なんだか思い立って本を手に取ってみた。1988年の年末年始、アンダルシアに旅した時[セビリアで華やかなカウントダウン、豪華なカルモナのパラドール宿泊〜部屋にトイレが二つあり、夫婦同時に用を足せる〜はすばらしい思い出だ]に読んでいると思うのだが、思い出せないので、読みながらメモることにした。

 

 第1章 旅路 : 著者[スペイン語が堪能であったらしい]は、1829年の春、ロシア公使官員の友人とともに、セビリアからグラナダまで旅をした。雇った従者は誠実で陽気な心優しい若者(サンチョ)であった。スペインの平原は、物憂げな静けさと寂寥感に包まれている、樹林や小森といった自然の賑わいに乏しく、美しい田園風の魅力にも欠けている、治安状態が悪く、銃器類で武装した輩が跋扈している、と描写している。崩れかかった見張りの塔に囲まれた街や村落は、ワシの巣のように、断崖の間に築かれている。

 アンダルシアのアラアルの宿屋の様子: パティオにおけるスペイン風の祭り的な賑わい。ファンダンゴの激しい舞踏。

 道中、野原でピクニックの昼食をとることもあった。

 オスナを出てからの山岳地帯は荒涼としており、イスラムの盗賊団が出没していた場所として有名であった。

 アンテケーラという大きな町に泊まり、ムーアの城跡を見学する。

 アルチドナの近くで出会った物乞いの老人は、ムーア人の王によって埋められた財宝の話をした。

 「王の狭路」を通ってグラナダへと向かう。「守護者」の意味をもつローハの小都市が見えてくる。ボアブディル王の義父である老武将がその要塞の主であった。ローハに泊まることとし、散策する。宿屋の女将は器量のよい寡婦で、端正な弟がいた。宿にはローハで名の知れた「ドン」と呼ばれる人物が現われた。ムーアの伝説によれば、川の流れる地下深い洞窟に、貨幣鋳造者たちが閉じ込められており、ムーアの王の隠し財宝があるという。

 密輸業者とそれを捕らえる税関長の話。そしていよいよグラナダの肥沃な平原に足を踏み入れる。途上、出会った世話好きの公証人に導かれ、貧相な宿に導かれる。

 

 第2章 アルハンブラ宮殿: 粗雑で一体感のない外観に比べ、宮殿内部は匠の技と粋が織りなす美の結晶だという。最後の居住者は18世紀初頭のフェリペ五世と妻エリザベッタ・ファルネーゼであった[ナポリのカルロ王の両親だ!!]。軍事要塞の匂いがなおも漂っており、総督による直轄統治が行われていた。だが王族の去った後、宮殿は盗賊の棲家と化した。19世紀初頭のスペイン反乱においてはフランス軍に占領され、軍司令官の屋敷として使用され、整備された。

 ゴメレス坂を上り、カルロス五世が建設したグラナダの門に至る。そこで、「アルハンブラの息子」を自称する人物マテオ・ヒメネスに出会い、気に入る。「裁きの門」、その手と鍵について。アルベールカ(アラヤネス)の中庭と貯水槽について。「ライオンの中庭」と、そこに面したアベンセラーヘ家の間で、ある傷痍軍人によって見かけられた四人のムーア人について: 埋められた財宝を探していた(?)。マテオ・ヒメネスはアルハンブラのあらゆる裏事情を把握している。明るくて崇高で優雅な「二姉妹の間」について。「リンダラーハの中庭」について。

▲お借りした地図のサイト→ https://cosmos.moo.jp/kaigai/spain/index03.html

 

 

 第3章 大いなる交渉 — アーヴィング、君主ボアブディルの王位を継承する : 著者は、総督より、アルハンブラ宮殿の総督の部屋を自由に使ってよいと言われる。そして、管理人のアントニアおばさんとその姪ドローレスが身の回りの世話をしてくれることになる。しばらくすると、著者の友人は職務上の命令によりマドリッドに召喚されることとなり、一人居残ることとなり、来る日も来る日も歴史散歩を楽しむこととなる。管理人には医学を目指す甥もいた。

 マテオ・ヒメネスは、仕立て屋であった祖父から様々な故事来歴の情報を得ていた。少年時代にニューヨークでスペインの騎士物語を読み漁っていた著者にとって、アルハンブラ宮殿は夢想の都であった。

 

