先日、9月11日、クリストファー・ノーランの『オデュッセイア』初日、朝一番の回を見た。春にこの映画の情報が入った時は、たいへん期待し、公開を心待ちにした。だが、大男の鎧軍団が迫る画像を見るに及び、これはいったい何か、もしかしてノーランは話を創作したのだろうか、といういやな予感がし始めた。

 実際に見てみると、ギリシア的な部分はほとんどなかった。各地で大々的にロケをしたので、画面はみごとであったが、ツッコミどころは満載であった。それで私は、松平千秋訳の岩波文庫を引っ張り出し、読み直すことにした。

 

 第1歌: オデュッセウスはカリュプソの島に7年間足止めされていた。一方、ポセイドン以外の神々は、オデュッセウスの帰還について話し合いをし、ヘルメスをカリュプソの島へ遣わすこととする。アテネは、イタケへ赴き、遠方からの客、タポスの王メントスの姿をとって館に入り、オデュッセウスの息子テレマコスに勇気を吹き込む。そして、ピュロスに行きネストルに父の消息を尋ねるよう、さらにスパルタへ行き、金髪のメネラオスを訪ねるように言う。

 

 第2歌: テレマコスはイタケ人の集会を催す。アンティノオスが、ペネロペイアが舅ラエルテスの葬いの衣装を織りあげられないのは、夜になるとほどいていたからだと告げる。テレマコスはスパルタとピュロスへ行き、父の消息を尋ねたいので船と水夫を用意してほしいと言う。メントルに姿を変えたアテネが出発の手筈を整え、テレマコスも旅立ちの食糧など、準備をし、メントルとともに船出する。

 

 第3歌: テレマコス、ピュロスにてネストルに会う。ピュロスではポセイドン祭の宴に遭遇する。ネストルはトロイア戦争後の退却時に起きた出来事、オデュッセウスが引き返したこと、アガメムノンが謀殺された様子、他の戦士が帰国した様子、女神アテネが明からさまにオデュッセウスを心にかけていた様子などを語る。

 あまり遠くに長旅をするのはよくないが、スパルタへはぜひとも行くよう勧められる。一同は、アテネの姿を目にして驚愕する。ネストルの息子ペイシストラトスがテレマコスに同行してスパルタへ向かう。

 

 第4歌: テレマコスとネストルの息子ペイシストラトスはメネラオスとヘレネ夫妻のの息子と娘の婚礼を祝う宴に参列する。ヘレネはテレマコスがオデュッセウスに似ていると言い、身元が明かされる。トロイアにおけるオデュッセウスの活躍、神々への生贄が不足したためにメネラオスも帰国が難儀であったこと、海の翁プロテウスとの格闘、この海神から聞いた他の武将の消息などが話題となり、オデュッセウスはカリュプソのもとで身動きとれずいることが語られる。

 一方、テレマコスの船出を知ったイタケの求婚者たちは、彼を待ち伏せて討ちとってしまおうと悪巧みをめぐらす。息子の旅立ちを知ったペネロペは不安に嘆き、うろたえる。アテネが彼女を宥めるために幻を送る。[ノーランの映画では、テレマコスたちはピュロスで襲撃されることになっていた。]

 

 第5歌: 神々の会議で、カリュプソのもとにいるオデュッセウスの帰国を叶えてやることが決定する。ゼウスの使者となったヘルメスはカリュプソにその決定を伝え、カリュプソによって木材と工具を与えられたオデュッセウスは筏をつくり、島を離れる。だがポセイドンが海を掻き回し、オデュッセウスは筏を失う。女神レウコテエがそれを認めて激励し、アテネは彼がパイエケス人の国に着くよう計らった。河口に漂着したオデュッセウスはオリーヴの茂みの下で落ち葉にくるまり、眠った。

 

 第6歌: アテネは、アルキノオスの屋敷へ行き、王女ナウシカアの友達に扮して河に行き洗濯をするよう促す。アテネの計らいで、目覚めたオデュッセウスは体を洗い、町へ導かれ、しばし待機してから屋敷を訪ねるよう、ナウシカアに言われる。[ノーランの映画では、パイエケス人の国の部分はすべて省かれている。]

 

