主日の聖書 旧約聖書 列王記上17章10〜16節 | 生き続けることば

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新旧約聖書の言葉をご紹介する他、折に触れて宗教関連書、哲学書、その他の人文系書籍、雑誌記事の読後感などを投稿いたします。なお、本ブログ及び管理者は旧統一教会、エホバの証人、モルモン教等とは一切、関係がありません。

【中心聖句】

主がエリヤによって告げられた御言葉の通り、壺の粉は尽きることなく、瓶の油も亡くならなかった(16節)

 

 

預言者エリヤの活動については本ブログでも度々取り上げて来ました。

 

今日の朗読に先立つ箇所ではエリヤ北王国(イスラエル王国)アハブ王に対して長年、干ばつに見舞われるであろうことを預言します。

 

その上で彼は主の命を受けて「ヨルダンの東」に滞在した後、「シドンのサレプタ」を訪れます。

 

サレプタで彼は薪を拾っている一人のやもめに出会い、彼女に水とパンを持ってくるようにいいます。それに対して彼女は、もうわずかの小麦粉の油しか残っておらず、それを使ってしまうと自分と息子は死を待つしかないと訴えます(12節)が、エリヤはそれに「恐れてはならない...小さいパン菓子を作って持って来なさい」(13節)と応じます。

 

考えてみると何とも乱暴な話ですが、エリヤは「主が地の面に雨を降らせる日まで/壺の粉は尽きることなく/壺の油はなくならない」と告げ、主の言葉に従うようにと促します(14節)。彼女がその通りにすると壺の粉は尽きることなく、瓶の油も亡くならなかった(16節)というのです。

 

ということで、ストーリーとしては単純明快ですが、ここでの真の主人公は実はエリヤでも寡婦でもなく「主の言葉」であることに目を向けましょう。「エリヤは主の言葉に従って行動する真の預言者であり、彼の語る言葉を信頼する者も神の恵みを豊かに受けることが出来る」のです(雨宮慧『主日の聖書解説<B年>』p.299)