来の受験の障害だから」と修正してしまうようなことには

強い嫌悪感を感じてしまう。

もう一度再挑戦の機会があったとしても、やはりそんなことは嫌だ。

・・これは失敗した私の負け惜しみなのかな? 

私だけの孤立した感覚なんだろうか?

実はこうした「気分」 はネットでも現実のつき合いでも

結構たくさんの人から感じる。

  

結局、わが子が大人の語彙・大人の表現を使いこなすことを

親が無意識のうちに先送りにしていたのかもしれない。

中学受験では、それまでの育児の全てが問われると言うけど

その通りなのだろう。

特に国語では、テキストやテストの文章の背後にある膨大な

「日本語会話の時間」の全てが問われてしまったのだと思う。

年月を経たいびつな構造の弱点修正は、

応急処置などでは対応しきれなかった。

自分の子の中学受験での国語について振り返ると、

あれこれ色々な思いが次から次へと湧いて出てきて

収集がつかなくなる。

「冷静な総括」をして、さっさと気持ちを先へと切り替えたいのだが

なかなか難しい。

  

中学受験男子で「国語が苦手」 という子は本当に多い。

弟彦の同級生たちの自己紹介の冊子でも

「算数が得意・好き」という記述と

「国語が苦手」という記述の多さが目につく。

ブログで知り合った方たちの間でも、

お子さんが国語で苦戦されてる方は多い。

言語能力の男女差って、大学生くらいになっても

面接だの口頭試問だので確実に存在すると思うから

別に中学受験に特異的な問題でもないのだろうと思うけど、

でも、やはりこの年代は男女差が特に開いてる時期ではないだろうか。

  

そうは言っても弟彦の国語というのは、

「男の子はまあ国語が苦手なのは仕方ない」で済ますことは

できないレベルだった。

なんであんなに苦手になってしまったんだろうか。
  

できない構造1 読書嫌い

やはり原因のひとつは読書しないことがあると思う。

読書好きでも、国語の点は取れないという子も多いようだけど、

弟彦の語彙の少なさや教養の薄さ、抽象的な概念の理解の浅さなどは

どれも読書量の少なさから来ていると思える。 

一家の中で弟彦だけが本を読まない人間だった。

現実的な性格で想像力はあまり豊かでない、

単純で外遊びやスポーツが大好きな小学生だった。

家族はいつも行儀が悪いくらい本ばかり読んでいたし、

図書館に連れて行って好きな本を選ばせたりもした。

「こうすれば本好きな子になる」なんてアドバイスの内容は

普通に実践できていたと思う。 でも、本人が乗ってこなかった。

  

長じてどういうジャンルの本を読むようになるかは別として

やはり子どもの頃最初に読書が楽しくなるのは

「物語」 によってではないだろうか?

でも、弟彦は「物語世界」には全然入り込めない性格だったようだ。

  

姉子が好きだったハリー・ポッターも

「魔法? 何ソレ? バカジャネエノ?」って調子で

ほんのちょっとで読むのをやめてしまった。

5年の夏に、「これならば読むだろう」 と与えた『バッテリー』にしても

しばらく読んだところで何と 「ねえ、これ実話?」との質問。

答に困りながらも 「小説だよ、物語!」と答えると 「じゃあ作り話?」 と。

「まあねえ、物語だから…」という答に唇をへの字に曲げながら

(なんだ 作り話なのか・・ ガッカリ) といった表情を浮かべていた。


こういう性格では読書好きに育たなかったのも仕方ないと思っている...