 第7歌: オデュッセウス、若い娘の姿となったアテネに案内され、アルキノオスの屋敷へ行き、王妃アレテの膝にすがり、嘆願する。オデュッセウスは自分の身の上について、カリュプソの島以降のことのみを語り、アルキノオス王は客人を国許へ送り届ける手立てを考えることにしようと言う。[カーク・ダグラス主演の『ユリシーズ』では、オデュッセウスが記憶喪失になっていたりしたが、そんな話は原作にはでてこない。]

 

 第8歌: 翌朝、オデュッセウスはパイエケス人の集会所へ連れていかれる。大観衆のもと、競技会が催され、挑発されてオデュッセウスは参加し、円盤投げの腕を披露する。王は客人を国許に送り届けることとしたと言い、デモドコスなる楽人に歌わせる。アレスとアフロディテの情事が詠じられ、皆おおいに楽しむ。オデュッセウスはトロイア戦役終盤の木馬の場面を所望し、それを聴きながら悲しげに呻く。それに気づいた王は、客人に素性を尋ねる。

 

 第9歌: それに応えたオデュッセウスは名を名乗り、悲惨な旅の数々を語ることとする。まずキコネス族の町での略奪と闘争、海路での遭難と漂流、ロトパゴイ族の国について、キュプロクス族の国での出来事: 洞窟で人肉を食う一つ目の巨人(ポリュペモス) と出会い、閉じ込められたが、酒を飲ませて酔い潰し、焼いたオリーブの木を錐のようにして一つ目を潰し、羊の腹にぶら下がって脱出した話をする。その巨人はポセイドンの息子であったため、帰国できないよう呪いをかけられた、と。

  ◀︎ ポリュフェモスの群像

 

 第10歌: 不壊の城壁をめぐらせたアイオリエの島で、風の司アイオロスの屋敷にて丸ひと月のあいだもてなされ、トロイア戦争のことを語る。アイオロスは西風以外の風を封じ込めた革袋を餞別にくれた。中に金銀財宝が入っていると思った部下たちが袋を解いてしまったので、故郷を目前にして逆戻りしてしまい、ライストリュゴネス族の町に着いた。住民は巨人族に似ており、それが大挙して攻めてきたので、死の恐怖から懸命に逃げたが、一艘以外の船は壊されてしまった。[ノーランの鎧さん軍団はこの話のつもりだったのか?]

 次はアイアイエの島に着く。そこに二日二晩横たわった後、奥地を偵察しに行かせると、キルケの屋敷があり、周りの山には、狼や獅子が住んでいた。これらの動物はキルケの魔法で姿を変えられた者たちで襲ってきたりはしなかった。オデュッセウスの部下たちも豚に変えられた。ただ一人、キルケの誘いに乗らなかった部下が報せに戻り、オデュッセウスはそこに赴くこととする。途上、少年に扮したヘルメスがキルケの魔法から身を守る薬草モーリュを手渡してくれた。[「その美しさ女神たちの中にも立ち勝る」と形容されているキルケは、ノーランの映画ではただのあばら屋に住む中年のおばさんであった。]ここでしばらく過ごした後、帰国を望むオデュッセウスにキルケは、冥界に住む盲目の預言者テレイシアスに会って帰国の前にすべき行き先を尋ねよ、と告げ、冥界への道筋をおしえ、生贄の牡羊と黒い牝羊をつけてくれた。

 

 第11歌: 冥府へ: オケアノス河の涯に着くと、雲と霧に包まれてキンメリオイ族[極北の住民のイメージ]が住んでいた。流れに沿って歩き、穴を掘ってすべての亡者に犠牲獣を献じた。闇の底から亡者たちの大群が現われる。そして、帰国についてテレイシアスの予言を聞き、どのようにして帰還すべきか、注意や犠牲について教えてもらう。亡くなった母の霊とも言葉を交わした。アガメムノンの霊も現われ、いかにして死んだかを語る。アキレウスもアイアスも現われた。さらに無数の亡者が現われたので恐ろしくなり、冥府を後にした。

 

