聞いた話。
ある中学校で、ある有名な怪談話があった。
体育館の隅にある体育用具室。
そこに下校時刻を過ぎて“3人”でいると、「ヒキコさん」がやってくるというのだ。
ヒキコさんというのは昔この学校に通っていた女の子のあだ名で、
「ヒキコモリ」からつけられた名前で、いじめられっこだった。
ヒキコさんはある放課後、カバンを隠され校舎中を探していた。
「体育用具室で見たかも」
というイジメっ子の言葉に、仕方なく一人で体育用具室へ向かったところ、
待ち構えていたイジメっ子にドアのしめられ、外側からかんぬきをかけられてしまった。
「ねえ、そこにいるんでしょう?イタズラしないで、出して…」
ヒキコさんはそう言うが、もうちょっと、もうちょっと、とイジメっ子はドアを閉めたまま。
「ねえ…出して…」
そこで、言葉は途切れた。
ほんの軽いイタズラ心からだったが、そのショックでヒキコさんは心臓発作を起こし死んでしまったのだ。
そして、そのいじめたグループというのが“3人”だったのだ。
ヒキコさんは今でも自分をいじめた生徒を捜してまだ校舎に留まっている、という怪談話だ。
「なあ、今から肝試ししねえ?」
そう言ったのは京介だった。
京介、直紀、裕太の3人はいつもつるんでいるグループで、その日も放課後まで教室でトランプをしたりしていた。
「もう下校時間過ぎてるし、今用具室行けば会えるぜ、ひきこさんに。」
元来オカルト好きの京介はノリノリだ。
直紀もそういった類いの話は嫌いではない。だが、裕太は1人乗り気ではなかった。
「や、やめようよそういうの…」
裕太は、ガキ大将的な京介と直紀にいつもついてきている存在で、気弱な性格がわざわいしいつも嫌な役を押し付けられる。そんな内気な性格だった。
「なんだよ怖いのかよー」
京介と直紀にからかわれながらも、結局3人そろって用具室へ行くハメになってしまった。
体育で使うマットや跳び箱に乗って遊んでいるが、なにもない。
「なあ、ヒキコさんが現れるってどんな現れ方するんだよ。」
「えー?うーん、追いかけられたりするのかなあ。」
などと、とりとめのない話を続けるがなにも起こらないので、3人とも飽きて来たそのときだった。
…コン…
コン…
用具室の扉を叩く音がする。
「……先生か?」
3人がそう思ったときだった。
ダンダンダンダンダン!!
ものすごい勢いで扉が叩かれているのだ。
観音開きの用具室の扉は、重い鉄で出来ており、振動が壁を伝わって3人の肩が震えるほど強く何度も叩かれている。
「先生じゃない!」
直感でそう思った。
「どうしよう、ヒキコさんに殺される」
用具室の扉はひとつしかない。その扉は今、激しい轟音を響かせている。
ガシャン ガシャン
扉を叩き付ける音の合間に、観音開きの取手を激しくゆする。
「本気でこの扉を開けようとしてんだ。どうしよう…!!」
京介と直紀が用具室の隅で震えているとき、裕太が思い立ったように立ち上がった。
そして扉に走りより、重い鉄の扉を開けたのだ。
「バカ!開けるな!開けたら…」
そう言いかけたときだった。
ふぅっと風が用具室から抜け出たようだった。
「うわーーーーー!!」
一瞬の静寂のあと、3人は糸が切れたように走り出した。
走って走って、体育館からはるか離れた校門まで3人は力一杯走った。
「はあ…はあ…バカ、いきなり扉開けるやつがいるかよ」
直紀が言った。
「だって…」
裕太は言いにくそうに言葉を濁したが、続けてこう言った。
「ヒキコさんが扉を叩いていたのは、内側からだよ。」
外国の話。
とある3階建てのオフィスビルで働く男は、いつものように3階にあるオフィスビルに行こうとエレベーターに乗った。
ボタンを押そうとすると、そこに見慣れぬボタンがあるのを発見した。
「4」と書かれたボタンがあるのだ。
もちろんこのビルに4階は存在しない。
ものはためしと、4階のボタンを押してみた。
その後、その男は行方不明となった。
しかし2年後、そのビルの建て増しが決まり、ビルは4階建てとなった。
ビルの建て増しが完成すると、その男がひょっこりと現れたのだ。
男自身は時間の流れにも気付いておらず、ただ「存在しないはずの4階に来てしまった」という思いだったのだ。
周囲の誰もが驚愕し、そんな不思議な体験をした男は一躍人気者となった。
そのまた3年後、男はこのビルをさらに建て増し、5階建てとするという計画を耳にした。
そしてエレベーターに乗ると、そこには「5」のボタンがあったのだ。
男は好奇心に勝てず、5階のボタンを押した。
その後、ビルを経営していた会社が破産。
ビルの建て増し計画が中断され、数年後には廃墟となった。
男の姿を二度と見ることはなかった。
とある3階建てのオフィスビルで働く男は、いつものように3階にあるオフィスビルに行こうとエレベーターに乗った。
ボタンを押そうとすると、そこに見慣れぬボタンがあるのを発見した。
「4」と書かれたボタンがあるのだ。
もちろんこのビルに4階は存在しない。
ものはためしと、4階のボタンを押してみた。
その後、その男は行方不明となった。
しかし2年後、そのビルの建て増しが決まり、ビルは4階建てとなった。
ビルの建て増しが完成すると、その男がひょっこりと現れたのだ。
男自身は時間の流れにも気付いておらず、ただ「存在しないはずの4階に来てしまった」という思いだったのだ。
周囲の誰もが驚愕し、そんな不思議な体験をした男は一躍人気者となった。
そのまた3年後、男はこのビルをさらに建て増し、5階建てとするという計画を耳にした。
そしてエレベーターに乗ると、そこには「5」のボタンがあったのだ。
男は好奇心に勝てず、5階のボタンを押した。
その後、ビルを経営していた会社が破産。
ビルの建て増し計画が中断され、数年後には廃墟となった。
男の姿を二度と見ることはなかった。
聞いた話。
多分幼稚園に入る前だったと思う。
ある夏の日にね、お昼寝から目覚めるとなんだかものすごく悲しかった。
えも言われぬ悲しさがまとわりついてたの。
それで、なんだかわからないけどお母さんに泣きついたのよね。
「おかあさん!ミサイルが…ミサイルが…!」って。
母はなんなんだろうって思ったけど、私があんまり泣くから困ったらしくて。
私も自分で泣きながらわけがわからなかったわ。
ただ口から「ミサイルが!」って出たの。
悲しい気持ちもやまなくて、わんわん泣いたわ。
夕方まで泣き続けて、夕食のときにやっと泣き止んだの。
ちょうどその日だったのよね。
日航機御巣鷹山事故。
多分幼稚園に入る前だったと思う。
ある夏の日にね、お昼寝から目覚めるとなんだかものすごく悲しかった。
えも言われぬ悲しさがまとわりついてたの。
それで、なんだかわからないけどお母さんに泣きついたのよね。
「おかあさん!ミサイルが…ミサイルが…!」って。
母はなんなんだろうって思ったけど、私があんまり泣くから困ったらしくて。
私も自分で泣きながらわけがわからなかったわ。
ただ口から「ミサイルが!」って出たの。
悲しい気持ちもやまなくて、わんわん泣いたわ。
夕方まで泣き続けて、夕食のときにやっと泣き止んだの。
ちょうどその日だったのよね。
日航機御巣鷹山事故。
ある高校の演劇部では、そのとき秋の演劇祭に向けての準備が大詰めを迎えていた。
そんなとき、ある問題が浮き上がった。
大道具のひとつが足りないのだ。
シーンは公園。主人公が腰掛ける石が必要なのだ。
腰をかけるのに、十分な強度も必要。それに重要なシーンなのでリアリティも欲しい。
予算も限られている部活動では、大道具・小道具ともにほとんどが手作りだ。
3人いる道具係は頭を悩ませた。
ハリボテではどう考えても座ることなんて出来ないし、ちゃちなものでは駄目だしを食らう。
そこで3人は帰りに、学校の裏手にある雑木林へ入り込んだ。
ちょうどいい手頃な本物の石を拝借しようという算段だ。
10分もたたないうちに、1人が声をあげた。
「これがいいんじゃないか?」
さほど大きくもなく、ちょうど手頃なものだった。
30cmほどの卵型で、すり減って苔むしたその石は思ったより軽く、1人でゆうゆう持ち上げられた。そして何より味がある。
男子生徒がその石を部室に持ち帰り、その日は全員帰宅した。
異変が起こり始めたのはそれからだった。
主人公の役を担当している演劇部副部長が、校舎の階段から転落したのだ。
部員が何人もいる前での事故だった。
映画のように、ダダダダダッと音をたてて転落したのを、何人もが目撃した。
しかし、副部長はまったくの無傷だった。
あれだけ派手に転がり落ちたのに、かすり傷ひとつないのだ。
みんなは「運が良かった」「副部長の運動神経ってすごい」とはやしたてた。
他の部員も、バスが玉突き事故に巻き込まれたにもかかわらず無傷、さらに学校に遅刻せずやってきたり、いろいろな目にあったが、ことごとく無傷で済んでいたのだ。