 第4章 アルハンブラ宮殿の住人 : 宮殿には様々な浮浪者や怠惰な人々が蔓延っていた。妖精のように小柄な老女は、千夜一夜物語のシェラザード姫のように話のネタを無尽蔵に保有していた。それに匹敵するのが、コックドハットを被った太った浮浪者風の老人で、「猊下」と呼ばれていた。そしてマテオ・ヒメネスについて。

 スペインはとてつもない格差社会であるが、貧困層の人々はしかし、何もせずなんとなく生きていく術を心得ており、堂々と貧乏を享受している。宮殿の塔で釣り針に蠅のエサをつけて振り回し、ツバメを捕らえて楽しむとか・・・。

 

 第5章 大使の間 : コマレスの塔の螺旋階段を下りていくと控えの間に続く「大使の間」がある。玉座を包む壮麗な空間で、三側面の窓から眺められる街とアルバイシンの丘、ダーロ渓谷の景色がすばらしい。著者は次第に「ムーア系スペイン人(アラブ人)」という孤高の民の歴史に関心をもつようになった。

▼ Sala degli Ambasciatori (Virtual travel のサイトより)

 第6章 イエズス会図書館 : 著者は、ムーアの君主について知るために、グラナダ大学附属のイエズス会図書館に足を運び、鍵を託され、自由に文献を読み漁る。

 

 第7章 アルハンブラ宮殿の築城者であるアルハマールについて : 築城者はマホメット・イブン・アル・アフマールというが、「赤ら顔の王」を意味するアルハマールと俗称されていた。1195年にアルホナで誕生。1212年、ラス・ナバス・デ・トロサの戦いを経験。ムワッヒド朝撤退後の戦乱を経て頭角を現し、1237年、グラナダを都と定め、ナスル朝の初代王となる。だがキリスト教勢力はイベリア半島のレコンキスタに動き出した。アルハマールはカスティーリャのフェルナンド王のもとに赴いて名乗り出ると、臣下となることを誓い、許され、貢納国となった。王の軍役にも応じ、イスラム都市セビリアの征服戦を戦い、陥落させると、王は悲哀と苦渋に満ちて帰還した[このエピソードを私は記憶していなかった。王は信仰を捨てたのか? この件については、キリスト教側とイスラム側、それぞれの文献の捉え方が違っているようだ。]。

 王は法制度を整備し、福利厚生を行ない、グラナダに運河を張り巡らせて街と沃野を潤した。アルハンブラ宮殿建設に着手したのは13世紀半ばである。王は質素で慎ましく、温和な人柄で人々から慕われ、歓楽に溺れることもなかった。フェルナンド王の死を悼み、セビリアでの葬儀には豪勢な弔問団を派遣した。王は77歳の時、戦場にて発作に襲われ、吐血して倒れた。彼の保有資産は潤沢であったので錬金術を使うと考える人もいた。

 

 第8章 アルハンブラ宮殿の完成者、ユースフ・アブール・ハジーグについて: 1333年にグラナダ王となったナスル朝の王。高貴で顔立ち、精悍にして屈強、上品で親しみやすい風貌をして慈悲深かったという。カスティーリャとポルトガルの王を敵にまわすことになり、サラドの戦いで敗北し、休戦協定を結ぶ。アルハンブラ宮殿を竣工させ、マラガに離宮を営んだ。休戦期間の失効が迫るとカスティリャの王はジブラルタルを攻め、それにユースフ王は援軍を送ることを余儀なくされた。だが、アルフォンソ11世が疫病で急死する。ユースフ王はその死を悼み、その寛容が讃えられた。

 ユースフ王はしかし1353年、アルハンブラの王室礼拝堂にて刺客に襲われて絶命した。捕まった罪人は八つ裂きの刑に処せられた。

 

 第9章 不思議な部屋 : 著者は閉まっている扉に興味をもち、城主のアントニアおばさんの許可を得て探索してみた。それにはムーア風の趣はなく、荒廃していた。フェリペ五世の後妻エリザベッタと女官が使うために改装された空間「王妃の化粧室」であり、リンダラーハの中庭に面していた。筆者はこちらへの部屋替えを希望する。城主たちがこぞって反対するも、筆者は意思を貫き、修繕工事をしてもらうことになった。そこに移った最初の夜は名状しがたい恐怖に襲われた。コウモリが室内を飛び交っていた。アベンセラーヘ家の間から金属音が聞こえた。コマレスの塔の外からは奇妙な呻き声や咆哮が聞こえた。翌朝、それは心を病んだ親戚の人のものだとわかった。ともあれ、筆者はその新しい部屋を楽しんだ。

