二重人格をテーマとしたこの小説(The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde  1886年)の概要は知っていたが、きちんと読んだことはなかった。ジェジュンの尊敬するハイドさんの名前ということもあり、いつか読もうと思っていた。この小説のハイドは、背が低いところは同じだが、たいへん醜く、人に嫌悪と憎悪の念を催させるような怪物であった。Hyde とは影の意味。ネタバレ。

 

<登場人物>

 -  アタスン[アッターソン]: 弁護士。ぶっきらぼうで禁欲的だが、人に対しては寛大。ジキル博士から遺言状を預けられているが、財産の受取人は友人のエドワード・ハイド、とある。このハイドという人物を胡散臭く思い、捜索する。最終日、ジキルの執事プールとともに、博士の部屋に押し入り、そこでハイドの死体を、さらにジキルの手紙を見つける。

 - リチャード・エンフィールド: アタスン弁護士の遠縁で友人の名士。アタスンと退屈そうにそぞろ歩きをするのを楽しみにしている。

 - エドワード・ハイド: ジャガーノートのように凶悪な青白い小男で、人に嫌悪と憎悪の念を抱かせる。ぶつかって踏みつけた少女の親たちに責められ、[見舞金として]切った小切手の署名は名高い名士ジキル博士のものであった。ジキル博士の家の合鍵を持つ。その一年後、深夜の街路で老紳士を杖で打ちのめして殺した所をたまたま窓から外を見ていた女性に目撃された。その被害者はアタスンの顧客であり、凶器の杖はアタスンがジキルに贈ったものであった。

 - ヘンリー・ジキル: 遺言状をアタスンに託している医学博士、法学博士、云々。大柄で感じのよい五十代であるが、小説の終わりの部分にあたる手紙により、自分が二重人格に苦しみ、二つの人格を二つの肉体に棲まわせる薬物を開発したが、その効能が思うようにならず、破滅の道を辿ることになる。

 - ラニヨン博士: 名医。アタスンとは竹馬の友。ジキル博士とも旧知の友人。ある日、アタスンが訪ねると、憔悴しきって、怯えた眼差しをしていると思ったら、二週間後には他界してしまい、「ジキル博士の死亡もしくは失踪まで未開封のこと」と書かれた封書をアタスンに残した。

 - プール: ジキル博士の老使用人[執事]。ある夜、アタスンを訪ねてきて、人殺しがあったようなので、屋敷まで来てくれと言う。主人の部屋にいるのは違う人物のようであり、主人はその人に殺されたのではないかと推察し、アタスンとともに扉を壊して突入することになる。二人はハイドの死体を見つけ、殺されたと思われるジキルの遺体を探す。

 - ゲスト: アタスンの右腕で、筆跡鑑定家でもある。ジキル博士とハイドの筆跡に類似性があると指摘する。

 

 大詰めは、すべてを目撃して死ぬほどのショックを受けたラニヨン博士の手記と、ジキル博士の全告白文である。ここで、ジキル博士に何が起こったのかすべてが明らかになる。人前では威厳を装いたいのに、享楽への欲望に苛まれているという二重人格に苦しんでいた博士は、それぞれの人格を別の肉体に棲まわせることができる化学物質を発見し、二つの人格と二つの容姿を持つことになった。だがその薬物が思うままにならなくなった時に破綻が訪れたのである。

 

 小説を読みながら、ハイドが老紳士を杖でめった打ちにするところで、キューブリックの『時計じかけのオレンジ』を思い浮かべた。ロンドンという街では、すかしたジェントルマンが品よく振る舞っているが、それは偽りの仮面で、体内にはとんでもなく暴力的で不品行なことを行いたいという衝動を潜ませている人がうようよしているのではないかと思えた。

 訳者の田内志文氏の解説文には、高潔ぶっている紳士たちの中に男色の欲望を隠している人たちが少なくなく、主人公のアタスンは、ジキル博士と彼の匿うハイドとが男色関係にあるのではと推察した、としている。19世紀のロンドンには、同性愛の売春宿があり、少年に対する男色のスキャンダルもあったそうだ。

 

 ▼小説のあらすじなどはこちらに記載されている。