誰一人かけることなく演劇部は活動を続け、演劇祭まであと1週間というところになった。
この頃になると、照明や音響も本番と同じようにセッティングし、通しの稽古を行っていた。
場面は公園、主人公が石に腰をかけ、親友に語りかけるというシーンだった。
「ちょっと止めて!」
主人公役、つまり副部長がいきなり両手をぶんぶん振って中止させた。
「今の、みんなに見えた?」
副部長のいきなりの言葉に、ほとんどの部員が「?」という顔をしていた。
だが何人かは
「副部長も見えていたんですか?…いましたよね。」
「うん、初老の男性。そこに座ってた。」
と稽古場である視聴覚室の観客席、真ん中を指差す。
部室内が騒然となった。
この時間は部外者はおろか、顧問の教師さえほとんど視聴覚室へはやってこない。
現に、さっきまでいたのに突如いなくなった、というのだ。
それに見た人と見ていない人がバラついている。
「そういえば、この石を拾ってから妙なことが多いよね。」
誰かが言い出した。
「うん、この中で見た人って…事故にあった人じゃない?」
部員全員が顔を見合わせた。
確かに「初老の男性を見た」部員と「事故にあったが奇跡的に無傷だった」部員は一致している。
あの男性は何者なのか。
稽古もそっちのけで議論が始まった。
見た部員によると、その男性は白いヒゲをたくわえていて痩せている。
顔はよく見えないがずっと舞台上を見つめていた。
その表現は見たという部員全員が一致していて、着ている服の色もカーキと、一致していた。
誰かのおじいさんではないか、とか
あの石の守り神か?などと話が飛び交った。
結局話はまとまらず、部長の指揮により稽古は再開された。
だが、今回の通し稽古は少しおかしかった。
数名の部員が演じながらも、噛んだり冷や汗をかいていたりしていた。
まるで、何かを我慢するかのように。
それは前述の『見える部員』ばかりだった。
公園のシーンになったとき、副部長が叫び出した。
「わあああああああ」
糸が切れたように、走り出す副部長。
それに続いて部員数名が視聴覚室を飛び出して行った。
あっけにとられるその他の部員達。
とにかくどこへ行ったのか、探そうと部員はみんな視聴覚室を出た。
逃げた部員達はひとかたまりになって職員室の前にいた。
下校時間をとっくに過ぎた今となっては、そこしか明かりがついていなかったのだ。
教師達がこれはなにごとかと集まってくる。
なかには、泣いている生徒もいるのだから無理もない。
半狂乱になった部員はうずくまって泣いたり呻いたりしている。
「なにがあったんだ、話してみろ」
教師のその言葉に、副部長が言った。
「あの男の人がいたんだよ。
今度は舞台の上に座ってたんだよ。何かブツブツつぶやきながら。
あのシーンになって、俺があの石に腰をかけると立ち上がってどんどん近づいて来て…
みんなに迷惑をかけちゃいけないって黙ってようと思ったんだけど…
だんだんブツブツ言ってる声が聞こえてきたんだ。
『殺してやる』って。」
他の逃げた部員も同様に、その言葉を聞いたらしい。
それで我慢出来なくなり、視聴覚室を飛び出したのだ。
怖がってどうしようもなくなった部員達をなだめるため、男性教師が視聴覚室へ行った。
その“石”を確かめるためだ。
そして、部員達が待つ職員室へ戻って来た教師は、ひどく焦り、また怒っていた。
「お前ら、あの石どこで見つけて来た!
あれ墓石だぞ!無縁仏の墓石だ!」
よく考えれば、部員は「奇跡的に助かった」のではない。
「不可解な事故に巻き込まれた」のだ。そしてたまたま助かったとしたら…。
これからは、助かる保証はない。
部員達は大急ぎで石をもとの雑木林に置いてきたが、男性はたびたび部員達の目の前に現れ、演劇祭直前にして演劇部は活動休止となった。
そんなとき、ある問題が浮き上がった。
大道具のひとつが足りないのだ。
シーンは公園。主人公が腰掛ける石が必要なのだ。
腰をかけるのに、十分な強度も必要。それに重要なシーンなのでリアリティも欲しい。
予算も限られている部活動では、大道具・小道具ともにほとんどが手作りだ。
3人いる道具係は頭を悩ませた。
ハリボテではどう考えても座ることなんて出来ないし、ちゃちなものでは駄目だしを食らう。
そこで3人は帰りに、学校の裏手にある雑木林へ入り込んだ。
ちょうどいい手頃な本物の石を拝借しようという算段だ。
10分もたたないうちに、1人が声をあげた。
「これがいいんじゃないか?」
さほど大きくもなく、ちょうど手頃なものだった。
30cmほどの卵型で、すり減って苔むしたその石は思ったより軽く、1人でゆうゆう持ち上げられた。そして何より味がある。
男子生徒がその石を部室に持ち帰り、その日は全員帰宅した。
異変が起こり始めたのはそれからだった。
主人公の役を担当している演劇部副部長が、校舎の階段から転落したのだ。
部員が何人もいる前での事故だった。
映画のように、ダダダダダッと音をたてて転落したのを、何人もが目撃した。
しかし、副部長はまったくの無傷だった。
あれだけ派手に転がり落ちたのに、かすり傷ひとつないのだ。
みんなは「運が良かった」「副部長の運動神経ってすごい」とはやしたてた。
他の部員も、バスが玉突き事故に巻き込まれたにもかかわらず無傷、さらに学校に遅刻せずやってきたり、いろいろな目にあったが、ことごとく無傷で済んでいたのだ。
誰一人かけることなく演劇部は活動を続け、演劇祭まであと1週間というところになった。
この頃になると、照明や音響も本番と同じようにセッティングし、通しの稽古を行っていた。
場面は公園、主人公が石に腰をかけ、親友に語りかけるというシーンだった。
「ちょっと止めて!」
主人公役、つまり副部長がいきなり両手をぶんぶん振って中止させた。
「今の、みんなに見えた?」
副部長のいきなりの言葉に、ほとんどの部員が「?」という顔をしていた。
だが何人かは
「副部長も見えていたんですか?…いましたよね。」
「うん、初老の男性。そこに座ってた。」
と稽古場である視聴覚室の観客席、真ん中を指差す。
部室内が騒然となった。
この時間は部外者はおろか、顧問の教師さえほとんど視聴覚室へはやってこない。
現に、さっきまでいたのに突如いなくなった、というのだ。
それに見た人と見ていない人がバラついている。
「そういえば、この石を拾ってから妙なことが多いよね。」
誰かが言い出した。
「うん、この中で見た人って…事故にあった人じゃない?」
部員全員が顔を見合わせた。
確かに「初老の男性を見た」部員と「事故にあったが奇跡的に無傷だった」部員は一致している。
あの男性は何者なのか。
稽古もそっちのけで議論が始まった。
見た部員によると、その男性は白いヒゲをたくわえていて痩せている。
顔はよく見えないがずっと舞台上を見つめていた。
その表現は見たという部員全員が一致していて、着ている服の色もカーキと、一致していた。
誰かのおじいさんではないか、とか
あの石の守り神か?などと話が飛び交った。
結局話はまとまらず、部長の指揮により稽古は再開された。
だが、今回の通し稽古は少しおかしかった。
数名の部員が演じながらも、噛んだり冷や汗をかいていたりしていた。
まるで、何かを我慢するかのように。
それは前述の『見える部員』ばかりだった。
公園のシーンになったとき、副部長が叫び出した。
「わあああああああ」
糸が切れたように、走り出す副部長。
それに続いて部員数名が視聴覚室を飛び出して行った。
あっけにとられるその他の部員達。
とにかくどこへ行ったのか、探そうと部員はみんな視聴覚室を出た。
逃げた部員達はひとかたまりになって職員室の前にいた。
下校時間をとっくに過ぎた今となっては、そこしか明かりがついていなかったのだ。
教師達がこれはなにごとかと集まってくる。
なかには、泣いている生徒もいるのだから無理もない。
半狂乱になった部員はうずくまって泣いたり呻いたりしている。
「なにがあったんだ、話してみろ」
教師のその言葉に、副部長が言った。
「あの男の人がいたんだよ。
今度は舞台の上に座ってたんだよ。何かブツブツつぶやきながら。
あのシーンになって、俺があの石に腰をかけると立ち上がってどんどん近づいて来て…
みんなに迷惑をかけちゃいけないって黙ってようと思ったんだけど…
だんだんブツブツ言ってる声が聞こえてきたんだ。
『殺してやる』って。」
他の逃げた部員も同様に、その言葉を聞いたらしい。
それで我慢出来なくなり、視聴覚室を飛び出したのだ。
怖がってどうしようもなくなった部員達をなだめるため、男性教師が視聴覚室へ行った。
その“石”を確かめるためだ。
そして、部員達が待つ職員室へ戻って来た教師は、ひどく焦り、また怒っていた。
「お前ら、あの石どこで見つけて来た!