 

 第10章 コマレスの塔からの眺め : 筆者、コマレスの塔の屋上へ登り、パノラマを愛でる。ダーロ渓谷、ヘネラノーフェ離宮、シエラネバダ山脈など。

 筆者はイスマイール王についてのエピソードを語る。その高潔な精神と慈愛に満ちた功績を。1319年、グラナダはカスティーリャの軍に攻められたが、イスマイール王は援軍を待って、挑発に乗らなかった。断念した敵軍が撤退した時、軍を率いていた親王たちは殺され、亡骸が失われてしまった。この親王の公子は遺体の捜索と埋葬をイスマイール王に依頼してきた。王はそれに応え、発見された遺体をねんごろに搬送させたという。

 

 第11章 不実な怠けバト : 道を踏み外して一時不実な伴侶となったハトの話。

 

 第12章 バルコニーにて : コマレスの塔の「大使の間」のバルコニーから下界を見下ろしつつ、尼僧とか、いろいろ庶民を観察して想像している部分。メモは不要。

 

 第13章 レンガ職人の冒険について : 神父に請われてある屋敷の噴水の水盤の下に財宝を隠す空間をつくった煉瓦職人が、後日、その財宝を手に入れて裕福になった話。

 

 第14章 ライオンの中庭 : アルハンブラ宮殿には、人の心を心地よく遠い幻影の世界に導く特異な魔力が秘められている。ライオンの庭の繊細な列柱に囲まれた中庭に面した「アベンセラーヘ家の間」に座して筆者は筆をとるが、そこは血に染まった過去のエピソードを持っている。「裁きの間」では、無血開城されたこの宮殿でカトリック両王がミサを施行したのであった。

 筆者はある日、ライオンの中庭でムーア風の男を見かける。バルバリア出身の男はここにたたずんでムーア人の支配下における良き往年を夢想し、ボアブディル王を裏切り者と罵った。筆者はボアブディル王を擁護し、その父王ムレイ・アブール・ハッサンの残虐非道を責める。グラナダ王国を終焉に導いた内乱について語ることにする。

 

 ▼ Patio dei Leoni (Wikipediaより) [私はパレルモのジーサ宮を思い出す]

 

 第15章 アベンセラーヘ家 : スペインのイスラム教徒は、オリエント系アラブ人と西アフリカのベルベル族から成っていた。アベンセラーヘ家は、預言者マホメットの盟友部族ベニ・セラ族という生粋のアラブの血筋を誇っていた。コルドバで権勢を誇った後にグラナダに至り、騎士道精神を以て代々の王に仕えたが、1423年に即位した悪名高きマホメット・ナサール王のもとで没落の坂を転げ落ちた。この王が失脚すると、アベンセラーヘ家は冷遇されてグラナダの地を去り、前王の返り咲きを画策する。だが返り咲くも、それに協力したカスティーリャからの貢納を拒んだことで、再び危機と陰謀を招き、またしても王位を逐われ、マラガにて復位の機会を窺う。

 この安定しないマホメット・ナサール王には二人の甥、アベン・オスミンとアベン・イスマエルがおり、この二人の間にも権力闘争がくり広げられた。結局、1454年にアベン・イスマエル二世が王となり、カスティーリャとの関係を改善させたものの、ファン王の没後にまた関係が悪化したので、結局貢納を続けることとなった。この王から、ボアブディルの父となるムレイ・アブル・ハッサンが生まれた。

 王位を継いだムレイ・アブル・ハッサンは先ずボアブディルをつくり、晩年に娶った二人目の妃からもう一人男子を得たことで、再び宮廷には陰謀がはびこる。ともあれ王位に就いたボアブディルはカトリック両王に屈してアルハンブラを去らねばならなかった。王妃モライマはそれに粛々として付き従ったと筆者は述べている。

 

 第16章 ボアブディルに思いを馳せて : コマレスの塔にある「大使の間」の下にある丸天井をもつ二部屋には、ボアブディルと母が幽閉されていた。母はスカーフを繋いで息子を逃し、息子は忠実な家臣たちによって救われたのである。

