拙宅では今年の6月にはピエモンテとロンバルディアあたりを旅しようと話している。それでいろいろ北イタリア関連の書籍を読んでみようと思い、これまで食指の伸びなかったチェーザレ・パヴェーゼを読んでみることにした。予想はしていたが、ひじょうに暗くて痛々しい。戦後、1950年刊の長編小説。

 

 ピエモンテ地方の葡萄畑が広がる丘陵地帯ランゲ(Cesare Pavese はこの丘陵地の S. Stefano Belboに生まれた)のガミネッラ Gaminella、S. Stefano Belbo と Canelli の間にある農村が舞台である。だが小説は「ここ」がどこなのか、何の説明もなく始まり、時も、断りなく思い出の挿入がしばしば入るなど、前後する。読み進むうちに馴れてくるし、わかってくるが、初見では面食らう。なのでメモる。

 

 1. 捨子で孤児院にいた主人公は幼少期にガミネッラの貧しい家に貰われて育った。成長してから、ベルボ川の向こうのサルトの丘にあるモーラの農場で下男として働き、ヌートという楽団でクラリネットを吹く少年と友達になる。

 そして今、主人公は久々にこのサルトの丘に立ち戻り、「アメリカ人」と呼ばれている。旧友のヌートはサルトを一歩も離れなかった。

 2. ヌートは一人前の大工になっていたが、演奏して回っていた頃のことを話す。

 3. アメリカにわたった時、主人公は演奏家としてのヌートの名を耳にしたことがあった。

 4. そのヌートが天使の館[主人公の泊まっている宿]にやってきて主人公と話す。その対話から、主人公がジェノヴァを経て、アメリカへ渡り、ひと稼ぎしたことが知れる。20年前のことであった。ヌートは、パルチザンを洞穴に匿ったことを話す。

 5. 主人公は宿を出て畑へ行く。この村では、彼が下男であり私生児であったことを知る人はいない。かつて暮らしたガミネッラの荒屋に行ってみたこともある。彼の知る老人がそこにいた。足の悪い子供と、二人の女もいた。

 6. 主人公は再びガミネッラを訪れる。彼は13歳の時にそこを抜け出したのであった。足の悪い少年と老人を探しに行きながら昔の話をする。祭りのこと、カネッリの「鳥の巣」の館に人々が集っていたことなど。少年は、去年、ドイツ兵の死骸が見つかったと話す。パルチザンが埋めたものらしかった。

 7〜8. 主人公はその老人と話をする。主人公が金を動かし、たくさんの人を雇っていると書かれている。

 9. 主人公が子供の頃、養父の娘たちと遊んだことを思い出す。足の悪い子と、聖ジョヴァンニの夜に篝火を焚いた話をする。篝火を焚く意味についても話す。ヌートとは、篝火だけでなく、月と畑仕事についての話もする。

 10. 主人公は、かつて見たものをもう一度見たくてやってきたと言う。養父とその一家の最期を知ることにもなった。

 カネッリへ行ったとき、モーラの農場が見えた。サルトの丘に戻ると、またファッショ側のスパイの死体がふたつみつかったと聞いた。

 11. 数年前、アメリカでの話: フレズノウからメキシコへ向かう途上、荒野の真っ只中でトラックが故障したときの恐怖について。

 12. 判然としないが、解放後のイタリアでは、パルチザンとみなされた「赤の連中」つまり共産主義者によってファシストの虐殺が行われていたことを記している。

 13. 戦後は、共産主義の蔓延とそれを阻止しようと聖職者が躍起になっていた。今では人々は連合軍を信用し、以前の権力者を信用してしまっていた。ヌートは、モーラの農場の人々、娘たちのことを話したがらなかった。

 14〜15. 生き残った主人公と友達のヌート、変わってしまった。養父のところを去り、モーラの農場の下男となったときのことを思い出す。そこで「アングイッラ(うなぎ)」というあだ名をつけられた。主人公はモーラの農場で仕事を覚えた。農場の主とその家族、使用人たちについて。ベルボ川で遊んだこと。

 16. 今のガミネッラ、主人公の育った養父の家には貧しい家族がおり、その家長は家庭内暴力を振るっている[家庭内暴力と貧困は現代日本の問題でもある]。主人公は、貧しさが人を獣にするのかとヌートに問う。その家の足の悪い息子に、折りたたみ式のナイフを買ってやると主人公は約束する。

 17. 主人公とヌートは、モーラ農場で出会った頃の思い出話をする。ヌートは物知りで、いろいろなことを教えてくれた。「月はみなのためにある」と語ってくれた。

 18. モーラの農場主は、主人公に対して、月に50リラ払うと約束した。それで刃物を買ってカネッリのごろつき連中を震えあがらせたりした。

 19〜20. 今。ガミネッラの足の悪い少年にナイフを買ってやった。その少年を見ながら、主人公は自分のガミネッラでの日々を追想し、憧れた。モーラの農場にいる自分にも戻りたいと思った。カネッリの祭りに出かけた家主一家に留守番を命じられて腹が立った時のことを思い出す。めぐりくる季節のことを思い出す。ヌートに本を読めと言われたこと、家主の長女がピアノを弾いていたこと、など。