あれ墓石だぞ!無縁仏の墓石だ!」
よく考えれば、部員は「奇跡的に助かった」のではない。
「不可解な事故に巻き込まれた」のだ。そしてたまたま助かったとしたら…。
これからは、助かる保証はない。
部員達は大急ぎで石をもとの雑木林に置いてきたが、男性はたびたび部員達の目の前に現れ、演劇祭直前にして演劇部は活動休止となった。
都内の会社に勤めるサラリーマン、松田のもとに、ある電話がかかってきた。
大学時代からの友人、サトシだった。
「ケンが死んだ。」
ケンとはこの友人と共通の友人で、よく3人で飲み明かしたものだった。
「…嘘だろ。来週、釣りに行く約束してたのに!」
しめやかに行われる葬儀。
ケンはバイクが趣味だった。雨の夜、国道を走っていての事故だった。
葬儀が終わり、サトシは松田をドライブに誘った。
サトシはケンが命を絶った現場へ行こうという。
「ケンが死んだなんて信じられねーよ」
車中でケンの想い出話に花が咲く。
「ああ、俺ケンと来週釣りに行く約束してたのにな。
今迄一度も約束破ったことなんてなかったのに…。」
お互い、大切な友人が突如いなくなってしまったことが受け入れられずにいた。
「携帯のメモリも消さなきゃなんねーのかな。
…なんか、すごい変な気分。」
助手席に座ったサトシが携帯をながめながら言った。
車はもうすぐ事故現場につく。
「こうやってかけたら、ケンが普通に出る気がする」
と言ってサトシはケンのメモリに通話ボタンを押した。
案の定、流れてくるのは「電源をお切りになっているか、電波が届かない…」のアナウンス。
それはそうだ。
きっと遺族の方が電源を切って持っているのだろう。
現場につくと、遺族の方が供えたのか、真新しい花が供えられていた。
松田はふと、ポケットに入れている携帯を見た。
葬儀中はずっと電源を切っていた。
電源を入れると、メールの着信を知らせるランプが点灯した。
差出人:ケン
件名:notitle
本文:ごめん、約束守れない。
ちょうど電源を切っている時刻…つまり、葬儀の途中だ。
「オイ!このメール…」
二人は顔を見合わせた。
「誰か家族が気を使ってこんなメールを…?」
サトシはそう言ったが、釣りの約束なんてだいの大人が家族にわざわざ言うだろうか?
「もう一回かけてみる」
サトシが電話をかけたが、まだ電源は切れたまま。
ためしに、松田はこのメールに返信してみた。
件名:Re:notitle
本文:ご家族の方ですか?僕は大丈夫です。
すぐさま返信が来た。
件名:Re:Re:notitle
本文:家族じゃないよ。でも、良かった。
2人は考えた。
ケンを亡くして一番ツラいのはご家族だ。そんな状況にある家族がここまで気を使えるだろうか?
(本当に、死んだケンが送ってくれているんじゃ…)
そんな考えをぬぐいきれない。
サトシが松田の携帯を奪って、さらに返信した。
件名:Re:Re:Re:notitle
本文:本当にケンか?今どうしてるんだ?
メール着信を知らせる着メロが鳴る。
件名:Re:Re:Re:Re:notitle
本文:松田とサトシと一緒にいる。
大学時代からの友人、サトシだった。
「ケンが死んだ。」
ケンとはこの友人と共通の友人で、よく3人で飲み明かしたものだった。
「…嘘だろ。来週、釣りに行く約束してたのに!」
しめやかに行われる葬儀。
ケンはバイクが趣味だった。雨の夜、国道を走っていての事故だった。
葬儀が終わり、サトシは松田をドライブに誘った。
サトシはケンが命を絶った現場へ行こうという。
「ケンが死んだなんて信じられねーよ」
車中でケンの想い出話に花が咲く。
「ああ、俺ケンと来週釣りに行く約束してたのにな。
今迄一度も約束破ったことなんてなかったのに…。」
お互い、大切な友人が突如いなくなってしまったことが受け入れられずにいた。
「携帯のメモリも消さなきゃなんねーのかな。
…なんか、すごい変な気分。」
助手席に座ったサトシが携帯をながめながら言った。
車はもうすぐ事故現場につく。
「こうやってかけたら、ケンが普通に出る気がする」
と言ってサトシはケンのメモリに通話ボタンを押した。
案の定、流れてくるのは「電源をお切りになっているか、電波が届かない…」のアナウンス。
それはそうだ。
きっと遺族の方が電源を切って持っているのだろう。
現場につくと、遺族の方が供えたのか、真新しい花が供えられていた。
松田はふと、ポケットに入れている携帯を見た。
葬儀中はずっと電源を切っていた。
電源を入れると、メールの着信を知らせるランプが点灯した。
差出人:ケン
件名:notitle
本文:ごめん、約束守れない。
ちょうど電源を切っている時刻…つまり、葬儀の途中だ。
「オイ!このメール…」
二人は顔を見合わせた。
「誰か家族が気を使ってこんなメールを…?」
サトシはそう言ったが、釣りの約束なんてだいの大人が家族にわざわざ言うだろうか?
「もう一回かけてみる」
サトシが電話をかけたが、まだ電源は切れたまま。
ためしに、松田はこのメールに返信してみた。
件名:Re:notitle
本文:ご家族の方ですか?僕は大丈夫です。
すぐさま返信が来た。
件名:Re:Re:notitle
本文:家族じゃないよ。でも、良かった。
2人は考えた。
ケンを亡くして一番ツラいのはご家族だ。そんな状況にある家族がここまで気を使えるだろうか?
(本当に、死んだケンが送ってくれているんじゃ…)
そんな考えをぬぐいきれない。
サトシが松田の携帯を奪って、さらに返信した。
件名:Re:Re:Re:notitle
本文:本当にケンか?今どうしてるんだ?
