アバディーン生活白書~リビアからスコットランドへ -18ページ目

アバディーン生活白書~リビアからスコットランドへ

リビアからUKアバディーンに移ることになりました。

別の脱出邦人女性からも、メール転載のOKを
頂けたので、転載いたします。

青文字の部分は、ご本人が「強調してほしい」と
おっしゃっていた個所です。

ただし、個人情報に言及する部分は省略しましたので
ご了承くださいませ。

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みなさま

大変ご心配かけましたが、大使館のみなさんの
必死の努力のおかげで17人無事戻ってきました。

詳しい状況は○○さん(※前回記事の方)の書かれたとおりです。
空港の中の混雑もさることながら、空港建物周りを
取り囲んでいるエジプシャンが殺気だっており
いつ暴発するかがわからず中に入るまではずっと
緊張してました。

10時間以上待っていたにもかかわらず
誰もトイレに行かなかったのが驚きです。
一番の心配は△△ちゃん(※一団の中にいた、5歳の女の子)でしたが、
ぐずりもせず良い子でずっとおとなしくいっしょに待ってくれました。
(略)
マドリッドの軍の空港に着いた時には思わずみんなに拍手を
強制してしまいました。(笑)
スペインには今後足向けて寝られません。
本当にありがたかったです。
しかし経済面等ではスペインよりはるかに勝っている
日本が救援に関しておんぶにだっこというのが納得いきません。
本来なら日本が救援機とばしてついでに他の国の人もいっしょに
という事ということがあってもおかしくないのに。

(略)
日本でみなさんに再会できるのを楽しみにしてます。


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トリポリを24日に脱出された女性からのメールを、
ご本人の許可を得て転載させていただきます。

ただし、大使館の方が残られている記述などは
その当時のものであることをご了承くださいませ。

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みなさまへ

みなさん、ご心配おかけしました。
スペインの軍用機でリビアを出国し、無事マドリッドに着きました。
24日の午前10時半に空港に着き、スペインの軍用機に搭乗できると確認できたのは
昼過ぎくらいだったと思うのですが(時計がなかったので正確ではないですが)、
空港内に入れたのが夜8時くらいだったでしょうか。
軍用機に乗り込み、離陸したのは夜11時くらいでした。
この数日、フライトを片っ端から押さえても全てキャンセルで、
もう自力で帰国することは無理だろうと思っていました。

大使館の方々が、各国手配のチャーター機や船に私達を乗せてくれるよう
粘り強く交渉して下さったおかげです。本当に心強かった。

刻一刻と状況が変わり、可能性のある輸送手段情報を聞きつければ
トライするという感じでした。
荷物も最小限にまとめていたつもりでしたが、最終的には
「何も持たないでいいから5分後に出発。」
という状況になり、着の身着のまま出てきた感じです。
数日前に自宅から夫のオフィスに避難、トリポリ最後の晩は大使館で過ごしました。
これで女性、子供は全員出国しました。
あとは大使館の3名とトリポリ以外の地域にいる数名です。
みなさんの無事を切に祈ります。

空港の異常さ、語るに余りあります。
私達が出国した24日の前夜に、チケットを持たない出国希望者(ほぼエジプト人)を
一掃したとのことでしたが、昼過ぎからまたそこらじゅうにあふれ始め、
空港入口めがけて突進しようとするのを、ポリス(多分)が警棒を振り回したり、
機関銃を構えて追い払うことの繰り返しでした。
発砲しなかったことが救いです。
囚人用の護送車や救急車が空港に待機していました。
23日は、こん棒に当たって流血した人や、われ先にと押しあう人が将棋倒しになって
けが人が続出したと聞きました。
3~4日前からの雨と強風で、トリポリとは思えない寒さが続き、
昨日は長い間空港の外で待たされ、みんな体が冷え切りました。
エジプト人も、寒さしのぎか警棒から身を守るためか、毛布を頭からかぶっており、
空港内外に毛布の嵐です。
早く暴動が収束してほしいですが、どういった結末になるのか、最終的に死者が
どれくらいになるのか・・・。彼らに無駄死にしてほしくないと願うばかりです。
以上ですが、ご報告まで。

あぁ、今ホテルの部屋にいることが夢のよう。
安心しきっています。
また落ち着いたらご連絡します。



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詳しくは書けませんが、出国した駐在者の間で
情報交換を続けている結果、ほとんどの日本人は
出国できてきているようです。