 また、グラナダを開城した時、ボアブディルが落ち延びる時に通り、その後閉鎖されたという井戸の門について。著者はこの王の落ち延びた道を辿ってみた。

 

 第17章 グラナダの祝祭 : 筆者の案内人マテオ・ヒメネスは祝祭が大好きであり、筆者を誘って街の広場にくりだす。カトリック両王がクラナダを陥落させた時にミサが執り行われた記念を祝うのである。アルハンブラ宮殿は一般開放され、音楽と舞踏で賑わう。大聖堂ではミサと式典が挙行される。

 

 第18章 民間伝説について : 略。

 

 第19章 風見の館 : 王宮には青銅の騎士像が据え付けられた塔があり、風になびいていたという。その銘には賢者アベン・ハブースは、アンダルシアの民は急変有事に備えるべきだと語る、とあった。なんだか判然としない。

 

 第20章 アラブの占星術師の伝説 : グラナダに君臨していた君主のもとに高齢のアラブ人占星術師がやってきた。君主はこの賢者をもてなし、後にアルハンブラ宮殿が築かれることになる丘の洞窟に住みたいという希望を叶えた。この賢者はアルバイシンの丘にそびえる王宮にそびえる塔を建て、そこに置かれたテーブルにミニチュアの軍隊や司令官を配した。王は戦争の代わりにこの人形を動かして遊んで満足し、賢者の希望に応じて、洞窟を立派に整備し、踊り子を仕えさせた。賢者は、王のところに連れてこられたゴート族の王の娘を、魔女かもしれないから自分に預けろという。それを王が断ると、賢者は立ち去り、グラナダには民衆暴動が起きる。賢者を庵室に訪ねて危険を回避する法を尋ねると、異教徒の女を手放せと言われ、それに従わないと、賢者は異教徒の女を連れて割れた地面の中に吸い込まれるように消えたという。その岩の裂け目はどう探しても見つからなかった。

 

 第21章 アルハンブラ宮殿の訪問者たち : 夏場の暑さをしのぐ優雅な空間、沐浴の間について。アルハンブラ宮殿に老伯爵が住みにやってきて、筆者と分かち合うこととなった。音楽と踊りを能くするその愛くるしい一人娘について。

 

 第22章 遺された歴史文化と一族の系譜: その老伯爵は、歴史に名の知れた人物の家系に連なる人であった。14世紀のアンダルシアに住むイスラム教徒はオリエント風のアラブ的武装をしていたという歴史記述があるとのこと。

 

 第23章 ヘネラリーフェ離宮: ここは、南国感あふれる贅沢な気分を味わうことができる素晴らしい場所であり、神話や伝説に満ちた妖精の宮殿である。

 

 第24章 アフメッド・アル・カーミル王子の伝説 — 恋の巡礼者: グラナダのムーア人の王に、アフメッドという世継ぎの王子がいた。通称アル・カーミル王子。占星術師の予言によると一途の愛に溺れて大難にあうというので、女性を遠ざけ、ヘネラリーフェと呼ばれることになる宮殿に住まわせ、聖職者イブン・ボナーブンに教育させることにした。王子が庭園の美しさに感化されるのを恐れたこの教師は、王子を塔に閉じ込める。王子は鳥の言葉を習得し、鳥たちと語らい、鳥たちから愛について恋について教えられ、愛と恋は生きとし生けるものが授かった大いなる神秘と原理であると知る。ハトから教えられたまだ見ぬ姫君に恋文を書いて、ハトに託すと、戻ってきたハトは、女性の肖像がついた首飾りを持ち帰り、息絶えた。王子はフクロウに相談してその女性を探しにいくことにし、宮殿をから脱出する。まずセビリアへ。そこのヒラルダの塔で出会った老カラスに言われて、今度はコルドバに行き、そこのアブド・アッラフマーン大王のカシの木の下にいるという旅人を探す。それはオウムであった。肖像を見たオウムは、それはトレドにいるアルデゴンダ姫だと告げる。この姫は十七歳になるまで世間から隔絶されて育てられた絶世の美女であるという。王子はトレドに至る。そこでは姫のために馬上槍試合が行われる予定であった。アフメッド王子は、フクロウの手引きにより、魔法の武具と馬を手に入れて戦いに挑む。だが異教徒ということで相手にしてもらえない。姫は、かつてハトが届けた恋文を胸に抱き、うつ病になってしまう。王は病気を治せる人を募る。王子は扮装して名乗り出て、姫を癒す。王が褒美をとらせようとしたので、王子は老フクロウから聞いていた絨毯を所望する。それは空飛ぶ魔法の絨毯であり、若い二人はそれに乗って空に消えてしまう。トレドの王はグラナダへ軍を進める。しかし、姫は王となったアフメッドの妃となっていた。アフメッド王はフクロウとオウムを重用し、善政をしいた。