メール着信を知らせる着メロが鳴る。
件名:Re:Re:Re:Re:notitle
本文:松田とサトシと一緒にいる。
デートの途中に入った喫茶店で、ふとしたことから『小学生のとき、怖かったもの』の話になった。
うすぐらい体育館の用具質がなぜか無性に怖かったというような話だ。
「なにかなかった?そういうの」
彼が彼女に聞いた。
最初は言いにくそうにしていたが、彼がとても聞きたそうにしているので仕方なく彼女は口を開いた。
「可愛いビンセンが怖かったわ」
「ビンセン?便箋ってあの手紙のだよね?なんで?」
「言っても引かない?引かないって約束するなら、言ってもいいけど…」
彼は、絶対引かないから、とその話を聞き出した。
──────
あのね、私小学生のとき、イジメっ子だったの。
──────
(ええー…)
──────
クラスに少しだけ知能が遅れている女の子がいてね。
その子、ファンシービンセンを集めるのが好きだったの。
知能に障害がある子だったんだけど、みんなしてその子をイジめるのが普通になっちゃってた。
クツを隠したり、次の授業は運動場でやるんだよ、って嘘教えたり。
それでもその子はニコニコしながら、何も言わないの。
多分先生も知ってたと思う。
でもイジメのあるクラスって、団結力がすごいの。
運動会なんかもすごく連帯感あってね、
そんなクラスだったから、先生も『あの子ひとりが犠牲になるなら』って
思ってたんじゃないかな。
…でね、その頃、不幸の手紙が流行ってたの。
小学生なもんだから怖がっちゃって。
最初は友達とかに送るじゃない?でもそのうちみんなもらったことあって
送る人がいなくなるの。
私のところに不幸の手紙が来たときは、誰にも送れなくなって。
考えたすえ、「別に5人に送らなくても、1人に5通おくっちゃえば」って。
いろいろ矛盾してるのにね。
クラスのいじめられっ子のあの女の子の机に、5通押し込んだの。
その子、いきなり5通も来たもんだからパニックになっちゃって。
5×5で25通書かないといけないじゃない。
授業中にも必死で25通、書いてたの。
だけど、誰も受け取らないの。
そりゃそうよね。不幸の手紙なんだもの。
そのあわてふためきようが小学生の目にはすごく面白かったの。
他に4人、不幸の手紙を全部その子に転送したわ。
5人分で合計125通。
それでも書いてるのよ。
誰も受け取ってくれないのに、必死に書くの。
見かねた先生が、「不幸の手紙はやってはいけないこと」って終わりの会で言ったの。
それでも子供って屁理屈が上手いわよね。
誰かが
「今やっているのは◯◯さんだけです」
なんて言って、あの女の子を指さしたの。
結局その場ではその女の子だけ叱られて終わり。
みんなも正直不幸の手紙には飽きてきてたから、
でも、それからその女の子、学校に来なくなっちゃった。
それから卒業式までずーっとね。みんな気にもかけなかったけど。
卒業式の日の朝、学校の机に座ったら、何か入ってるの。
荷物は全部持って帰ったのに何だろう?って思って見てみたら、
すごい量の手紙が出て来たの。
全部ファンシーグッズのビンセン。
狂ったように同じ文面が書かれてたわ。
もう、気持ち悪くて気持ち悪くて。
同じように机の中に手紙が大量に入ってる子もいたの。
それはみんな、あの女の子に不幸の手紙を送った5人。
怖いって言うより腹が立って。
その5人で先生に詰め寄ったの。
「◯◯が学校にやってきて、机の中にこんなイタズラをした!」
「卒業式なのに嫌な目にあった!」って。
そしたらね、先生すごく困った顔して話を濁すの。
結局、その話はうやむやのまんま卒業しちゃった。
──────
「うわあ…小学生ってひどいなあ。」
彼は黙って話を聞いていたが、たまりかねて言った。
「そうね。子供って残酷よね。
…でもこの話には続きがあるの
その女の子、卒業式の朝に学校に来て手紙を詰め込んだあと、
自宅に帰って自殺したんだって。
首をつってたんだけど、机の上にはまだ書きかけの不幸の手紙があったって噂。
…だから、あの手紙には本物の怨念が込められてるの。
その証拠に、手紙をもらった5人が、私以外みんな死んじゃった。
…死に方は様々だけどね。」
「まじかよ…」
ゴクリとつばを飲み込む。
「やだ、引かないでよ。約束でしょ。」
「…お前は大丈夫なのか?」
「うん。中学生のときに、電話帳で適当にピックアップして
5人に転送しちゃった。」
うすぐらい体育館の用具質がなぜか無性に怖かったというような話だ。
「なにかなかった?そういうの」
彼が彼女に聞いた。
最初は言いにくそうにしていたが、彼がとても聞きたそうにしているので仕方なく彼女は口を開いた。
「可愛いビンセンが怖かったわ」
「ビンセン?便箋ってあの手紙のだよね?なんで?」
「言っても引かない?引かないって約束するなら、言ってもいいけど…」
彼は、絶対引かないから、とその話を聞き出した。
──────
あのね、私小学生のとき、イジメっ子だったの。
──────
(ええー…)
──────
クラスに少しだけ知能が遅れている女の子がいてね。
その子、ファンシービンセンを集めるのが好きだったの。
知能に障害がある子だったんだけど、みんなしてその子をイジめるのが普通になっちゃってた。
クツを隠したり、次の授業は運動場でやるんだよ、って嘘教えたり。
それでもその子はニコニコしながら、何も言わないの。
多分先生も知ってたと思う。
でもイジメのあるクラスって、団結力がすごいの。
運動会なんかもすごく連帯感あってね、
そんなクラスだったから、先生も『あの子ひとりが犠牲になるなら』って
思ってたんじゃないかな。
…でね、その頃、不幸の手紙が流行ってたの。
小学生なもんだから怖がっちゃって。
最初は友達とかに送るじゃない?でもそのうちみんなもらったことあって
送る人がいなくなるの。
私のところに不幸の手紙が来たときは、誰にも送れなくなって。
考えたすえ、「別に5人に送らなくても、1人に5通おくっちゃえば」って。
いろいろ矛盾してるのにね。
クラスのいじめられっ子のあの女の子の机に、5通押し込んだの。
その子、いきなり5通も来たもんだからパニックになっちゃって。
5×5で25通書かないといけないじゃない。
授業中にも必死で25通、書いてたの。
だけど、誰も受け取らないの。
そりゃそうよね。不幸の手紙なんだもの。
そのあわてふためきようが小学生の目にはすごく面白かったの。
他に4人、不幸の手紙を全部その子に転送したわ。
5人分で合計125通。
それでも書いてるのよ。
誰も受け取ってくれないのに、必死に書くの。
見かねた先生が、「不幸の手紙はやってはいけないこと」って終わりの会で言ったの。
それでも子供って屁理屈が上手いわよね。
誰かが
「今やっているのは◯◯さんだけです」
なんて言って、あの女の子を指さしたの。
結局その場ではその女の子だけ叱られて終わり。
みんなも正直不幸の手紙には飽きてきてたから、
でも、それからその女の子、学校に来なくなっちゃった。
それから卒業式までずーっとね。みんな気にもかけなかったけど。
卒業式の日の朝、学校の机に座ったら、何か入ってるの。
荷物は全部持って帰ったのに何だろう?って思って見てみたら、
すごい量の手紙が出て来たの。
全部ファンシーグッズのビンセン。
狂ったように同じ文面が書かれてたわ。
もう、気持ち悪くて気持ち悪くて。
同じように机の中に手紙が大量に入ってる子もいたの。
それはみんな、あの女の子に不幸の手紙を送った5人。
怖いって言うより腹が立って。
その5人で先生に詰め寄ったの。
「◯◯が学校にやってきて、机の中にこんなイタズラをした!」
「卒業式なのに嫌な目にあった!」って。
そしたらね、先生すごく困った顔して話を濁すの。
結局、その話はうやむやのまんま卒業しちゃった。
──────
「うわあ…小学生ってひどいなあ。」
彼は黙って話を聞いていたが、たまりかねて言った。
「そうね。子供って残酷よね。
…でもこの話には続きがあるの
その女の子、卒業式の朝に学校に来て手紙を詰め込んだあと、
自宅に帰って自殺したんだって。
首をつってたんだけど、机の上にはまだ書きかけの不幸の手紙があったって噂。
…だから、あの手紙には本物の怨念が込められてるの。
その証拠に、手紙をもらった5人が、私以外みんな死んじゃった。
…死に方は様々だけどね。」
「まじかよ…」
ゴクリとつばを飲み込む。
「やだ、引かないでよ。約束でしょ。」
「…お前は大丈夫なのか?」
「うん。中学生のときに、電話帳で適当にピックアップして
5人に転送しちゃった。」
大型デパートでの話。
6階建てで、広大な敷地に多くの店舗や遊戯施設を兼ね備えたテーマパークのような郊外にある大型デパート。
そこは、昼間は平日でも多くの客で賑わってはいたが、一番遅く迄やっているレストランエリアも終わる時間になれば、ひっそりと静まり返っていた。
そんな時間にいるのは警備員だけ。
常時2人の警備員が警備室に待機し、1時間に1回、定期巡回をしていた。
「この仕事は慣れたら楽なもんだから、早く慣れることだな」
ベテラン警備員が、店内の案内図を渡しながら言った。
新しく警備会社から派遣された警備員。警備員とは言っても、実情は登録バイトで、その新人もまた、昼間は大学生であり、軽い気持ちでアルバイトにやってきた。
1時間に一度の巡回以外は防犯カメラに目を向けることも必要とせず、各階にある警報機が鳴ればかけつければいいだけ。その警報機が鳴ることも滅多にないからだ。
「いやあ、この仕事って楽勝っすねえ」
「そうか?俺は出来るならやりたくないがなあ…気味が悪いんだよ。」
「そうですか?先輩も怖かったりするんですか?」
挑発めいた新人の発言に、先輩は手に持った本を閉じ、神妙な面持ちで言った。
「このデパートには、ある噂があってな…」
「なんですか?怪談ですか?」
「ああそうだ。このデパートが出来たころ、ある事件が起こったんだ。
母親とはぐれた小学生くらいの女の子が、トイレで暴行されたんだ。
犯人は近所の中学生グループだったんだが、その頃は少年法も甘いモンだったから、
ほとんどおとがめ無しって感じだったんだな。
女の子は子宮が破裂して、子供を産めない体になったんだ。
だが、犯人の顔も名前も報道されないが、一命を取り留めた被害者の女の子だけは
名前も顔も知れ渡っちまったんだ。
世間体と女の子の将来を悲観した母親がな、なかばノイローゼになっちまって…。
入院先の病院で女の子を絞め殺してそのあと母親も自殺しちまったんだよ。
それ以来、このデパートには出るんだよ…。
犯人を捜す女の子と、その母親の幽霊がな…。」
鬼気迫る先輩の怪談に、内心ビビりつつも新人は「いや、俺は幽霊とかあんまり信じないタイプっすから…」とつっぱねた。
そこで、先輩はニヤリと笑った。
「じゃあ、次からは1人で巡回行けるな?」
最初は戸惑ったが新人は案内図と懐中電灯を手にして警備室を後にした。
普段なら目にすることのないひっそりと静まり返ったデパート。
先輩と2人で談笑しながら巡回したときには気にならなかったが、相当不気味である。
人がいるはずのところに、いない。それだけでも不気味なのだ。
とっとと終わらせてしまおう…
懐中電灯で案内図を照らし、1フロア1フロアを足早にまわる。
新人は4階のあるフロアで、ふと足を止めた。
これまでに3回、先輩と定時巡回をしたが、巡回図にあるコースで行っていない場所があるように思ったのだ。
4階の奥のスペースだ。
やや細い廊下があり、テナントがふたつだけ入っているその先にトイレがある。
「先輩、めんどくさがってショートカットしたんだな」
自分もそこを省こうかと思ったが、あとでやり直しになったらそれこそ面倒だ。
非常灯の緑の明かりと懐中電灯の明かりだけが頼りの暗闇。
ふたつのテナントはどうやらアパレル関係のお店のようで、店内にならぶマネキンが不気味にこちらをのぞいていた。
短い廊下が、延々と続く渡り廊下のように感じた。
右からも、左からもこちらを見続けるマネキンの群れ。
視線を感じた方向へ懐中電灯を向けても、ただマネキンの虚ろな瞳が空を見つめるばかり。
トイレを軽く見回って、さっさと次へまわろう…。
そう考えていた。
よく考えれば、ここにはテナントがふたつしかない。
女の子が暴行されたのって…
このトイレぐらいなんじゃないか、人通りの少ないトイレって…??
