女性パート モチベーション&目標管理専門 社会保険労務士

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先日、大阪市西成区のある露店の店主が
当たりくじを抜いていたインチキがバレて
詐欺罪で逮捕されました。

おもしろいのはインチキが発覚した理由です。
一人の客が1万4000円分ものくじを
引いて当たりくじがないことを立証し
露店の不正を暴いたのです。

1万4000円もあれば露店の景品なんか
いくらでも買えそうなものを
この客は店主を訴えるがために
一万円以上のお金をドブに捨てたわけです。
よっぽど騙されたことに御腹立ちだったのか
よっぽど正義漢が強い御方だったの
かわかりませんが
そうとうな執念の持ち主です。

でも、このような自分が損をしてでも
取引相手の不公正さを糾弾し相手を罰しようとする
経済的には愚かといえる行動特性は
案外多くの人が持っている性質らしいです。

自分に不利益を被らせた相手に報いを
と強い思いにとらわれた人は、
そのときの損とか得とか合理性とか
もう、どうでもよくなるのです。

心理学の研究で「最後通牒ゲーム」
というゲームを通して
利益を分け合う友好性を
人はどの程度備えているかについて
調べた実験報告があります。

この最後通牒ゲームとは1万円が与えられ、
それを他人といくらに分割するかを決め、
お互い納得したら自分と他人の双方にお金が入る。
それを何人かと何回か繰り返し
最後にいくら稼げるかというゲームです。

取り分の分割割合の提案権は自分にありますが、
相手はそれを拒否できる権利を
持っているというルールで行います。

ただし、決断できるチャンスは1回だけで交渉は無し。
もし相手が拒否したら自分も相手もお金はもらえない
というシビアさがこのゲームの特徴です。

例えば、Aさんが6000円で相手のBさんは4000円と
条件をAさんが一方的に決め
Bさんがその案に同意すれば
Aさんに6000円、Bさんに4000円が入ります。
もしBさんが拒否権を使えば
Aさん、Bさん双方に入るお金は0です。


稼げるかどうかで考えれば当然、
Bさんはすべての提案を拒否しない
ことが一番正しい。

仮にAさん9000円、Bさん1000円といった
極端に不公平な分割比率の提案でも
拒否したら0ですが、
受け入れたら1000円はもらえるわけですから。

しかし、
プリンストン大学のコーエン博士らの分析では
分割比率20%の不公平な提示を受けた場合
拒否率は50%になるのだそうです。

不公平な提案は人の合理的な判断力を
失わせるのです。
きっと1万4000円分ものくじを引いて
露店の不正を暴いた客も
冷静さを見失って一種の
自暴自棄状態になっていたのかもしれません。

今日、労使紛争の原因で最も多いものの一つが
未払い賃金です。
その紛争のパターンで多いのが、
従業員が解雇された腹いせに
解雇されるまで積算された
多額のサービス残業代を
まとめて請求するケースです。

残業代が支払われないのは当然、
労働者にとって不公平な取引となります。
ならば、不公平な条件提示をする
ブラック企業などさっさと見切りをつけて
ちゃんとした会社に入り直した方が
エネルギーの効率が良く結果として
経済的に合理的な判断となるはずです。

しかし、経済的行動における人間の選択も概して
合理的になることはそんなに多くないのです。

平成13年に個別労働紛争解決促進法が施行されて以来、
民事上の個別労働紛争は右肩上がりで
昨年は25万件を超えております。

これは、不当な解雇権をふりかざす違法性の
強い会社に対して一矢報いたいという執念を持つ人が
ブラックな経営者が思っている以上に
多いということだと思います。

それは社会正義と公平性の追求を
自分の利益より優先してしまう衝動的欲求を
多くの人間が持つからなのでしょう。


お金儲けこそ正義、経済至上主義のクールな人であれば
こんな執念は愚かさの極みと一笑に付される情念なのでしょう。

でも、誰もが経済性を優先する選択をしたら
この社会はどうなるのでしょう?

きっと件のインチキ露店は、
ずっと子供からお小遣いを
撒きあげ続けたことでしょうし、
長時間寝ずに働いたのに賃金が
支払われないような事が常態化した
ブラック企業の奴隷制度的労働も
歯止めがきかないこととなるに違いありません。

君は言う「善行のためには戦いを犠牲にせよ」と。
私は言う「善戦のためには万物を犠牲にする」と
フリードリヒ・ニーチェ


損をしてでも不公正を正す
そういった融通がきかない小さな正義感が
世の中にはびこる不正行為を抑制する社会的機能の
一助となっているのかもしれません。
バラエティ番組などでも人気のシェフ・川越達也氏が、自身の経営するイタリア料理店がネット上で800円のミネラルウォーターについて批判を受けたことに対して「年収300万円、400万円の人にはわからない」といった趣旨の発言をして物議を醸しております。

この騒動の問題点は、彼の3、400万円の人にはわからないという、
彼が人を 見下しているようにも見える言い方も良くないのですが、
業界人や職人がよく陥るまずい説明の仕方
も大きい要因であると思います。

職人気質の人は、相手が同じ業界の人間でも
業界事情に疎い一般人でも区別せず、
専門用語を多用した普通の人には難解な説明をしがちです。

だから、専門家が一般の人を相手に説明するときは、
専門用語を用いず平易な言葉に言い換えながらしなければなりません。
しかし、それだけでは不十分です。
専門家は専門用語を用いないだけではなく、

比較する基準も変えて説明をしなくてはならないのです。

彼は800円のミネラルウォーターがプレミアムな
基準でいえば高くはないという事を主張しました。
しかし、それを説明するために
業界内の基準を用いたことで失敗しました。
「よその店は1500円も取る。高級店の常識では800円は安い方である」