 

 第25章 アルハンブラ宮殿の丘を散策して: 筆者は案内人マテオ・ヒメネスを連れて夕暮れ時などに周辺を散策した。「七層の塔」にまつわる妖精や妖怪についての話を聞く。首なし馬のベリュードなど。ヘネラリーフェ離宮の立体庭園から辿る「壺の谷」で見つかったという黄金の壺の話など、いろいろ。

 

 第26章 ムーア人の遺産を巡る伝説 : グラナダの水売りがある日、体調がわるいというムーア人を家に連れ帰り介抱する。妻はそれに反対し、喧嘩になる。その旅人は、親切にしてもらったお礼に、箱に入った巻物と蝋燭を渡して息を引き取ってしまう。水売りとその妻は殺人の嫌疑がかからぬよう暗いうちに死体を搬出して川の堤に埋める。その様子を見ていた床屋が治安判事に通報し、水売りは逮捕されるが、嫌疑ははれて釈放される。水売りは旅人からもらった巻物をアラビア語のわかるムーア人に解読してもらい、二人でアルハンブラの財宝を手にいれる。にわかに羽ぶりが良くなった水売りを見た床屋はまたしても治安判事に通報し、またしても逮捕取り調べ。今度は判事や床屋がその財宝を手に入れようとする。巻物の呪文で開いた穴は、ろうそくの光が消えると閉じてしまうので、水売りとムーア人は、判事たちが穴ぐらに下りたところでろうそくを吹き消し、そこに閉じ込めてしまう。水売りはポルトガルへ、ムーア人はタンジールへ引っ越した。

 

 第27章 王女たちの塔 : アルハンブラ宮殿の外壁には高い塔があり、筆者はある日その窓辺に佇む女性を認めた。アルハンブラに住む小柄な老女はそこに幽閉された三人の王女について語る。

 

 第28章 三人の美しい王女たちの伝説 : マホメット・ナサールというグラナダの王は捕虜となったキリスト教徒の女性を妃とし、彼女から三つ子の娘を得た。占星術師の勧めに従い、三人の王女は、サロブレーニャというグラナダ南方の海沿いの地で養育係に監視されて育ったが、成長したある日、ガレー船で運ばれてきた捕虜の中に美しい騎士たちを見つける。その頃父王は三人の王女をグラナダに呼び戻そうと迎えに行った。この王家一行と軍が移送する捕虜たちの一行は鉢合わせし、王女たちと騎士たちは顔を合わせてしまう。捕虜たちは朱色の塔に収監されて強制労働を課せられ、王女たちは贅を尽くした王宮の塔に住まうこととなった。だが彼女たちは元気がなく、打ち沈んでいる。三人の若いスペイン人騎士がギターを奏でているのを耳にしてからは、彼らに会わせてほしいと養育係にすがる。ついに養育係は、捕虜たちの監視人を籠絡して、娘たちの脱出を企てることとなる。だがいざという時になり、三人目の娘は勇気が持てずに残り、やがて早逝してしまうことになる。養育係の女性は、逃亡の途上川に落ちて漁師の網にかかったがその後の消息は不詳である。娘二人は騎士と結ばれ、生母と同じキリスト教の信仰に宗旨替えして幸せに暮らした。

 

 第29章 アルハンブラのバラの伝説 : 塔に残って早死にした王女の亡霊が出るという噂のために王女たちの塔が荒廃していた。だが、ブルボン朝スペインの初代王フェリペ五世は、パルマ公の娘イザベル(エリザベッタ・ファルネーゼ)と再婚し、アルハンブラ宮殿に住まうこととなり、修繕改築工事が行なわれた。この女王には容姿の優れた小姓がいた。彼は女王のお気に入りのハヤブサを追ううちに、「王女たちの塔」に至る。塔の鍵番の少女は最初は拒んでいたが、押し切られて鍵を開けてしまう。小姓は少女が髪に挿していたバラの花を所望し、少女を魅了して立ち去った。