あとは大使館の方3名と、事情のある方々です。
※その事情は、プライバシーなので控えます。

地方に留まっている方もいらっしゃるようですが、
この先は地方よりトリポリが危険地帯になりそうなので、
様子を見ているのかもしれませんね。


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徐々に、じりじりとではありますが、
日本人も出国できているという情報が届いています。

出国できた人たちが、お互いに情報を交換しあっています。

でも、「フライトを待って2日間空港に泊まった」なんて
聞くと非常に辛い気持になります。

私が空港に行った21日でさえ既に凄惨を極めているように
見えたのに、その後はもっとヒドイことになっているはず…

と思っていたら、日本人の方が空港の様子を
ツイッターにアップしてくれていました。

3点、URLを記載します。

http://twitpic.com/43e3er


http://twitpic.com/43e42l

http://twitpic.com/43e4vp


辛い。。。

まだ5歳の女の子のいるご一家、およびその会社のみなさま、
商社の方々の出国情報が聞こえません。

もしご存知の方がいらっしゃったら、教えてくださいませ。

そして、さらにトリポリ待機が決まった大使館の3名様、
お体に気を付けてください。

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前回の記事の続きです。

●2月21日(月)
日曜日からの日付が変わってすぐの未明、
大使館の方からの夫携帯への電話で一度目が覚めた。
「そちらは、大丈夫ですか?様子を教えて下さい」
とのこと。
確かに銃声は聞こえるけど、それほど近くない。
大丈夫。

後から知ったけど、この方は毎日ずーっと夜は
街の様子を調べたり、夜警をしていてくれたそうです。
ありがとございます。
お子さんもいるのに、きっと奥様も不安だったことでしょう。。。

そして、朝は6時ころに起床。
飛行機が飛ぶはずの夕方あたりに娘のお昼寝時間が
くるよう、娘だけはもうしばらく眠らせておくことに
夫と決める。

夫の上司のフランス人から、7時ころ夫の携帯に着信。

「妻を空港に送ってきたが、すごい人だ。
 そして空港までの道には、ライフルを持った警官(軍人?)が」
 たくさんいる。自分は3回止められた。
 時間に余裕を持って出たほうがいい」

というアドバイス。了解です。 

ラッキーなことに、この朝はネットが割と早く動いた。
すかさず、スカイプで実家に連絡。
その日のカタール航空で飛ぶ予定だと伝える。

そして、もろもろの準備。

飛行機が遅れた場合、娘がお腹をすかせるといけないので、
お好み焼きのようなものを数枚焼く。

そして、娘が9時半頃起きてきた。

朝ごはんを食べさせたりしていた10時過ぎ、
夫の携帯に上司の更に上司であるイギリス人から
電話がかかってくる。

「良かった、電話が通じた。
 ドライバーが迎えに行くのを待たず、
 今すぐ自力でゲストハウスまで来い。みんな居る」

とのこと。
クルマ、駐車場で閉じ込められてるんですけど…。
すがるような気持ちで、昨日のリビア人同僚に電話すると、
ラッキーなことに電話も通じ、すぐ来てくれるとのこと。
良かった…。これでクルマが出せる。

外に出ると、ひどく臭かった。
火薬の臭さか、ガスの臭さか。
催涙ガスって、こういう臭いなのかな?

そして、夫が同僚と少し話したところによると、
「今晩、何かが起こる。今日を境に、事態は変わるかも」
と言っていた。
でも、良く変わるか、さらに悪くなるかは神のみぞ知る。

10時半ころ、家を出発。
街は、ほとんどのお店が休業状態。
本来なら賑やかな通りなのに、シャッターが閉まっている。

$リビアの日常・非日常 ~駐在妻のアラブ文化体験☆

↑偶然ですが、日本大使館の旗が映っています。
この通りの裏に大使館があるので。
大使館のみなさん、本当にありがとうございます。
気を付けて!

