太極拳を何十年もしている友人、浜のテティスさんが読んだというので私も読んでみることにした。ドイツに住む多和田葉子の本は、『地球にちりばめられて』など、何冊かすでに読んでいる。彼女は、長い歴史の中で大国に征服されたり、吸収されたりして消えていった民族や言語に興味があるのではないだろうか。

 多和田葉子の文章はとりとめがなく、地についていないような浮遊感があり、夢と現実が錯綜している感がある。文章が幹からふわっと枝葉のように広がっていき、その枝葉が全体を形作っている。忘れてしまうので、やはりメモる。[ ]は私の気持ち。冬場は私の仕事が激減するので、また太極拳教室に通うことができる。

 

 隣人のMさんが訪ねてきたが、友人からの連絡で、日本人と思われる老女が木の上の方に座っているのを助けにいかねばならない、という状況から話が始まる。

 フライブルクからベルリンに引っ越してきた時のこと、主人公を残して帰国した夫のこと、より治安の良い地区への引っ越しの荷造りとそれに伴う断捨離のこと、蚊取り線香のこと。引っ越し作業は、自分の過去を始末し、未来に持っていくものと捨てていくものをより分ける作業、とのこと。引っ越し業者のドイツ人ではない若者たちのこと、隣人のMさんとの出会い。

 Mさんとの対話、コーヒー、腰痛、東プロイセン。そこにフン族やゲルマン人やスラブ人が入ってくるよりも以前に住んでいたプルーセン人について。Mさんは、戦後、東欧からドイツのバイエルンに引っ越してきた。連邦共和国という考え方は、多様な人々の共存を意味した。第二次大戦でロシアはどの国よりも多くの死者を出した、とMさんが言う。Mさんの姉はニコラ・ミーネンフィンダーという建築家であった。ここで、多和田葉子の翻訳者としての名前が高津目美砂だとわかる。

 掛け軸にある漢詩のドイツ語訳について[掛け軸のイタリア語訳は私もよく頼まれる]。ここで、冒頭に時間が戻る。木に登った女性は舞踏家だと言い、リズミカルに木から降りて、軽い足取りで立ち去ったのであった。

 主人公はドイツ文学におけるラテンアメリカというテーマのゼミに参加していたがもう大学には通っていなかった。そのゼミ仲間が新居に訪ねてくる。彼らが目に留めたCDプレーヤー。主人公はそのような家電と関西弁で対話する[Siriみたいなものもある今日のこと、私は何も疑わなかった]。タイヤがパンクした自転車を修理してもらおうと自転車店に行く。そこでまたMさんと会った。自転車屋の店員はアフガニスタンから逃げてきた人であった。

 隣人のMさんは何を主人公に頼もうとしていたのか? それは太極拳をいっしょにやるという頼み事であった。主人公はその頃、クライストの短編『ロカルノの女乞食』の翻訳を手がけていた。Mさんは、交換条件にクライストの全集を貸してくれる。その中に『聖ドミンゴ島の婚約』を見つける。ハイチで起きた一揆の話であり、ゼミで読んだことがあった。[私も今度クライストを読んでみたいと思った。]

 主人公がドイツに来た経緯、映画に出演したこと、フライブルクからベルリンに引っ越した経緯、夫が日本に去り、自分が残って十年が経ったこと、など。

 Mさんが訪ねてきて、太極拳学校の初心者体験入学に主人公を誘う。Mさんは、腰痛対策と考えているようであった。主人公もしばしば腰痛に襲われることがあった。体験入学をした主人公は、不思議な動きに好奇心を持ち、続けてみようという気になっていた。帰途、月依存症、すなわち夢遊病の話がでる。

 体験入学から一週間後、Mさんと教室に向かいながら、主人公の借家の家主や前の借家人の話がでる。ドイツ人が苦手なドイツ人とのこと。

 太極拳教室で知り合った人たちのこと: ロシア人のアリョーナ。講師のチェン先生の口から傀儡政権という言葉がでたこと。尾てい骨[たぶん尾閭のこと]について。Mさんのパートナーは絶滅したブルーセン人の末裔だと信じ、その痕跡を追っていつも旅しているのだという。ロザリンデというフィリピン人の英語教師について。アリョーナが若い起業家に投資していること。幽霊の話。