 王家がアルハンブラ宮殿を去ることとなり、その若者は少女に別れの挨拶をしにやってくる。取り残された少女は悲しい思いをしたが、季節は巡り、ある晩、噴水の傍らにいると、一人のムーア風の衣装をまとった女性が姿を現わした。このことを伯母に話すと、それはあの塔に幽閉された三人の王女のひとりだろう、その少女はそこで早逝した王女の恋人であった騎士の末裔なのだと聞かされる。少女はその噴水のほとりでまたしても件の女性に会い、魔法を解いてほしいと頼まれ、請け合う。女性は銀のリュートを残して姿を消した。その銀のリュートで奏でられる音楽はあらゆる人々を魅了し、その名声はセビリアやコルドバにまで及んだ。

 一方、フェリペ五世は精神を病み、カストラートのファリネッリによる音楽療法を受けても癒えなかった。そこにアンダルシアの女性吟遊詩人の噂が届き、国王のもとに招かれることとなる。王は奇跡的に精気を取り戻し、例の小姓の妻となった。

 そのリュートはしばらく後に盗難にあい、イタリアに渡り、弦はクレモナでニコロ・パガニーニのヴァイオリンの弦になったと言われている。

 

 第30章 武勇の誉れ高い老兵 : 筆者は、武勇の誉高き古株の退役大佐と知り合った。スペインの革命と動乱の時期に活躍したのだという。この人の人生はアルハンブラ宮殿のある老指揮官に通じるものがあるように思えてきた。

 

 第31章 片腕の老総督と公証人 : アルハンブラ宮殿の総督を任された人は「片腕の総督」として世間に知られていたが、グラナダ市の行政長官との間には反目嫉視の間柄であった。老総督は入市税の免税を主張し、行政長官は公証人に相談する。

 そして、老総督がアルハンブラ宮殿の守備隊用食料を運ばせていた時、税関吏に誰何されてもめた時、運搬を担当していた伍長が税官吏を射殺してしまう。その伍長は逮捕され、極刑の裁きが下される。老総督は公証人を呼び出して連れ去って捕虜とし、伍長との交換を持ちかけたが、行政長官は応じない。だが、公証人の妻子に泣きつかれて譲歩した。老総督は公証人を釈放する時、人を急いて絞首台に送るものではないと釘を刺した。

 

 第32章 片腕の老総督と兵士 : 老総督が管轄するアルハンブラ宮殿は、密輸商人やジプシーたちの良からぬ溜まり場となっていた。そこでこの者たちを一掃するよう命じた。ある日、伍長は、ボロを着てはいるがアラブ馬を引いた哀れな歩兵を見かける。その兵士は町の名を尋ね、グラナダだと応える。老総督のもとに引き出された兵士は、カスティーリャから歩いてきたと言う。その途上、魔性の馬を連れたムーア風の騎士と出会い、アンダルシアに行くというので、その馬にいっしょに乗せてもらい、セゴビアを過ぎ、ラ・マンチャを過ぎ、旅を終えた。その騎士は洞窟の中へ駆け込み、明かりがさしてきたのでものが見えるようになったら、武器庫とムーア風の武装した兵士の隊列が見え、さらに奥には黄金の玉座に座す王がおり、尋ねると、それはボアブディル王だと言われた。『運命の書』によれば、魔法がとける日、王は再びグラナダを統治するだろう、とも。その騎士がちょっと待っていてくれと言ったのだが、自分は待たずに馬に乗って逃げ出し、軍勢に追われたものの、洞窟の外に出た時にそれらは霧消した。そして歩いていた時に、閣下の軍隊に出会ったのだ、と。

 老総督は彼を逮捕させたが、その財布からは財宝が出てきたので、てっきり、近郊に出没していた悪辣な盗賊の親分を逮捕したものと考えた。

 一方、町の行政長官は、この兵士の身柄引渡しを要請し、異端審問官は、没収された財宝を教会に戻すよう主張した。ある日、兵士は消え失せ、兵士に食べ物を運んでいた老総督の侍女も消えていた。金庫にあった財宝も、アラブ馬も消えていた。

 