$リビアの日常・非日常 ~駐在妻のアラブ文化体験☆

我が家からゲストハウスはクルマで15分くらい。

その間に見られたものはわずかですが、見たものを
挙げると…。

・数件のパン屋が営業していて、人が行列を作って
 順番を待っていた。

・八百屋も、1~2軒は営業していた。

・道端のところどころに、焼け焦げの跡。

・人通りも、全く無いわけではない。
 意外なことに、子供だけであるいているのも見かけた。
 女性が一人でパンを持って歩いているのも。
 開店しているタバコ屋に群がる男性たち。

・ガソリンスタンドは、軒並み閉店。
 クルマ社会のリビアでは、ライフラインのひとつなのに…。

・それでも、営業中のタクシーや乗り合いバスが数台いた。

・破られた大佐のポスター

$リビアの日常・非日常 ~駐在妻のアラブ文化体験☆

走行中のクルマの中から撮ったので、見えにくくてごめんなさい。

リビアの街中には、至るところに大佐のポスターが
設置されています。

普段はこんな感じ↓
$リビアの日常・非日常 ~駐在妻のアラブ文化体験☆

それが、大佐の肖像部分がびりびりに裂かれていた。
これは、本当に“その時”が来ているんだ…。

そして、無事にゲストハウスに到着。
でも、駐車場がないので、建物の前に路上駐車。
このクルマ、どうするんだろう…。
一応、会社が借りているレンタカーだけど、乗り捨て?

ゲストハウスの中は、社員とその家族でごった返していた。

わが社は多国籍企業なので、ヨーロッパ系・アラブ系・
アジア系の人々が入り混じり、民族博覧会の様相だ。

知り合いの女性にも会えて、無事を確認できた。
でも彼女は、まだフライトが決まっていないと言っていた。
まだ1歳の赤ちゃんがいるのに…。
そして、こんなに大勢の人々全員が、この宿にちゃんと
泊まれるんだろうか?
もしかしてロビーに雑魚寝になったりするのか?

そこで11時から1時間くらいいたが、上司のフランス人の
アドバイスが気になったので、ゲストハウスのスタッフに
頼んで、早目に空港に出発してくれるようにした。

同じカタール航空で飛ぶというパキスタン人の大家族と
一緒に、クルマにすし詰めになって乗車。
(社員はもちろんパパで、嫁・母・子供3人)
彼らは、ベンガジのオフィスに勤務していたらしく、
土曜日にやっとの思いでトリポリに脱出したと言っていた。
「ベンガジはとても良いところで、人々も優しかった…」
と、とても悲しそうだった。

ドライバー(リビア人)は出発前、他のドライバーと電話で
道路の状況を情報交換していた。

それでも、道は混んでいる。
じりじりと焦る。

そうこうするうち、道中に一軒だけ開いている
ガソリンスタンドを目撃。
ものすごい混雑ぶりで、クルマが群がっていた。

どうやらその行列が渋滞の原因だったらしく、
そこを抜けると一気にスムーズに動き始めた。
良かった…。

空港には、1時に到着。
フライトは4時半なので、まだ時間は十分ある。

…だけど、空港の建物に入るまでにも大行列!!

建物の入口に荷物のX線検査レーンがあるのですが、
そこを通過するためにみんな並んでいたのです。

横入りしようとする図々しい人たちと
どつき合いながら、何とか30分くらいかけて入場。

空港内部も、ものすごい人人人!!
カラダの置き場を見つけるのも難しいくらい。

他の日本人の人たちも、もう来ていた。
この日は、カタール航空組と、ブリティッシュ航空組。

このとき話した方は、ガルガリッシュ通りという
メインストリートのすぐ脇にお住まいなので、
「夜中じゅう銃声が聞こえて、本当に恐怖だった」
と言っていた。
そうか、やっぱり家の位置が数百メートル違うだけで、
全く違う時間を過ごしていたんだ…。
我が家は、いろいろ恵まれていた。

大使館職員の方も、「日本人の方が無事に出国するのを
見届けるために」と来てくれていた。
お忙しいのに、本当にありがとうございます。

帰国する日本人の中には単身赴任の男性も一人
いらっしゃいましたが、ほとんどが母子の組み合わせ。
家族そろってパパも帰国できるのは我が家だけでした。
きっと皆さん、旦那さまを残して帰国するのは
不安なことでしょう…。

チェックインにものすごく時間がかかりましたが、
一応飛行機は定時にテイクオフ。

ここからは、もうスムーズに動き始めました。
カタール空港での乗り継ぎも上手くいき、
リビアの家を出てから24時間以上かかりましたが、
日本の家に無事にたどり着きました。

到着して数時間後、リビアは22日(火)夕方の
時間帯だったので、娘のボーイフレンドK君ママに
電話をしてみました。

・22日の彼らが予約していたフライトが欠航になった。
・23日は、2つのエアラインの予約を入れた。
・今はトリポリ東部にあるオフィスに、他の社員と一緒に
 寝泊りしている。
・私が新聞で読んだ「街に死体がたくさん倒れている?」と訊くと、
「大通りは通っていないから分からないけど、それは大袈裟なのでは?」
という返事。すくなくとも、彼女たちの居る場所は、そこそこ平穏らしい。
良かった…。