 第12歌: 一行は、キルケの住むアイアイエの島に戻って休み、英気を養う。キルケはセイレンの近くを漕ぎ抜けるときはその声に惑わされて落命せぬよう注意する。その先にある二つの進路は自分で選べ、プランクタイという岩礁がある方を通り抜けることは不可能、もう一つはスキュレの棲家である大岩が立ち並び、6つの首で6人の船乗りを喰らうが、戦ってはいけない。カリュブデスの渦潮は吸ったり吐いたりするが、が吸い込むときにいてはいけない。それを過ぎたらトリナキエの島に至るが、そこの家畜に危害を加えれば、破滅が下る、とも告げる。セイレンの所では部下たちの耳に蜜蝋を詰めさせ、オデュッセウスは自分だけが彼女たちの美声を聴いた。

◀︎ セイレンのアッティカ壺(大英博物館蔵)

 陽の神の島トリナキエに近づくと、テレイシアスとキルケの忠告を部下たちに話したが、丸一月の間足止めをくらうに及び、オデュッセウスが寝ている間に部下たちが牛を屠ってしまった。陽の神ヒュペリオンは怒り、そのために部下たちは時化で難破し、落命した。オデュッセウスは9日間漂流し、カリュプソの住むオギュギエ島に漂着した。

 

 第13歌: オデュッセウス、パイエケスの王から多くの餞別をもらい、イタケに送ってもらう。彼を送り届けた船は、ポセイドンの怒りにより、石に変えられてしまい、王は親切にしたことを後悔する。オデュッセウスはアテネの加護により、危難を免れる策を示される。テレマコスはスパルタに向かう。

 

 第14歌: オデュッセウスは豚飼いエウマイオスを訪ねるが身分を明かさず、異国人のふりをし、作り話をする[映画ではそうではない]。

 

 第15歌: テレマコスはスパルタを発ち、ピュロスで乗船する。その時、アルゴスを逃れようとしていた予言者テオクリュメノスが乗船させてほしいと言うので、受け入れる。海上で待ち伏せする求婚者の手先をはぐらかし、無事に帰還すると、テレマコスは自分だけは農場に立ち寄り、従者たちのみを町に入らせる。テレマコスの右手を鷹が飛んだ。吉兆である。

 

 第16歌: テレマコス、豚飼いに自分の帰還を母に告げに行かせる。その留守に、オデュッセウスはアテネの配慮によりテレマコスに父の名乗りをあげ、無礼な求婚者たちを討ち取る計画を立てる。[屋敷にある武器を「天井の高い庫の奥にしまう」とあるが、ノーランの映画では、天井裏に武器をしまうようになっていた。おそらく英語訳の間違いをそのままセットにしたのであろう。]

 豚飼いが戻る前に、アテネはオデュッセウスを再び老人の姿に変える。豚飼いはなおもオデュッセウスを異国人だと思ったままである。

 

 第17歌: テレマコスは屋敷に帰る。乳母も母のペネロペイアもその帰還を喜び落涙する。テレマコスは旅の報告をする。予言者テオクリュメノスは、オデュッセウスはすでに帰国しており、求婚者どもに鉄槌を下さんとしておいでになると告げる。

 一方、オデュッセウスと豚飼も町へ向かう。山羊飼のメランティオスが憎まれ口をたたく。飼犬アルゴスが主人をそれと認めるとすぐに死ぬ。物乞いの姿をしたオデュッセウスが屋敷に入り、アテネに促されて求婚者たちの良し悪しを見分けることにする。アンティノオスは、物乞い姿のオデュッセウスに対して口汚く悪口を並べ立てる。それを聞いたテレマコスは報復を念じる。

 妃は、他国から来たという人の話が聞きたいので呼んでほしいと豚飼に言う。

 

 第18歌: 地元の乞食イロスが、オデュッセウスに悪口雑言を浴びせる。それを見た求婚者たちは二人を闘わせようとけしかける。ぼろを腰にまいて身構えたオデュッセウスの身体をアテネはたくましくしてやる。乞食のイロスは叩きのめされて負ける。

 アテネは、ペネロペイアを求婚者たちの前に出させ、求婚者たちにこの家の資産を食い潰すのではなく、贈り物をするように言わせる。侍女の中にはメラントのように乞食姿のオデュッセウスに悪態を吐く者がおり、それに対してオデュッセウスは威嚇の言葉を浴びせる。テレマコスは無礼な求婚者たちを立ち去らせる。