 Mさんはパートナーとポーランドを旅するために教室を休むという。第二次大戦の死者数について、Mさんは、統計の数字には警戒すべきだと言う[宜なるかな]。

 太極拳教室のお仲間、歯医者のオリオンさんを車椅子の友人に紹介する。フライブルクにいたときのご近所さんが草履を履いて外反母趾を治したという話。家に現金を置いている人が強盗に狙われる話。「ナラヤマのバラード(楢山節考)」という映画[カンヌで受賞したようだ]を見にいった話。帰宅してから、姥捨山について書かれた本を読むと、それは姥捨なかった伝説であった。その晩、グリム童話のヘンゼルとグレーテルの夢を見た。

 太極拳教室では、イエマフェンゾン(野馬分宗)を習う。オリオンさんは、腰の手術をして三週間仕事を休んだが、息子は自分のコスプレをしたヘルパーを遣わしただけであったという。グリム兄弟の「長靴を履いた猫」の話は、似た話がヨーロッパじゅうにあるとのこと。友人が『故郷を追われたドイツ人たち』という本を送ってきた。中世に、ハンガリー、チェコ、ロシアに移住したドイツ人の話から始まる。ヨーロッパでは民族移動がしばしば行われたのだ。そのようなドイツ人が東欧で受けた恐ろしい暴力について書いている。思わず、Mさんの留守宅を訪ねると、偶然近所の人からMさんの名前を知る。ミヒャエル・ミーネンフィンダーだという。郵便局の転送サービスに期待して、主人公はMさんに手書きの手紙を書く。

 太極拳教室では、白鶴亮翅(バイ・フー・リャン・チー)の型を習う。鶴の形のビスケットを焼いてきたベッカーさんについて。主人公は森の中のお店に興味を持つ。二十四式太極拳が毛沢東の文化大革命によってうまれたことについて。

 Mさんから手紙の返事がくる。自分がどこの国の人間かを忘れて、空を飛ぶ一羽の鶴のように、人間界の愚かな争いを見て、疑問に思わねばならない、とあった。

 プルーセン人について調べてみたこと。ネットでは満足感が得られないので、書店に行き、『プルーセンの謎』という本を買う[こういう本があるのでいつか読んでみようかと思った]。主人公の家では、炊飯器も関西弁で喋る。ベルリンで買った洗濯機も、炊飯器におしえてもらった関西弁を喋る。

 太極拳のチェン先生から転びやすい歩き方だと注意を受ける。そこへベッカーさんがやってきて焼き菓子を勧める。グリムの森通りにある彼女のお店に興味をもつ主人公。ロカルノの女乞食の翻訳: 最後は侯爵が城に火をつけて焼け死んで終わる。

 主人公はベッカーさんのお店を訪ねる。そんな所に店をもつことになった経緯についてベッカーさんは語る。大手の菓子屋に妬まれて町を追われ、ここに引っ越すも、子供に暴力を振るった魔女とネットで騒がれたとのこと。

 ロザリンデが家の浴槽に死体が横たわっていると相談してくる。太極拳のお仲間三人はそれを捜査しに行く。バスタブに蜘蛛の影が映り、それが人の髪の毛のように見えていたのだ。一件落着。

 翌朝、家を出ると、隣家からMさんのパートナーが現われ、東プロイセンについての本を渡すようにMさんから頼まれていると言う。プルーセン人についての対話に続き、満洲国の長春の話になり、太極拳の先生がその都市の出身なのだと思い至る。

 太極拳教室では、ピーパー(琵琶)の型を習う。アリョーナから家に誘われる。融資している若者の投資先が日本なので相談に乗ってほしい、と。アリョーナの家に早めに着いて少し扉を開けると、中には彼女と若者がおり、お金を出そうとする彼女を背後から火かき棒で狙っているのを目撃する。彼女が白鶴亮翅の型をしたために、若者はバランスを崩して倒れたが、火かき棒を拾い上げたので、主人公は「気をつけて! 彼はあなたを殺そうとしている」と叫ぶ。若者は主人公を突き飛ばして逃げていった。白鶴亮翅は背後から襲ってくる敵をはねかえす型だったのだ!! 

 主人公は長春の歴史について書かれた本を読み始める。