雑念を振り払うようにわざと足音をたてて、男子トイレをみまわる。
その後、女子トイレにも行ったが、とりたてて変わったことはなかった。
ざわざわと窓の外で木々が揺れる。
窓から差し込む月明かりが床面に木々の影を落とし、まさかその影に『ありえないモノ』が映っていたとしたら…考えないようにすればするほど、心臓が高鳴る。
「やっぱり、道がわからなくなりましたとかなんとか言って先輩に一緒に来てもらおう」
彼はそう考えた。
そしてトイレから出たそのときだった。
目の前に突然あらわれたふたつの人影。
「うわあッッ…!!…って…アレ?」
女子トイレの入り口のすぐ前にあったのは、マネキンだった。
秋の行楽フェアー用の、ポロシャツを着た母親のマネキンに、手をつないでいるパーカーを着た女児のマネキン。
その顔は満面の笑みを浮かべていた。
「…なんだ、マネキンか…」
彼は、そのマネキンを避けて先を急いだ。
だが…彼は気付いてしまった。
女子トイレから、『そのマネキンを避けなければ通れなかった』ということ。
女子トイレに入るときにはたしかにその母子のマネキンはなかったのだ。
振り向いた狭い廊下には、ただ暗闇が広がり、多数のマネキンがこちらを向いていた。
気のせいだろうか、物音まで聞こえてくる。
気のせいかもしれない。それほどに恐怖感は高まっていたのだ。
…確実に、あのマネキンはあそこにはなかった…
彼は走って警備室に帰り、ことの顛末を先輩に話した。
先輩は、息せき切って返って来た新人を鼻で笑った。
「あの事件があったのは事実だが、怪談は俺が考えたんだよ。
気のせいじゃないか?気付かなかっただけだろう。
よくあるだろう?入るときと出るときの角度が違って、そう思ったんだよ。」
その言葉に、ホッとした。
「よし、じゃあ続きは俺が行ってやろう。何階まで見回ったんだ?」
「あ、4階までです…」
「4階?お前、階を間違えたんじゃないか?」
「いや、そんなはずはないです。何回も確認しましたし…」
「だって、4階にはアパレル関係の店舗は入っていないんだぞ。
マネキンなんて一体もあるはずがないじゃないか。」
6階建てで、広大な敷地に多くの店舗や遊戯施設を兼ね備えたテーマパークのような郊外にある大型デパート。
そこは、昼間は平日でも多くの客で賑わってはいたが、一番遅く迄やっているレストランエリアも終わる時間になれば、ひっそりと静まり返っていた。
そんな時間にいるのは警備員だけ。
常時2人の警備員が警備室に待機し、1時間に1回、定期巡回をしていた。
「この仕事は慣れたら楽なもんだから、早く慣れることだな」
ベテラン警備員が、店内の案内図を渡しながら言った。
新しく警備会社から派遣された警備員。警備員とは言っても、実情は登録バイトで、その新人もまた、昼間は大学生であり、軽い気持ちでアルバイトにやってきた。
1時間に一度の巡回以外は防犯カメラに目を向けることも必要とせず、各階にある警報機が鳴ればかけつければいいだけ。その警報機が鳴ることも滅多にないからだ。
「いやあ、この仕事って楽勝っすねえ」
「そうか?俺は出来るならやりたくないがなあ…気味が悪いんだよ。」
「そうですか?先輩も怖かったりするんですか?」
挑発めいた新人の発言に、先輩は手に持った本を閉じ、神妙な面持ちで言った。
「このデパートには、ある噂があってな…」
「なんですか?怪談ですか?」
「ああそうだ。このデパートが出来たころ、ある事件が起こったんだ。
母親とはぐれた小学生くらいの女の子が、トイレで暴行されたんだ。
犯人は近所の中学生グループだったんだが、その頃は少年法も甘いモンだったから、
ほとんどおとがめ無しって感じだったんだな。
女の子は子宮が破裂して、子供を産めない体になったんだ。
だが、犯人の顔も名前も報道されないが、一命を取り留めた被害者の女の子だけは
名前も顔も知れ渡っちまったんだ。
世間体と女の子の将来を悲観した母親がな、なかばノイローゼになっちまって…。
入院先の病院で女の子を絞め殺してそのあと母親も自殺しちまったんだよ。
それ以来、このデパートには出るんだよ…。
犯人を捜す女の子と、その母親の幽霊がな…。」
鬼気迫る先輩の怪談に、内心ビビりつつも新人は「いや、俺は幽霊とかあんまり信じないタイプっすから…」とつっぱねた。
そこで、先輩はニヤリと笑った。
「じゃあ、次からは1人で巡回行けるな?」
最初は戸惑ったが新人は案内図と懐中電灯を手にして警備室を後にした。
普段なら目にすることのないひっそりと静まり返ったデパート。
先輩と2人で談笑しながら巡回したときには気にならなかったが、相当不気味である。
人がいるはずのところに、いない。それだけでも不気味なのだ。
とっとと終わらせてしまおう…
懐中電灯で案内図を照らし、1フロア1フロアを足早にまわる。
新人は4階のあるフロアで、ふと足を止めた。
これまでに3回、先輩と定時巡回をしたが、巡回図にあるコースで行っていない場所があるように思ったのだ。
4階の奥のスペースだ。
やや細い廊下があり、テナントがふたつだけ入っているその先にトイレがある。
「先輩、めんどくさがってショートカットしたんだな」
自分もそこを省こうかと思ったが、あとでやり直しになったらそれこそ面倒だ。
非常灯の緑の明かりと懐中電灯の明かりだけが頼りの暗闇。
ふたつのテナントはどうやらアパレル関係のお店のようで、店内にならぶマネキンが不気味にこちらをのぞいていた。
短い廊下が、延々と続く渡り廊下のように感じた。
右からも、左からもこちらを見続けるマネキンの群れ。
視線を感じた方向へ懐中電灯を向けても、ただマネキンの虚ろな瞳が空を見つめるばかり。
トイレを軽く見回って、さっさと次へまわろう…。
そう考えていた。
よく考えれば、ここにはテナントがふたつしかない。
女の子が暴行されたのって…
このトイレぐらいなんじゃないか、人通りの少ないトイレって…??