 

 第19歌: オデュッセウスとテレマコスは広間の武器を奥の納戸へ片付ける[ノーランの映画では屋根裏に片していた。そのようなセットはおかしいと思う]。ペネロペイアは、オデュッセウスが扮している異国の人から話を聞きたいと望む。オデュッセウスはなおも他人のふりをして、オデュッセウスに会ったことがあると作り話をする。

 妃はエウリュクレイアに客人の足を洗わせる。老女はオデュッセウスの古傷に気付き、動転すると、オデュッセウスは黙っているよう制す。ペネロペイアは、大鷲が飛んできて20羽の鵞鳥を殺すという夢を見たと客人に話し、客人はそれは吉兆であると夢解きを告げる。妃は、12の斧を射通す競技を催すことにしたと話す。

 

 第20歌: 前室に横たわるオデュッセウスは思いをめぐらせ、寝付けずにいたが、アテネが援助を約し、眠りを注いでやる。夜明けにはゼウスの雷鳴を耳にし、喜びに躍った。求婚者たちが屋敷に現われ、いつものように驕慢な態度を示す。テオクリュメノスがこの人たちが無惨な憂き目にあうであろうと予言し、立ち去る。

 

 第21歌: ペネロペイアは、求婚者たちの前に現われ、オデュッセウスの使っていた弓を示し、これを張り、12の斧を射通した者に嫁ぐを告げる。彼らは試みるが張ることができない。オデュッセウスは座を外し、豚飼と牛飼に正体を明かし、復讐の計画を打ち明け、協力させる。座に戻り、オデュッセウスは自分も弓競べを試みたいと言う。皆は反対するが、ペネロペイアは試させよと言う。テレマコスは、弓競べの権限は自分にあるからと母と女たちを下がらせ、エウリュクレイアに扉を閉めさせる。

 オデュッセウスは苦もなく弓を張り、弦を弾くと、矢を手に取り、斧の柄を挿す穴[ノーランの映画では、2つの斧を交差させた菱形の隙間を射抜かせていた。それでは簡単すぎるのでは?]を全て射抜く。テレマコスがその傍らにすっくと立つ。

 

 第22歌: オデュッセウスは自らの弓矢で、アンティノオスを斃し、正体を明かす。言い逃れをしようとしたが居直ったエウリュマコスも射抜かれる。そして、テレマコスと、忠実な豚飼・牛飼は、アテネの援助を受けて求婚者たちと不忠者を悉く誅殺する。オデュッセウスは乳母に不忠の侍女12人を連れて来させると、遺体の搬出と広間の清掃を指示し、その上で斬り殺させ、硫黄を燃やして屋敷を浄めさせる。

 

 第23歌: 乳母のエウリュクレイアは女主人にオデュッセウスの帰還と求婚者たちの誅殺を知らせる。だがペネロペイアはなかなか信じない。本人を目にしても疑った様子で、老女に寝室の外に寝台を運び出すよう命じる。それを耳にしたオデュッセウスは、寝台の支柱は生えているオリーヴの株を利用しているのだから根本でも掘り返さない限り移動できないはずだと言い、妃の疑いをはらす。愛を交わし、長かった旅について語らう。夜が明けると、オデュッセウスは惨劇の後始末に向かう。

 

 第24歌: 討たれた求婚者たちの霊は冥府に降り、アガメムノンやアキレウスらの霊に会い、語らう。一方、オデュッセウスはラエルテスの農園に赴き、父との再会を果たす。父は息子の帰還を容易には信じなかったが、足の傷を見せてようやく信じた。

 討ち果たされた求婚者の遺族たちは憤り、オデュッセウスに対して戦を仕掛ける勢いであったが、アテネ、そしてゼウスの執り成しにより、和解が成立する。

[ノーランの映画では、ラストにオデュッセウスとペネロペイアが、船で西方へ弔いの旅に出るところで終わっている。原作にこんな場面はない。ノーランはここに何らかのメッセージをこめたのか? もしかして次は『アエネイス』でも撮るつもり?]