新聞記事か何かで、逢坂冬馬のこの小説が2022年の本屋大賞を受けたことを知り、読んでみたいと思っていた。アガサクリスティー賞も受けたようだ。第二次世界大戦の独ソ戦における、女性の狙撃手を主人公にした戦争小説である。500頁ちかくもある分厚い本だ。

 

 プロローグ: 1940年5月、主人公とその母が住むイワノフスカヤ村[モスクワの南方の小さな集落]の様子。主人公セラフィマは16歳。

 

 第1章 イワノフスカヤ村:  1942年2月、主人公とその母が狩猟に出かけている間に、村がドイツ兵に襲われ、主人公の母も撃ち殺される。主人公も死を覚悟した時、赤軍[ソ連陸軍の前身]兵士がやってきて、彼女を救い、「戦いたいか、死にたいか」と問う。赤軍は村に火をかけ、主人公をトラックの荷台に乗せて連行する。

 

 第2章 魔女の巣: 主人公を救った女兵士は、中央女性狙撃兵訓練学校の教官長であった。主人公はそこで厳しい特訓を受ける。同僚の少女たちは皆、家族を亡くしていた。ウクライナから来たという少女が、「ソ連にとってのウクライナは略奪すべき農地」、ソ連は「本当のことを言えば殺されてしまう国」だと言う[あとで判るが、その少女はチェーカー(秘密警察、KGBの前身NKVD)であった]。

 ドイツ兵のことは「フリッツ」、ドイツの狙撃兵は「カッコー」と呼ぶというルールを教えられる。

 実銃SVT-40が配布される。卒業試験が行なわれ、主人公はそれをクリアする。

 

 第3章 ウラヌス作戦: 1942年11月。スターリングラード攻防戦[ヴォルガ川河畔の現ヴォルゴグラードにおける独ソ戦の転換機となった戦い]。主人公と同い年の同郷人ミハイルが砲兵士官となっている。主人公のいる第三十九独立小隊はソ連第四軍の歩兵大隊と合流する。歩兵の男性兵士は女性狙撃兵を馬鹿にしている。赤軍には対戦車犬というのがあるとは・・・。これは主人公にとって初めての実戦であり、同志を亡くしたりもした[私は、戦車について詳しいことを知らなかった。自走砲という戦車のことも知らなかった]。

 

 第4章 ヴォルガの向こうに我らの土地なし: スターリングラードを流れるヴォルガ川はカスピ海に注ぎ、そこにはソ連の消費する石油の大半を産するバクー油田があった。ドイツはそれを狙って青号(ブラウ)作戦を展開していたのだが行き詰まり、スターリングラードを奪還しようと躍起になった。主人公の属す狙撃小隊はその都市の防衛隊が拠す西岸のアパートに援軍として送り込まれる。そこにはわずか四人が残るのみであった。市内には一般人に混じり、パルチザンもいた。彼らは凄腕のカッコーを狙って戦う。奇しくもそのカッコーは、主人公の村を襲い、彼女の母を撃った兵士であった。

 唐突に、東岸への撤退命令が出る。東岸の味方を送るに際し、防衛隊の拠していたアパートには重砲によって粉々に壊されることとなる。そしてパウルス元帥が降伏、スターリングラード攻防戦が終わった。十万人が投降した。ドイツ軍に雇われたドイツ人の慰安婦の話。ドイツ人と情交したロシア女性は裏切り者として処刑される。主人公が仇とする狙撃兵は逃げた。

 

 第5章 決戦に向かう日々: 多くのフリッツを倒した狙撃兵である主人公は愛国者として祭り上げられるべく新聞記者の取材を受け、史上最大の戦車戦(戦車6000台が戦闘)とされるクルスクの戦いについて語る。ドイツ軍はこれを城塞(ツィタデレ)作戦と呼んだ。ドイツ軍司令官マンシュタインは、「セコンドにタオルを投げ入れられたボクサーのように」東プロイセンに召喚される。

 女性狙撃兵と歩兵たちとの確執。歩兵たちは敵の女性を陵辱した話で盛り上がっている。そこに現れた砲兵少尉は主人公の幼馴染であり、自走砲隊の指揮官であった。再会の語らい。砲兵少尉は、戦争が人間を悪魔にしてしまう、という。

 女狙撃兵リュドミラ・パヴリチェンコの特別講義。その後に特別な面会。

 

 第6章 要塞都市ケーニヒスベルク: ポーランドはドイツとソ連に二分されていたが、ドイツはそのほとんどをドイツ化しており、ケーニヒスベルクはその総督府のようなものであった。ゆえにそこをめぐる戦いは、独ソ戦最後の総仕上げとも言えた。主人公の塹壕の中で戦っていた。ノルマンディー飛行隊がやってきた[ソ連から譲り受けた最新戦闘機を駆るフランス軍バイロットたちをノルマンディーと称した]。

 主人公はこの戦いの中に、宿敵の狙撃兵を認める。仇を討てると思ったその矢先、中央女性狙撃兵訓練学校教官の辞任を受ける。だが警備の目を盗んで逃げ出し、宿敵のカッコーを追い、ドイツ軍の捕虜となり、拷問を受ける。仇のカッコーと対面する。主人公がこの窮地を脱し、仇を打つことに成功する。いろいろと人間臭い肉付けがあるがそれは省略する。

 

 第7章 エピローグ: 1978年なので、戦後数十年が経過している。主人公は故郷を再建し、自分をスナイパーに育てた教官と暮らしている。第二次大戦末期、ドイツは900万人、ソ連は2000万人の人命を失ったとこの本には書かれている[Wikipediaの数はこちら]。筆者は、独ソ戦は男たちの物語だった、性暴力については互いに口をつぐみ、互いを責めもしなくなった、という。[私は、戦争が女性の尊厳を奪うものであり、それは歴史上ほとんど語られることがなかったことを改めて心した。]