雑念を振り払うようにわざと足音をたてて、男子トイレをみまわる。
その後、女子トイレにも行ったが、とりたてて変わったことはなかった。
ざわざわと窓の外で木々が揺れる。
窓から差し込む月明かりが床面に木々の影を落とし、まさかその影に『ありえないモノ』が映っていたとしたら…考えないようにすればするほど、心臓が高鳴る。
「やっぱり、道がわからなくなりましたとかなんとか言って先輩に一緒に来てもらおう」
彼はそう考えた。
そしてトイレから出たそのときだった。
目の前に突然あらわれたふたつの人影。
「うわあッッ…!!…って…アレ?」
女子トイレの入り口のすぐ前にあったのは、マネキンだった。
秋の行楽フェアー用の、ポロシャツを着た母親のマネキンに、手をつないでいるパーカーを着た女児のマネキン。
その顔は満面の笑みを浮かべていた。
「…なんだ、マネキンか…」
彼は、そのマネキンを避けて先を急いだ。
だが…彼は気付いてしまった。
女子トイレから、『そのマネキンを避けなければ通れなかった』ということ。
女子トイレに入るときにはたしかにその母子のマネキンはなかったのだ。
振り向いた狭い廊下には、ただ暗闇が広がり、多数のマネキンがこちらを向いていた。
気のせいだろうか、物音まで聞こえてくる。
気のせいかもしれない。それほどに恐怖感は高まっていたのだ。
…確実に、あのマネキンはあそこにはなかった…
彼は走って警備室に帰り、ことの顛末を先輩に話した。
先輩は、息せき切って返って来た新人を鼻で笑った。
「あの事件があったのは事実だが、怪談は俺が考えたんだよ。
気のせいじゃないか?気付かなかっただけだろう。
よくあるだろう?入るときと出るときの角度が違って、そう思ったんだよ。」
その言葉に、ホッとした。
「よし、じゃあ続きは俺が行ってやろう。何階まで見回ったんだ?」
「あ、4階までです…」
「4階?お前、階を間違えたんじゃないか?」
「いや、そんなはずはないです。何回も確認しましたし…」
「だって、4階にはアパレル関係の店舗は入っていないんだぞ。
マネキンなんて一体もあるはずがないじゃないか。」
自宅から車で30分ほどで行ける祖母の家。
小学校3年生のときだった。
私は祖母が大好きで、月に2回は親に連れられて遊びに行っていた。
祖母の家は木造平屋建てのいわゆる『古い家』だ。
最近までお風呂も薪で炊いていたというし、ガスコンロが設置されたのも、“祖母いわく”最近だという。
祖母の作ったおはぎを食べたり、祖母のお話を聞いたりする。
そして祖母が疲れて来たら、4年生の姉と広い家の中を探検するのがお決まりの遊び方だった。
家の中だけでは飽き足らず、庭に出て小さな金魚のような鯉が泳ぐ池を眺めたりしているうち、あるものに気付いた。
それは井戸。
井戸なんてテレビでしか見た事が無かった私たち姉妹は当然興味をそそられた。
木のふたがしてあり、その上を重りの石が乗せられていたが、姉妹で力を合わせればなんとか開けることが出来た。
のぞきこむと、カビのような臭いと水の気配がする。
まだ井戸の水は涸れておらず、耳を澄ませば水音まで聞こえて来た。
ずっとのぞきこんでいたが、次第に姉は飽きて私を放ってどこかへ行ってしまった。
だが私はのぞきこむことをやめなかった。
それは、井戸の底に映る顔は自分の顔ではなく、見知らぬ女性だったからだ。
不思議と、恐怖などは感じずその女性をずっと見ていた。
年は母より若いくらいだろうか。
井戸に映る女性もまた、自分をみつめていた。
30分くらいはずっと見ていたかもしれない。
私はなぜかその女性とコミュニケーションがとれるのでは?と考えた。
だがどうすればいいのかわからない。
井戸に向かって話しかければ、姉に馬鹿にされるかも、とちょっとした羞恥心もあった。
遠くで姉が呼んでいる。
はやくいかなくちゃ、でもこの女性も気になるし…一体誰なんだろう?
そうこう考え、私は思いついた。
「わぁっ!!」
声の限り、井戸に向かって叫んでみたのだ。
私の叫び声は井戸の壁面を跳ね返り、エコーしながら自分のもとに返って来た。
その声が消えたとき、井戸の底の女性の姿もなかった。
そのことを姉や両親に話してみたが、軽くあしらわれるだけだった。
だが祖母だけは私の話をうなずきながら聞いてくれて、
「きっとそれは、井戸の神様だね。あの井戸はもう塞いでしまったけれど、いい水を貯えていたから、きっと神様がいる井戸なんだよ」
と、私はそれを聞いてなんだか安心した気分になった。
心のどこかでは幽霊なのではないかと思っていたからだ。
それでも、恐怖心を抱かなかったのは、あの女性があまりにも「自然」すぎたからだろう。
髪を振り乱しているわけでもなく、にらみつけることもなくただそこにたたずんでいたから。
それから十数年後、祖母が腰を痛め、両親の計らいであの家をリフォームすることになった。
危ないから、と井戸も取り壊して埋めてしまおうということだった。
私はあの井戸が気になり、取り壊しをやめるよう両親に懇願した。
だがやはり井戸はもしものとき、危険だということで工事は着工した。
私は最後に井戸を一目見ようと、業者が来るのを現場で待った。
フタは頑丈な鉄製のものになり、女性一人ではフタを開けることは出来なくなっていた。
2、3挨拶を交わし「よろしくお願い致します」と言うと、業者は二人掛かりでフタを開けた。
「ちょっと、見てもいいですか。」
私はそう言い、不思議な井戸と最後の別れをしようとした。
のぞきこんだ中にはまた、誰かがそこにいたのだ。
「………!!」
あのときと同じように、まだ誰かはこの井戸に存在しているのか。
あのときは恐怖心はなかったけれど、今こうやって目の当たりにしてみればなんと不気味なことか。
私は勇気を振り絞って井戸の中を覗き込み、その顔を見つめた。
あのときに見た人物と少し、違う気がする…?そう思ったそのとき
「わっ!!」
井戸の中から、叫び声が聞こえた。
数名の業者の人がいる前で、井戸からこれでもかといわんばかりの大声が響いたのだ。
私はおもわずのけぞり、業者の人たちと顔を見合わせた。
そしてふたたび井戸を覗き込むと、小学生の女の子が笑いながら去って行くのが見えた。
小学校3年生のときだった。
私は祖母が大好きで、月に2回は親に連れられて遊びに行っていた。
祖母の家は木造平屋建てのいわゆる『古い家』だ。
最近までお風呂も薪で炊いていたというし、ガスコンロが設置されたのも、“祖母いわく”最近だという。
祖母の作ったおはぎを食べたり、祖母のお話を聞いたりする。
そして祖母が疲れて来たら、4年生の姉と広い家の中を探検するのがお決まりの遊び方だった。
家の中だけでは飽き足らず、庭に出て小さな金魚のような鯉が泳ぐ池を眺めたりしているうち、あるものに気付いた。
それは井戸。
井戸なんてテレビでしか見た事が無かった私たち姉妹は当然興味をそそられた。
木のふたがしてあり、その上を重りの石が乗せられていたが、姉妹で力を合わせればなんとか開けることが出来た。
のぞきこむと、カビのような臭いと水の気配がする。
まだ井戸の水は涸れておらず、耳を澄ませば水音まで聞こえて来た。
ずっとのぞきこんでいたが、次第に姉は飽きて私を放ってどこかへ行ってしまった。
だが私はのぞきこむことをやめなかった。
それは、井戸の底に映る顔は自分の顔ではなく、見知らぬ女性だったからだ。
不思議と、恐怖などは感じずその女性をずっと見ていた。
年は母より若いくらいだろうか。
井戸に映る女性もまた、自分をみつめていた。
30分くらいはずっと見ていたかもしれない。
私はなぜかその女性とコミュニケーションがとれるのでは?と考えた。
だがどうすればいいのかわからない。
井戸に向かって話しかければ、姉に馬鹿にされるかも、とちょっとした羞恥心もあった。
遠くで姉が呼んでいる。
はやくいかなくちゃ、でもこの女性も気になるし…一体誰なんだろう?