 第33章 アルハンブラ宮殿の饗宴の儀 : 筆者とアルハンブラ宮殿の楽しみを分かち合っていた伯爵が守護聖人の祝日を祝う饗宴を催した。それは、ムーア風の「二姉妹の間」で執り行われ、お開きとなってからは「大使の間」へと席を移し、娘さんたちはほかの部分の探索を試みようとしたが、真っ白な衣装を着た二体の亡霊を見て逃げ帰ってきた。それは二体のニンフ像であった。

 

 第34章 ニンフ像に纏わる伝説: 遠い昔、アルハンブラ宮殿に小柄で陽気な歌うたいの庭師が住んでいた。彼の一人娘はある日、黒玉に精巧に彫り込まれた手を見つけ、それをリボンに結んで首にかけた。その魔法の護符のようなものを見ながら、ボアブディル王と廷臣が魔法にかけられたままでいるという山岳の地下の話がでた。その竪穴に落ちた羊飼いが洞窟の中でムーア人に追いかけられたとか。少女はそれを見てみたくなり、洞窟に足を踏み入れると、そこで廷臣と軍隊とボアブディル王を目にし、さらに、竪琴を奏でる貴婦人を目にし、ゴート族の姫君にまつわる伝説を思い出した。その姫君は、少女が護符にしている手で足の鎖から解放してほしいと言い、自由になると、栄光の軌跡を辿ったアルハンブラ宮殿へと少女をいざなった。

 そして二体のニンフ像は王の隠し財宝を見張っているので、それらの視線が見据えるところを探すように告げると、リンダラーハの庭のギンバイカを娘の髪に挿すと姿を消した。父親にこのことを話す。父親はその小枝が金、葉がエメラルドであるのを見て、夜が更けてから二体のニンフ像の視線が指すあたりを探し、大きな壺を二つ見つけた。娘の手によりそれを引き出すと中には金銀財宝が詰まっていた。

 これが、庭師の妻の告解によりフランシスコ修道院の修道士の知るところとなる。庭師は逃亡を図るが、それも修道士に知られ、待ち伏せされるが、修道士は荒馬ベリュードという化け物にの背に乗せられ、地獄の犬に襲われ、気絶する。

 その庭師は行方が知れなかったが、マラガで貴族風になっていたのを古い友人が見かけた。娘は大貴族に輿入れするという。その旧友はもてなされ、金貨の餞別までもらった。庭師はアメリカにいた兄の遺産を受け継いだと言っていたらしい。

 

 第35章 アルカンタラ騎士団長と十字軍 : 14世紀末の話。アルカンタラ騎士団長が、ムーア人の討伐に燃えていたが、両陣営の間には停戦協定が結ばれていた。だが、ある隠遁者の勧めに従い、二人のムーア人の戦士をグラナダの国王のもとへ派遣し、戦闘を挑発する。これを受けたユースフ王は使者を投獄し、アルカンタラ騎士団長は、わずか三百人の兵以って十字軍を率いることにした。はたして、件の隠遁者は満身創痍で落命し、騎士団長は予言がまやかしであることに今頃気がついた。この十字軍はカスティーリャ王の命令に背く無謀な企てであった。とはいえ、騎士団長の武勇は語り草となり、敵のムーア人さえもが敬意を表した。

 

 第36章 歴史ロマン漂うスペイン: ゴート族系のスペインは、イスラム教徒の侵略を受けつつも、その高度な文明と文化に触発されることができた。停戦協定の期間には文化的な交流さえもあった。古い歴史書から抜粋した物語を次に紹介する。

 

 第37章 高潔な騎士ドン・ムニョ・サンチョ・デ・イノホサの伝説 : カスティーリャのベネディクトゥス派修道院の回廊には騎士の名門一族イノホサ家の墓がある。何百年も前の話、七十人の騎兵を率いる勇敢な騎士ドン・ムニョ・サンチョ・デ・イノホサがいた。この騎士がある日かりをしていた時、ムーア人の騎馬隊と出会した。この人たちは結婚式に赴くところであった。ドン・ムニョは彼らを捕虜として連行し、十五日間城内に拘留したが、その間、豪華な祝宴を挙げて祝い、贈り物を授けて国境の彼方へ送り届けたという。それから幾年月が経ち、カスティーリャの王が異教徒との戦いに招集をかけると、ドン・ムニョはそれに勇んで応じたが、あえなく敗れた。ムーア人の騎士が兜をとると、それはドム・ムニョではないか。ムーア人の軍は、あのときの指揮官に率られ、ドム・ムニョの亡骸を厳かに送り届けた。