800円と1500円、一見川越シェフの店の
ミネラルウォーターは安いように思えます。
でもそれは業界内の常識です。

私の家の近所のマツキヨでは2.5Lの水を88円で売っていることがあります。
水道の蛇口をひねればもっと安い水が手に入ります。
これが川越シェフの言う300万円程度の年収の人の常識です。

つまり、業界と世間一般には大きな感覚の差が 存在しているのです。

彼は自分がこうした感覚の違う世間一般を相手に説明していることを忘れ、
業界常識をタテにして強引に主張を貫こうとしたため、かえって失敗したのです。

この状況であれば私だったらこう言うでしょう。
『確かに800円のミネラルウォーターは高いです。
常軌を逸していると思われるかもしれません。
海外ではどんなお店でも水は有料ですが、
日本では水はタダと言う認識が一般的です。
だから、うちのやり方が非常識と思われるのかもしれません。
しかし、
このような慣行の国で、うちが提供したいのは
プレミアムなサービスなのです。
極めて希少価値が高い、世界の専門家が認める
極上の品をご提供したいのです。
それには多大なコストがかかります。そのため、
1杯800円のお代を頂かないとサービスを維持できない
ということをどうかご理解ください』

「世間一般の水の値段の常識との差を私は理解しています」
という自分と一般の感覚の乖離を共感として示したうえで、
世間の一般的基準と高級料理店の業界基準を分けて考えてもらい、
800円の値段の理由を説明します。


業界基準は、業界内で事情を共有した相手には有効な説得材料になります。
しかし、世間一般を相手に説明するときは、
得てして社会的非難を浴びる最も危険な罠となります。

一般の人に業界の事情を説明するときは、世間の基準と比較し、
「自分達は世間一般で言えば非常識です」と認めたうえですると、
相手は、「大変なんですね」と案外好意的に返してくれるかもしれません。
そうなればこちらの言い分に理解を示してくれる可能性が高くなるでしょう。


昨今の規制改革会議にて
正社員の解雇をめぐる規制の緩和について話し合われ、
金銭解決が1つの方法として浮上しているとのことですが、

常々思っていることがあります。
それは、
人々の意識を法律やお金の力でコントロールするとロクなことがない
ということです。

よく雇用の流動化を促進すべし!
日本の雇用制度は解雇について厳格すぎる
雇用契約の解除はもっと簡易に行われるよう
制度を変えるべきという声をよく耳にします。

そんな主張を現実化させるべく出てきたのが
今回の「金銭解雇案」なのでしょう。

金さえ払えば
解雇が法的に容認される。
そうすれば雇用も流動化が促進され
成長産業へと労働人口が流れるという算段
それがこの「金銭解雇」の狙いです。

しかし、カネで解決できる解雇容認制度は
2つの点で経営者と労働者の関係を侵すことになると思います。

一つは、
解決金目当てで故意に解雇を誘う不届きな被雇用者が出てくることによる
労使トラブル

二つ目は、
雇用関係のモラル崩壊です。

2000年に経済学者
ユーリ ニージーと アルド ルスティチーニは、
イスラエルの保育園である実験を行っています。

毎日閉園時間までに子どもを迎えに来ない親を減らすために効果的な方法
として10の保育園で20週間に渡って罰金制度を導入します。
すると、どのくらい遅刻者が減少するのか罰金制度による人の行動変化を調査したのです。

”10分以上遅れるごとに1回
300円程度の罰金”を保護者に課しました。

10回遅刻すれば3000円もの料金大幅値上げに相当するこの罰金制度、
2人預けていたら6000円です
当然、遅刻する親は減るものと期待されます。

しかし、結果は間逆の様相を呈することになります。
遅刻者数は罰金制度導入前の約2倍に膨れ上がりました。

お金を払って子どもの保育を延長してくれるなら
罰金なんてむしろありがたいという意識を親たちは持つようになっていたのです。

遅刻者が増加したということは、以前は
遅刻していなかった親が遅刻の常習者に転身したということです。

普段子どもの世話をしてくれる保育士に感謝の念を抱き
遅刻して無駄な残業をさせては申し訳ないと思っていた親も
「お金で解決できるなら」と平気で遅刻の負担を保育士に押し付けるようになったのです。

つまり、モラルが契約関係、お金で解決できる関係に変わってしまったのです。

金さえ出せば、使えない、気に食わない従業員を切ることができるとなれば
経営者も雇用計画の見通しは容易になり、より楽な経営実務ができるかもしれません。
しかし、おそらく金銭解決を導入することによって
不届きな不良社員のみならず、パフォーマンスが少々低いが
「雇ってくれた会社に、社長に自分のがんばりで報いたい、
もうちょっと上司の言うことを素直に聞いてがんばってみよう」というような
殊勝なモラルを残している従業員までも
お金で解決できる契約関係に身を貶めることになるでしょう。
「辞めさせられるならもっとお金を出せ」
「こんな給料でがんばれない」
「そういえば未払い残業代があったはず」
おそらく労働者の意識はお金にフォーカスされままロックされることでしょう。

このお金の関係は一度出来上がると取り返しがつかなくなります。
先述のイスラエルの保育園実験では
罰金制度によって膨れ上がった遅刻者数を元に戻そうと
罰金制度を廃止しました。
しかし、遅刻者数は2倍に膨れ上がったまま減ることはありませんでした。
この事実は、一度壊れたモラルの関係は修復不可能であることを我々に告げています。
そして、それは、
いらない従業員をお金をちらつかせて切り棄てるより、
今いるモラルある従業員をいかにして育てるかに注力する方が
賢明な経営者の行動であることを意味します。