そうこう考え、私は思いついた。
「わぁっ!!」
声の限り、井戸に向かって叫んでみたのだ。
私の叫び声は井戸の壁面を跳ね返り、エコーしながら自分のもとに返って来た。
その声が消えたとき、井戸の底の女性の姿もなかった。
そのことを姉や両親に話してみたが、軽くあしらわれるだけだった。
だが祖母だけは私の話をうなずきながら聞いてくれて、
「きっとそれは、井戸の神様だね。あの井戸はもう塞いでしまったけれど、いい水を貯えていたから、きっと神様がいる井戸なんだよ」
と、私はそれを聞いてなんだか安心した気分になった。
心のどこかでは幽霊なのではないかと思っていたからだ。
それでも、恐怖心を抱かなかったのは、あの女性があまりにも「自然」すぎたからだろう。
髪を振り乱しているわけでもなく、にらみつけることもなくただそこにたたずんでいたから。
それから十数年後、祖母が腰を痛め、両親の計らいであの家をリフォームすることになった。
危ないから、と井戸も取り壊して埋めてしまおうということだった。
私はあの井戸が気になり、取り壊しをやめるよう両親に懇願した。
だがやはり井戸はもしものとき、危険だということで工事は着工した。
私は最後に井戸を一目見ようと、業者が来るのを現場で待った。
フタは頑丈な鉄製のものになり、女性一人ではフタを開けることは出来なくなっていた。
2、3挨拶を交わし「よろしくお願い致します」と言うと、業者は二人掛かりでフタを開けた。
「ちょっと、見てもいいですか。」
私はそう言い、不思議な井戸と最後の別れをしようとした。
のぞきこんだ中にはまた、誰かがそこにいたのだ。
「………!!」
あのときと同じように、まだ誰かはこの井戸に存在しているのか。
あのときは恐怖心はなかったけれど、今こうやって目の当たりにしてみればなんと不気味なことか。
私は勇気を振り絞って井戸の中を覗き込み、その顔を見つめた。
あのときに見た人物と少し、違う気がする…?そう思ったそのとき
「わっ!!」
井戸の中から、叫び声が聞こえた。
数名の業者の人がいる前で、井戸からこれでもかといわんばかりの大声が響いたのだ。
私はおもわずのけぞり、業者の人たちと顔を見合わせた。
そしてふたたび井戸を覗き込むと、小学生の女の子が笑いながら去って行くのが見えた。
関東地区のとある中学校の話。
とある中学校で、飛び降り自殺があった。
飛び降りたのは3年生の女子で、夏休み中に4階建て北校舎の屋上に遺書を残して飛び降りた。
4階建てというのは微妙な数字で、打ち所が悪くなければ即死はしない。
その女子が飛び降りたのもコンクリートではなく土の地面。
飛び降り、湿った土が赤い花模様を吸い込んでもまだ意識はあった。
そのまま病院へ運ばれれば女子は助かったかもしれないのだが、夏休み中ということもあり校舎に人はまばら。
たまたま夏休み中の練習で通りがかった吹奏楽部の部員が見つけたときにはもう冷たくなっていた。
遺書によると動機はイジメらしかったが、少なくともクラスメイトのMは知る由もなかった。
だがふしぶしに思い当たるフシはあるにはあった。
体育祭で自分が希望した種目に出ることが出来なければ教壇で泣いたり、テストで良い点数が取れなければ教師に詰め寄り、自分だけに特別授業を強要したりする、暴れたり、暴力などはしないがいわゆる問題児だった。
そんな問題児だった女子は、やはり友達も少なくそのことが『無視されている』として遺書につらつらと綴られていたのだった。
たいして仲がよかったわけでもなくただのクラスメイトという存在として認識していたMは、衝撃はあったがすぐにその女子の自殺という事件を忘れていった。
十年あまりが経ち、Mは教師としてその中学校へ勤めることになった。
夏のある日、ふとたわいもないうわさ話を生徒から聞いた。
「北校舎の壁に、消えないシミがある。そのシミに触ると死ぬ」
思春期にありがちなとりとめのない噂だった。
見に行ってみるとなるほどMの目線ほどの高さにシミがあった。
15センチほどのシミがふたつ赤茶けていて、よく見ると両手を押し付けた手形のようにも見える。
「おおかた、生徒が泥のついた手で触ったんだろう」
Mはホースを用意して、そのシミに水をかけてブラシでこすってみた。
しかし手形は少しも薄れず、Mも手をあげた。
「M先生、そのシミに触ると死ぬんだよ~!消えるわけないじゃん!」
と生徒にからかわれたが、いっぱしの大人であるMは気にもかけなかった。
それから2ヶ月が経ち、シミのことも忘れていたが北校舎のそばを通ったときにある違和感に襲われた。
「…位置が変わってないか?」
以前は目線の高さにあったのに、今見ると地面から2、3メートルは離れた位置にある。
きっと、前のシミが自然に消えたのにイタズラ好きの生徒がまた新たに汚したのだろう。
そう思い、Mはその場を立ち去った。
また2ヶ月が経った冬の日、Mは北校舎を通りがかったとき、シミの存在を思い出し探してみた。
だが、すぐにはシミは見つからなかった。
「やっぱり、自然に消えたか」
そう思ったが、すぐにシミは見つかった。
今度はなんと2階の窓の近くにまで両手形は移動しているのだ。
Mは驚き、2階に上がって手形の位置を確認しようとした。
だが窓から顔を出したすぐ下にあるそれは、不自然なほどくっきりと記されているのだ。
その不自然さとは、方向である。
窓から顔を出して下向きに手形を付けようとすれば、当然手首側が上になり、指先が下になる。
だがその手形は指先をまっすぐ上に向けてついているのだ。
「…登っているのか…?!」
Mはゾッとした。
そのとき初めてこの校舎で自殺したクラスメートを思い出したからだ。
たしか、落ちた場所もこのあたりだったはず…。
Mはすぐに学校にあるだけの洗剤を持ち出し、手形を洗い流そうとしたがどうしても取れない。
このMのあわてぶりに、教頭が全校集会のときに訓示として
『北校舎にイタズラしないように』と出したほどだ。
しかしその手形の上昇は止まらず、徐々に上の階を目指しているのだった。
Mは北校舎には極力近づかないようにし、特に北校舎の外側、あの手形の壁が見える場所には遠回りをしてでも近づかなくなった。
「あの手形が校舎の壁を登りきってしまったらどうなるのだろう」
Mはこれだけが気がかりだった。
そして夏休みのある日、Mは自分が受け持っている野球部の監督として校舎にいた。
グラウンドから見えるのはあの北校舎。
バッターが打った球が大きく空に弧を描いたとき、Mは北校舎の屋上に誰かがたたずんでいるのが見えた。
「夏休みなのに屋上が開いているのか?合唱部が練習でもしているんだろうか」
そう思った瞬間、その人影は屋上からふわりと飛んだのである。
「!!!!!」
まさにそのとき、屋上にいるその人物が飛び降りたのだ。
血相を変えて北校舎に走るMに、これはなにごとかと野球部の何人かがついて走った。
「4階建てだ、急げば助かるかもしれない…」
しかし、Mが駆けつけた先には何も落ちた様子はないし、ましてや人が倒れてもいなかった。
「先生、どうしたんだよ」
野球部の部員が怪訝そうに後から来る。
「いや、ちょっと見間違えたかなあ」
Mがそう言い、グラウンドに戻ろうとしたときだった。
バン!
背後の壁を叩く音がした。
それと同時に手形がじわりと壁ににじんだ。
5分も経たないうちに二つの手形がMの肩ほどの高さの壁に浮き出す。
Mと部員数名が見る中で『新しい手形』が生まれて来たのだ。
Mは思い出した。
たしか、あのクラスメートが落ちたのはこのあたりだ。
それから数年が経ってもMはその中学校に勤めているが、あの手形はずっと壁を徐々に登っている。
1年かけて校舎をよじのぼり、夏のある日に落ちてしまうのだ。
それは、きっとあの女子の命日。
Mはそれがあのクラスメートの女子の手形だと確信していた。
即死することが叶わなかったあの女子は、今でも死んだ事に気付かずに、ダイブをしてはまたよじのぼることを繰り返しているのだ。
Mの今の恐怖は、あの女子が屋上に上がりきったその瞬間に、屋上に生徒が偶然居合わせてしまわないかという事。
あの女子の性格上、連れて行ってしまわないだろうか。
夏休み中の屋上の戸締まりはMが引き受け、厳重に鍵をかけている。
鍵をかけているときに、うっかり屋上に出てしまわないように慎重に───・・・
とある中学校で、飛び降り自殺があった。
飛び降りたのは3年生の女子で、夏休み中に4階建て北校舎の屋上に遺書を残して飛び降りた。
4階建てというのは微妙な数字で、打ち所が悪くなければ即死はしない。
その女子が飛び降りたのもコンクリートではなく土の地面。
飛び降り、湿った土が赤い花模様を吸い込んでもまだ意識はあった。
そのまま病院へ運ばれれば女子は助かったかもしれないのだが、夏休み中ということもあり校舎に人はまばら。
たまたま夏休み中の練習で通りがかった吹奏楽部の部員が見つけたときにはもう冷たくなっていた。
遺書によると動機はイジメらしかったが、少なくともクラスメイトのMは知る由もなかった。
だがふしぶしに思い当たるフシはあるにはあった。
体育祭で自分が希望した種目に出ることが出来なければ教壇で泣いたり、テストで良い点数が取れなければ教師に詰め寄り、自分だけに特別授業を強要したりする、暴れたり、暴力などはしないがいわゆる問題児だった。
そんな問題児だった女子は、やはり友達も少なくそのことが『無視されている』として遺書につらつらと綴られていたのだった。
