1990年頃、あの当時のことを考えると珍しくもないのだろうが、俺が通っていた小学校は、鉄筋コンクリートの校舎があり、敷地内の片隅にまだ木造の校舎が残ってたんだ。
2階建てで、けっこうな数の教室があったけど、使われていたのはひとつだけ。放課後の工作クラブで1階の教室のひとつ(2室分くらいの広さの部屋)を使ってた。
木造の校舎は、蛍光灯も薄暗くて、放課後集まる教室以外はすべて不気味。
おまけに、その教室の前の廊下は奥に行けないように立ち入り禁止のロープがはってある。子供にとっては冒険心をくすぐられないわけにはいかなかった。
3年生のころ、放課後、クラブも終わって帰るときに同級生で同じクラブに入ってるやつが「探検に行こうぜ」なんて言い出した。
それまで工作クラブもさぼって怖いマンガなんか読んでたから、肝試しってことも含めて立ち入り禁止のロープをくぐった。
長いこと誰も立ち入ることがなかったみたいで、汚れてはいたけど思ったほどではなかった。
多分何ヶ月に1回は誰かが掃除でもしてたんだと思う。うっすらたまったホコリで足の裏が真っ黒になりながらも、板張りの廊下を進んでいった。
校舎自体はそれほど大きくなかったから、すぐ探検は済んだ。
よく考えれば、使われなくなった校舎なんだから必要な設備はもう新校舎のほうへ移されてるし、教室には机と椅子が山積みにされている、いわば倉庫がわりの教室くらいだった。
俺らとしては、古い理科室なんかを期待してたんだと思う。
ガッカリして2階の突き当たりで「もどろうか」なんて話した。
冬だったから5時頃になればもうあたりは真っ暗で、電気がついてない廊下は視界も悪くなってた。
いよいよ肝試しみたいになって、小学生3年ふたりじゃもう耐えられないくらい恐怖が頂点になってたんだと思う。
でも、友達の手前「怖い」なんて言えない。お互いに。
俺はとにかく、この校舎から出たかった。多分友達も同じ。
そのとき、背面にドアがあるのがわかった。
いつも入る入り口とは、方向的に丁度真逆にあるドアで、このまま出れば運動場側に出られると思った。
***********************
(教室)(教室)(教室)(教室)
───────────────
←ドア 俺 ドア→ ←こっちからいつも入る
友達
───────────────
(教室)(教室)(教室)(教室)
***********************
こんなかんじね。
使われてないドアだったから、鎖がかけられてたんだけどかなりゆるくなってたからすぐに取れそうだった。
ドアについてる窓ガラスからは、夕焼けのかすかな日差しがさしてる。
俺たちは外に出たい一心で、鎖を解いてドアノブに手をかけた。
錆びてはいるみたいで、重かったけどなんとかまわった。それにドア自体には鍵もかかってなかった。
そのとき、ガラスの向こうに人影が見えた。
「やべ!先生か?怒られる!」っつって、友達と一番近い教室に逃げた。
「誰かいるの?ここは立ち入り禁止だよ」
ドアが開いて、入ってきたのは先生じゃなかった。
高学年の女の子だった。
「なんだ、先生かと思った」
って、俺は友達と一緒に教室から出た。
女の子は、3年生の俺らから見ると背が高くて、男勝りなその女の子は、かなり心強かった。
「もう下校時間過ぎてるよ。帰んな。」
「だから、もう帰るよ。」
って言って、今女の子が入って来たドアに向かうと、女の子が俺らを遮ったんだよ。
「そっちは非常階段。あんたらには危ないから来た道を戻りなよ」って。
でも、もう真っ暗な校舎内を来た道を帰るのは…と口ごもってると、女の子が
「じゃあ、ついてってあげるから」と言ってくれた。
情けないけど、仕方がなかったし、俺らは3人で校舎内の階段を降り、元来た入り口まで戻った。
木造校舎の入り口に、誰かの人影が見えた。
それが先生だ、と気付くと、女の子が「もう怖くないでしょ。」って言って、俺らを先生に引き渡した。
先生は、クラブが終わって木造校舎の戸締まりをしようとしたら、入り口に下履き靴が2人分あるままだったので、出てくるまで待っていたんだという。もうちょっと遅かったら、探しに行こうとしてたらしい。
「5年生か、6年生の子が来てくれた」と先生に言うと、先生は「どこ?」と言った。
気付いたら女の子はいなくなってた。
先生に出会うまでは確実にいたんだけど。
そこから、俺たち2人はこっぴどく叱られた。
下校時間を大幅に過ぎても帰らなかったこと、立ち入り禁止の校舎に入ったこと。
怒られてる途中でふてくされた友達が
「あの非常階段から出てりゃよかったな」
なんて言ったのを、先生が聞き逃さなかった。
「あなたたち、あの非常階段の扉を開けたの?あそこはもう非常階段は前に取り外されてるから、あの扉から出たらそのまままっさかさまよ。」
俺たちは愕然とした。
そのまま、友達とは何も話さず帰った。校舎の外から見てみると、やっぱりあの場所に非常階段はなかった。
非常階段があったであろう場所には錆のあとだけが残っていて、2階のあの位置に、ポツンと扉があった。
きっとあそこを開けていたら、俺たちのどちらか、あるいはその両方が2階から飛び出して大けがをしていただろう。
あの非常階段を取り払った理由を先生は「前に生徒が足を踏み外して落ちる事故があった」と言っていた。
その生徒は無事だった、と先生は言っていたが、多分あれは生徒を怖がらせないための嘘なんじゃなかったのかな、と今になって思う。
その校舎も今は完全に取り壊されてしまった。