 21. それから数年後、主人公は兵役でジェノヴァへ行き、恋人ができた。私生児であるということを考えた。ヌートの言うことは正論であった: 人間は生まれつきのろくでなしや悪人や犯罪人であるわけがない、人間はみな平等に生まれついている、白痴は悪人ではない、など。アメリカでも恋人ができた。彼女の夢を叶えることを承知せずに別れ、彼女が去ったことを思い出した。

 22. 女たちについて。家主の娘たちはしっかりした娘ではなく、上流階級の集まりに招かれたくて焦れていたこと、まともな暮らしの立て方を知らなかったことも知っていた。聖ジョヴァンニの夜の篝火とともに思い出した。

 23. 季節はめぐり、家主の娘たちの身辺に男たちが出入りするようになった。医者の息子と、その友達である。だが彼らは父親に嫌われた。次いで、二人の下士官が。

 24〜25. 幼い末娘は家主の後妻から生まれたのであった。上の娘二人は男の噂が絶えず、次女は奔放に身を持ち崩していたが、継母はうるさくは言わなかった。万聖節のころ、長女はチフスにかかり瀕死の状態に陥った。

 26〜27. 主人公は、アメリカから帰国してジェノヴァに上陸した時のことを思い出す。ヌートは、彼の宿を訪れ、二人はいろいろな話をした。宿命についても話した。夏が終わる頃、ガミネッラの足の悪い少年が走ってきた。父親が家を焼き、自分を殺そうとした、だが彼がナイフを持っていたのでできず、葡萄畑で首を括った、と。少年は腰を抜かしており、二人は現場を見に行った。少年によれば、父親は義妹をベルトで打ち据え、蹴り殺したのだという。

 28〜29. 話は再び昔に戻る。家主の長女はチフスで死なず、次女は遊び人と遊びまくったあげくに捨てられ、またしても男遊びに狂ったあげく、五十歳くらいの男とねんごろになって捨てられ、孕っていた。それを知った父親は倒れて半身不随になった。次女は堕胎して帰宅したが、そのままベッドを血で満たして死んだ。長女は、そのような家を出ていきたいがために、好きでもない男と結婚し、足蹴にされた。

 30. 主人公は、そのような家主の娘たちがまだ元気だった頃のことを思い出す。主人公は、ブオン・コンシッリオの祭りの日に、長女と次女を二輪馬車に乗せて行くことになった。彼は花柄の服の次女を目で追い、自分の務めに満足していた。競馬があり、ヌートと楽隊の音楽がダンス会場に響き、帰途、次女は頭を彼の肩に乗せた。

 31. 足の悪い少年はヌートが引き取り、面倒をみて大工仕事と楽器をおしえることとなった。主人公が村を離れる時、ヌートとガミネッラを見に行った。「きみがモーラを発ってから、どれだけたくさんの死者がでたことか」とヌートは言う。そして、農場主の娘たちのことが頭から離れないという主人公に、末娘がどういう死に方をしたか打ち明けた。二十歳の彼女は見る価値があった、だが人殺したちの牝犬(スパイ)だった、と。ヌートは、愛国者の側に、共産主義者の側に立つと決めたと彼女に話したが、自分たちのためにスパイになってくれとは言い出せなかった。だが、彼女はヌートにファッショ側の情報を流した。危険だからカネッリに来るなと伝言をよこしたりした。だが、ファッショの家の女である彼女は、ついに逮捕されるのを覚悟でカネッリから逃げてきて、パルチザンに加わった。だが彼女はファッショ側のスパイだったのだ[二重スパイ!!]。彼女は機関銃で撃ち殺されてから、葡萄の枝で覆われてガソリンをかけて焼かれた。去年までは、篝火を焚いたような跡が残っていた、と。

 

 ガミネッラの貧しい農夫が家族を殺して家を焼いたこと、家主の末娘が二重スパイをはたらいて、死骸を焼かれたこと、かなり強烈な印象であった。著者はそれらの焼却は篝火のように、より良い明日のための儀式だと言いたかったのだろうか? だが、より深く印象的だったのは、私生児だという意識を思い知らされたことである。ちょうど、『グノーシスの宗教』という本を並行して読んでいたので、この世界に放り出された人間という存在の孤独をひしひしと感じることになった。村を出て一財産を成した主人公と、村に残ったしっかり者の幼馴染のヌート、この小説は二元論の哲学書でもある。

 

 発表した数ヵ月後に作家が自殺をし、読書界に衝撃を与えたとのこと。訳者の河島氏はトリノに暮らした時、パヴェーゼが睡眠薬自殺した部屋に泊まり、そのベッドで寝起きしたという。ジュゼッペ・スカリオーネ氏 = ヌートが書いてくれたお礼と喜びの献辞の写真をあとがきに載せている。

 それにしても何で自殺したのだろうか? 女と別れた苦しみのゆえか? 不可解。

 

▼ パヴェーゼにゆかりの土地に関するサイト