たいして仲がよかったわけでもなくただのクラスメイトという存在として認識していたMは、衝撃はあったがすぐにその女子の自殺という事件を忘れていった。
十年あまりが経ち、Mは教師としてその中学校へ勤めることになった。
夏のある日、ふとたわいもないうわさ話を生徒から聞いた。
「北校舎の壁に、消えないシミがある。そのシミに触ると死ぬ」
思春期にありがちなとりとめのない噂だった。
見に行ってみるとなるほどMの目線ほどの高さにシミがあった。
15センチほどのシミがふたつ赤茶けていて、よく見ると両手を押し付けた手形のようにも見える。
「おおかた、生徒が泥のついた手で触ったんだろう」
Mはホースを用意して、そのシミに水をかけてブラシでこすってみた。
しかし手形は少しも薄れず、Mも手をあげた。
「M先生、そのシミに触ると死ぬんだよ~!消えるわけないじゃん!」
と生徒にからかわれたが、いっぱしの大人であるMは気にもかけなかった。
それから2ヶ月が経ち、シミのことも忘れていたが北校舎のそばを通ったときにある違和感に襲われた。
「…位置が変わってないか?」
以前は目線の高さにあったのに、今見ると地面から2、3メートルは離れた位置にある。
きっと、前のシミが自然に消えたのにイタズラ好きの生徒がまた新たに汚したのだろう。
そう思い、Mはその場を立ち去った。
また2ヶ月が経った冬の日、Mは北校舎を通りがかったとき、シミの存在を思い出し探してみた。
だが、すぐにはシミは見つからなかった。
「やっぱり、自然に消えたか」
そう思ったが、すぐにシミは見つかった。
今度はなんと2階の窓の近くにまで両手形は移動しているのだ。
Mは驚き、2階に上がって手形の位置を確認しようとした。
だが窓から顔を出したすぐ下にあるそれは、不自然なほどくっきりと記されているのだ。
その不自然さとは、方向である。
窓から顔を出して下向きに手形を付けようとすれば、当然手首側が上になり、指先が下になる。
だがその手形は指先をまっすぐ上に向けてついているのだ。
「…登っているのか…?!」
Mはゾッとした。
そのとき初めてこの校舎で自殺したクラスメートを思い出したからだ。
たしか、落ちた場所もこのあたりだったはず…。
Mはすぐに学校にあるだけの洗剤を持ち出し、手形を洗い流そうとしたがどうしても取れない。
このMのあわてぶりに、教頭が全校集会のときに訓示として
『北校舎にイタズラしないように』と出したほどだ。
しかしその手形の上昇は止まらず、徐々に上の階を目指しているのだった。
Mは北校舎には極力近づかないようにし、特に北校舎の外側、あの手形の壁が見える場所には遠回りをしてでも近づかなくなった。
「あの手形が校舎の壁を登りきってしまったらどうなるのだろう」
Mはこれだけが気がかりだった。
そして夏休みのある日、Mは自分が受け持っている野球部の監督として校舎にいた。
グラウンドから見えるのはあの北校舎。
バッターが打った球が大きく空に弧を描いたとき、Mは北校舎の屋上に誰かがたたずんでいるのが見えた。
「夏休みなのに屋上が開いているのか?合唱部が練習でもしているんだろうか」
そう思った瞬間、その人影は屋上からふわりと飛んだのである。
「!!!!!」
まさにそのとき、屋上にいるその人物が飛び降りたのだ。
血相を変えて北校舎に走るMに、これはなにごとかと野球部の何人かがついて走った。
「4階建てだ、急げば助かるかもしれない…」
しかし、Mが駆けつけた先には何も落ちた様子はないし、ましてや人が倒れてもいなかった。
「先生、どうしたんだよ」
野球部の部員が怪訝そうに後から来る。
「いや、ちょっと見間違えたかなあ」
Mがそう言い、グラウンドに戻ろうとしたときだった。
バン!
背後の壁を叩く音がした。
それと同時に手形がじわりと壁ににじんだ。
5分も経たないうちに二つの手形がMの肩ほどの高さの壁に浮き出す。
Mと部員数名が見る中で『新しい手形』が生まれて来たのだ。
Mは思い出した。
たしか、あのクラスメートが落ちたのはこのあたりだ。
それから数年が経ってもMはその中学校に勤めているが、あの手形はずっと壁を徐々に登っている。
1年かけて校舎をよじのぼり、夏のある日に落ちてしまうのだ。
それは、きっとあの女子の命日。
Mはそれがあのクラスメートの女子の手形だと確信していた。
即死することが叶わなかったあの女子は、今でも死んだ事に気付かずに、ダイブをしてはまたよじのぼることを繰り返しているのだ。
Mの今の恐怖は、あの女子が屋上に上がりきったその瞬間に、屋上に生徒が偶然居合わせてしまわないかという事。
あの女子の性格上、連れて行ってしまわないだろうか。
夏休み中の屋上の戸締まりはMが引き受け、厳重に鍵をかけている。
鍵をかけているときに、うっかり屋上に出てしまわないように慎重に───・・・
聞いた話。
友人Aが、Aの友人と二人で喫茶店にいたとき。
セルフ形式のクイックカフェで、ヘビースモーカーのAは喫煙スペースに席を取り、友人の注文が終わるを待っていた。
目の前には幼稚園くらいの子供がひとり、オレンジジュースを持ってウロウロしていた。
喫煙スペースにこんな子供が?と不思議に思ったが、喫煙スペースに平気で子供をつれてくる親も昨今では珍しくもない。
案の定、その母親が喫煙スペースの奥の席に座っていた。
よく見ると、その母親はお腹が出ており、妊娠しているということがはっきりとわかった。
禁煙スペースが開いてなかったのだろうか?
子供がいるし、妊婦さんがいるのなら…とAは持っていたタバコに火をつけるのをやめたが、そんなAの心配りは無用だった。
その妊娠している母親は、平然とタバコに火をつけ吸い始めたのだ。
Aは自身がヘビースモーカーなことも忘れ『なんて非常識な』と心底あきれかえった。
そうしているうち、注文を終えた友人が、コーヒーをトレーに乗せてやってきた。
しかし友人はその母子を見るなり
「すぐ出よう!」
と言う。
「いや、今入ったばっかじゃん!まだコーヒーも…」
「別のカフェ行こう…おごるから」
と友人は聞かない。
結局、コーヒーは2、3口飲んだだけでカフェを後にした。
こんな状況になったのは、以前にもあった。友人数名と心霊スポットへ遊びに行ったときだ。
友人は霊感の強い方だとそのときに聞いていたので、まさかあの子供が?普通の子供だったのに…
2店目の喫茶店に入り、Aがそのことを聞くと友人はこう言った。
「あの子供じゃなくて、おかしいのはあの母親。
あの女が連れてたの、あの子だけじゃないよ。
もちろん母親が吸ってる煙草のせいで流産した子供を背負ってた。
だから、あの死んだ方の子供は未だに煙草を吸ってるあの母親を恨んでる。
そんな人がいるところでくつろげない。」
続けて友人は言う。
恨みだけではなく、死んだ子供は、これから生まれる弟か妹を守ろうと必死に母親を止めようとしているのだ、と。
だが母親はきっと喫煙をやめないだろう。
それは、母親自身が危機感を持っていないから。
友人が言っているだけなので、本当にあの母親が流産をしているのかどうかはわからない。
だがそれからAは煙草を吸わなくなった。
友人Aが、Aの友人と二人で喫茶店にいたとき。
セルフ形式のクイックカフェで、ヘビースモーカーのAは喫煙スペースに席を取り、友人の注文が終わるを待っていた。
目の前には幼稚園くらいの子供がひとり、オレンジジュースを持ってウロウロしていた。
喫煙スペースにこんな子供が?と不思議に思ったが、喫煙スペースに平気で子供をつれてくる親も昨今では珍しくもない。
案の定、その母親が喫煙スペースの奥の席に座っていた。
よく見ると、その母親はお腹が出ており、妊娠しているということがはっきりとわかった。
禁煙スペースが開いてなかったのだろうか?
子供がいるし、妊婦さんがいるのなら…とAは持っていたタバコに火をつけるのをやめたが、そんなAの心配りは無用だった。
その妊娠している母親は、平然とタバコに火をつけ吸い始めたのだ。
Aは自身がヘビースモーカーなことも忘れ『なんて非常識な』と心底あきれかえった。
そうしているうち、注文を終えた友人が、コーヒーをトレーに乗せてやってきた。
しかし友人はその母子を見るなり
「すぐ出よう!」
と言う。
「いや、今入ったばっかじゃん!まだコーヒーも…」
「別のカフェ行こう…おごるから」
と友人は聞かない。
結局、コーヒーは2、3口飲んだだけでカフェを後にした。
こんな状況になったのは、以前にもあった。友人数名と心霊スポットへ遊びに行ったときだ。
友人は霊感の強い方だとそのときに聞いていたので、まさかあの子供が?普通の子供だったのに…
2店目の喫茶店に入り、Aがそのことを聞くと友人はこう言った。
「あの子供じゃなくて、おかしいのはあの母親。
あの女が連れてたの、あの子だけじゃないよ。
もちろん母親が吸ってる煙草のせいで流産した子供を背負ってた。
だから、あの死んだ方の子供は未だに煙草を吸ってるあの母親を恨んでる。
そんな人がいるところでくつろげない。」
続けて友人は言う。
恨みだけではなく、死んだ子供は、これから生まれる弟か妹を守ろうと必死に母親を止めようとしているのだ、と。
だが母親はきっと喫煙をやめないだろう。
それは、母親自身が危機感を持っていないから。
友人が言っているだけなので、本当にあの母親が流産をしているのかどうかはわからない。
だがそれからAは煙草を吸わなくなった。