空港に関しては、ある程度正常に機能したのは
我々が出発した21日がギリギリのラインだったようです。
本当に、滑り込んだという感じでした。

一日違うだけで、そんなに歯がゆい思いをしなくては
いけないって、何と言えばいいのか分かりませんでした。

彼女には、23日の夕方のタイミングでまた電話してみましたが、
話しはできませんでした。

SOSインターナショナルというところのチャーター機が
邦人を脱出させるためにトリポリに向かう…
という情報も聞きかじったのですが、その後どうなったのか
分かりません。

続報を待ちたいと思います。

元リビア駐在夫人で、もう日本に帰任している方からも、
「23日のリビア人民局前(代官山)の抗議デモに参加する」
という連絡が入りました。

そう、日本でもできることがあるはず。

私も、自分にできることをしたいと思います。

プレスの皆さま、私がここに書いたこと以外で何か
しりたいことがあれば、ご連絡くださいませ。
その代わり、記事を掲載する際は、大使館や外務省に
確認して、残された日本人の情報も必ず掲載してください。

欧州が自国民救済のために飛行機や軍用機を
飛ばしたという記事を見ると、とても歯がゆく感じます。

邦人のみならず、リビアでお世話になった外国人、
リビア人のみなさま、どうぞご無事でいてください。



※今回もコメント欄を閉じさせていただきました。
 ご容赦くださいませ。

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前回の日記と時間軸が前後しますが、
「当時のリビアの様子を教えて欲しい」という声が
いろいろなところから来ているので、
順を追ってご報告させていただきますね。

ただ、なるべく政治的なものに対する意見は控え、
飽くまでも私が経験したことのリポートという
形式にしたいと思います。

●2月上旬
夫が2月19日~26日にリビア南西部で開催される
砂漠マラソン『リビアンチャレンジ』に参加することが
決まり、エジプトが不安定なこともあり、
「夫の不在時に外国に逃げる必要があるかもしれないから、
念のため…」と軽い気持ちで出国ビザを取得。

私は夫の会社のビザ担当者を知らないし、
自分で手続きするの面倒だし~、くらいの軽い気持ちでした。
(リビアは、居住ビザ所持者は出国にもビザが必要)

●2月17日(木)
トリポリでも反政府デモが起こると言われていた日。
夫は普通に出勤。
娘の保育園は、休園に。
私と娘は、念のため一日中家で過ごす。
お昼ころから、ツイッターが閲覧できなくなる。
ネットも、非常に遅い。しかもよく切れる。
帰宅した夫の話では、「スーパーは営業していたけど、
走っているクルマも少ないし、人も全然いない」とのこと。

ちょうどこの日、出国ビザを貼付されたパスポートを
受け取る。

●2月18日(金)
リビアでは、週末の休日(金土が週末)。
同様に、一日中家で過ごす。
夫は、翌日(19日)にリビアンチャレンジに出発する
予定だったので、荷づくりにかかりきり。
にもかかわらず、午後10時ころに大会中止の連絡がある。

失意のまま就寝。
夜中1時ころ、「花火?銃声?」という音を聞く。

●2月19日(土)
夫の予定が変わって家に居たので、徒歩10分くらいの
ところにあるスーパーマーケットに家族で散歩がてら
出かける。
生鮮食品なども普通に扱っていた。
そして他に買い物客も多く、女性もいた。
帰り道、リビア人の女性が一人で歩いているところも見かけた。
「やっぱり、地元の人はそんなに警戒していないんだな」
という印象を受ける。

●2月20日(日)
リビアでは、一週間(平日)の始まり。
夫は、普通に出勤。

8時ころ、娘の保育園の先生から「今日は、登園する?」という
確認のSMS(ショートメッセージ)を受信。
「行く」と伝え、送り迎えも依頼(いつもお願いしています)。
9時にお迎えが来て、娘が登園。

11時ころ、近々帰任予定の方と電話で話す。
「明日あたり、お茶しませんか~?」みたいな呑気な話題。
その方はここ数日、携帯でSMSが送信できないと言っていた。

電話の直後の11時30分頃、夫から着信。
「はて?何かしら…」
と思いながら出ると、
「会社から、外国人は一時避難の指令が出た!」
という夫の声。
「ええっ、そうなんだ…。いつ?来週あたり?」←平和ボケ