 その戦いがあった日、エルサレムの聖殿にドン・ムニョ率いる騎士団が現われ、総司教が一行に歩み寄ると姿が消えた。不思議に思い、カスティーリャに問い合わせたところ、ドン・ムニョの訃報を知ることとなった。

 

 第38章 アンダルスの詩人たちとその詩歌 : 筆者は、モロッコからやってきたムーア人に広間や中庭に残るアラビア文字の銘句を読み解いてもらい、アルハンブラ宮殿は詩人たちの群れ集う憩い処だと思う。グラナダの人々には詩歌を詠む環境があり、女流詩人ハフサはマウマネの庭園で恋人のアフメッドと詩を詠み交わした。西暦では12世紀頃の話である。ちょうどその頃、ベルベル族出身のアルモハデスがスペインを統治下に置き、政治基盤をコルドバからマラケシュへと移した。君主アブド・アルムーミンは、自分の息子をグラナダの知事に任じ、この知事は、ハフサの恋人アフメッドを宰相にした。やがてその知事はハフサを見初め、彼を解任する。アフメッドは王政打倒の陰謀に加担し、発覚して逮捕投獄され、斬首刑に処せられた。

 

 第39章 マヌエルの旅立ち : アントニアおばさんの甥マヌエルが医師試験を受けにマラガへと旅立った。十日目に合格の報せが届く。

 

 第40章 魔法にかけられた兵士の伝説 : サラマンカにある聖キプリアヌス教会の洞窟の話。その中にいる老人が占星術や降霊術などを行なっているという。

 物乞いをして暮らすある学生は、聖キプリアヌスに祈りを捧げた時、印象指輪を見つけ、指にはめ、ギターを背負って旅にでた。学生はグラナダに着き、泉のほとりで美しい侍女を連れた神父に出会い、その乙女に心を奪われた。さらに聖ヨハネ祭の前夜、ダーロ川の渓谷の人混みの中に、古風な武装をした背の高い兵士を見かけ、話しかけた。彼は、フェルナンドとイザベル女王[カトリック両王]の近衛兵だという。学生はその兵士に導かれ、壊れた塔の礎石に開いた割れ目からその地下に入り、その兵士が三百年使っていたという長椅子を見る。兵士はボアブディル王の財宝をその地下室に隠す手伝いをさせられたと語る。百年に一度催される聖ヨハネ祭の時に魔法がとけて、自分を魔術から解放してくれる人を探しにあの橋のたもとに立つのだが人目には見えない、学生は賢者ソロモンの印章指輪をしていたので彼のことが目に見えたのだ、魔術を解くには、キリスト教の司祭と無垢な乙女の手が必要だ、と。

 学生はあの司祭と侍女を連れて戻るが、事が終わろうとする時、司祭が侍女の手の甲にキスをしたため、地下室はあっという間に閉まってしまった。兵士は地下に閉じ込められたままとなった。学生はポケットに入れた財宝を得て、その乙女を妻とすることができた。

 

 第41章 静かな別れ : 筆者は、駐英公使館付き書記官の辞令を受けてグラナダを去ることとなった。筆者アーヴィングは自分のことをチコ二世(ボアブディル王はチコ一世)と呼んでいる。親しくなった人たちの見送りを受け、グラナダを手放した悲劇の王ボアブディルよろしく、「涙の丘」で最後のため息をもらした。

 

 解説 齊藤昇 : ワシントン・アーヴィングについて。その名前は、独立戦争の英雄にちなみ、初代大統領に頭を撫でてもらったことがあるという。処女作は『ニューヨーク史』。『ジョージ・ワシントン伝』も書いている。

 短編集『スケッチ・ブック』について[これは岩波文庫になっているのでいつか読んでみたい]。この作家は17年間もヨーロッパに滞在し、スペインには二度、あわせて七年半滞在しており、この小説は、その前半に書かれたとのこと。また、『クリストファー・コロンブスの生涯』『グラナダの征服記』『コロンブスの仲間たちの航海と発見』なども著している。

 

 私はイタリア史を勉強した時、1735年にナポリ王となったブルボン家のカルロはエンザベッタ・ファルネーゼとフェリペ五世の息子だと知ったが、このカルロ王の両親がアルハンブラ宮殿に住んでいたことは知らなかった。何かがつながった感じがした。