「そんなんじゃないよ!もう一番早くとれるフライト!
明日かもしれない。荷物準備しておいて!」

時計を見て、娘の帰宅時間まで1時間半しかないことを
確認する。

娘がいたら、邪魔されて荷物がまとめられないと思い、
夕食の準備を中断して、慌てて荷物の準備開始。

そして、会社から避難命令が出たことを、在トリポリの
女性たちにSMSする。
(みなさん会社は違いますが、助け合って情報を共有しています)

すると、返信や電話で「我々も準備中」と言ってくる方も。
そうか、みんなもしもに備えていたんだ…。偉いなぁ。
ちなみに、SMSが送れなくなったと言った方も数名。

1時ころ、娘が先生(若い女性)のクルマで帰宅。

「帰国命令が出たからしばらく休む」
と言うと、少し驚いたが、納得していた。

この先生も、この日は普段載せていない自分の
妹をクルマに(行き帰りともに)載せていた。
きっと、もしもの時のためなんだろう。

引き続き、荷物の準備。
窓の外から、近所の子供がボールで遊んでいる音が聞こえる。
本当に?こんなに穏やかな昼下がりなのに、
本当に避難しなきゃいけないの?

3時前に、夫が帰宅。
「ミミ(娘)無事だったんだ!良かった~。
この後、何かガルガリッシュ通りで起こるかもしれないらしい」
とのこと。

会社の上層部も、トリポリも危なくなると判断して、
避難を決定したらしい。

その直後、会社のスタッフから
「明日午後のカタール航空が取れた。でも他の人の分も
手配しなくてはいけないので、家まで届けられない。
明日迎えに行くドライバーに持たせるから、
ゲストハウスに送っておく」
との連絡あり。

※ゲストハウスとは、夫の会社の短期出張者や
 家が決まっていない新任者の仮住まいとして
 使っている、社員専用のホテル。
 ドライバーの詰め所でもある。

でも詳しい時間などを教えてもらえなかったので、
ネットで調べようとしたが、ネットが切れる&遅いで
なかなかHPが開けず。

ゲストハウスに電話しようとしても、そこの固定電話が
使えない状態に。
恐らく、街の電話線を切られたんだろうと推測。

でも、携帯同士ならまだ通話が可能だったので、
事前に、同じく明日カタール航空で帰国すると聞いていた方に
電話で時間を確認。

夜9時ころ、突然家のチャイムが鳴る。
我が家の大家さんの娘婿で、夫の会社の社員でもある
リビア人が訪ねてきた。
「うちの妻のクルマ、普段は外に路上駐車しているんだけど、
壊されたら怖いから、君の家の駐車スペースを1台分貸して」
と言われる。
大家さんの親戚なので、我が家のスペースが余っていることを
しっていたようです。
夫は、もちろん快諾。
でも、我が家のクルマを奥に入れてしまったので、
緊急事態でもクルマで逃げることはできないんだよな~。

その夜、花火と銃声が入り混じった音がずっと聞こえた。


すみません、予想外に長くなったので、続きはまた後日書きます。

※今回もコメント欄を閉じさせていただきました。
 ご容赦くださいませ。

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22日(火)午後8時過ぎに、成田に到着しました。

前回の日記に書き忘れましたが、今回は夫も一緒に出国しました。
もちろん娘も一緒なので、3人一緒に帰国しました。

リビアを出たのが21日午後4時半頃のフライトで、それもいろいろ
大変だったんですが、でも出国できただけでもありがたいです。

帰国してすぐリビアの日本人に電話してみたところ、
フライトがいくつも欠航になってしまい、彼らが22日に予約していた
便も飛ばなかったようです。
その日は、3便だけ飛んだそうです。

夫の上司のフランス人は、トリポリ→マルタ島→ドイツ→フランス
というルートになったそうですが、我が家と同様に
出国できただけでも御の字です。

でも、そうはいっても、日曜日からの激変に気持ちが
ついていっていません。
取材依頼もたくさんいただいていて、お応えしなくては、
と思うのですが、なかなかその気になれなくて。。。

私が取材を受けることで、邦人の救出に有利に働くでしょうか。
国がチャーター便出してくれたりするかしら。
欧州のいくつかの国では、自国民救済のために
飛行機を出しているようですが、日本はそれをできないのでしょうか。
まだ数十人残っているんですよ。

私が出国した頃ですらネットは不安定で、固定電話は全滅、
携帯も通じたり通じなかったり。
SMSもダメな人が続出していました。
連絡が取れない状態は本当に不安です。

そして現地の知人(大家さんや、保育園の先生など)に被害が
及んでいないことを祈ります。

※今回は、コメント欄を閉じさせていただきました。
 ご容赦くださいませ。

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ネットが遅いので簡潔に…。

トリポリはまだまだのんきな雰囲気ですが、
突然夫のオフィスが「外国人は一時避難!」の指示を出してきました。

運よく出国ビザを持っていたので、21日のフライトで、
とりあえず一か月の予定で日本に戻ります。

状況次第では、リビア復帰が早くも遅くもなると思いますが。

日本に戻ったら、もっと詳しく書きます。

それでは!
本来ならば、本日(19日)に砂漠に向けて
旅立つはずだった我が夫。

そう、以前もお知らせしていたリビアンチャレンジが
いよいよ目前に迫っているんです。

▼参考記事『夫の壮大な2011年の目標』
http://ameblo.jp/trinity705/entry-10759983934.html

▼Libyan Challenge
http://www.libyanchallenge.com/anglais1.html

状況が不安定なこともあり、私としても
不安は不安だったのですが、一生にそう何度も挑戦できる
訳でもないし、何しろ彼が燃えていたので、
引き留めることなく送り出す覚悟をしていました。

でも、夫の不在時にいつでも外国に避難できるよう、
自分と娘の出国ビザを準備していました。
(リビアは、居住ビザを取得すると、出国にもビザが必要)

そして昨日18日。
「明日は朝早いフライトだから、もう寝なくちゃね」
なんて話していた夜10時ごろ。

夫の携帯に着信が…。

そう、大会の開催中止連絡です。

あらら~…。

私としては、安心半分・残念半分の複雑な気分でしたが、
夫の意気消沈ぶりは可哀想なほどでした。

「大失恋した気分」

だそうです。

そうだよね~、半年以上前から出場を決めて、
コツコツ準備していたから…。

でもとりあえず、命の危険はひとつ減りました。

これから、新しい目標を見つけていって欲しいものです。


それでは、マッサラーマパー

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日本のニュースでも報道されていると思いますが、
17日(木)にリビアの首都トリポリでデモが起こりました。
(大佐支持派のデモだったようですが)

インターネット上では前々からその日の反政府デモが
予告・扇動されていましたが、リビア第二の都市ベンガジでは
前日の16日に大規模な反政府デモが起こったようです。

なーんて書いていますけど、アラビア語のできない私は、
現地のニュースを見ることができないので、
日本や海外のニュースサイトで見られる情報しか得られていません。

私の生活範囲内での変化は、ツイッターが使えなくなった
ことくらいですかねぇ。
自分がアカウントを持っていることもあり、
情報収集のために役立てていたんです。

そのツイッターが、リビア時間の17日午前10時ごろ、
突然使えなくなりました。

$リビアの日常・非日常 ~駐在妻のアラブ文化体験☆-0217

どこのページでも、こんな感じです。

フェイスブックは、先週の時点で「使ったら逮捕!」
という声明が出ていました。
2010年の段階で規制されたYoutubeに、今回のツイッターと
フェイスブックで、さしずめアクセス禁止3兄弟という
ところでしょうか…。

そして政府が16日夜、国民にアトランダムに携帯メッセージを
送ってきたそうです。

特に誰かを狙って送信した訳ではなく、
本当にアトランダムに送ったようです。
我が家は、私も夫も届きませんでしたが、
知人のリビア人やフランス人の携帯には届いたそうですから。

その肝心の内容はというと…

「明日(17日)デモを行おうとしている者たちに警告する。
明日は、我々の武器の多さに驚くことになるだろう。
そして、我々の前にひれ伏すことになる。」

という意味の内容だったそうです。
また聞きなので正確ではないですが…。

もし私のところに届いても、アラビア語で書かれていた
そうなので、読めずに無視していたでしょうけどね(笑)

と、まあそんな風に書いてみましたが、実際の市民生活は普通です。

娘の保育園は、先生が女性ばかりなので大事を取って
休園していましたが、夫の会社は普通に営業していて、
彼も普通に出勤していました。

デモが起こったのは本当に街の中心部なので、
数キロ離れた我が家の周辺は静かなものでした。

心配しないで下さいね。

それでは、マッサラーマパー

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